京成曳舟駅でエンテツさんと待ち合わせ。編集部のS嬢と今日は、京島、向島、砂町銀座のサーベイ。明治通りからすぐに横に入る。すでに道がゆるゆる曲がっている。リヤカーに米とか野菜とかを積んだおばちゃんが店先で立ち話。これらを積んでの行商らしいが、カメラをむけると「写すな、許可がいるよ」とものすごい拒否反応。「まち歩き」ブームでわれわれのような異邦人が、勝手にのこのこ入り込むので、いいかげん辟易しているのだろう。「まち歩き」もじっは地元にとっては、はた迷惑なものだということか。
京島3丁目あたりを散策。クルマの入れない狭い路地がいくつもある。くねくねと曲がっているもの、クランクになっているもの、袋小路になっているものと形態はさまざま。でも、それが路地独特の魅力を作り出している。年配の人が立ち話をしていたり、一人軒先でぼうっと外を眺めていたり、ぼくらのことをうさんくさそうにじっと見ている男性もいた。そして、やっぱり猫が多い。
京島のこの地域は戦災の被害をあまり受けなかったために、東京では珍しく戦前の街割りがまだ残っている。建物一つひとつの敷地が小さく、狭い路地に面してそれぞれの建物の玄関が並んでいるのが特徴。ほとんどが二階屋で、玄関の上に小さなベランダ(物干台?)が突き出ているという構造。
昔はただの「橘商店街」だったが、最近では「キラキラ橘商店街」と呼ばれている中央通りを歩く。まだ午前中のためか、開店準備中のところが多い。お惣菜屋さんがたくさんある。こっちはもうほとんどが営業中。佃煮屋さんが数軒あった。エンテツさん曰く、かつては佃煮をおかずにご飯をかっこむのが庶民のお昼だったことの名残り、とのこと。「お米からご飯、お弁当まで」という食のソリューションを提案するユニークな米屋があった。
いつも不思議に思うのが洋品店。失礼だけどお客さんはいるのかなと疑問に思っていたが、ここはちゃんとお客が入っていた。そしてけっこう流行っていた。
京成曳舟から押上に戻り、駅のそばのエンテツさんご推薦の「押上食堂」に入る。おかずが一皿200円、ご飯とみそ汁が150円。とにかく安い。マグロの刺身を食べたが美味かった。みそ汁がまた美味い。
押上から今度は東武伊勢崎線に乗って東向島へ。6丁目あたりを歩く。このあたりは、道路幅も広く、建て替えたところもあり、路地らしいものも少ない。途中、線路ぞいにプラネタリウムのようなドームを頂いた大きな建物を発見。外壁にパンチングメタルを施してあったので、すぐに長谷川逸子さん設計の墨田市民文化センターと判明。しかし、いかにもこれは珍妙だ。周囲の景観から明らかにういている。いくつかの棟を組み合わせてブリッジなどでつないでいて、一階部分は「ぬけられます」風の路地空間にはなっている。しかし、どうころんでも、周りの建物とは違い過ぎる。第一、スケールが大きすぎるし。もう少し低層のものにすればよかったのに。気が付くと、京成曳舟駅。
今度は東武伊勢崎線の曳舟駅へ。亀戸線に乗る。2両編成で4駅しかない。亀戸からタクシーで砂町銀座へ。砂町銀座入口から東へ向かって歩く。3時になっていたので、もう買い物客でにぎわっていた。とにかく魚屋が多い。数軒行くとあるという感じ。まぐろ専門店もあれば、焼き魚など調理済みのものを売る店も数軒あった。八百屋も多くて、とにかく安い。そらまめ100円、大根も100円、生椎茸も皿に山盛りで100円。惣菜屋も、揚げ物、練り物&おでん、いわゆる煮物とかを並べている。
商店街から枝のように右に左に路地が延びている。こっちは、飲み屋が軒を並べる。酒屋のとなりに焼き鳥屋。路地でその焼き鳥に食らい付きながら缶ビールを飲むおやじの一群を発見。面白いのは、焼き鳥屋が数軒あって、店の前にテーブルと椅子が並べてあるところが何軒かあったこと。そこで一人焼き鳥を一心に食べているおばちゃんがいた。焼き鳥の皿を前に談笑するファミリーもいる。「下町ならではだなぁ」とぼくは勝手に勘違い。
商店街の真ん中辺りにある「銀座ホール」に入る。なんだかきれいになっている(というのは8年ほど前に入ったことがあったので)。昔のデザインを踏襲する形でリニューアルしたのだ。カベやテーブルに小さい矩形のタイルをはってあったり、ペンダント式の電球がレトロチックだったりとなかなかいい感じ。食前酒にどうぞと梅酒がメニューにある。たとえば、梅酒を飲んで、前菜に餃子、ビールを飲みつつメインディッシュにハムカツとそばメシ、最後にデザートで大判焼きかソフトクリームとたのむと、ちょっとした下町風コース料理の出来上がりだ。こんな楽しみ方はここでしかてきないだろう。
おかず横丁での買い物ができなくて残念だったが、大変楽しいサーベイだった。
京島のこの地域は戦災の被害をあまり受けなかったために、東京では珍しく戦前の街割りがまだ残っている。建物一つひとつの敷地が小さく、狭い路地に面してそれぞれの建物の玄関が並んでいるのが特徴。ほとんどが二階屋で、玄関の上に小さなベランダ(物干台?)が突き出ているという構造。
昔はただの「橘商店街」だったが、最近では「キラキラ橘商店街」と呼ばれている中央通りを歩く。まだ午前中のためか、開店準備中のところが多い。お惣菜屋さんがたくさんある。こっちはもうほとんどが営業中。佃煮屋さんが数軒あった。エンテツさん曰く、かつては佃煮をおかずにご飯をかっこむのが庶民のお昼だったことの名残り、とのこと。「お米からご飯、お弁当まで」という食のソリューションを提案するユニークな米屋があった。
いつも不思議に思うのが洋品店。失礼だけどお客さんはいるのかなと疑問に思っていたが、ここはちゃんとお客が入っていた。そしてけっこう流行っていた。
京成曳舟から押上に戻り、駅のそばのエンテツさんご推薦の「押上食堂」に入る。おかずが一皿200円、ご飯とみそ汁が150円。とにかく安い。マグロの刺身を食べたが美味かった。みそ汁がまた美味い。
押上から今度は東武伊勢崎線に乗って東向島へ。6丁目あたりを歩く。このあたりは、道路幅も広く、建て替えたところもあり、路地らしいものも少ない。途中、線路ぞいにプラネタリウムのようなドームを頂いた大きな建物を発見。外壁にパンチングメタルを施してあったので、すぐに長谷川逸子さん設計の墨田市民文化センターと判明。しかし、いかにもこれは珍妙だ。周囲の景観から明らかにういている。いくつかの棟を組み合わせてブリッジなどでつないでいて、一階部分は「ぬけられます」風の路地空間にはなっている。しかし、どうころんでも、周りの建物とは違い過ぎる。第一、スケールが大きすぎるし。もう少し低層のものにすればよかったのに。気が付くと、京成曳舟駅。
今度は東武伊勢崎線の曳舟駅へ。亀戸線に乗る。2両編成で4駅しかない。亀戸からタクシーで砂町銀座へ。砂町銀座入口から東へ向かって歩く。3時になっていたので、もう買い物客でにぎわっていた。とにかく魚屋が多い。数軒行くとあるという感じ。まぐろ専門店もあれば、焼き魚など調理済みのものを売る店も数軒あった。八百屋も多くて、とにかく安い。そらまめ100円、大根も100円、生椎茸も皿に山盛りで100円。惣菜屋も、揚げ物、練り物&おでん、いわゆる煮物とかを並べている。
商店街から枝のように右に左に路地が延びている。こっちは、飲み屋が軒を並べる。酒屋のとなりに焼き鳥屋。路地でその焼き鳥に食らい付きながら缶ビールを飲むおやじの一群を発見。面白いのは、焼き鳥屋が数軒あって、店の前にテーブルと椅子が並べてあるところが何軒かあったこと。そこで一人焼き鳥を一心に食べているおばちゃんがいた。焼き鳥の皿を前に談笑するファミリーもいる。「下町ならではだなぁ」とぼくは勝手に勘違い。
商店街の真ん中辺りにある「銀座ホール」に入る。なんだかきれいになっている(というのは8年ほど前に入ったことがあったので)。昔のデザインを踏襲する形でリニューアルしたのだ。カベやテーブルに小さい矩形のタイルをはってあったり、ペンダント式の電球がレトロチックだったりとなかなかいい感じ。食前酒にどうぞと梅酒がメニューにある。たとえば、梅酒を飲んで、前菜に餃子、ビールを飲みつつメインディッシュにハムカツとそばメシ、最後にデザートで大判焼きかソフトクリームとたのむと、ちょっとした下町風コース料理の出来上がりだ。こんな楽しみ方はここでしかてきないだろう。
おかず横丁での買い物ができなくて残念だったが、大変楽しいサーベイだった。










アルシーヴ社は渋谷に事務所をかまえられているそうですが、
渋谷の、N横丁は、写真を撮るだけでお金取られるみたいです。
しかし、「許可がいる」とは、どうすれば許可がおりるのですかね(笑)。
何かを要求しているのでしょうか。