『談』no.93インタビュー2人目は、能楽師(下掛宝生流)の安田登さん。安田さんは、他にも公認ロルファー(アメリカのボディワーク、ロルフィング専門家)、論語研究者、甲骨文字研究者、中小企業診断士などの肩書をもつ、まさに多才多能の人だ。今回は、本職である能楽についてお話を伺った。
能の主役はシテであり、能について知ろうとするとたいがいはシテが中心になる。しかし安田さんが注目するのはワキだ。ワキに魅了されて27歳の時能楽師になった。ワキは脇役でしかないといわれているが、果たしてそうだろうか。能におけるワキは、決して脇役=副次的役割を担う人という言葉ではくくりきれない複雑な存在だと安田さんは言う。ワキの役割とは、シテの物語を引き出し能世界をつくる、だが、決して表には出てこない一種の「場」のような存在であり、だからこそ能においてはシテ以上に重要な存在だというのだ。
ワキの立場から見ると、能とは、ワキが異界の住人であるシテと出会う物語だといい直すことができる。二人の出会いが実現した時、そこに異界が出現する。その出会いを実現するためには、ワキは自分の存在をできるだけ無に近づける必要がある。その行為が、ワキにおける旅だという。しかもその旅は、乞食の行であり、そうであるからこそ、ワキは異界との出会いを通して、新たな生を生き直すことができるというのだ。
能における不思議な存在ワキ。ワキこそ、他者の他者としての〈自分〉ではないか、そんな仮説をぶつけてみた。さて、安田さん、果たしてどうお答えになったか。これがとんでもない方向に発展して、あれよあれよという間に、一大文明史が開陳されたのであった。人生の深淵どころか、宇宙の深淵がぽっかりと大穴を開けて待ち構えていた! みなさん、こうご期待ですぞ!!