アルチュセールはその思想の多くをスピノザに負っていると告白する。「私が直接的にまた個人的にスピノザに負っているもの、それは彼の身体についての驚くべき考えである。身体は、(私たちの未知の力)を持っていて、mens(精神)は、身体がそのconatus(努力)、そのvirtus(力能)、fortitudo(力強さ)を展開させればさせるほど自由になるのだ。スピノザが私に与えてくれた身体の考えは、身体の思考であり、さらには身体とともに考えること、身体そのものの思考なのである。この直感は私が、私の思考や知的関心の発展と直接関係を持ちながら、自分の身体を獲得する経験、身体を〈組み立て直す〉経験と一致した」。アルチュセールの思考は、端的に身体を獲得する思考であったと十川幸司氏は言う。スピノザが析出し、アルチュセールを魅了した身体。この思考する身体こそ、情動機能に基づけられた身体のことであった。しかし、ここでいう情動とは、一般的に考えられているような感情と一体となった心的作用ではない。身体的変化として表出した生命調整のプロセスそのものとしての「情動」だ。生物が最初に身につけたもの、感情に先だって形成されたもの、それが情動の身体である。いまや生命をその内部から推し進める「力」とも見做される情動の身体は、脳科学からも注目され始めている。たとえばアントニオ・R・ダマシオは、その脳理論の中核に、このスピノザ的情動身体を置き、独自の理論ソマティック・マーカー仮説を生みだした。また、ジョゼフ・ルドゥーが情動身体を恐怖の神経メカニズムから探求している。
一方、感情を介さないために、外部から直接関与できるのも情動身体の特徴でもある。現代の管理技術は、情動身体を外部から操作可能なものにしてしまった。ブライアン・マッスミの議論をもとに酒井隆史氏が指摘する情動的次元の操作がそれだ。われわれは、知らずしらずに身体をコントロールされている。そして、感情がスルーされているために、コントロールされていることすら気が付かないのである。
そこで、身体の情動機能に注目し、情動回路を解き明かすことから、身体が置かれている状況、今日の社会を考えてみようというのが『談』76号の特集テーマだ。さてさて、今回は、どなたにご登場願うか、決定次第ご報告するが、サプライズもあるかも。こうご期待!