今週1週間で『談』no.84の三人のインタビューをしてしまう。初日は、大阪大学大学院人間科学研究科准教授檜垣立哉先生。no.83号で取材させていただいた先生の研究室はすぐそばにある。じつは、まだチェックが戻ってこないのである。いっそ、みんなで押しかけようかと冗談じゃなく思ったけれどやめました。研究室にお邪魔すると、机に『談』が数冊積んである。一番上に「バイオパワー」。先制パンチをくらった感じでインタビューが始まる。先生は、予想とまったく違って、非常に気さくな方でした。フーコーの思想は、前期と後期に分けられるが、生権力、生政治を問題にする前期と違って、後期ではその中心は自己のテクノロジー。一方に自然史的物質としての身体があり、他方に自己=主体がある。この二重性に注目しないと、後期の仕事は理解できないだろうという話から始まって、生権力論から人間の根源としての生存の問題がテーマに。次々に話題はシフトして行き最後に賭けの問題へ。『賭博/偶然の哲学』で「リスクの社会論はフーコーの自己とはベクトルが逆」という一つの結論が明らかにされた。能動性は、圧倒的な受動性のもとにしか発生しない。そして、責任とは、賭けとその忘却という関係性において成立するという。やはり、現代思想は面白い。『談』のポジションは、やはりここにこそベースがある。
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