『大航海』の編集長で文芸評論家の三浦雅士さんを新書館でインタビュー。新刊『漱石 母に愛されなかった子』を俎上に、まずなぜ漱石だったかのか、からお聞きする。三浦さんは、文学、自己、内面、言語(黙読)、経済までも、父子、母子の問題として捉え直すことができるという。その重要なキー概念が、公と私、パプリックとプライベートだ。三浦さんは、公と私のシステムが完成と崩壊、変質と再生という時間軸で捉えられるとし、すべての問題を公と私という図式から解き明かそうとする。公の中に公私が入り込み、私の中にも公私が入り込むという入れ子的な関係。公私混同という言葉自体、じつはずっと新しく生まれたもので、もとは、公と私は、きれいに分かれていなかったのだ。
パターナリズムとはまさに父子の関係を原基にしている。パターナリズムを父子の問題系から、あらためて掘り起こしていくと面白いかもしれない。いいヒントをもらえた。
愛煙家の三浦さんであるが、新書館の社屋は全室禁煙。三浦さんは、しょうがないので野外の非常階段に灰皿を置いて吸っているという。ポートレイトの撮影のために、普段たばこを吸っている場面を撮らせてもらったが、やっぱりちょっとかわいそうでした。
パターナリズムとはまさに父子の関係を原基にしている。パターナリズムを父子の問題系から、あらためて掘り起こしていくと面白いかもしれない。いいヒントをもらえた。
愛煙家の三浦さんであるが、新書館の社屋は全室禁煙。三浦さんは、しょうがないので野外の非常階段に灰皿を置いて吸っているという。ポートレイトの撮影のために、普段たばこを吸っている場面を撮らせてもらったが、やっぱりちょっとかわいそうでした。
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