『談』no.79でインタビューをさせていただいた稲垣正浩先生やアーティストの木本圭子さん、そして弊社および周辺の人たちが集まって、三鷹天命反転住宅を見学する。三鷹からタクシーで大沢までお願いしますというと、「住所わかりますか」というので、黄色や青の派手な色で丸とか四角とかの家で、と応えると、「あ〜、あそこね」と了解する。地元では有名なのだろう。101号室が事務所。Architectural Body Research Foundation(ABRF/荒川事務所)の本間さんと松田さんにご挨拶。見学会のことと、公開トークショーのお願い。実現の方向で検討してもらう。
まず空室になっている3階を見学。そのあと、実際に使用している例として事務所を見学する(ABRFはこの集合住宅の大家さんなのだ)。
キッチンを中心に、その周囲にスタディルーム、畳の部屋、四角い部屋、シャワーとトイレ室が囲む間取りになっている。スタディルームは球体で、中央に立って声を出すと、自らの声が拡散し、壁に反射、逆に収束して自分の身体にダイレクトで入ってくる。無音と自らの発生するノイズを同時に聴く。あらかじめ写真で見ていたのだけれど、この身体感覚は視覚情報としては絶対に伝わらない。
床がすべて三和土のようになっているのも面白い。つまりゆるやかにでこぼこしているのだ。稲垣先生のご実家はお寺なので、子供の時、毎日三和土を箒ではいていたというが、そうするとだんだんこの床のようにできぼこになっていくのだそうだ。まさに、正真正銘の三和土の床である。これも写真でみる限りまったくわからなかった。イメージでは、健康サンダルのようなものを想像していたのだが、実際にはだしで歩いてみると、妙に心地よい。始終からだを揺らしている感じ。実際、ここの一室に住んでいる若いお母さんは、赤ちゃんを抱っこして立っていると、いつのまにか身体を揺らしているのに気づいて驚いたという。身体を揺すってみたくなる床なのだ。
天上にはたくさんのフック。ここはいろいろなものをぶる下げるようになっている。1ヶ所、つり輪が2本あった。荒川事務所がつくったもので、これにぶら下がるととても気持ちが良かった。必死につかまっていると、稲垣先生に、もっと力をぬかないとダメ、といわれてしまった。稲垣先生は、もと体操の選手。今は太極拳をなさっている。黙って見ていられなかったにちがいない。しっかりつかまって、でも、腕から下は死体のようにダラーンとしないといけない。100kgの過重にも耐えられるというつり輪に、言われるままに死体となってみた。うん、もっと気持ちいい。
円形の畳の部屋は、三角の畳(3畳)を中心に窓際が玉砂利、入り口は板張り。腹ばいになってみると楽しい。茂木健一郎さんは荒川修作さんとの対話の時、ここで腹ばいになってスパゲティを食べると面白いよといわれたらしい。さすがに、茂木さんもリアクションに困ったとか。こういう具合に、うつ伏せになったり、仰向けになったり、しゃがんだり、背伸びをしたり、走りまわってみたり、あらゆる身体行為をこの空間は誘発する。そして、それが繰り返されると、いつのまにか身体の何かが変わっていく、ような気がするのだ。土方巽が生きていたら、この場所に踏った瞬間、1本の老木に変身したにちがいない。
人間の身体から、動物の身体へ、さらには機械の身体へ。身体自身がディスクリートに変容していく。そういう身体知覚を、この空間は経験させてくれるのだ。そして、その経験はダイレクトに意識それ自体に働き掛ける。認知のシステムが揺さぶられるのである。意識変容というと何かオカルティックに聞こえるけれども、一瞬前の認知と現在ただ今の認知が、確かにズレをおこしているな、と感じ取れるのである。「あっ、変わった?!」っていう感じで、まさに意識変容である。 行為が認知に働き掛け、その小さな変化した認知が、行為そのものを組み換える。身体がギアチェンジするという経験。身体と空間が一緒になって、空間全体を拡張したり、退縮させたりするのである。
たった2時間程度ここにいただけで、これだけのことが起こるのだから、実際にここに住み続けている人たちは、いったいどうなってしまったのだろうか。いや、外見上はまったく普通の人たちなのだろう。しかし、中身は……、う〜ん、ありそうな話だなぁ。少なくとも、この空間は外からいくら観察してもわからないことは、永遠にわからない。内部へ、その中に身体丸ごと入り込まなければ何もみえないのだ。その意味で、徹底的に「内部観測」の場所である。
「天命反転住宅」に身体を踏たたせてみる。そして、ゆっくりと身体を住宅へと裏返していく。手袋を裏返すように、空間へどんどん身体をめくっていくのだ。その過程で、表と裏が逆転した身体を、今度は、住み家がたたんでいく。どんどんどんどん小さくなっていく。そういう認知操作のプロセスを数回行うと、いつのまにか、身体が、空間と一体となった認識主体であることを、また、空間がそうした認知システムの差分的変化だということを、まさにからだ=自己身体で感覚・知覚できるのである。なんという恐ろしい場所!  荒川修作おそるべしだ。
というわけで、見学(内部観測)後、事務所でフリートーキング。ちょうど見学会の間だけ雨だったようだ。天気なら、光が部屋にさしこんできて、これがまた微妙に陰影をつくり出して、それも見てもらいたかったと松田さんは残念がる。ここには、さらに光が、ゲーテ的光学装置を介した光のシステムまである!
稲垣先生と木本さん宮崎君と僕は、そのあとdzumiへ移動。 桃山晴衣さんの訃報、その追悼のための音楽がかかっていた。土取さんの奥さんだったこともあって、dzumiとは縁が深かったのだ。
稲垣先生をかこんでいろいろ楽しい話をした。木本さんが今福龍太さん主宰の奄美自由大学に行ったというと、稲垣さんがびっくりする。みんな、ちょっとづつつながっているのである。気がつくとワインを4本も開けてしまった。そして最後は、結局みんな変態だね、ということで一致。世代を超えたへんな集まりになった。
三鷹天命反転住宅↓
三鷹天命反転住宅