詩人の辻井喬(堤清ニ)さんとプロデューサーの北川フラムさんという超ビックなお二人の対談。いちおう僕が司会進行役のつもりでいたら、北川さんが聞きたいことがたくさんあるので僕からぜひ質問させてほしいと。驚いたことに辻井さんまでも、僕もおしえてほしいことがあるからと。結局、お二人に任せることにした。北川さんでなくとも、70年代、80年代、90年代と西武(セゾン)文化に影響されまくっていた人間は多い。その西武文化を回顧しながら、日本における文化と創造行為についてたっぷり話し合っていただいた。北川さん普段はとても鼻息が荒いのに、今日はじつに謙虚な態度で、お言葉を拝聴するという感じだったのが面白かった(失礼)。一通りすんだところで、僕もいろいろ質問させてもらった。ぼくの結論としては、堤さんはやはり生粋のモダニストで戦後世代の良識派知識人。モダンなものが文化の先端であった時は良かったけれど、ポストモダンの時代になって、それは内部破綻を起こす。西武文化イコール堤さんというわけでは全くないけれど、堤さんの絶対矛盾の自己同一的な側面(失礼)は、その方向をより強烈に推し進めてしまった。一方、フラムさんは、徹底的にフィールドの人だ。そうした堤さんをいわば仮想敵にしつつ、周辺へ、境界領域へ、マージナブルところへその触手をどんどん広げていった。そして、本当の地方の時代が始まった。文化の中心は、もはや中心にはない。そしてどうなったか。北川さんの文化戦略が勝ったのである。少なくとも、越後妻有トリエンナーレと今年から始まった「水と土の芸術祭」を見る限り、僕にはそう見えた。