EL DECOで開催されている「原色の七十年代典 舞姫嵯峨+35」を見る。アーティストの山村俊雄さんと再会。彼は今回の公演の展示ディレクター。会場には、土方さん関係や暗黒舞踏の写真やポスター、活字資料が展示されている。17時30分、小林嵯峨さんのソロが始まる。覆面をし長靴を履き着物で静かにゆっくりと登場。手には、蝋燭が水に浮かんだ洗面器。ひさしぶりに暗黒舞踏を見たという感じ。土方舞踏を本当の意味で継承しているのは、芦川羊子さんと小林嵯峨さんだけだと思っていたが、今回あらためて見てそれが間違っていないことを確信した。
このひとのからだの動きは、まったくダンスではない。徹頭徹尾舞踏。今時こんなに舞踏している人がいるか、というくらい。それがよかった。舞踏がダンスではないというのは、舞踏する身体の動きが、行為でもフォルムに結晶する動きでもないということだ。しかし、だからといって肉体だけがあるというのでもない。肉体なんかどこにあるの? と一瞬感じる時もある。骸であり、単なる臓器を包む袋になったり、時には、なにもないただの空間になってしまう時もある。動物になり、男になり、少女になり、老婆になる。その分厚い掌と、太い足。顔だってちっとも美人ではない。なのに、絶世の美女になったり、セクシイな女のからだになったり、無骨な男の肉体になったりするのだ。なにか、容れ物があって、そこにさまざまな魂が出たり入ったりしている感じかな。終わり近くになって着物を脱ぎ、半裸になる。最期は洗面器をゆっくりと持ち上げて、水をかぶる。腰巻きが濡れて肌にぴったりとはりつく。その姿はまさにオンディーヌ。ついに、最期は神話の世界の住人になってしまった。