都市

なぜビルの形をキリンの姿にしたのかって、それは……。

副都心線で北参道へ。『超合法建築図鑑』の著者で建築家の吉村靖孝さんをインタビュー。千駄ケ谷2丁目付近は、コンクリート打ちっ放しのビルが多い。デザイナーやクリエイターの事務所もなんだか多そう。というのも、オシャレさん系の飲食店がいくつもあるから。目的の事務所も同じオシャレビル。出てこられた吉村さんもオシャレな方でした。
街でみかける建物の中には、なんでこんな形してんだ? どうしてこんなところに大きな穴あけんの? 同じ店なのになぜビルを二つに割るか? キリンさんの形にしなきゃならない必然性は? 、と首をかしげざるを得なくなるものがけっこうあるでしょう。じつは、これらの物件、ウケねらいやデザインでやっているわけではないんです。建築法規を頑なに守ったために生まれた形なのです。だから超合法建築、僕に言わせれば建築の順法闘争、法律誉め殺し物件なのです。『超合法建築図鑑』は、都内に存在するこうした77の超合法建築を、法的な補助線を書き入れることにより図解した本邦初の超合法建築物件集です。今日は、その著者に直接お会いして、どうしてこんな面白い本をつくろうと思ったのか聞きたくて、お訪ねしたというわけです。
さて、インタビューの内容は……、9月末発行予定の『 city&life』no.89に掲載しますので、そっちを買って読んでくださいね。
超合法建築図鑑 (建築文化シナジー)

市街地のはずれにある不思議な四角い土地とは……。

京王線高幡不動駅へ。S嬢と地図研究家・今尾恵介さんを訪ねる。今日は、地図から見る都市の話。地図をじっと見ていると町にはそれぞれ顔があることがわかってくるという。どんな顔をしているのか、それを知ることが地図を見る楽しみでもあるというわけだ。また、地図をみていると、町の骨が見えてくる。その骨が時代とともに変わっていく。もう一つ地図の面白いところは、普通は町との関係であまり論じられることのない特殊な都市施設が地図上に浮上してくることだ。たとえば遊郭。都市のはずれの田んぼの真ん中に、四角い形をしたかなり広い妙な土地がある。じつは、それが遊郭の跡地なのだ。それに注目すると、他の町にも同じような四角い土地があるのがわかる。たいていは、町のはずれ。かつて、豊橋には終点が遊郭という路面電車が走っていたという。四角い土地に向かって一本の道が走っている。明治期、昭和30年代、現代、と三種類並べただけで、その土地の変貌ぶりがわかる。インタビュー終了後、万願寺からモノレールで立川へ出る。途中土方歳三の生家(資料館)を見る。モノレールから見下ろす町の風景はなかなかいいものだ。高さが中途半端に高いところがいい。玉川上水を渡る。立川はすごいことになっていた。ペデストリアンデッキが南口と北口を結び、さらにいくつもの大規模建築と結合し、巨大再開発地域「ファーレ立川」ともつながっている。一通り歩いてみた。悪くはないが、じゃぁいいか、といわれると素直にうんとはいえない。「ファーレ立川」は、これまでサーベイした諸外国の新市街地とどこかがちょっとずつ似ている。ここはリール、ここはケルンメディアセンター、ここはマイアミ、ここはボストン…という具合に。しかし、いくら町がきれいになっても、集う人々のたたずまいはそう簡単に変わるものではない。若い女性たちのファッションは渋谷のそれと変わらない。しかし、どこかが微妙に違う。やたらと大学生が目立つ。あの「幻の郊外」の典型を見た思い。『city&life』で、立川、町田、大宮を比較するというのはどうだろうか。企画が一つできた。帰りに荻窪へ。高校の時の友人がおでんや「麒麟庭」を開いた。カウンター席6席の小さなお店。30年ぶりの再会となったMくんや一緒にCSN&YのコピーをやったH君、遠距離なんとかだったMさん、そしておんな友だちというのが最も相応しいNさん。店主のS君はカウンターの向こう側だったけれど、楽しい集いとなった。時間を超えて、居場所ができるというのはとてもいい。都市も同じ。過去や歴史や時間を超えて、その人にとっての居場所になれる場があることが大切なんだと、あらためて実感。

「東京の階段」の著者をお招きして、階段物語をご披露いただきました。

14時に早稲田大学理工学術院客員講師・松本泰生さん来社。松本さんは、あの「タモリ倶楽部」で、面白い階段案内人として登場した方です。ご著書「東京の階段」は、厳選した都内の階段120ヶ所あまりを写真とコメントで紹介したユニークもので、昨日に引き続き『city&life』掲載のためにインタビューをさせていただきました。
階段の定義はなかなかむつかしいらしい。一応、通り抜けできることとか地形に関係のあるものというぐらいを考えていらっしゃるようですが、構築物と一体化したものや、人工物か自然物かがあいまいなものが案外多いという。したがって定義すること自体あまり意味がないだろうと今は思っていらっしゃるとか。話をうかがいながら、かつてINAXギャラリーで「階段物語」をやったことを思い出しました。こっちは、建築物内の階段だったので、分類も蒐集もそんなに大変ではなかったのですが、道路や路地の階段となると、なるほど設計者不祥が大半だし、しょっちゅう作り替えられたりしていて、いざ調べてみると骨が折れるらしい。まぁ、だからこそ深く長く愉しめるものではあるようですが(笑)。
最後に、松本さんが一番キレイだと思っている階段は? と伺うと、「やっぱりきたか」と笑いながら、絶対それ聞かれるんだよねぇと。でも、いつも変わっちゃうんだよ。それでも、ベスト5位までは選んでくれました。それは……、9月発行の『city&life』no.89で読んでくださいね。
それから、階段を一つ見学。六本木通りをはさんで向かい側の通常三角州の角のところに階段があって、松本さんその存在を地図で知っていたのでしたが、未見だったとのこと。さっそく歩いて5分、見に行きました。いつのまにか手すりもついていて、それも壊れている! しかも、おもいっきし逆光。ところで、この階段のとなりの古いビル、今はクラブになっていますが、60年代にはあの天井桟敷があったところなのです。「ここがロドスだ、ここで跳べ」なんて落書きがあって、羽仁進や大島渚の映画にもしばしば登場したところでした。われわれは、あきらめて氷川神社へ。この参道の石段に階段研究者を立たせて撮るのは面白いよね、と編集者の斎藤夕子さん。この方、いつもこんな具合にナイスなアイデアを出すんで、ついぼくも調子にのってしまうのです。もちろん、ポートレイトはバッチリうまく撮れました。
東京の階段?都市の「異空間」階段の楽しみ方

「アーバン・エコトーン」から、日本の街を見直してみると……。

TXでつくばへ。筑波大学大学院人間総合化学研究科芸術学系准教授・渡和由さんにインタビュー。『吉祥寺スタイル』の共著者です。吉祥寺に興味をもって『city&life』で特集を組んだり、エンタメ・ビジネス論でサーベイしたりしていますが、この本を店頭で発見した時は、これだ!って思いましたね。なぜ、吉祥寺が魅力的なのか、ここにはその秘密が惜しげもなく紹介されています。
渡さんは、環境デザイン、サイトプランニングがご専門。ジム・ヴァンダーリンの「アーバン・エコトーン」の紹介者でもあります。吉祥寺にこのアーバン・エコトーンをあてはめてみると、みごとにそこによりよい街の遺伝子が散見できたのです。よりよい街の遺伝子とは、過去に遡って生態学的にいい街といわれていた街の条件や特質のことです。最近注目されているニューアーバニズムのモデルであるいわゆる「old town」の条件が、吉祥寺にはみんな揃っているということがわかったのです。もちろんここでいう生態学とは、手あかのついたエコロジーという意味だけではなく、ギブソンのアフォーダンス(エコロジカル・サイコロジー)やガタリのエコゾフィーの意味も含んでいるものです。
私見ですが、吉祥寺はたまたま奇跡的にうまく当てはまったともいえます。どのまちにも応用できるというものではないでしょうし、まして、それを計画的につくりだすというのは用意ではありません。それこそ奇跡でもおこらないとムリなような気はするのですが、そこで地団駄を踏んでいてもしょうがありません。渡さんも、次なる吉祥寺をすでに発見して、プロジェクトを初めておられるようです。ぼくらも、頑張って、街のよりよい遺伝子探しに出発しましょう。

吉祥寺スタイル?楽しい街の50の秘密

谷根千チルドレンが活躍する時代になったのに、肝心の「谷根千」が……。

『談』no.65 「〈触〉の臨床」で座談会「日常空間を拡げる…触れることのエコロジー」でお世話になり、また、『TASC monthly』(2000年9月号)に「東京タワー点字化計画「天の尺2000」の試み」をご寄稿いただいた坂部明浩さんから、ご連絡をいただいた。坂部さんは、現在「谷中」にお住まい。じつは、坂部さんは、谷中生まれ、谷中育ちの「やなかっこ」なのだ。谷中銀座商店街の有名店のご主人と同窓生だったり、谷中が舞台になっているろう者の差別に対する奮闘を描いた映画「ゆずり葉」のスタッフとして協力したり、あいかわらず、谷中とはディープなつきあいを続けているらしい。
ところで、谷中というとすぐに雑誌『谷根千』が頭に浮かぶ人は多いに違いない。地域雑誌の草分け的存在として、すでに20年以上の歴史をもつ。この『谷根千』じつは、来年休刊になるのだそうだ。創刊号からの愛読者だった坂部さん、非常に残念がって、『谷根千』関係でひとつ何かやってみようと思い立ち、ぼくのところにご連絡をくれたというわけ。
ぼくも、今から4年前、芸大の片山和俊教授、慶応大学(当時)の日端康雄教授、「谷中学校」運営お助け人椎原晶子さんと、「谷中」まち歩きをした。生活と観光を両立させ、地域資源として育てていくことは可能か、というちょっと高邁なテーマを掲げて、墓地から墓地へ、路地から路地へと歩き回ったのだった。
そんなわけで「谷中」とは、ぼくもちょっぴり関わりをもっている。坂部さんの話が面白くないわけがない。すぐに、「ぼくでできることなら協力しますよ」と二つ返事。それで、話はとんとん拍子で進んでいき……、おっと失礼、これはまだナイショでした。とにかく、坂部さんに、何かをやってもらうことになったのです。今後おいおいお伝えしていきます。とりあえず「刮目して待て」。

広告は出すものではなく、してもらうもの。

本日の「エンタメ・ビジネス論」のゲストは、ナムコの齋藤未来さん。時間ピッタリにくる。PPで、プレゼン。もともと大学時代にナムコ・ワンダーエッグで週5日アルバイトをしていたとのこと。96年に入社して、「ナンジャタウン」から、「自由が丘スイーツフォレスト」の企画と運営、フード・テーマパークという業態をヒットさせた女性だ。投資が限られているので、基本的には宣伝はしない。マスコミで露出しているのは、すべてパブリシティとのこと。今回うかがって一番凄いと思ったことがこれ。広告は出すものではなく、してもらうもの。話題はつくってもらうものであり、膨らませてもらうものなのだ。1時間のプレゼン、1時間のディスカッション。時間配分も抜群だった。

25年ぶりの「路上観察学」とゲ二ウス・ロキの現在

『city&life』の企画委員会。日端さん林さん陣内さん揃い踏み。林さんは、エグザイルのようなサングラスで登場、サムイ姿に雪駄で現われたり、ジーンズ履いてきたり、見たことのない電子手帳もってきたり、いつも驚かせてくれる。さて、会議は、いつも以上に三人三様のご意見が飛び出す。委員のお一人のくちからは、拒食症のギャルという言葉が飛び出す。巨食のギャル曽根のことだった。かと思うとケータイでまち歩きをしながら服を買うという女の子がいるという情報。たぶん、代々木体育館のガールズコレクションのことだと思う。三人三様の意味をかみ締める。企画委員会は、ある意味勉強になる。企画案は承認。25年目の「路上観察」とゲニウス・ロキ。それって、どんな企画?

「ハモニカ横丁」という印刷物を発見。

昨年にひき続き吉祥寺サーベイ。少し早く着いたのでハモニカ横丁を下見。ハモニカキッチンの店頭に「ハモニカ横丁」という印刷物を発見。カラーでおシャレな案内用のペーパー。昔僕らの作ったものも少しは刺激になったのかもしれない。13時にみんな揃ったところで出発。今日は、ハモニカ横丁から。さすがこういうのは見たことがないようでみなさん面白がる。小ざさ、メンチの佐藤の行列を見てFFの武蔵野美術館をみて東急裏へ。ビレッジバンガードに入り、ダンディドン。弁天湯からスイミングプール、パルコの前を通って、一坪ショップ、ホテルニューヨーク、吉祥寺シアター、ガードを潜って、round about、丸井の横を曲がって、七井通り。スタバの横のいせ屋公園口は、満席。井の頭公園の大道芸を見て、お茶の水へ。学生の一人が、ここのわき水はポンプアップしている、とまた身も蓋もないことを言う。リニューアルして間もないいせ屋本店へ。だいぶ並んでいたが、8人分の席を空けてくれて10分強の待ち時間で入れた。焼き鳥を1本づつたのんだら、おばちゃんに怒られた。8人分なんだから、けちけちすんなって。そりゃそうすっね。1時間ほどいて、最後の目的地dzumiへ。

賑わってなんぼの世界、だからまちづくりはおもろいのだ

今日のエンタメ・ビジネス論のゲストはプロデューサーの北山孝雄さん。商業施設のプランニングを中心にまちづくり、生活プロデュースをする北山創造研究所の代表だ。『新建築』の副編集長さんも聴講しにくる。講義は北山さんの生い立ちから始まった。これが面白い。北山さんは、じつは建築家安藤忠雄さんの双子の弟さん。安藤さんがボクサーだったことは有名だが、青年時代、北山さんもボクシングジムに所属していた。「兄貴はいつもマネするんや」と。一度二人が戦うという話もあったらしいが、そっくりなのでどっちが勝ったかわからなくなるというのでこの話しはご破算になったという。
実家が事業に失敗し、中学3年からグラフィックデザイナーとして働き出す(じつは日宣美で3回も受賞しているのだ)。クライアントに恵まれて、それから25歳まで、むちゃくちゃに稼いだと笑う。初任給が1万円の時代に1月100万円もらっていたとか。つまり、そういうクライアントだったのだ。しかし、こんなことばかりしていてはあかんと思い、商売をプロデュースする今の職業を始めるようになったという。
北山さんが手がけたプロジェクト、誰もが一度は訪れたことがあるはずだ。ぼくも見たり、買ったり、遊んだりした。中でも気に入っているのは、徳島/東船場ボードウォーク、なんば/南海カーニバルモール、道頓堀/極楽商店街(一番好きなフードテーマパーク!),亀戸サンストリート。まちは賑わってなんぼの世界、どの場所も、まさにそれを実感させてくれる。
いろいろ書けない話もしてくれた。北山さんがつくったビルがきっかけで、一躍ファッションストリートとなるある場所は、謀業界では知らぬものはいないという大物が所有していた土地だったこと。また、東京のウォーターフロントのかなりの部分はやはりあっち方面のおえらいさんが牛耳っているという話し、そして彼らと対等に渡り合ってきたという武勇伝などなど。やはり、不動産や土地取引には、大と名のつく人たちの姿が見え隠れする。こういう話は、めちゃおもろい。血湧き肉躍る的な世界がくり拡げられるわけで、へたな小説を読むよりもよほど面白いからだ。
というわけで、まちは、いろんな欲望がひしめき合いながら、とぐろを巻いている世界。なにはともあれ、それで面白いまちができて賑わいが生まれればそれで正解、といういさぎよさが、ぼくにはたまらなく魅力的に見えた。雑誌編集より、まちの編集(プロデュース)。ぼくも、そっちに鞍替えしようか、なんて、ぜったいに無理だと思いつつも夢想するのでありました。

国の中にテーマパーク、ではなくて国そのものをテーマパークに。

世界最大の空港、世界最大の人工島、怒涛のようにオイルマネーが降り注ぎ、それを元手にあらゆる分野で世界一を目指す中東ドバイ。極めつけは、高さ800メートル、160階建て、世界最高の高さを誇る超高層ビル・ブルジュドバイ。2009年中の完成を目指して、今建設が24時間体制で進んでいる。ドバイ政府は、ブルジュドバイをピラミッド以来のアラブ社会の権威の象徴と位置づけている。世界の建設現場からクレーンを根こそぎ奪い、バングラデシュやパキスタンから母国の数倍の給料で労働者をかき集めるドバイ。世界が不況に苦しむ中、ドバイに群がる人々の欲望が沸騰する(NHKのHPより)。
ドバイはスゲーッといろんな人から聞いていたが、NHKスペシャルで見て、ほんとうに驚いた。海をパームツリー型に埋め立てた(上空から見下ろすとヤシの木の型になっている)人工島で驚いていたら、そのとなりに今建設中の人工島はなんと世界地図の型になっている。で、「ザ・ワールド」だって。ところが、今度さらにその奥に宇宙の星座を模した「ザ・ユニバース」を建設すると発表。砂漠にスキー場をつくり、世界最大のショッピングモールをつくり、もうすぐ全自動のメトロが砂漠を走り出す。どうやら、ドバイは国まるごとテーマパークにしようとしているらしい。

ガストロノミーたちの愉快な歓談

練馬区の白石農園のとなりに昨年できた南欧料理のレストラン「Le 毛利」で、『city&life』の次号特集「美味しいまちづくり」の鼎談。10年間にわたって鹿児島でまちづくりに腐心されてきた建築家の松永安光さん、日本のスローフード運動の牽引者でエッセイストの島村菜津さん、そして雑誌の企画委員である法政大学の陣内秀信さん。お三人ともイタリア名人であり、食べることが大好き。そこで、食を中心にきらりと光るまちづくりをしているイタリアの小さな町を紹介していただきながら、まちづくり、まちおこしに今こそ必要なのは「食」なのだ、ということをたっぷり話し合っていただきました。題して、「「ガストロノミーが町を魅力的にする」。鼎談終了時には、すっかり満腹。じつに愉しくも実りの多い鼎談になりました。

「スイーツフォレスト」はまだまだ流行っている。

自由が丘の「スイーツフォレスト」へ。コンクリート打ちっぱなしのおシャレなファッションビル。スイーツフォレストは、2階の半分につくられていた。HPのMAPでこのレイアウトを想像するのは無理だった。半分がフォレストで、もう半分はスイーツセレクト・ゾーン。チームナンジャの斎藤未来さんと打ち合わせ。エンタメ・ビジネス論のゲストにお呼びするからだ。これまでも、講演や講師などをされているので要領は得ている。全体の流れは簡単に決まる。それにしても、フォレストの出口付近の椅子席はほぼ満席状態。流行っている。それでも、今日は台風という情報もあって出足は鈍い方で、普段は入り口に列をなしているそうだ。お土産に、スイーツセレクト・ゾーンの「オリジンーヌ・カカオ」でマカロンと「カラメルとメープルシロップのケーキ」を購入。6月の授業が楽しみだ。

「ラ・フォル・ジュルネ」初体験!

老若男女が集う「ラ・フォル・ジュルネ」を初めて体験する。今日が初日、これから5月6日まで、東京フォーラムを中心会場に、200以上の公演が予定されている。「ラ・フォル・ジュルネ」、日本では「熱狂の日音楽祭」の名で知られるクラシック音楽の一大イベント。2005年に第1回が開催され、以来毎年注目度がまして、ついに昨年は来場者数が100万人を突破した。クラシックのコンサートで100万のお客さん?! もちろん、最近のクラシック音楽のブームがあってのことだが、だからといってGWに1200万都民の1割が聴きに来るなんてことがあるの? と思うだろう。じつは、ここにはちょっとしたトリックがあり、それがまた「ラ・フォル・ジュルネ」の最大の特徴でもあるのだ。というのは、この音楽祭、オーケストラであろうとソロ演奏であろうと演奏は45分、朝から晩まで、数十ヶ所で同時開催される。楽しもうと思えば、丸一日ハシゴすることが可能なのだ。また、大人から子どもまで楽しめるプログラム、さらには、無料コンサートやワークショップなども沢山開催される。つまり、延べ人数が100万人ということなのだ。今年はさらに増えて、120万にはいくだろうと予想されている。毎年テーマがあって、今年は「シューベルトとウィーン」。有楽町周辺は、GW「シューベルト」一色になるわけだ。ぼくは、東京フォーラムHall B7(820席)へ。シューベルトのピアノ連弾作品全曲シリーズ第1回 クリスティアン・イヴァルデ、ジャン=クロード・ベヌティエの連弾「シューベルト幻想曲ト長調D1 フーガホ短調D952 ロンドイ長調D951 エロルドの歌劇「マリー」の主題による変奏曲ハ長調D908。黒ずくめのオヤジ二人が弾くピアノ。そのあとHall A(5004席)へ。シューベルト交響曲第7番ロ短調D759「未完成」、シューベルト/リスト さすらい人幻想曲ハ長調D760(ピアノと管弦楽版)ミシェル・ダルベルト(P)上海交響楽団、シェヤン・チェン(指揮)を聴いた。二つの演目、昼食に飲んだ白ワインがきいてちょっと朦朧としながらだったが。でも、もちろんしっかり楽しみましたよ。思えば、夏は「フジロック」、秋は「朝霧」、冬は「渚」、そして春には「ラ・フォル・ジュルネ」。春夏秋冬、音楽フェスティバル漬けになっちゃった。

「壷中天」を都市論として読み替えるというのはどうだろうか

とある学会に発表する原稿のプランを考える。「ぽたらいぶ」の体験を頭に、これまでいくつかのぞいてきた路地とリヨンのクロワ・ルスが、なぜぼくをして興奮させ魅了させるのか。それは、そこに人の気=龍脈が流れているからであり、なによりも都市の魅力とは、その龍脈の湾曲と螺旋が、われわれの歩行(行為)を誘発し続けるからである。どんなに美しく、便利であっても、それがない都市には、魅力は感じない。まち歩きがブームである。小さなまちにも、それぞれ固有の歴史があり、民俗文化がある。それを観光資源と捉えて、ボランティアによる、まちおこしに乗り出したところがある。それをただ紹介するだけでは観光地リストにあらたな名前を加える(しかも小さな)意味しか生まれないだろう。もう一歩踏み込んで、人の気配、龍脈の発見に向かうべきではないか。ピーター・ブルックのいう「何もない空間」が大いに参考になる。ソンタグは、この「何もない空間」にブレヒトの「叙事詩的演劇」とアルトーの「残酷演劇」がフーガ的に交錯し結合する演劇の未来型を見出した。すでに古典化しつつある演劇理論から読み出し、都市の理論へダウンロードしてみたい。それは、21世紀の「今日の世界は、演劇によって再現できるか」の再演、いいかえれば、中国の気、龍脈の理論の象徴としての「壷中天」を都市論として読み替えることである。

「美味し国」の景観論 フランス、都市景観の新たな創造」が発行

『city&life』no.87「美味し国」の景観論……フランス、都市景観の新たな創造」が発行になりました。
フランスには古くから「美(うま)し国」という言葉があります。自らの生きる場所を、「美しい」ところと称したのです。「美し」は、「旨し」であり、「美味し」でもある。グルメの国フランスとは、じつは景観においても、「美味し」=グルメの国という意味でもあったわけです。
景観法の施行によって日本でもにわかに景観保全への関心が高まっています。しかし、そこで言われる「美しさ」の中身に関しての議論はほとんどないに等しい。「美」という言葉だけが、もてあそばれているようにすら見えます。さらに言えば、都市計画、都市開発との連携もあいまいなままであり、土地利用計画との連動となると皆無といってもいいでしょう。そこで、景観保全および新たな都市景観の創造について、都市計画との関わりを踏まえて、風土と文化、市民と公共性という視点から捉え直してみました。
パリ市、フォーブル・サン・タントワンヌ、ムフタール、ベルシー公園、セーヌ・リヴ・ゴーシュ、モントルグイユ・サン・ドゥニ、モンマルトルetc、リヨン市、パント・ドゥ・ラ・クロワ・ルス、ヴィルユルベーヌなど写真多数

0327

まちづくりにも五感やエンタメが加わって……。

1年間続いた研究会の最終回。いつもは司会役だが、今回に限りディスカッションに参加。僕の立ち位置は、思想系ということになるらしいが、その立場から発言をした。プレ議論で座長に提案した第四の軸が加わったので、もっぱらそれを念頭に話に加わる。詳細は述べられないが、3時間にわたるディスカッション、大盛り上がりだった。懇親会では、山下柚実嬢が、五感関係のまちづくりが本格化し、環境庁が予算をつけることになったと教えてくれた。また、篠原菊紀先生からは、パチンコ業界では、ホールとヘルスケアセンターをドッキングさせる構想が持ち上がっていて、なんと国土交通省から予算がついたというサプライズな情報。いったい世の中どうなっているのか。なにはともあれ、面白ことではあるから、僕的には大歓迎。こういうことはどんどん進めて欲しい。

本郷の3階建木造建築があぶない

第一生命ビルへ。企画委員の先生方が財団の理事さんとお茶をしていたので、合流させていただく。本郷の3階建木造の保存があやしくなってきたらしい。これまで絶対に内部は公開しなかったのだが、保存修復派が世論の支持を得ようと、公開に踏み切ったという。中庭空間があるなんて知らなかった。トイレも2階にしかないとか、それなりに不便なところも多いそうだが、なにせ伝統のある建築、ぜひ修復して住み続けられるようにしてもらいたいものだ。壊す→タワーマンション、というのだけは絶対やめてもらいたい。
企画委員会は、まず、もうすぐ発行の号の色校正お見せして始められた。今回は力作、写真がとてもいいと絶賛。うれしいやら恥ずかしいやら。クライアントに満足してもらえれば半分成功したものだ。なにより励みになるし。企画委員の皆様方も熱心にみておられた。ということで、新企画を2本提案し、両方ともオーケーをもらう。皆さん食べることがお好き、食にからめた企画はうける。もう一つの「外から」企画も興味津々だった。いつものように、いろいろな意見が出されて(それにしても皆さんバックナンバーを読んでませんね)、とても参考になった。瀬戸内の新鮮な魚介類を味わいつつ語り合うってのはどう? といううれしい提案をなさる先生が一人おられて、もう大拍手!! また、楽しみな特集になりそうだ。

ひとり人力シムシティ

新日曜美術館でアール・ブリュットを見る。旭川美術館でやった展覧会は、日本人の作品も多数出品。これが想像以上に凄かった。スイスのローザンヌでも、日本人の作品を紹介する展覧会をやって、やはり衝撃を与えたらしい。毎日同じ内容の日記を書き、その文字の部分を鉛筆で丁寧に塗っていくと、突然想像できないような図像が現れる。まるでカオス画像。鉄道の正面ばかりを丹念に描き続ける者。いきなり俯瞰した家屋を描き始め、次第にそれが町になっていく。これも驚異、全くの想像でどんどん街を描いていく。ひとり人力シムシティ。結婚式のカップルばかりを段ボールに色鉛筆で描く者。巡回する予定で、東京にも来るとのこと。これは必見だ。

写真は撮った後の整理が1番大変かも。

昨年末撮影したパリ、リヨン、リール、三都市の写真整理。デジタルなので、かなり枚数を絞って撮れるのだけれど、ざっと500カット以上。撮影順になっていたものをテーマごとに分類、さらに印刷原稿用にセレクトして、なんとこさ70カットぐらいまで。しかし、これでも全然多いのです。この仕事まだまだ続きそう。

建築と建築模型の微妙な関係を知る展覧会

東京都庭園美術館で26日より開催される「建築の記憶 写真と建築の近現代」展の内覧会へ。この展覧会は、記録として撮影された明治期の建築写真から現代の写真まで、近現代の日本の建築を、同時代の写真家がそれをどのように捉え、どう表現したかをたどりながら、建築の歴史と写真の関わりを探ろうというもの。写真家の畠山直哉さんからご招待いただいた。会場に入ると、横山松三郎撮影(1871年)の「旧江戸城」や小川一眞撮影(1901年)の「乾清宮」を食い入るように眺めている人たちがいた。建築史の研究者なのだろうか、こういう鑑賞を誘発するのが今回の展覧会のユニークなところだ。ぼくは、やはり戦後の写真に興味が湧いたが、今回初めて気が付いたことがあった。最近、写真家の畠山直哉さんが東武ワールドスクェアの建築模型をまるで実物の建築のように撮影した写真集を出版した。この中の一枚、マンハッタンの摩天楼の写真をあるギャラリストに見せたら、「えっ、いつNYにいらしたんですか」と言われて笑っちゃったよ、と畠山さん。彼のスタジオにお邪魔してそのプリントを見せてもらった時のこと。建築模型を建築写真のように撮るというのは面白いものだなぁとその時思ったのだが、じつはこういうことは建築写真の初期からやられていたことだったのだ。展示構成の「写真家の目、建築家の仕事」で、渡辺義雄撮影(1962年)「前川國男設計/東京カテドラル 指名コンペ応募案模型」や村井修撮影(1962年)「丹下健三設計/東京カテドラル 」などを見て、正直驚いた。彼らは、まるで実際に立ち上がった建築物を見るような視点で模型を撮影していたのだった。特に後者は、模型と実物写真を並べ、模型本体もその前に置かれている。三者の関係を考える上で、非常に興味深い展示方法がとられた。しかもモノクロ写真なので、いよいよその違いはぼやけてくる。鉄とコンクリートを材料として使うようになってから、自覚的にそういう撮り方をするようになったのではないか。そんな勝手な想像をしてみるのだ。ジオメトリックでマッシブな造形とコンクリートの肌合いが、縮尺率を超えて実物と模型の際を曖昧にさせるのだろう。建築家は竣工間際の、人間のいない建築物を撮影したがる。人のぬくもりは、建築にとってはまるで邪魔もの扱いである。人などいない方がフォトジェニックだからだ。当たり前のことだが、建築模型にも人はいない。オブジェとしての建築こそ、彼らの理想なのだろう。つまり、建築は建築模型の「模型」なのかもしれない。ところで、畠山直哉さんが撮影した「せんだいメディアテーク」(伊東豊雄設計)の一連の写真も展示されている。建設中のプロセスを時系列的に撮影したシリーズ写真は、後に『UNDER CONSTRUCTION』という写真集になった。なにを隠そうこの本を編集したのはぼくである。今回、プリントの他に、スライドショーによる展示もある。また、『談』と縁の深い写真家・鈴木理策さんが撮影した「青森県立美術館」(青木淳設計)のシリーズ写真も展示されている。展覧会は、1月26日から3月31日まで。 東京都庭園美術館

フランスの景観整備の系譜をお聞きする。

東北新幹線で小山まで。小山から両毛線に乗り換えて山前駅下車。足利工業大学教授・和田幸信先生にインタビュー。ご著書『フランスの景観を読む…保存と規制の現代都市計画』をベースに、フランスの景観整備の系譜についてお聞きした。フランスの歴史的建造物の保存制度で特筆すべきは、その周辺環境の保全にある。1943年の時点で歴史的建造物の周囲半径500mについて、あらゆる建設を規制する制度を導入している。フランス全国に歴史的建造物は、約4万あるといわれているが、その周囲500mを保全するとなると、旧市街地のほとんどが保全地域として包含されることになる。日本では単体の建築物が保存の対象になるが、フランスでは、それを都市計画の役割に結びつけて行われているのである。フランスの景観整備が現在の形になるまでの歴史を繙きながら、都市計画と景観保全の関わりについてお話しいただいた。先生は見るからにまじめな方で、話も非常に丁寧。歴史の授業を受けているようだった。インタビュー原稿は、斎藤嬢が書くので、ぼくはもっぱらポートレイトの撮影に専念。『city&life』の仕事は、もっぱらこのバターンが多い。『談』もこれからは、インタビューは他の人に任せて、撮影役に回ろうかなと、ちょっぴり本気で考えてみたが、ページ裁ち落としのあんな大きな写真は、やはりプロでなくては無理だとすぐに思い直す。
インタビューが終わって学バスがくるまで、図書館で待つ。ここに設置されているソファやテーブルは、一見アルヴァ・アアルトのもののように見えたが、そんなわけはないだろう。いくらリーズナブルとはいえ、半端じゃない数が置かれているから、もしも本物だとすると教室1棟が建ってしまう値段になるかもしれない。たぶん本物に違いないと思い込みながら、ぼくたちはバスの来るのを待った。今年も「偽」の時代になりそうな予感。

新旧の対比があまりに極端な街Lille

ユーラリール・センター内にあるジャン・ヌーベル設計の「Lille Europe」に宿泊した。色とりどりの外壁が印象的なビルディング。ポルザンパルクの異彩を放つリヨン・クレジット・タワー、駅舎をジャン・マリー・ディティルール、全体計画をレム・コールハウスが担当。さながら、現代建築の博覧会場だ。しかし、なんと寒々しいことよ。未来の墓場とかガラクタ品評会とか専門家からもきわめて評判のおよろしくない再開発である。 イギリス、ベルギーに接続するTGV乗換駅にあわせて新設された駅のとなりには既存駅舎のリールフランドル駅がある。その前には、旧市街地が広がっている。こっちは中世の町並みが残るフランスのどこにでもある街。
新旧の対比があまりに極端で、しばし言葉を失ってしまった。博多のネクサスワールドでポルザンパルク、コールハウスの住宅等に出会い感動しすっかり現代建築が好きになってから20年余り。その同じ建築家の作品を見て、寒気すら覚えることになるとは、いったい誰が予想しただろう、って自分でツッコミいれてどうする。とにかく、ぼくは、旧市街地の方がずっと落ち着けたし、こっちの方が親しみを感じたことだけは確かだ。単なる年齢からきた感傷か。いや、そうでもあるまい。都市とはなんだろうか。都市とは誰のものだろうか、改めて問い直したいテーマである。

リヨン・クレジット・タワー:設計ポルザンパルクポルザンパルク

「クロワ・ルス」の路地階段空間trabouleを巡る。

昨夜からLyonに滞在中。朝、まず地下鉄でViller baineneへ。地下鉄駅のそばにあるといっていたので、なんとなくはわかっていたのでカンで探すとあった。1830年代につくられた社会住宅。広い道路空間を中央に奥に行政機関の入ったタワー型ビル。その左右にシンメトリーに高層の集合住宅を配置してある。鉄骨の構成主義建築。コンセプトの明確さがデザインの力強さによってみごとに表現されている。グロピウス、ル・コルビュジェと同世代の建築。ロシアフォルマニズム構成主義のマニアには垂涎ものの物件だ。同潤会アパートが保存されることなく取り壊されていく中で、近代建築の保存再生にいち早く乗り出したフランス。日本はまた引き離されてしまった。あとで伺ったところによると、当時から住んでいる人もいるし、今も社会住宅の役割をになっているようだ。もともとbaineneという地域が戦前からコミュニズムの拠点で多数の労働者が居住していたという。スターリン主義デザインと揶揄されもしたが、ぼくは大好きだ。室内が見れなかったのが残念。地下鉄でオペラ座へ。ジャン・ヌーヴェル作の改造建築の代表。リュプブリック通りをギヨティエール橋まで歩きホテルへ。佐伯さんとホテルで待ち合わせ。Gare Part Diewそばの官庁舎へ。文化庁から出向してきている歴史的環境監視建築家ピエール・フランチェスキーさんにインタビュー。「クロワ・ルス」建築的・都市的・景観的文化財保護区の保存再生事業と午前中見てきたViller baineneの再生事業について。フランチェスキーさんはコルシカ島の生まれ、顔立ちもイタリア人ぽい。取材後さっそくタクシーで「クロワ・ルス」のグランド・コット坂へ。ここにはトラブル(traboule/リヨン特有の言い回し)という通り抜け街路がたくさんある。それを取材しようと思ってウンちゃんに尋ねるとやたら詳しいではないか。なんと、彼はかつて絹織物を配達する仕事をしていて、トラブルを実際に使っていたのだ。どこに通り抜け道があるか彼は一目でわかるという。というのも、絹織物を運ぶのは結構な重労働で、一休みするためにそれをぶら下げて休む台座があるからだという。実際に通ってみる。かなり高低差があるので、通り抜け街路といってもほとんどが階段。それがまた独特の雰囲気をつくっている。佐伯さんいわくここはカスバだ。日本の路地マニア、団地マニア、さらには軍艦島マニアは、ぜひ訪れた方がいい場所。夜、TGVでLILLEへ。東京から名古屋へ行って、帰りに東京を通り越して仙台へ行くような3時間の旅行。

あらゆる階層の人びとが交じり合って住む集合住宅のプロジェクト

都市計画アトリエ・協議整備区域総括建築家・ピエール・ミッケローニさんのインタビュー。一昨日サーベイしたベルシー地区の再開発とセーヌ左岸リブゴーシュの開発について、計画サイドのご意見を伺った。ベルシー地区は、APURが指導のもとにマスターアーキテクトを置いて、集合住宅と公園、ショッピングモールを複合化させた開発。地域の資産である自然環境を保全しながら、ワイン倉庫のリノベーション、混在型の住宅建設を複合化させながら20年かけて試みられたプロジェクト。都市開発とはオーケストラの演奏だという音楽のメタファで語ってくれたのが印象的だった。ミッケローニさんの話の一つの要だった集合住宅のプロジェクトについて、もう一度きちっと見て、撮影をしようと思い徒歩で再びベルシー公園へ。途中大蔵省の巨大建築とオムニスポーツセンターを横目に進み、フランク・ゲイリーの元アメリカンセンターを見る。鳥海さんは、外壁が汚かったといっていたが、すっかり化粧直しをしてきれいだった。すぐその横から始まる集合住宅。ここは、低所得者、中流家庭、高所得者が混じり合って住む。それだけでもここは必見。オープンスペースと緑地をうまく配置した住環境としても良好。となりには例のショッピングモールのワイン倉庫。そして、Paris中心部まで30分もかからない好立地。これから、まだまだ変わっていく可能性のあるこの場所の将来が楽しみだ。

キーワードは「ミキシテ」つまり、混在、混交。

バスティーユ広場の東側ファブール・サン・タントワンヌへ。衰退著しかった職人たちの町を、地場産業を育成しながら保全再生しようというパリのプロジェクト。ここは、昔は解放されていいなかった中庭を歩行空間、公共空間として開放し、通り抜けできるようにした。工場跡をリノベしコンバージョンして、職人たちに低廉で貸すということもやっている。その幾つかを覗いてみた。植生があって、いい空間ができている。古い感じが懐かしさを誘いユトリロの絵から飛び出してきたような風景。
1時間ぐらい見て回り、パリ都市計画アトリエ(APUR)へ。今回最初のインタビュー。調査部長のミッシェル・クグリーエニュさん。来年定年を迎えるいいオジサン。ものすごい早口で、ほとんど切らない。これは通訳泣かせだ。しかし、通訳の佐伯さんと鳥海さんが丁寧に翻訳してくれる。2時間たっぷりお話してくれた。キーワードは「ミキシテ」つまり、混在、混交。『談』のテーマとも共通するコンセブトだ。ぼくも多いに共感する。終了後ベランダに出る。手前にポンピドーセンター、昨日歩いたサクレ・クールが見える。これだけの眺望は周囲にない。ということは、それだけこのビルが邪魔な存在でもあるということだ。都市景観や保存をするParis市の部所のなという皮肉。
サン・タントワンの中庭をもう一度見学。縫製関係の職場の入った工場建築とかおシャレな本屋があったり、修復してうまく使っている。夜は、リヴ・ゴーシュの都市再開発地域の旧圧縮空気工場をリノベした建築家フレデリック・ボレルさんの事務所にいる日本人の若手建築家ヨコオ・ケンタさんをインタビュー。取材の目的とは直接かかわりないが、フランスの建築家の待遇など面白い話が聞けた。それにしても、日本の設計事務所の勤務状況と比較すると、その差にがく然とする。夜7時にはあがって、夏休みが1月以上ある設計事務所(しかも個人の)なんて日本には皆無でしょう。

観光客で賑わう街の裏側には、静かな街並みが……

2区のモントルグイユ・サン・ドゥニへ。朝市を見る。ここは屋台式。シャンゼリゼへ。観光客の視点とは違い、ストリートファニチュアや側道の地下駐車場、土地利用プランと景観保全の様子をサーベイする。モンマルトルへ。観光客で賑わうラパンアジル、サクレクール教会、地元住民がひっそりと生活する北東側の住宅地や坂道をサーベイする。今回の目的は、もちろん後者だ。

コンバージョン建築が並ぶリヴ・ゴーシュの都市再開発地域

5区のムフタールへ。ここは、下町気風が残っているところ。毎朝朝市が開かれる。しばらくして思い出した。ここは、最初にParisに行った時に訪ねたところだ。市は全体的に縮小した感じだったが、チーズや肉類、魚介類などの食材を扱う店は昔も今も変わらない。ムフタールは、途中から観光客相手の店が多くなる。こうなるとあまり面白くなくなる。
鳥海さんは、じつはここは中庭が面白いと案内しようとするが、ロックがかかっていてなかなか入れない。ようやく引っ越し中で玄関が木戸があいていたところを発見、お願いして入らせてもらう。確かに、商店街の喧騒と打って変わって、静かな空間が現われた。あまりこういう空間は見ることがない。あえて言えば坪庭に似ている。植生が、小さいながらも寛ぎの空間を演出している。鳥海さんとでなければ、こんな場所があるなんて気がつかなかっただろう。感謝、感謝。
次に地下鉄に乗ってジュシューの構想住宅群を見る。近代主義の洗礼をうけて、20階近い高層ビルが建ち並ぶ。「寒々しいでしょう」と鳥海さんは言うけれど、日本のそれと比較したら、はるかにバリエーションに富むし、第一外壁の意匠がそれぞれ個性的で、日本のと一緒にされたら困るだろう。その中で、建築家のポルザンパルクが担当した街路計画が際立っていた。街路側の壁面の連続性。ボリューム的には、かなり重厚。ぼく的には面白かったけれど。
Austerlitzわきからリヴ・ゴーシュの都市再開発地域をサーベイする。ここは現在三期まで再開発が進んでいる。三期目をやはりポルザンパルクが担当。また、旧製粉工場をリノベして大学に転用したもの、旧圧縮空気工場をリノベした建築学校など、コンバージョン建築の秀逸な建築も多い。
地下鉄で対岸のベルシー地区へ。ここは元ワイン倉庫の跡地利用。公園整備がいい。ランドスケープアーキテクトがつくり出す新たな緑地空間。子供たちがはじゃぎまわっている。ワイン倉庫はショッピングモールとして再生。コンパージョンとしては、大成功。今日は土曜だからかか、ものすごい人出だ。バスチーユから続く高架鉄道路線の下を店舗や工房にした修復・再生事業を見る。上は、路線を緑化し公園として再整備。Parisの新しいスポットだ。

今では珍しくなった手作りのヌーヴォーを愉しむ

夕方Parisに到着。いつも常宿にしているSaint Germain des PresのK+K K Hotel Cyreで、首都大学東京大学院准教授・鳥海基樹さんと芝浦工業大学教授・赤堀忍さんと落ち合う。留学時代鳥海さんがよく通ったというビストロ「Chez Marcel」へ場所を移し、フランス取材のスケジュール確認と、最後に予定しているLilleの見どころなどをご教示いただく。『 city&life』の特集として「「美味し国」の景観論……風土と文化が織りなす都市景観の新たな創造」を企画し、景観先進国のフランスを取材しようと思い、フランスの景観保存がご専門の鳥海さん(『談別冊 酒』にご寄稿していただいてます)に相談をしたところ、たまたま同じ時期に調査でフランスに行かれるというので、「それならば何日か一緒にまわりましょう」ということでこの企画が実現した。鳥海さんはまたソムリエの資格ももつほど食べることにも非常に熱心。リヨン風の家庭料理を堪能しつつ手作りのヴォージョレ・ヌーヴォーを開けて、打ち合わせのはずが、いつのまにか話は愉しい方へ、愉しい方へと。まあ、取材は明日からだし、今宵は美食都市リヨンの伝統料理をおおいに愉しむことにしましょう。

地方には、こんな面白いタウン誌があるのです。

「レストラン山崎」のオーナー・シェフ・山崎隆さんのインタビュー。「洋館とフランス料理の街 ひろさき」のきっかけをつくった人。木村秋則さんの自然農法栽培リンゴを絞った生ジュースを出してくれる。
山崎さんはじつに活動的だ。フランス料理研究会を開きつつ独立し、氷彫刻をやり、5年前から、洋館とフランス料理のまちづくりを実践してきた。話していて、すごく感じがいい。なんでもそうだが、先駆的なことをやると敵をつくることにもなる。そういう意味の苦労も多かったようだ。「弘前の桜を最初に植えた人は凄いよね。僕も先人は凄いね」とニコニコしながらおっしゃった。
まち歩きをしながら撮影する。お昼に再び山崎へ。そのお味を確かめるため。スペシャル・ランチをいただく。オードブルが、軽くメインディッシュ並みのボリューム。大好きなコンフィ。次はお目当ての木村さんのリンゴの冷製スープ。皆さんおっしゃるように、ほんのり甘くてデザートにしてもいい感じだ。メインは、ここの名物料理イトウ。これも感激もの(メニューを正確に記しておきます。国産鶏モモ肉のコンフィ サラダ添え、木村秋則さんの自然農法栽培りんごの冷製スープ、鯵ケ沢産幻のイトウと帆立のポワレ ほうれん草とラタトゥユ添え/木村秋則さんの自然農法栽培りんごの薄焼きパイ アイスクリーム添え/コーヒー)。
続きを読む

フレンチをテーマにした町おこしの実例をサーベイ。

今日と明日は、青森県弘前市のサーベイ。「洋館とフランス料理の街 ひろさき」をテーマに、観光町おこしをしている弘前を、食をベースにした地域振興の成功例として紹介するため。実際弘前は、東北地方で、人口辺りのフレンチレストランの数はダントツに多い。どうせ洋食屋に毛が生えた程度のレストランでしょ、と思うなかれ。どれも、本格フレンチなのだ。なぜ、そんなに多いのか。その真相に迫ろうというわけだ。
青森空港からバスで弘前駅前まで約1時間。まず再開発が終わった駅前を見る。20年ほど前に訪れた時と印象はかなり変わった。再開発によって拡幅された都市計画道路が、周囲の環境とまだ馴染んでいない。なにか寒々しい感じがする。イトーヨーカドーを向こうに見ながら、再開発で生まれたポケットパークを見る。さすが青森県、林檎の木が植わっている。しかも、時期なので大きな林檎の実をつけて。
「虹のマート」へ。地元の食材を売る市場。その横には遊歩道。ほとんど通行人がいないので寂しい雰囲気が漂っている。土手町交差点から都市計画道路を北西へ。かつてアーケードだったものを新しくする。「まちなか情報センター」を横に見て「日本聖公会  弘前昇天教会」を見る。クランク状の坂を下ると大鰐線「中央弘前駅」。その向かいには「ルネス・アベニュー」。この複合型ファッションビルは、反対側の都市計画道路へ通り抜けが出来るようになっている。段差や通路が曲がっているので路地空間を彷彿させる。いい演出だ。
さて、最初に入ったのがフレンチレストラン「ポルトブラン」。ここでランチ。シャンパンを飲んでしまった。料理はかなり美味い。オードブルはフランス産鴨肉のサラダ仕立て、かぼちゃのクリームスープ、メインデッシュはすずきのムニエル、これにデザートとコーヒーがついて、約2500円。値段を考慮すれば、格安の本格フレンチだといっていい。続きを読む

まちとアートはどうかかわっていくか、その最良のテキストが「坂のまちのアートinやつお」だ。

昨日から「おわら風の盆」で有名な富山市の越中八尾に来ている。今日から始まる「坂のまちのアートinやつお」を取材するため。昨日、このイベントの実行委員であるCAPの山下隆司さんと実行委員長の越中和紙の製作と展示、販売をしている桂樹舎の吉田泰樹さんにインタビュー。その成り立ちや、「おわら風の盆」との関連、また町おこしとのつながりなどについてお聞きした。今日は、そのサーベイ。
今年で12回目。44個所で20人の作家が参加。八尾の民家や店舗が協力して、作家と共につくりあげるアート・フェスティバルである。旧色街の置屋だった杉風荘とその周辺のいたるところに設置されたぶたのぬいぐるみとたくさんの箱でつくった犬のオブジェのインスタレーションを見る。
八尾毛利館へ。玄関入ったところの吹き抜け空間に設置された富山出身のアーティスト三隅摩里子さんのワイヤーアートのインスタレーションに圧倒される。それから昨日と同じように東町、上新町、諏訪町をぶらぶらする。昨日はまだその準備で作品が展示されているところはほとんどなかったが、今日は参加した店舗や民家は、コラボレーションの場所、ギャラリーにすっかり様変わりしていた。
現代美術系もあれば、平面、立体、陶器、あるいは写真などの作品や、作家ばかりでなく地元のアマチュア作家も参加していて、バラエティにとんでいる。会場に作家さんがいらっしゃらなくても、その会場の提供者である家主さんが入り口に出ていたり、いわゆる展覧会とは一味違った面白さがある。上新町通りの一番はずれの水上味噌醸造元店では、客間に陶製のあかりの展覧会をやっていた。部屋へあがらしてもらうと、高齢のご主人が座っておられる。作品もさることながら、部屋の欄間の意匠に驚くと、そのいわれをいろいろお話してくれた。こういうところが、このアートフェスの特徴なのだろう。玉旭酒造では、チョークアートの展示とともに子供たちにチョークで絵を描かせるワークショップをやっていた。
総合案内所で、山下さん、吉田さんと遭遇。全体を見た感想をいうと、とにかくクオリティが高い。また、それぞれの作家がその展示空間との関係をよく吟味している。さらには、会場でないところも、軒先や玄関周りを花でデコレーションしたりしてそれらしくアート空間を演出している。とにかく、全体に品がよくてセンスがいい。これまでいくつかまちをアート空間にするイベントをみてきたけれど、その中でも出色だ。
こういうと申し訳ないのだが、正直行くまではあまり期待していなかった。ところが、実際に見て体験してみて、「坂のまちのアートinやつお」がいかにすぐれたフェスティバルであるかということが分かったのだ。
アートでまちおこし、まちづくりをすでにやっているところ、またやろうとしているところは少なくない。ぜひ、「坂のまちのアートinやつお」を体験してほしい。それが成功しているかどうかはわからない。しかし、まちとアートがどう関われるのか、ここはその最良のテキストなのだから。

お台場は注目すべき場所と都市の専門家は言う。

『city&life』の企画委員会。企画委員の先生は全員出席。次と次々号の2本分企画案を提案する。今回は、2本とも風土に重点を置いた企画にした。提案のあとの雑談で、開発当初は危惧するところもあったが、現在のお台場は非常にいい水辺空間を形成しつつあると、日頃は厳しい意見を言う先生が珍しく評価する。大江戸花火大会も、一度はみた方がいいとか。その時は、タワーマンションがちょっぴりうらやましくなるなんて発言まで飛び出した。そういえば、この前来日したゲーリー・スナイダーが、お台場に行きたいといって、関係者を驚かせたらしいが、ヒッピーのカリスマもお台場にある霊感を感じ取っていたのだろうか。海外企画も、ほぼ通った。先生方の助言を伺っていて、あまり取材範囲を広げずに、都市部にフォーカスを当てて,徹底的に分析するという方向性もありだな、と思った。いずれにせよ、年末まで、また国内、国外と取材に駆け回ることになりそう。
帰りにオズヴァルド・チルトナー追悼展。ギャラリーに2点だけの展示。それと、画集。じつはここは小出由紀子事務所の一室。こういう見せ方もあるのかと、ちょっと新鮮。というか、うちの事務所でもできるぞ。

女優さんと一緒に駒場をお散歩しました。

8時45分に集合場所の駒場アゴラへ。POTALIVE駒場編vol2『LOBBY』「燈ともしび」に参加するため。これは、一言で言うのはむつかしいのだが、お散歩しながらお芝居を観るパフォーマンスである。
駒場アゴラのある商店街では盆踊りが行われていた。クルマ1台やっと通れるような商店街に老若男女がたくさん集まっている。浴衣姿も多い。お店の前で焼きそばを売っていたり綿飴や金魚すくいの屋台が出ている。
受付開始。サロンのような場所のテーブルの前にいた青年が主宰者の岸井大輔さんだった。案内用のフライヤーの入ったビニール袋と、POTALIVEの参加者であることを示すシールをもらう。それを次回持参すれば、200円で入れるという。つまり1回600円! なんと安いことよ。
キャンセル待ちも加えてたぶん13人の参加者。今回の案内役、村井美樹さんがあいさつ。村井さんは、現在ドラマ「麗しき鬼」や「アニメギガ」の司会で活躍する女優さん。浴衣がよく似合うステキなお譲さんだ。さっそく商店街に繰り出す。盆踊りは終わったばかり。商店街はまだその余韻が残っていて、すぐには帰らずにまだ多くの人々が残っている。村井嬢の話がゆっくりと始まる。続きを読む

ペーパーレス化の波は、地図にも影響を及ぼしている。

泉麻人さん、今尾恵介さんの対談。地図に名前を手書きした名刺を持参された今尾さんから口火をきってもらう。
地図が好きという人は、ものの見方が少しばかり変わっているようだ。いや変わっている人が、気がつくと地図マニアになっているという方が正確かもしれない。地図の好きな人は、いつのまにか、自分で地図に書き込んでいる。というよりも、カキコが好きな人は、いつのまにか地図というメディアに行き着いてしまうという方が正確だろう。そして、地図の好きな人は、未だ謎だらけの過去という名の未来へと旅立つ。
地図の好きな人と時刻表の好きな人は重なっているようだ。地図を読むように、時刻表を読み、時刻表を見るように、地図を見る。泉さんが言うように、地図に興味のない人に限ってカーナビをつけると、カーナビに頼りっきりになる。こんな道あり得ないだろうというところでも、なんの疑問もなくカーナビのいう通りに走ろうとする。
IT化の進展もあって、国土地理院の2500分の1の地図の売上が激減しているらしい。日本は、何かに邁進すると雪崩れを打つように右に習えで進んでしまう。気がつくと、紙の地図が地上から消えてしまうかもしれない。100年後の日本人は、それまで豊富だった地図の資料が、2000年初頭に忽然と消えてしまうことに驚くに違いない。そうならないためにも、ぜひ紙媒体として地図を残してもらいたい。約2時間、楽しく教えてもらうことの多かった対談でした。『 city&life』no.85に掲載予定。

渋谷のど真ん中でヘビと佐藤良明先生に遭遇。

イラストレーターのアラタノリユキさん、ノンフィクション作家の山下柚実さん来社。斎藤さんを含めてざっと打ち合わせをしていざ出発。今日は渋谷五感ツアーの本番。予定を変更して、実践女子から渋谷図書館経由で氷川神社へ。右回りでいくことにした。明治通り沿いの氷川神社は始めて。ちょっとした森のようなたたずまい。2度は気温が低いねと山下さんがいうように、こころなしかひんやりして気持ちが良い。ここには、公園が併設されていて、なんと土俵があった。子供相撲でもやるのだろうか。参道にヘビを発見! 渋谷のど真ん中でヘビ。アラタさんは、巳年でヘビはぜんぜん苦手じゃないという。オシャレな都会っ子風なのに、意外に野生的な一面をもっていて、一同ちょっと驚く。
明治通りから渋谷川沿いを見る。今でこそコンクリート三面バリの河川だが、古くは河岸がならぶ舟運の要所だった。八幡通りのすぐ脇にある「さかえ湯」から裏渋谷を散策。古い木造をリノベした建物がけっこうあった。オシャレなカフェや雑貨屋に変身している。セルリアンタワーから陸橋を渡って東急裏へ。さらに道玄坂から百軒店へ。
麗郷で食事。百軒店を見る。BIGや名曲喫茶「らんぶる」は顕在、しかしその周囲はラブホテルばかり。そのはずれに千代田稲荷がある。そのとなりにベビーカーで入れるカフェが。誰が利用するのか。もしかしてafter Hotel? どんなひとが利用しているのかじっくり視察して東急本店へ。途中、SHIESPAの爆発現場を見る。SHIESPA本体は無傷で残っているが、看板にでっかい噴煙を上げる火山の写真。これはしゃれになりません。だんだん事件観光になってきたので、気を取り直す。
本店からハンズ方面へ、宇田川町を見てお茶する。東武ホテルの滝の音にしばしなごみ、「たばこと塩の博物館」から、明治通りへ。飲み屋横丁をのぞいていたら、なんと佐藤良明先生とばったり会う。今年東大を退官されてフリーになったというお手紙をもらったばかり。ならば、原稿でも書いてもらおうと思っていた矢先のこと。これは運なのか。いったん渋谷駅裏の焼き鳥屋を見て、事務所へもどる。
五感ツアーというよりは、トマソン、木造物件、レトロ建築散策の旅という感じになってしまったが、愉しい一日だった。みなさんご苦労様でした。

「カキコまっぷ」はすでにケータイに搭載中

東京大学大学院工学系研究科助教・真鍋陸太郎さんにインタビュー。真鍋さんは、サイト上にアップされた地図に、ユーザーが自由に情報を書き込んでいけるシステム「カキコまっぷ」の開発者のお一人。ITを利用したまちづくりの可能性について、実際に画面を見ながらお話ししていただいた。せっかく面白いシステムなのに、 PCだとやはり使いづらいのでは。ケータイから書き込めるといいですよね、といったら、「まだ普及していないけれども、すでにケータイに実装されていますよ」という答えが返ってきた。そうですか、そりゃ早く僕も利用したい。まち歩きに、こんなのがあったらいいのにとずっと前から思っていたので。そういえば、一緒に取材をした斎藤さんは、ただいまアルシーヴ社周辺のグルメマップを製作中。そのうち弊社HPのコンテンツの一つとしてアップされるかも。

■「カキコまっぷ」とは。(株式会社岩手情報システムHPより)
□ 誕生 □
東京大学工学部都市工学科において、地域行政への住民参加を活性化させるひとつの手段として考案され、岩手情報システムがオープンソース版として開発しました。
※独立行政法人情報処理推進機構(IPA)2005年度下期・オープンソースソフトウェア活用基盤整備事業で採択されました。
□ 機能概要 □
・インターネット上に公開された地図に、情報を書込んだ「ふせん」を貼り付けていきます。
・投稿された内容にコメントを追加することにより、書込んだ「ふせん」が「電子会議室」になります。
・GPS付携帯電話からのコメント・画像の投稿及び閲覧ができます。
・ベースとなる地図は、GIS対応データまたは、オリジナルの画像も使用することができます。
 詳しくは ↓

カキコまっぷ


五感地図をつくるために一日渋谷観光の下見

国土地理院の渋谷1万分の一地図と「OZマガジン」渋谷特集、「散歩の達人」を購入。事務所に着いて、五感サーベイ用の渋谷の地図をつくる。2色刷り指定でグリーンの図にスミの文字。実際にこれをもって、カメラをぶら下げて出かける。宮益坂の頂上から左回りに。思っていたとおり「匂い」「音」は普段あまり気にかけないが、いざそっちの機能を鋭敏にさせると、匂ってくる、聴こえてくる、これは面白いぞ。宮益坂で御岳神社を発見。敷き詰められた玉砂利を踏んではけないとある。触ってみるとヒンヤリしている。これは触覚だ。空にはヘリコプター。何機も飛んでいる。そういえば、渋谷の空には、いつもヘリがいるなあ。聴覚を働かせるとほとんど一日中空ではブルブルいっている感じだ。ビルの隙間から揚物の臭い。お弁当屋さんだ。道路を見ると、広告用のボードカーが音楽を流しながらファイヤー通り周辺を巡回している。東急ハンズの向かいのエスニック系の古着やレコード店が集中している所は、お香の匂いが立ちこめている。ここは以前とあまり変わっていない。ある意味で最も渋谷っぽいところかも。そして最後に宇田川町の路地へ。ここも、ドアや窓を開けっぱなしにした屋台風の飲食店が軒を並べている所。美味しそうな匂いがあちらからも、こちらからも、う〜ん、ビールが飲みたくなる。たっぷり2時間、五感による渋谷観光でした。みなさんも、ぜひお試しあれ。

2転3転してやっぱり中止、レム・コールハース氏特別講演

わ〜、残念だ。楽しみにしてたのに〜、って、この時間打ち合わせだったのでどうせいけなかったわ。

急告 レム・コールハース氏特別講演の中止

 国際会議 「ユビキタス・メディア: アジアからのパラダイム創成」(通称UMAT)への参加申し込みをいただいた皆様へ、

 大変残念なお知らせです。日程を再調整して準備をすすめておりましたレム・コールハース氏単独による特別講演「アブストラクトスペース:新しいアジア」(7月13日(金)の15時30分より安田講堂にて予定)ですが、現在ドゥバイに滞在中のコールハース氏より、昨日、現在進行中の建築プロジェクトのためにどうしても現地を離れることができないという旨の再度の連絡があり、最終的な講演中止を決定せざるをえなくなりました。
 皆様のご期待に添えなくなってしまいましたこと、ならびに多大なご迷惑をおかけいたしますことを、運営委員会一同、心よりお詫び申し上げます。

吉祥寺駅を中心にぐるっと一周小さな旅。

吉祥寺をサーベイする。ユザワヤの前でいきなり楳図先生に遭遇。トレードマークの赤いボーダーのTシャツ姿、さすが吉祥寺の広告塔だわと関心。もとキャバレーだったらしいオシャレ雑貨の「round about」を皮切りに、南東エリアで50's、60'sファッション「ヤング・ソウル・レベル」ととなりのレコードショップ「BallHole」を覗き、水門通りを北上。JR高架下の古書店「リブル・リベロ」、「吉祥寺シアター」,焼き鳥の老舗「いせや総本店」(仮店舗)、「基地バー」の天上円窓。蔦の絡まる昭和建築を眺めた五日市街道手前の「Lyly-Pad」などが入っているリニアショップ(一坪ショップ)、英米圏専門古書店「Bondi Books」から、再び南下して、フィギア店「ToyCats」、Jazzの老舗「Meg」とClassic音楽の「バロック」へ。6月29日にオープンしたばかりの「ヨドバシカメラ」から大通りを渡って、サンロードに入り、日本一有名な小児科「真弓小児科医院」、月窓寺、「バウスシアター」と見て、吉祥寺通りを横切り旅の本の専門店「のまど」を覗こうと思ったら移転してなかった。第一ホテル地下の「Tokyoボーリングセンター」、伊勢丹新館F&Fの「武蔵野市立吉祥寺美術館」の案内板のみ見て、すでに行列のできるているメンチカツの「サトウ」と開店と同時に売り切れごめんの「小ざさ」の横の細い路地からハモニカ横丁へ。いったん「ハモニカキッチン」で休憩。奇跡的に、11席分のテーブルが空いていた。小腹を満たして再び出陣。まず、小さな吉祥寺タウン的様相を呈する「ヴィレッジバンガード」で買い物して、オシャレゾーンと化した東急裏の大正通り、昭和通り、中道通りを駆け足で回る。ブティックのようなたたずまいのパン屋さん「Dans dix ans」でお土産にパンを購入。炭火焼きのお魚がいい匂いの路地を抜けて藤村女子中・高校の横の「風呂ロック」で有名な弁天湯、ヴィレッジの食料品バージョン「カーニバル」、レンタルボックスを覗き南口に出て、七井通りの「いせや総本店公園店」の焼き鳥の匂いにビールが恋しくなるも、邪念を振り払って井の頭公園。野外ステージではジャグリングのスクール、周辺にはさまざまなパフォーマー。弁天さまに焼きもちを焼かれたカップルたちを載せた白鳥ボートを横目に見ながら、お茶の水へ。このわき水が、神田川になると知って一同びっくり。ホテル井の頭で休憩し(うそ)、本日のディストネーション「サウンド・イメージ研究所Laboratory Cafe dzumi」へ。話が弾んで、結局閉店10時30分までたっぷりいてしまった。みなさんお疲れさまでした。

本屋に溢れるおもしろ地図。こんどはこいつを料理しよう。

「city&life」の企画委員会。次号の地図特集をプレゼンする。大量にコピーしたさまざまな地図を(しかもカラーで)持参し次々に拡げて見せながら提案した。やはり、ブツがあると強い。企画委員のみなさん興味深くみておられた。もちろん企画は通りました。これはすごく面白くなりそうですよ、期待してください。話は、今回とはまた違った視点での地図特集もやれるのだはないか。集めた地図で展覧会をやろうとか、話題はすでに次次号に。景観問題にも斬り込みたいと思っているし、いや、その前に海外ネタだ。その仕込みをやらなくちゃ。

高校生と町工場の多い地域こそ自転車の町なのだ。

『city&life』「サイクリング・シティの可能性」に掲載する伊藤滋先生と伊藤礼先生の対談。都市計画家とエッセイスト、伊藤整のご子息にして兄弟。稀な対談だ。礼先生は、古希を前にして自転車にめざめられた。現在は6台の自転車を使い分けながら、都市を走り回っておられるサイクリニストだ。今回の対談は、自転車と都市のいい関係をどうやってつくっていけるかというテーマでお話していただいた。東京というのは、人口や気候条件、起伏の多い地形、どれをみても自転車には不利な条件ばかり。ところが、ヨーロッパやアメリカの大都市と比較すると、格段に自転車普及率は高い。東京のなかでも、足立、葛飾、江戸川、大田の糀谷などが高く、港、渋谷などが低い。高校生と町工場が点在し、4mにも満たない路地がくねくねと入り組んでいる所がじつは自転車利用者が多いという皮肉な現状。これをどう捉え展開するか。滋先生は細かいことは気にせずに、仮説やアイデアをポンポンと出すタイプ。反対に礼先生は、細かいところにこだわる慎重派。兄弟で性格が対照的だったのが興味深かった。ところで、伊藤滋先生は愛煙家。なのに今日の対談場所は全面禁煙。「30分したら一度外に出るぞ」と言っておられたが、結局我慢されて中座することはなかった。帰り際、「先生、今度たばこについて何か書いてくれませんか」と尋ねると、「いやだよ、それでなくてもいじめられてるのに、もっといじめられちゃうよ」ですって。ほんとうにそうかもしれない。こんな立派な先生でも、愛煙家というだけで肩身の狭い思いをしておられるとは。お察しします。

こどもの日は宇宙の日。

こどもの日は宇宙の日。毎年恒例の野音詣。最初に登場したFlying Rhythmsにはイマイチのれなかった。タワーでは試聴して「おぉこれはいい!」と買おうと思ったくらいだったのに、ライブはあれれって感じでした。次にSpecial 0thers。歌ものもあるが、これはイマニくらい? 芯が見えない。トランスなのか、 Jamなのか、もしかしてロック?  とにかく、のれませんでした。日がそろそろ沈みかけるといよいよROVOの登場。あいかわらず最初からすっ飛ばす。もう座ってられない。すぐに立つと、自然にからだが動き出す。セットリストを確認したわけではないが、聴いたことのない曲(つまり新曲?)が多かったように思う。いや、たんにアレンジを変えただけなのかもしれない。そんなことはどっちでもいい。とにかくアゲアゲで押しまくり、僕らはすぐに宇宙へ飛び出した。いつになく、トランシーでスペイシー。ノイズの洪水で終わるSonic Youthぽい曲もあったりして。今回のライブ、音のバランスがすごくよかった。骨太でドラマチックな!!!!!サウンド。やはり、ROVOは最高じゃ!

ケルン駅で見たクラインガルデンの日本版登場。

成城学園で買い物をして、自転車で喜多見方向へ向かっていくと「AGRIS SEIJO」の文字。もしやと思って近づくと、小田急線屋上の人口地盤に家庭菜園。これが今大々的に宣伝している「アグリス成城」か。パウダールームやシャワールームを備えたゲストハウスつきの菜園。庭仕事を終えた足でビジネスや都会に遊びにいけるというのが売りらしい。年会費31,500円ガーデン利用料105,000円、ほかに栽培代行や講習会を受けられるグリーン会員は、年会費52,500円ガーデン利用料472,500円。これを高いとみるか安いと見るか。成城周辺のマンションにお住まいで、LOHAS的な生き方を志向する人たち。けっこういると思うんですが、これはそういうひとたちの心をわしづかみするアイデアだとは思いますね。
以前フランクフルトからケルンへ鉄道で移動した時に、駅の周辺にクラインガルデン(市民農園)があるのをいくつも見た。なるほどね、駅のそばなら「通勤途中にちょっと庭いじり」。これはいいかもって思ったものだが、まさにそれの日本版というわけだ。アグリビジネスというよりは、「育てる」ことを愉しむ、新手のエンタテインメントビジネスとみるべきだろう。

「安亭」の幻の焼き餃子を食べながら考えたこと。

テーマパーク化する日本。日本の都市は、いまやテーマパークのような、安全・安心の人工空間になってしまった。人間工学を追求した果てに生まれた究極のユニバーサルデザイン都市。それこそがテーマパークなのですが、果たしてこれはわわわれの理想とする都市なのでしょうか。たぶん違うでしょう。テーマパーク化する日本というのは、東浩紀さんや稲葉振一郎さんにもっと展開してもらいたいテーマですが、逆に僕は、ビジネスとしてのテーマパークの重要性にもじつは注目しているんですね。なんと反語的な思考! これは、裏切りではありません。
僕が注目するのはナムコのチームナンジャの仕事。彼らは日本で唯一のフード・テーマパークのプロデュース集団です。「横濱カレーミュージアム」にはじまって、「ラーメンスタジアム」「池袋餃子スタジアム」「なにわ食いしんぼ横丁」「アイスクリームシティ」「自由が丘スイーツフォレスト」「明石ラーメン波止場」「東京パン屋ストリート」……、都市のど真ん中のそれもビルの内部にテーマパークをつくってしまう。そして、そのテーマパークのテーマがズバリ「食」なんです。食べることの愉しさを全面展開したフード・テーマパーク。ディズニーリゾート、USJ、ハウステンボスといった巨大御三家の足下にも及ばないテーマパークでありながらも、そこには人間の欲望に直結し、都市というカオスを見据えた仕掛けが満載です。テーマパーク化した日本の内部に、風穴を空ける、反テーマパークとしてのテーマパーク。池袋ナンジャタウン内の餃子スタジアムに復活した名店(すでにない)「安亭」の幻の焼き餃子を食べながら、そんなことをむにゃむにゃ考えてしまいました。

国交省「自転車まちづくり」を実践する堺市を実際に走ってみた

堺市大仙公園内にある自転車博物館/サイクルセンターへ。事務局長の中村博司さんにインタビュー。自転車部品メーカーのシマノの財団がやっている博物館。自転車産業の町「堺」というのはすでに過去のものになったという。今、自転車製造の9割は中国などのアジア諸国で行われている。これからは、モビリティの重要な手段のひとつとして自転車をちゃんと位置づけて、自転車を有効利用するまちづくをすすめていくべきと尽力をつくされている。中村さんは、ご自身も15km離れている仙北ニュータウンにあるご自宅から毎日自転車で通うサイクルツーキニスト。もともと、シマノでメカニックとして自転車競技に参加していた人。自他共に認める自転車のオーソリティである。続きを読む

合意形成を生むための仕組みづくりが必要なのだ

大阪大学工学部へ。大阪大学はどでかい。運転手さんは大学構内の地図を片手になんとか目的の棟にたどりつく。大学院工学研究科教授・新田保次先生。じつは、4年前オランダのサイクルタウン「ハウテン」を取材することになったきっかけは、新田先生にその所在を教えてもらったからだ。今回は2度目である。
今日もインタビューは斉藤女史で、僕はカメラマン。今回の取材でよくわかったことは、自転車問題は市民も行政も力を入れて取り組んでいるのだが、ただひとり警察がネックなのだ(もちろん新田先生がそういったわけではありません、ぼくの考えです)。クルマの渋滞を極度に警戒し、事故があった時に責任を被るのは警察。なによりもそれを恐れているのだ。警察が責任をすべて負わなくてもいいような仕組みをつくる。それに関連して、合意形成が用意にできる仕組みをつくること。ヴィジョンをかたちにする戦略と戦術が必要なのだ。自転車問題は警察問題である。
今回のインタビューは、立場がそれぞれ違っているので、問題の所在が逆に明確になった。4年前の取材時に都市プランナーの角橋哲也さんにお話をお聞きしたら、やはり同じように合意形成の重要さを強調されておられた。まちづくりにとって一番必要なのは、合意形成を生むための仕組みづくりなのかもしれない。

自転車の理論家と自転車ツーキニストへのインタビュー。

待ち合わせの時間まで少しある。ケータイでテキストをつくり自分のPCに配信。まさか、ケータイで原稿を書くようになるとは思ってもみなかった。『city&life』no.83特集「サイクリング・シティの可能性」の取材。斉藤さんと待ち合わせて、(財)土地総合研究所古倉宗治さんにインタビュー。自ら自転車の理論家とおっしゃるが、まさにこういう論者を求めていたわけで。自転車がちゃんと車道を走れるようになって、諸外国同様市民の足としてちゃんと認知される社会を実現させるための具体的方策を尋ねる。
次にANAコンチネンタルホテルへ。自転車ツーキニストを自認する疋田智さんにインタビュー。自転車通勤のできる快適な自転車環境を目指す実践派。時に厳しく聞こえる意見も、自転車を愛するからこそだ。こうした市民の声があってこそ「サイクリング・シティ」の実現が可能になるのだろう。じつに気さくな人で、話が盛り上がる。そのあと「とら八」へ。外人客の多い居酒屋。年配の人が3人でやっている店。焼き鳥は美味しいしこんな居酒屋がアークヒルズにあるなんてうそのようだ。

ジェイコブスが東京ミッドタウンを見たらなんと言うでしょうか。

ジェイン・ジェイコブスが生きていたら、東京ミッドタウンについてなんて言ったでしょうか。ピカピカの出来立て大規模再開発もいいけれど、東京にはもっといい町がたくさんあるんです。それもずっと前から。『緑+働+住+遊+憩」が売りだそうですが、町はそもそもそういうのが揃っているのが当たり前。今更、自慢するものではありません。さあ、ジェイコブスと一緒に、そっちの町へ行こうじゃありませんか。桜だっていっぱい咲いてますよ。
『city&life』no.83 特集「ジェイン・ジェイコブスの宿題」
city&lifeno.83
内容については、左ナビゲーションバーのアルシーヴ社にアクセスしてください。

exporsureを忌避するという風潮

酒井隆史さんをお招きして講演会&交流会。テーマは「公共性と迷惑行為』。『談』no.71号のインタビューをもとに最近の現象も交えてお話しいただいた。リチャード・セネットの議論をベースに、内面の純粋さを強調するあまりexporsureを忌避するという風潮ができて、ナルシジムが公共性を衰退させていくというお話はまさにそのとうりだと思った。でも、一番これだと思ったのは、公共性とはcivilityで、それは市民が仮面をかぶって劇場のアクターのようにふるまうものだったという話。これは最近すっと考えているギアーツの劇場国家論再考と通じるところだ。人称とは一元的であるはずがなく、多数性に開かれているからこそ社会的でありえるのだ。キャラは沢山あった方がいい。じつは、昔の人はみんなそうだった。いったいいつからぼくたちは、私に固執するようになったのだろうか。自分探しなどしている場合ではないのだ。

好感をもつて迎えられるのはとても嬉しいことだ。

第一生命ビルへ。一階の郵便局のとなりに喫茶室があるのを発見。予定時間より早くついてしまったので入ると、林先生と太田さんがすわっていらっしゃる。それに初見の奥田先生。奥田先生は立教の名誉教授。兼任講師だと伝えると、過去に都市デザインの学部をつくる話があったというお話。そのあと、『city&life』の企画委員会。理事会で『C&L』は好評だったといううれしい情報。企画会議も大変盛り上がり、各先生方から活発な意見とやりとり。次号は「サイクルシティ」で決定。
Monthly article
訪問者数



『談』とは
 
●最新号

No.109
〈ポスト真実〉時代のメディア・知性・歴史
 
●バックナンバー
No.93以前のバックナンバーにつきましては、アルシーヴ社(03-5779-8356)に問い合わせください。

No.108
おいしいってなに?……ひとは食をどう表現してきたか

No.107
老い衰えゆくからだ……話す・動くから考える

No.106
人と動物……動物は動物なのか

No.105
科学を科学する…領域を超えて

No.104
恐怖の報酬…「怖いもの見たさ」の謎
 
 
●別冊

Shikohin world 酒

Shikohin world たばこ

Shikohin world コーヒー
 
『談』アーカイブス