デザイン

「カワイイデザイン」から生まれるカタチと抽象性の探求

「〈対談〉カワイイ共同体―ガールズパワーの深層」(『tasc monthly』2010年4月 No.412)にご出席いただいた真壁智治さんより、「カワイイ」関連のセミナーのご案内です。
フォルマ・フォロ セミナー 第6回
「真壁智治(プロジェクトプランナー) ザ カワイイ ヴィジョン〜新たな抽象性を求めて」
「カワイイ」感覚の所在を探り、「カワイイデザイン」の地平を拓く、もう一つのデザイン学の試みについて。「作り手」と「使い手」との感覚共有が生み出す「カワイイデザイン」から生まれるカタチと抽象性の新たな世界を介した、人に寄り添うオルタナティブデザインへの道を考えたい。
討議 難波和彦(建築家)×松田行正(デザイナー)
司会進行 岩岡竜夫(東京理科大学)
日時 2012年4月21日(土)16時〜18時(15時30分会場)
場所 武蔵野美術大学新宿サテライト
tel 03-3343-6311
参加料 ¥1000-(一般学生\500-/日月会準会員 無料)
定員 120名(申込先着順 日月会会員以外の方でも自由に参加できます)
申込方法 日月会HP http://www.nichigetsukai.com/の申込フォームかメール(event@ nichigetsukai.com/)にてセミナー希望と明記のうえ、お申込み下さい。
セミナー終了後、懇親会も予定しております。
後援 武蔵野美術大学校友会

「カワイイ」をテーマにした女子力全開のシンポジウム開催か

『tasc monthly』no.412で日本経済新聞編集委員・石鍋仁美さんと「カワイイ共同体―ガールズパワーの深層」というテーマで対談をされたプロジェクトプランナー・真壁智治さんと表参道の事務所にて打ち合わせ。今年上半期に出版予定の書籍にあわせて開催するトークショーのブレスト。真壁さんは、「家を伝える本シリーズ/くうねるところとすむところ」を監修されていて、若手の書ける建築家の発掘に尽力されているが、そのなかから「この人、僕の隠し球」とあげられたのがまだ院生の女性。すでに某設計事務所に席をおいて精力的に仕事もこなしている。そこで、ひらめいた。彼女にも参加してもらう「カワイイ」をテーマにした女子力全開の一大シンポジウム。版元の担当者も「これはいける」と太鼓判。はてさてどうなることやら。おそらく、夏頃の開催になると思うので、期待してください。

竹原あき子さんから、すてきなご著書を贈呈いただきました。

和光大学を昨年退職された竹原あき子さんから、すてきなご著書を贈呈いただきました。
『縞のミステリー』と『そうだ 旅にでよう』の2冊。
縞はパストゥローが『悪魔の布』で述べているように、もともとスキャンダルなものだったといいます。売春婦、死刑執行人、旅芸人などが着るように、縞は、異端者のもので、なんらかのかたちで悪魔と関係があったというのです。それに対して、九鬼周造が「粋の極致」と表現したように、日本人は縞に独特な感情を抱いていました。縞とは、はたしてどちらなのか。竹原さんは、日本人が愛し育てた縞模様の謎を求めて旅に出ます。そして、意外な事実と出会います。その事実とは……。
後者は私家版。山口マオさんの挿絵も素敵です。が、残念ながら書店にはありません、あしからず。
縞のミステリー
縞のミステリー
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超高層の嫌いな僕が、あえてその魅力を考えると…

某大学の留学生から、超高層の観光における可能性、というユニークな研究で、僕に意見を求めてきた。台湾出身で、日本の高層建築は台湾のそれと違い「街」のようになっている。これは、都市観光資源として見ると面白いのではないかというのである。
超高層がなぜ東京で80年代以降ドドッと建てられるようになったのか、まずその社会的な背景を述べた。バブル経済の真っただ中にあった日本は、アジア地域の都市間競争に勝ち抜くために、まず規制緩和をし都市再生の名のもとに都市再開発を強力に進める必要があった。なかでもその中心となる東京は、インフラ整備、高度情報化、高密度化を推進し、高付加価値型都市へと転換することが求められた。日本経済の発展という錦の御旗のもと、都市の建物は高層化せざるを得なかったのだ。
次に超高層とは何か、ヨーロッパの近代建築史の中ではきわめて特殊なものであることを論じた。トップとボトムとそれをつなぐ中間体の三層構造からできているのがヨーロッパ建築における高層建築(アパートメントなど)であるが、アメリカを起原とする超高層は、トップとボトムにほとんどを意味をもたせない、いわば中間体がただダラーっと間延びしただけの建築であると説明。だから、いくらでも高くできるのだ。その意味で、近代建築における高層建築が進化してものではなく、あくまでも新種の建築であることを強調した。モダニズムからポストモダンへという建築思潮の流れにのりつつも、超高層においてはそれとは別の論理が働いていたことを確認した。
ヨーロッパの高層建築が主にボザール系のアーキテクトによるものだったのに対して、アメリカの超高層はビルダーによるものが主流。建築家不在の、したがって建築的意匠の希薄な間延びした塊が沢山建てられることになる。東京の超高層は、このアメリカの「間延び構築物」を引き継ぐものだった。これまでの単機能型(オフィスならオフィスだけといった)の超高層から、近年六本木ヒルズのように「街」を意識した多機能型超高層に変化しつつある。しかし、これは容積率を確保するための処置であり、都市計画上の縛りからくる必然的な帰結でしかない。ゾーニングの考えが、平面からエレベーションへと変わっただけである。縦へ積上げられるゾーンという発想は、日本の場合すでに戦前から百貨店の平面計画として実行されていた。過去の参照であり、そこだけ見れば、確かにポストモダン建築を踏襲しているといえなくもない。
ジェイコブス派を自認する僕としては、超高層に何も魅力を感じていない。むしろ「街」などといわれると「じょうだんじゃない」と腹立たしくなると言っておいた。結局のところ、観光という観点から見れば、かつてから言われている展望がやはり有力だろうと結論。話としては、いささか陳腐なものになった。しかし、俯瞰(都市を)するというのは視覚の欲望であり、快楽である。そこで、ハッと思った。鳥瞰図絵師・吉田初三郎的世界観を、観光資源としての超高層という観点から捉え直してみてはというアイデアだ。もともと観光地を極端にデフォルメして描き、クライアントを喜ばせた吉田の鳥瞰図。特に俯瞰マニアの僕としては、すごくいけそうな気がした。俯瞰、縮みの思考、フィギュア。超高層の観光資源化を捉えるキーワードはこの三つだ。

かわいい屋台を探して渋谷をクルージング。

カメラをぶらさげて青山、表参道、渋谷方面へ。表参道ヒルズのうらあたりで、アジアンフードの屋台発見。ビルの玄関前の駐車スペースを利用。一応許可をいただき撮影させてもらう。なんか匂っていたんですよ。これを大きく使えばいい。押さえはとれた。そのまま、もとセントラルアパートのところに手作りハンバーガーの屋台。これも撮影。forever21の前の行列を見ながら、裏原宿を通って原宿駅まで。そのまま代々木公園から、コルテオの解体現場、スタジオぱーくを横目に見て、CCレモンホールからBUNKAMURA、ホテル街、ユーロスペース経由(四方田犬彦さんを発見。つい最近原稿をお願いしたが断られた、映画鑑賞のため?)で、セルリアンホテル横、お弁当屋さんの屋台を撮影。渋谷駅を中心に、ぐるっと半径800〜400mを回ってしまった。

九州の鉄道は、どうしてあんなにユニークな車両が多いのか。

九州にいって気がつくのは、鉄道がみんな個性的なこと。外装がユニークなだけではなくて、内装がやたらゴージャスだったりして驚いてしまう。その謎がやっととけました。個性派列車は、じつは工業デザイナー・水戸岡鋭治さんが手がけたものだった。特急「ゆふいんの森」、特急「ソニック」、観光列車「いさぶろう・しんぺい」など。そして今度は、熊本-人吉間を走るSLや和歌山電鐡(猫の駅長さんのいる)の電車「たま電車」をデザインした。そういえば、INAXで展覧会やっていたのを思い出した。いけば良かった、残念。

エレクティックこそ20世紀的デザインの特徴だった!?

目黒区美術館へ。「上野伊三郎+リチ コレクション展」の内覧会とレセプション。さっそく展示を観賞。2人(夫婦)は、日本の近代建築史やデザイン史に名をきざみながらも、その活動、作品はほとんど知られていなかった。今回の展覧会は、それらがじつはちゃんと保管されていて、始めてその全貌を明らかにするというもの。まさに、幻のコレクションなのだ。感想をひとつだけいうとすると、伊三郎の鉄とコンクリートによるモダニズム建築(外装)の内部(内装)に展開するリチのアールヌーヴォを思わせる有機的でファンタジックなデザイン、その一見相反するデザイン志向が壁1枚で共存しあう。なんともスリリングな試み。ウィーン工房の装飾性とバウハウス方式ともいえる機能主義が、じつは水と脂の関係ではなく、むしろそのあり得ない融合によって新しい感性を生み出してきたのではないか、ということに気がついた。それこそ、20世紀的デザイン、新たなエレクティックの誕生である。これは、今考えている「かわいい」に通じるところがあるんじゃないかという仮説も。
上野伊三郎+リチ…コレクション展
  ウィーンから京都へ、建築から工芸へ

「かわいい」は、いまや「まちづくり」のネタにもなるんですよ

city&lifeの企画委員会。「美しい町と村」と「かわいいまちづくり」の2本を提案する。「美しい」は、ヨーロッパ発なので、日本の文化や農業そのものの違いを留意して、問題点も含めてとりあげるのがいいのでは、というご意見。なるほど、ごもっとも。さて、肝心の「かわいい」は、クライアントの危惧がうそのように、林先生、小谷部先生ともに興味津々。むしろ、建築畑に絞り過ぎないほうがいい、マンダラのようにマルチに紹介したら、と大変好意的なご意見。ばっちり通ってしまった。林先生は、アラフォーを知っていたけれど、小谷部先生は、乙女ロードを知らなかった。そのあとマッカーサーの執務室を見学。小谷部先生はNHKの白州次郎を見たらしく(僕も見てました)、大変興奮気味だった。そういえば、city& life』では、ずっと昔白州正子さんに原稿をお書きいただき、武相荘を撮影させてもらったことがあった。こんなに注目されるようになろうとは思っても見なかったけどね。

建築史、批評界「〈もの派〉の見取り図」年表、果たして間に合うのか。

一日中年表づくり。昔から、年表をつくるのが好きだった。けっこううまくできたのもある。けれども、今回つくっている建築史、批評界「〈もの派〉の見取り図」年表は、なかなか難儀だ。最終的には、イラストレーターに手書きで仕上げてもらうつもり。しかし、取りかかるのが遅かった。締め切りがすでにすぎている。原案は、できたけれど絵に起こすのが間に合わないかもしれない。ひとり悲鳴をあげている僕…。

なぜビルの形をキリンの姿にしたのかって、それは……。

副都心線で北参道へ。『超合法建築図鑑』の著者で建築家の吉村靖孝さんをインタビュー。千駄ケ谷2丁目付近は、コンクリート打ちっ放しのビルが多い。デザイナーやクリエイターの事務所もなんだか多そう。というのも、オシャレさん系の飲食店がいくつもあるから。目的の事務所も同じオシャレビル。出てこられた吉村さんもオシャレな方でした。
街でみかける建物の中には、なんでこんな形してんだ? どうしてこんなところに大きな穴あけんの? 同じ店なのになぜビルを二つに割るか? キリンさんの形にしなきゃならない必然性は? 、と首をかしげざるを得なくなるものがけっこうあるでしょう。じつは、これらの物件、ウケねらいやデザインでやっているわけではないんです。建築法規を頑なに守ったために生まれた形なのです。だから超合法建築、僕に言わせれば建築の順法闘争、法律誉め殺し物件なのです。『超合法建築図鑑』は、都内に存在するこうした77の超合法建築を、法的な補助線を書き入れることにより図解した本邦初の超合法建築物件集です。今日は、その著者に直接お会いして、どうしてこんな面白い本をつくろうと思ったのか聞きたくて、お訪ねしたというわけです。
さて、インタビューの内容は……、9月末発行予定の『 city&life』no.89に掲載しますので、そっちを買って読んでくださいね。
超合法建築図鑑 (建築文化シナジー)

「東京の階段」の著者をお招きして、階段物語をご披露いただきました。

14時に早稲田大学理工学術院客員講師・松本泰生さん来社。松本さんは、あの「タモリ倶楽部」で、面白い階段案内人として登場した方です。ご著書「東京の階段」は、厳選した都内の階段120ヶ所あまりを写真とコメントで紹介したユニークもので、昨日に引き続き『city&life』掲載のためにインタビューをさせていただきました。
階段の定義はなかなかむつかしいらしい。一応、通り抜けできることとか地形に関係のあるものというぐらいを考えていらっしゃるようですが、構築物と一体化したものや、人工物か自然物かがあいまいなものが案外多いという。したがって定義すること自体あまり意味がないだろうと今は思っていらっしゃるとか。話をうかがいながら、かつてINAXギャラリーで「階段物語」をやったことを思い出しました。こっちは、建築物内の階段だったので、分類も蒐集もそんなに大変ではなかったのですが、道路や路地の階段となると、なるほど設計者不祥が大半だし、しょっちゅう作り替えられたりしていて、いざ調べてみると骨が折れるらしい。まぁ、だからこそ深く長く愉しめるものではあるようですが(笑)。
最後に、松本さんが一番キレイだと思っている階段は? と伺うと、「やっぱりきたか」と笑いながら、絶対それ聞かれるんだよねぇと。でも、いつも変わっちゃうんだよ。それでも、ベスト5位までは選んでくれました。それは……、9月発行の『city&life』no.89で読んでくださいね。
それから、階段を一つ見学。六本木通りをはさんで向かい側の通常三角州の角のところに階段があって、松本さんその存在を地図で知っていたのでしたが、未見だったとのこと。さっそく歩いて5分、見に行きました。いつのまにか手すりもついていて、それも壊れている! しかも、おもいっきし逆光。ところで、この階段のとなりの古いビル、今はクラブになっていますが、60年代にはあの天井桟敷があったところなのです。「ここがロドスだ、ここで跳べ」なんて落書きがあって、羽仁進や大島渚の映画にもしばしば登場したところでした。われわれは、あきらめて氷川神社へ。この参道の石段に階段研究者を立たせて撮るのは面白いよね、と編集者の斎藤夕子さん。この方、いつもこんな具合にナイスなアイデアを出すんで、ついぼくも調子にのってしまうのです。もちろん、ポートレイトはバッチリうまく撮れました。
東京の階段?都市の「異空間」階段の楽しみ方

「アーバン・エコトーン」から、日本の街を見直してみると……。

TXでつくばへ。筑波大学大学院人間総合化学研究科芸術学系准教授・渡和由さんにインタビュー。『吉祥寺スタイル』の共著者です。吉祥寺に興味をもって『city&life』で特集を組んだり、エンタメ・ビジネス論でサーベイしたりしていますが、この本を店頭で発見した時は、これだ!って思いましたね。なぜ、吉祥寺が魅力的なのか、ここにはその秘密が惜しげもなく紹介されています。
渡さんは、環境デザイン、サイトプランニングがご専門。ジム・ヴァンダーリンの「アーバン・エコトーン」の紹介者でもあります。吉祥寺にこのアーバン・エコトーンをあてはめてみると、みごとにそこによりよい街の遺伝子が散見できたのです。よりよい街の遺伝子とは、過去に遡って生態学的にいい街といわれていた街の条件や特質のことです。最近注目されているニューアーバニズムのモデルであるいわゆる「old town」の条件が、吉祥寺にはみんな揃っているということがわかったのです。もちろんここでいう生態学とは、手あかのついたエコロジーという意味だけではなく、ギブソンのアフォーダンス(エコロジカル・サイコロジー)やガタリのエコゾフィーの意味も含んでいるものです。
私見ですが、吉祥寺はたまたま奇跡的にうまく当てはまったともいえます。どのまちにも応用できるというものではないでしょうし、まして、それを計画的につくりだすというのは用意ではありません。それこそ奇跡でもおこらないとムリなような気はするのですが、そこで地団駄を踏んでいてもしょうがありません。渡さんも、次なる吉祥寺をすでに発見して、プロジェクトを初めておられるようです。ぼくらも、頑張って、街のよりよい遺伝子探しに出発しましょう。

吉祥寺スタイル?楽しい街の50の秘密

『この写真がすごい2008』は、近年稀にみる痛快な写真本だ

とりあえず「写っている」モノが目の前にあるから、とりあえず手にとってみて、とりあえず見ている。いや、実際はもっと無自覚だ。ただぼくの目に写真という形式をもった画像が、次から次へと飛び込んできて、それを意識したりしなかったりしている、というのがホントのところだろう。どうやら、写真とぼくとの関わりは、常にこんなものだったのだ。写真と真剣に向き合い、凝視し、煩悶し、なんとかして目の前にあるモノに言葉を与えようとしたこともあるにはある。写真とは何か、それは技芸なのか、表現なのか、はたまた自意識なのか。真面目に考えては見るものの、大概は手痛いしっぺ返しを食らうことになる。そもそもこのアプローチにムリがあったのだ。そう、写真は、いつも目の前にあるものであり、そのように日常化したモノそのものだったのだ。ものすごく陳腐な言い方をあえてしてみようか。写真は見るものである前に、「感じる」ものだった。

作家の大竹昭子さんから、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)を贈呈していただきました。これがめっぽう面白いのです。「誰が撮っても、どこにあっても写真は写真」を切り口に、大竹さんがこの1年間に見た写真……写真集、写真展、雑誌の投稿ページ、広告、 webなど……の中から、「すごい」「おもしろい」「見飽きない」を基準に、100点選んだもの。「なぜこの写真?」か、1点1点に、練りに練られた(に違いない)コメントがつけられている。これらの写真を眺めつつ、大竹さんの言葉を読めば、なるほど「だからこの写真!」、と、すとんっと胸に落ちてくる。なんという心憎い編集。なんか、やられたって感じです。

それにしても、ナンバー59の十文字美信の「猿の剥製」からページをめくるたびに、北村弘の「パンツの大写し」、小倉昌子のモノクロの「花札する兄弟」、畠山直哉の「大阪球場内の住宅展示場」が展開する、この台割りはなんだ。エディトリアル・デザインに恐怖を覚えたのはこの本が始めてです。

この写真がすごい2008

空前絶後、古今未曾有の快挙!!

青土社(というか編集に関わった郡淳一郎さん)から『足穂拾遺物語』を贈呈いただく。
これは凄い!! 凄すぎです!! 稲垣足穂の新発見文章101編+αに、解題・校異700枚(400字詰)を付した総ページ数456ページという、空前絶後、古今未曾有の快挙、といってもまだ言い足りない今世紀最大の出版企画です。
初出媒体に発表されて以来、これまで著書・選集・全集に一度も収録されたことがなく、しかも、それらの「作品年譜」「初出一覧」「解題」で言及されたこともなかったという、まさに幻の文章ばかりを集めたもの。筑摩書房版『稲垣足穂全集』と雑誌『ユリイカ増刊 総特集稲垣足穂』所収の「新発見作品10編」と合わせると、既発見の足穂作品は全て網羅されるというのです。
『遊』で松岡正剛さんから、また学研発行の『FAIR LADY』で柳生弦一郎さんから、『ゆでめん』で松本隆さんから、足穂という名前を聞き、出会ってから早35年が経ちました。爾来、足穂は僕の永遠の遠國であり夢そのものです。しかし、僕の足穂は、現代思潮社版『稲垣足穂大全』が全てでした。もちろんその後刊行されたあまたの選集、コレクション、単著書、対談集、雑誌特集、また論者による足穂論は集めていますが、その理念・思想において、この大全に勝るものはないと長い間思っていたのです。そんな僕にとってまさに青天の霹靂ともなったのが『ユリイカ増刊 総特集稲垣足穂』でした。そして、この『足穂拾遺物語』。さらにそれをはるかに上回る超サプライズな一冊となりました。
魔術的ともいえる編集の妙には感動の二字しか思い浮かびませんが、『ユリイカ』と同じ羽良多平吉さんのデザインワークが飛び抜けています。かっこいいを通り越して、もはや神々しささえ感じられます。
何はともあれ、みなさんぜひ買いましょう。一家に一冊あって当然という聖書にも匹敵する一冊であることは間違いありません。
なお、本書刊行を記念してイベントが開催されます。関西方面にお住まいの方、ぜひぜひ足を運んでくださいな。
「TAROUPHO LIVRE FRAGMENT」
「稲垣足穂になるのです」
足穂拾遺物語

想像力の立体地図は、本物以上のリアリティ

TUBE GRAPHICS・木村博之さんのインタビュー。「ご尊父は捕鯨船に乗っていたんですよね」と話を向けると、「これ知ってますか」と言って棚に飾ってあったクリーム色の物体を二つもってきた。「クジラの歯です、面白いでしょう」。子供の時にもらったのだという。ご尊父は、アイスランドやガーナやカナリア諸島と遠洋航海に出て、いく先々の寄航場所から、手紙をくれたのだそうだ。それで、そこがどこかを知りたくて、地図を買って調べ始めたのが、地図に興味をもったきっかけだった。郷里の宮城県女川は、金華山沖でクジラ漁をやっていて、小学生だった木村少年は、毎週のようにニッスイの工場で行われていたクジラの解体を見に行っていた。一方で地図に、他方で解体ショーに。その後地図製作とグラフ制作が合体していく木村さんの思考は、すでに少年時代に準備されていたのだ。木村さんの地図づくりのフィロソフィーに共感する。多面的な見方、こっちからみたり、あっちから見たり、俯瞰したり、下から仰いだり…、世界をさまざまな視点で眺めてみる。そして、地図という2次元の世界にそのまなざしを投影していく。それが、木村流立体地図なのだ。単なるアクソメ図ではなくて、想像力の立体地図といったところか。 TUBE GRAPHICS

ところで、木村さんには以前『談』no.48別冊「混合主体のエチカを求めて」で、面白い地図をつくってもらった。ちょうど地球の真裏同士に位置するカリブ海とバルカン半島。一方は海洋、他方は大陸という違いはあるけれども、人種・民族の混交が激しく進みクレオール文化圏を形成しているという意味では似ている地域。魚眼レンズで見てみると、まるで同じ場所が図と地を反転しているように見えてしまうのだ。「あれは面白かったですよ」と木村さんに伝えたら、すっかり忘れておられた。う〜ん、ちょっとがっかり。

羽根と魚眼レンズをもつおじさん

吉田初三郎さんという地図製作者を知ってますか。こんなのつくっている人

その初三郎さんの研究家でコレクターでもある藤本一美さんにご連絡。初三郎さんの膨大な地図の中で、「賑わい、活気があってまちづくりにつながってくるもの」をお貸しいただけないかというお願いと原稿依頼。電話に出られた藤本さんは、現在の実際の町と捉えて、「…は絵として面白いのだけれど、今衰退しちゃって、町おこしをしようとはしているんですが」とおっしゃる。いや、そうではなくて、描かれた地図の中にそうした賑わいや活気があふれていればいいので…」とあわてて説明する。それならば目星がつくので、探してお送りしましょうとのご返答。あまりに気軽におっしゃるんで、ちょっと驚く。だって一種の美術作品、大変貴重なもの。それをあっさりと宅急便で送ってくれるという。それを撮影することにする。次に、「住宅地図」の件で、ジオへtel。日本にしかないという「住宅地図」。これを写真にとって紹介しようと思っているのだが、個人情報の取り扱いで心配になり連絡をとった次第。「公共施設なら問題ないので、それが出ているページにされたらどうですか」と。僕らの考えていることと同じ回答がかえってきた。複写掲載許可について恐る恐る尋ねたのだが、それもあっさり「いいですよ」と。逆にありがとうございます、とお礼まで言われてしまった。地図関係の人って、なんでこんなによく言えば親切、悪く言えば無防備なんだろうか。そもそも地図というものが、公共的なもので、アノニマスなものだから、所有権とか個人情報といったものに、あまりこだわりがないからなのか。やっぱり地図関係はどこか少し違いますね。

本屋に溢れるおもしろ地図。こんどはこいつを料理しよう。

「city&life」の企画委員会。次号の地図特集をプレゼンする。大量にコピーしたさまざまな地図を(しかもカラーで)持参し次々に拡げて見せながら提案した。やはり、ブツがあると強い。企画委員のみなさん興味深くみておられた。もちろん企画は通りました。これはすごく面白くなりそうですよ、期待してください。話は、今回とはまた違った視点での地図特集もやれるのだはないか。集めた地図で展覧会をやろうとか、話題はすでに次次号に。景観問題にも斬り込みたいと思っているし、いや、その前に海外ネタだ。その仕込みをやらなくちゃ。

『談』の表紙を飾った牛腸茂雄さんの作品が好評だ。

『談』の表紙に使った牛腸茂雄さんの写真に感動して、写真をみてもらえないかと若い女性が作品をもって来社。基本はモノクロームのプリント。全体にアンダー気味で、ややソフトフォーカス。風景、人物(顔は避けられている)、モノ、動物と対象は統一されていない。しかし、最初の数点を見て、このひとは写真がよくわかっているひとだなと直感した。聞くと、写真は基礎を少し学んで程度で、独学で覚えたらしい。スナップのように軽やかなフレーミングで切り取られた対象物、よく見ると厳格にトリミングされている。しかも、大型カメラで撮っているという。個人的にかなり気に入ったので、『談』のADの河合千明さんを紹介した。来年グループ展をやるというので期待しよう。ところで、今回の牛腸さんの初期の作品、けっこう評判。とくに若い読者の何人かから、「表紙いいですね」ということばをもらった。1968年のこんな風景が、もうどこにもないからだろうか。夕方、Yの準備会。ひさしぶりに「はげひげさん」こと篠原菊紀教授と同席。ごく最近、氷川きよしにときめくおばさんファンをつかまえてfNIRStationで脳活動調べておもろかったとはしゃいでおられた。そういう先生の方がよっぽどおもろいよ。これから、また1年、廣中直行先生や下斗米淳先生、山下柚実さんらと定期的なディスカッションが始まる。今から楽しみだ。

ジェイコブスが出した宿題とは。

「C&L」の企画委員会。3月発行予定の「ジェイコブスの特集」について。それ以外に企画3本プレゼン。ジェイコブスの特集は題して「ジェイコブスの宿題」。
「誌上シンポ」のひとつがジェイコブスの四つの原則を再考しようというものだったが、「ジェイコブスはこう読め」も含めて、これまでのジェイコブス再評価の延長にある。経済学徒としてのジェイコブスという視点は確かに面白いが、全体に新味がないというのが皆さんの共通した感想。日端先生は「五感の人」ジェイコブスの近代都市批判者の側面は一環していて、しかし、それが近代都市を乗り越えようとしている時に有効性をもちうるかというと疑問だという。四つの原則はあくまでも対症療法でしかなく、理想としての都市モデルを提出したわけではなかったとおっしゃる。陣内先生は、理念なき日本の都市の現状を見るとジェイコブスに見習うべきところはいっぱいあるけれども、あまりにもそのギャップが大きすぎる。日本の都市が酷すぎるというのである。林先生は、もう少し新しい視点が出せないと、面白くないという素朴だが一番的を突いた意見。
しばらく三人でジェイコブスを題材にそれぞれの都市論を披露される。これを聞いていたら、いいアイデアが浮かんだ。いっそ三人でディスカッションをしてみたらどうだろうか。その案をもちだすと、三人とも難色を示したが、しつこくお願いしたので、結局やることになった。もちろん安易にそうしたいと思ったわけではなくて、今まさに話し合われたことが、ジェイコブスの今日的な読みであり、また探りたいと思っている疑問への解答であったからだ。
日端先生の理解・評価と陣内さんのそれが、微妙に重なりつつもその着地点には大きな開きがあるように感じて、それもまた興味深かった。林さんがファシリテーターをかってでてくれるというので、これで決り。本年最後の座談会となる(そういえぱ、去年もこのメンバーに小谷部先生が加わって座談会やったなぁ)。

『談』の今回のヴィジュアルは加藤泉さんの平面作品

『談』表紙関係の色校正が出た。今号の表紙は牛腸茂雄の写真。中に入るヴィジュアルは加藤泉さんの平面作品。これがすごいインパクト。質感もよく出ていてこれなら直しはいらないだろう。特集の内容をみごとなまでに表象している。デザイナーの河合千明さんのチョイスに頭が下がる。乞うご期待。

都市遺産の保存・再生に舵を切った上海

『City&Life』の企画委員会。各地で「安全・安心のまちづくり」の取り組みが進んでいるが、リスクへの過剰反応からか少々ヒステリックになっているようにも思える。そこで、防犯、セーフティ・ネットという二つの切り口から「安全・安心のまちづくり」そのものを原点に立ち返って考えてみようと企画を提案する。日端先生、陣内先生、そして協会の方も、テーマ、内容ともに関心をもってくれた。座談会2本とインタビュー3本。今号とはうってかわって、文字情報中心の読ませる内容。
陣内先生から、先日上海に行ってきたという報告。上海というと中国の中でも急速に近代化を進めている場所。超高層がバンバン建設されて、これがほんとうにあの中国? 目を疑いたくなるほど激変している様子がTVなどで再三報じられている。そういう意味で人々を驚かせてきた上海だが、陣内先生は今回の訪問で、それとはまったく異なる驚くべき事態が進んでいることに驚愕したという。「インダストリアル・ヘリテイジ」という考え方で、近代建築を保存再生するプロジェクトが大々的に行われているというのである。
あの中国がである。スクラップアンドビルドで、なんでもかんでも超高層にしてしまうという日本の状況を横目に見ながら、中国は、リノベーションを主体とした都市再開発にすでに大きく舵をとりなおしているというわけだ。そのいくつかを見学してきたようで、それがあまりにすばらしかったらしく、陣内先生は目を輝かせてわれわれにその新しい上海を語ってくれた。それで、ぜひ上海をとりあげましょうよ、だって。それは、面白いかもしれない。ついに都市開発、建築の分野においても、中国は日本を追い越してしまったようだ。

「暴力批判論」を読むデリダ

「個人と対立して暴力を独占しようとする法のインタレストは、法の目的をまもろうとする意図からではなく、むしろ、法そのものをまもろうとする意図から説明されるのだ。法の手中にはない暴力は、それが追求するかもしれぬ目的によってではなく、それが法の枠外に存在すること自体によって、いつでも法をおびやかす。(…)「大」犯罪者のすがたは、かれのもつ目的が反感をひきおこすばあいでも、しばしば民衆のひそかな賛歎をよんできたが、そういうことが可能なのは、かれの行為があったからではなくて、ひとえに、行為が暴力の存在を証拠だてたからである。」(ベンヤミン「暴力批判論」13p)。これをデリダは、次のように読解する。「こうして法権利は、まさしく自分の利益・関心(インタレスト)のために暴力を独占する。(…)この独占がめざすのは、正義にかないかつ合法的なさまざまな特定の目的を保護することではなくて、法権利そのものを保護することである」。この二人の発言から、萱野稔人氏はこう警告するのだ。「国家が他の暴力を取り締まるからといって、それを正義の実現だとかんがえてしまう素朴な発想はやめになくてはならない」と。「国家がまずあるのではなく、暴力の行使が国家に先行する」。デリダの一周忌の言葉にかえて。

「暴力批判論」を読むデリダ

「個人と対立して暴力を独占しようとする法のインタレストは、法の目的をまもろうとする意図からではなく、むしろ、法そのものをまもろうとする意図から説明されるのだ。法の手中にはない暴力は、それが追求するかもしれぬ目的によってではなく、それが法の枠外に存在すること自体によって、いつでも法をおびやかす。(…)「大」犯罪者のすがたは、かれのもつ目的が反感をひきおこすばあいでも、しばしば民衆のひそかな賛歎をよんできたが、そういうことが可能なのは、かれの行為があったからではなくて、ひとえに、行為が暴力の存在を証拠だてたからである。」(ベンヤミン「暴力批判論」13p)。これをデリダは、次のように読解する。「こうして法権利は、まさしく自分の利益・関心(インタレスト)のために暴力を独占する。(…)この独占がめざすのは、正義にかないかつ合法的なさまざまな特定の目的を保護することではなくて、法権利そのものを保護することである」。この二人の発言から、萱野稔人氏はこう警告するのだ。「国家が他の暴力を取り締まるからといって、それを正義の実現だとかんがえてしまう素朴な発想はやめになくてはならない」と。「国家がまずあるのではなく、暴力の行使が国家に先行する」。デリダの一周忌の言葉にかえて。

『デザイン史学』を贈呈していただく

マサチューセッツ州立大学ダートマス校美術芸術学部美術史学科助教授・サラ・ティズリーさんより、『デザイン史学』デザイン史学研究会 誌第2号を贈呈していただく。先日、弊社にデザインジャーナリストの渡部千春さんと来社されたおり、日本の近代建築、とくに民家に関心があるというから、僕の関心領域でもあるのでお話をさせてもらった。そのお例にと送っていただいた。彼女の論文「近代日本における建築と家具設計の家計-木檜恕一の場合」が収録されている。戦前日本のデザイン界に大きく貢献した家具デザイナー木檜恕一が、住宅建築改良の提案を通して、建築業界とどのようにつきあっていたかを明確にする試みとある。はずかしながら僕は木檜という人物をよく知らなかった。この機会にじっくり読んで勉強してみようと思う。

「疾風迅雷」展と石毛直道講演会

昨日のつづき。
銀座グラフィック・ギャラリーで「杉浦康平さんの展覧会「疾風迅雷 雑誌デザインの半世紀」を見る。会場に入ると、『パイデイア』『エピステーメー』『遊』『銀花』などが並んでいる。『銀花』以外はほとんど所有している(別のBlogで以前に紹介ずみ)。偶然会場にいらしていたモリサワの池田さんに自慢した。巨大なエピステーメーの模型(実物よりはるかに大きいからモックアップとはいわないか)の展示が眼を惹いた。B1を見ると、『噂の真相』の休刊カウントダウンの表紙が順番に並んでいる。こうして系統づけて見直してみると、個人的には『噂の真相』が最も面白かったような気がした。杉浦さんのデザインは、社会やジャーナリズムといったものとの方がより共振するのではないか。ものすごいエネルギーがほとばしっているように見えたのだ。
夜は、塩事業センターの石毛直道講演会「塩味の民俗学…しょっぱいはおいしい」を聴講する。石毛先生とは、過去に、雪印の『SNOW』誌の連載企画で約3年近くお世話になり、また玉村豊男さんとのロング対談、さらには、『談』で樺山紘一さんとの対談、芳賀徹さんとの対談などにご参加いただいた。今回は、塩の味についてお話されるというので出向いたわけだ。
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