香山リカさんから最近刊の「ポケットは80年代がいっぱい」(バジリコ)を贈呈していただきました。さっそく開いてぱらぱらめくっていたら、ありましたよ、ぼくの記述が。「〜人間的にとてもやさしく義理人情にも厚い人、〜」とある。これは、うそでしょう。かなりはずかしいです。
それはともかく、彼女をいろいろな人にひきあわせ、また、知り得る限りのメディア関係者と接触できるようにしたことはホントです。その一人がここにも書かれている泉秀樹さん。そうdzumiの店長です。セゾンが面白いことをばんばんやっていた時、その仕掛け人の泉さんに、今はなき六本木のWEVEで引き合わせたのは、ぼくでした。彼女にとって、それはその後の生き方にいろんな意味で影響を残しと思います。
思えば、ピテカンやカルデサックなんていう、もうとっくになくなったカフェ・バーや、まだ健在のCAYやロイズといったエイジアン、パンパシフィック系レストラン、名前は忘れたけれど2階の屋上から満月がとてもキレイだった青山の古い1軒家のビストロなんてところへ引き回したのもぼくでした。彼女は、このビストロが気に入って、その後鈴木慶一さんも来たCD発売記念(彼女は今で言うエレクトロのリミックスアルバムを2枚もプロデュースしている)のパーティ会場につかったりしてましたっけ。美味しいものをけっこう一緒に食べましたね。でも、あとから、彼女は「著作多数」の一冊で、自分は食べることにほとんど興味がないと書いておられて(確かにそれは感ずいていましたが)はぁ、そんなもんかいなぁと思ったものです。
それはさておき、マルチな彼女の活動の中で、思想系でサブカルチャーにも通じている才女というキャラづくりに、少しは貢献できたかなとは思っています。ところで、帯と奥付に貼り付けてある彼女の87、88年のお姿は、どうみてもクリスタル系ですね。ワンレンじゃないのが救いですけど。ご本人は、その当時松本伊代似と言われていたと書いていますが、ぼくは早見優かキムタクの妻似だと思ってました。
以前『タコ』のファーストアルバムに彼女が参加していたのを知って驚いた、とここで書きましたが、あれじつは香山リカさんではない別の香山リカさんなんだって。そんなに何人もいるのかって、いるんですよ、これが。その秘密を知りたい人は、ぜひ本書をお買い求めください。
ポケットは80年代がいっぱい
それはともかく、彼女をいろいろな人にひきあわせ、また、知り得る限りのメディア関係者と接触できるようにしたことはホントです。その一人がここにも書かれている泉秀樹さん。そうdzumiの店長です。セゾンが面白いことをばんばんやっていた時、その仕掛け人の泉さんに、今はなき六本木のWEVEで引き合わせたのは、ぼくでした。彼女にとって、それはその後の生き方にいろんな意味で影響を残しと思います。
思えば、ピテカンやカルデサックなんていう、もうとっくになくなったカフェ・バーや、まだ健在のCAYやロイズといったエイジアン、パンパシフィック系レストラン、名前は忘れたけれど2階の屋上から満月がとてもキレイだった青山の古い1軒家のビストロなんてところへ引き回したのもぼくでした。彼女は、このビストロが気に入って、その後鈴木慶一さんも来たCD発売記念(彼女は今で言うエレクトロのリミックスアルバムを2枚もプロデュースしている)のパーティ会場につかったりしてましたっけ。美味しいものをけっこう一緒に食べましたね。でも、あとから、彼女は「著作多数」の一冊で、自分は食べることにほとんど興味がないと書いておられて(確かにそれは感ずいていましたが)はぁ、そんなもんかいなぁと思ったものです。
それはさておき、マルチな彼女の活動の中で、思想系でサブカルチャーにも通じている才女というキャラづくりに、少しは貢献できたかなとは思っています。ところで、帯と奥付に貼り付けてある彼女の87、88年のお姿は、どうみてもクリスタル系ですね。ワンレンじゃないのが救いですけど。ご本人は、その当時松本伊代似と言われていたと書いていますが、ぼくは早見優かキムタクの妻似だと思ってました。
以前『タコ』のファーストアルバムに彼女が参加していたのを知って驚いた、とここで書きましたが、あれじつは香山リカさんではない別の香山リカさんなんだって。そんなに何人もいるのかって、いるんですよ、これが。その秘密を知りたい人は、ぜひ本書をお買い求めください。

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