書店販売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各インタビュー者のアブストラクトとeditor's noteを公開しました。
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◉特集 感情身体論
脳科学者アントニオ・ダマシオは、これまでの脳科学の議論のほとんどが、身体の存在を考えない、いわば「首から上だけ」に終始していたことに対して強い不満を抱き、ソマティック・マーカー仮説を提起しました。脳を持たない生物はたくさんいるけれど、身体を持たない脳だけの生物は存在しない。ソマティックとは「身体」という意味ですが、情動および感情は、身体なくしては生まれなかったというのです。
生物を含む有機体にとって最も重要なことは生命の維持です。そのために生物はさまざまなホメオスタシス調整のしくみをつくり出してきました。ダマシオは、ホメオスタシス調整のうち進化的に最も高い(新しい)レベルのものが感情であり、そのすぐ下のレベルにあるのが情動だといいます。すなわち、生命維持のための生命調整にとって情動と感情は因果的につながっているのです。
そこで、情動および感情にとってなくてはならない身体に照準し、感情と身体のかかわりについて、新たな知見も踏まえながら考えます。
・〈感情と認知機能〉
感情をつくる脳…自由エネルギー原理と感情生成
乾敏郎(追手門学院大学心理学部教授、京都大学名誉教授、専門は言語・非言語コミュニケーション機能の認知神経科学的研究)
最近感情を含む脳の多くの機能を捉えるための大統一理論が提案されました。それが「自由エネルギー原理」と呼ばれる理論です。人間や動物の脳がヘルムホルツの自由エネルギーを最小化するように働くことで、知覚、認知、注意、運動などが適切に機能しているという理論です。
感情というものを理解するうえで、自分の身体の状態がわかるという脳機能が最も重要であり、あたまとからだとこころがつながっていて初めて健全な感情をもつことができると乾敏郎氏は言います。「脳が身体の状態を理解するしくみ(ヘルムホルツの無意識的推論)」と「脳が身体をうまく調整するしくみ(フリストンの能動的推論とよばれる機能)」について解説し、感情は、時々刻々と変化する身体の状態と環境(状況)の理解から生まれるという最新の感情理論を紹介します。
・〈近代医学と感情〉
身体を通して感情を整える……身体知性という発想
佐藤友亮(神戸松蔭女子学院大学准教授、合気道凱風館塾頭(会員代表)。専門は血液学の臨床と研究)
ニュースなどで医療過誤について耳にすることは少なくありません。この医療過誤、医療者の不注意やケアレスミスが原因と考えられているようだが、じつは多くの場合、疲労や焦り、患者に対して抱く嫌悪感などの感情が医師の判断をゆがめ、それが要因であることが近年わかってきました。過失の原因の大半が、「うっかりミス」よりも「状況認識の誤り」にあるというわけです。ところで、医療の現場では、西洋医学が不得意とする非分析的な判断が、重要な役割を担うことがあります。アントニオ・ダマシオは、感情形成には身体が重要で、非分析的な判断が求められる場合、しばしば身体で考えて決断しているといいます。すなわち、「結末が不確かだが、重要な判断を合理的に行うためには、身体経由の感情コントロールが大切」というのです。この身体的判断を導くための身体の役割が「身体知性」です。分析が不可能な問題や、結末が不確かな未来について判断を下す時に機能する「身体知性」。「身体知性」を紐解きながら、身体と感情の結びつき、さらには身体を通して感情を整える方法を開陳していただきます。
・〈感情とパフォーマティビティ〉
身体性と感情公共性…脱感情資本主義の実践へ
岡原正幸(慶応義塾大学文学部教授。専門は感情社会学、パフォーマティブ社会学)
感情(行動と密接で身体と共にある感情)は、文明化の過程で管理の対象にされ、商品化などを通じて感情労働などへ変質する。さらに社会階層に条件付けられた感情管理の技法は、自己運営の資本として作用します。しかし、そこで生み出される感情は、ありきたりで合理化され、ポストエモーション(身体性を伴わない「標本」のような感情)でしかありません。私たちが今やらなければならないことは、感情管理王国の風通しを良くすることです。単なる感情の吐露ではなく、単なる合理的な討議でもなく、生の全体性をすくい上げ、かつその都度見せられるメンバーの苦難を克服する社会空間を、岡原正幸氏は、感情公共性と名付けました。感情を公共の場に登場させること。重要なのは、そこでいう感情は、あくまでも身体とともに在る感情だということです。身体性を伴う感情の表出あるいは感情公共性。感情資本主義の外に出ることはいかにして可能か。その試みは、必然的にパフォーマティブな実践行為となるでしょう。
インタビュー者について
乾敏郎(いぬい・としお)
1950年生まれ。追手門学院大学心理学部教授、京都大学名誉教授
著書に『感情とはそもそも何なのか…現代科学で読み解く感情のしくみと障害』(ミネルヴァ書房、2018)、『イメージ脳』(岩波書店、2009)他。
佐藤友亮(さとう・ゆうすけ)
1971年生まれ。神戸松蔭女子学院大学准教授、合気道凱風館塾頭(会員代表)
著書に『身体知性…医師が見つけた身体と感情の深いつながり』(朝日新聞出版、2017)他。
岡原正幸(おかはら・まさゆき)
1957年生まれ。慶応義塾大学文学部教授
著書に『感情を生きる…パフォーマティブ社会学へ』(慶応義塾大学三田学会、2014)、『感情資本主義に生まれて…感情と身体の新たな地平を模索する』(慶応義塾大学三田学会、2013)他。
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◉特集 感情身体論
脳科学者アントニオ・ダマシオは、これまでの脳科学の議論のほとんどが、身体の存在を考えない、いわば「首から上だけ」に終始していたことに対して強い不満を抱き、ソマティック・マーカー仮説を提起しました。脳を持たない生物はたくさんいるけれど、身体を持たない脳だけの生物は存在しない。ソマティックとは「身体」という意味ですが、情動および感情は、身体なくしては生まれなかったというのです。
生物を含む有機体にとって最も重要なことは生命の維持です。そのために生物はさまざまなホメオスタシス調整のしくみをつくり出してきました。ダマシオは、ホメオスタシス調整のうち進化的に最も高い(新しい)レベルのものが感情であり、そのすぐ下のレベルにあるのが情動だといいます。すなわち、生命維持のための生命調整にとって情動と感情は因果的につながっているのです。
そこで、情動および感情にとってなくてはならない身体に照準し、感情と身体のかかわりについて、新たな知見も踏まえながら考えます。
・〈感情と認知機能〉
感情をつくる脳…自由エネルギー原理と感情生成
乾敏郎(追手門学院大学心理学部教授、京都大学名誉教授、専門は言語・非言語コミュニケーション機能の認知神経科学的研究)
最近感情を含む脳の多くの機能を捉えるための大統一理論が提案されました。それが「自由エネルギー原理」と呼ばれる理論です。人間や動物の脳がヘルムホルツの自由エネルギーを最小化するように働くことで、知覚、認知、注意、運動などが適切に機能しているという理論です。
感情というものを理解するうえで、自分の身体の状態がわかるという脳機能が最も重要であり、あたまとからだとこころがつながっていて初めて健全な感情をもつことができると乾敏郎氏は言います。「脳が身体の状態を理解するしくみ(ヘルムホルツの無意識的推論)」と「脳が身体をうまく調整するしくみ(フリストンの能動的推論とよばれる機能)」について解説し、感情は、時々刻々と変化する身体の状態と環境(状況)の理解から生まれるという最新の感情理論を紹介します。
・〈近代医学と感情〉
身体を通して感情を整える……身体知性という発想
佐藤友亮(神戸松蔭女子学院大学准教授、合気道凱風館塾頭(会員代表)。専門は血液学の臨床と研究)
ニュースなどで医療過誤について耳にすることは少なくありません。この医療過誤、医療者の不注意やケアレスミスが原因と考えられているようだが、じつは多くの場合、疲労や焦り、患者に対して抱く嫌悪感などの感情が医師の判断をゆがめ、それが要因であることが近年わかってきました。過失の原因の大半が、「うっかりミス」よりも「状況認識の誤り」にあるというわけです。ところで、医療の現場では、西洋医学が不得意とする非分析的な判断が、重要な役割を担うことがあります。アントニオ・ダマシオは、感情形成には身体が重要で、非分析的な判断が求められる場合、しばしば身体で考えて決断しているといいます。すなわち、「結末が不確かだが、重要な判断を合理的に行うためには、身体経由の感情コントロールが大切」というのです。この身体的判断を導くための身体の役割が「身体知性」です。分析が不可能な問題や、結末が不確かな未来について判断を下す時に機能する「身体知性」。「身体知性」を紐解きながら、身体と感情の結びつき、さらには身体を通して感情を整える方法を開陳していただきます。
・〈感情とパフォーマティビティ〉
身体性と感情公共性…脱感情資本主義の実践へ
岡原正幸(慶応義塾大学文学部教授。専門は感情社会学、パフォーマティブ社会学)
感情(行動と密接で身体と共にある感情)は、文明化の過程で管理の対象にされ、商品化などを通じて感情労働などへ変質する。さらに社会階層に条件付けられた感情管理の技法は、自己運営の資本として作用します。しかし、そこで生み出される感情は、ありきたりで合理化され、ポストエモーション(身体性を伴わない「標本」のような感情)でしかありません。私たちが今やらなければならないことは、感情管理王国の風通しを良くすることです。単なる感情の吐露ではなく、単なる合理的な討議でもなく、生の全体性をすくい上げ、かつその都度見せられるメンバーの苦難を克服する社会空間を、岡原正幸氏は、感情公共性と名付けました。感情を公共の場に登場させること。重要なのは、そこでいう感情は、あくまでも身体とともに在る感情だということです。身体性を伴う感情の表出あるいは感情公共性。感情資本主義の外に出ることはいかにして可能か。その試みは、必然的にパフォーマティブな実践行為となるでしょう。
インタビュー者について
乾敏郎(いぬい・としお)
1950年生まれ。追手門学院大学心理学部教授、京都大学名誉教授
著書に『感情とはそもそも何なのか…現代科学で読み解く感情のしくみと障害』(ミネルヴァ書房、2018)、『イメージ脳』(岩波書店、2009)他。
佐藤友亮(さとう・ゆうすけ)
1971年生まれ。神戸松蔭女子学院大学准教授、合気道凱風館塾頭(会員代表)
著書に『身体知性…医師が見つけた身体と感情の深いつながり』(朝日新聞出版、2017)他。
岡原正幸(おかはら・まさゆき)
1957年生まれ。慶応義塾大学文学部教授
著書に『感情を生きる…パフォーマティブ社会学へ』(慶応義塾大学三田学会、2014)、『感情資本主義に生まれて…感情と身体の新たな地平を模索する』(慶応義塾大学三田学会、2013)他。
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