2008年06月16日

言葉は可塑性をもっているからいいという面もあるのです

「この店の餃子、マジ、ヤバい!」と思わずでっかい声。カウンターのとなりに座っていたご高齢の男性が、「えっ、もしかして、毒入り……」と口に半分収まりかけていた餃子を吐き出すように、皿に戻したのです。「ちっ違いますよ! むちゃくちゃ美味しいってことですよ」と、ぼくは、あわてて言葉をつなげた。
「やばい」という言葉。昨今、まったく反対の意味で使われる場合が多い。ぼくも、すっかりその使用方法が身に付いてしまい、「マジ、ヤバい」を連発してしまうのですが、本来の使い方しか知らない人には、とんでもないことに聞こえてしまうらしいのです。これをもって日本語が乱れていると嘆く方もいらっしゃるでしょう。しかし逆に見ると、これこそ言語の大いなる特徴なのです。それだけ流動性をもっているということでもあり(今風に言えば、可塑性をもっている)、さらにいえば、発語される意味されるもの(シニフィエ)とその言葉の意味するもの(シニフィアン)は、言語の端緒から恣意的な関係にあるということの証しなのです。そして、これは日本語に特徴的なものではなくて、ほぼ世界の言語に共通した普遍的な性質ですらあるのです。
ジャマイカに行った時のことでした。友だちになったタクシードライバーのボブ君は、調子にのってくると、所かまず「bad!」「bad!」とわめきちらします。じつはこれは「good!」の意味。ジャマイカでは、
価値観が完全に転倒してしまうような、こんな使い方はざらにあるのです。しかも、そうした使用法が沢山載っている「ジャマイカン・イングリッシュ集」なる辞書まであるのです。
言葉は、その使い方を間違うと命取りにもなります。が、そもそもかなりいいかげんなものなのだということを知っておくことも大事なこと。だからこそ「ことば」は面白いと、ぼくは常々思っているわけです。  
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2008年06月13日

今、ラディカルな人は、じつは昔からずっとラディカルだった

『tasc monthy』で「シネマ・シガレッタ」の連載をお願いしている粉川哲夫さんのテキスト「もしインターネットが世界を変えるとしたら」(1996年)が公開されているので読む。読み進めてみて驚いた。現代の状況を適確に予測しているとかいうレベルではなくて、ガタリを援用しながら、その可能性と不可能性に言及し、それを自由ラジオ、ミニFMの延長で、いかにラディカルに使い倒すか、徹底的に掘り下げているのだ。先生の現在やっているワークショップはとても刺激的なのだが、その思考のプロセスから必然的に生まれたものだったのだ。僕が今学生だったら(昔々じつは学生でした)、絶対に飛びつくなぁと思ったのだった。  
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2008年04月22日

メディアのalternativeが結晶化と共鳴する時…

『談』公開対談第1夜。「粉川哲夫さんと廣瀬純さんの対話」

トピックな話題から入ればいいと思いネグリ来日中止の話から始めてもらう。ネグリ、ガタリときて自由ラジオへつなぎ、そのままラジオアートに流れていけばいい、と思ったからだが、やはり、そうは問屋が卸さなかった。ネグリの話がとぐろを巻くごとく、ぐるぐる回り出す。まさに「ネグリでんぐり」。

粉川さんは、中止にいたった経緯とその対応へのコメント、またネグリ個人に対する感想を述べると、廣瀬さんは、ネグリの思想は、ネグリ・ハートの三部作「帝国」「マルチチュード」「コモン」で捉えるべきで、そこでネグリが一貫してとっているのは、「逆手にとる」という方法ではなかったと指摘。この意見に対して、粉川先生はすでにその「逆手にとる」ということが古いのではないか。返り咲いたベルルスコーニが画策しつつあるグローバルなメディア戦略に対しては、「逆手」では対抗できない、もっと別のこと=「オルタナティヴ」を考えなくてはならない。たとえば、粉川さんのドメイン名である「translocal」、サイト名である「polmorphous」がそのヒントになる。

インターネット環境以降のトランスメディアの可能性として、ラジオのミクロ性に改めて注目し、インターネットとそれを接続することで、グローバルかつミクロなオルタナディメディアを作り出していけるのではないか、と提言する。alternativeとは、alter=変える、とnative=土着の、が合体したことばだとイマジネーションを働かせれば、それはまさに土着性それ自体を更新するという意味になる。「グローカル」がすでに権力に取り囲まれている概念とすれば、むしろ、無数の土着=最小のコミューンをネット上にリンクすること、それが今のalternativeだ。この発想は、廣瀬さんの闘争の「最小回路」=結晶化という考えと共鳴するものだとぼくは理解した。途中、「美味しい料理の哲学」を巡って、大声を張り上げての激しいやり取りが展開されたが、これはライブならではの醍醐味。こういうことがあるから、面白いのだ。さて、明日はどんな話が展開するか、楽しみ。

  
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2008年04月11日

実務家が実務家に教えるものなどあるのだろうか

エンタメビジネス今年最初の授業。10分遅れて教室に入ると5人、あとから一人加わって全員で6人。去年の半分。今回の顔ぶれは、写真スタジオの経営者、スポーツスクールの経営者、資格教育の学校で教鞭をとっている人、公務員、リゾートホテルのマーケティング担当、元商社マン。みんな、会計学、財務などの実践的なマネジメントの教育を受けている人ばかり。こりゃ、ちょっとやりにくいなぁと思いつつも、ぼく流のやりかたでやるしかない。しかし、今年は逆にぼくが勉強させられることになりそうだ。  
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2007年08月07日

想像力の立体地図は、本物以上のリアリティ

TUBE GRAPHICS・木村博之さんのインタビュー。「ご尊父は捕鯨船に乗っていたんですよね」と話を向けると、「これ知ってますか」と言って棚に飾ってあったクリーム色の物体を二つもってきた。「クジラの歯です、面白いでしょう」。子供の時にもらったのだという。ご尊父は、アイスランドやガーナやカナリア諸島と遠洋航海に出て、いく先々の寄航場所から、手紙をくれたのだそうだ。それで、そこがどこかを知りたくて、地図を買って調べ始めたのが、地図に興味をもったきっかけだった。郷里の宮城県女川は、金華山沖でクジラ漁をやっていて、小学生だった木村少年は、毎週のようにニッスイの工場で行われていたクジラの解体を見に行っていた。一方で地図に、他方で解体ショーに。その後地図製作とグラフ制作が合体していく木村さんの思考は、すでに少年時代に準備されていたのだ。木村さんの地図づくりのフィロソフィーに共感する。多面的な見方、こっちからみたり、あっちから見たり、俯瞰したり、下から仰いだり…、世界をさまざまな視点で眺めてみる。そして、地図という2次元の世界にそのまなざしを投影していく。それが、木村流立体地図なのだ。単なるアクソメ図ではなくて、想像力の立体地図といったところか。 TUBE GRAPHICS

ところで、木村さんには以前『談』no.48別冊「混合主体のエチカを求めて」で、面白い地図をつくってもらった。ちょうど地球の真裏同士に位置するカリブ海とバルカン半島。一方は海洋、他方は大陸という違いはあるけれども、人種・民族の混交が激しく進みクレオール文化圏を形成しているという意味では似ている地域。魚眼レンズで見てみると、まるで同じ場所が図と地を反転しているように見えてしまうのだ。「あれは面白かったですよ」と木村さんに伝えたら、すっかり忘れておられた。う〜ん、ちょっとがっかり。

  
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2007年08月03日

羽根と魚眼レンズをもつおじさん

吉田初三郎さんという地図製作者を知ってますか。こんなのつくっている人

その初三郎さんの研究家でコレクターでもある藤本一美さんにご連絡。初三郎さんの膨大な地図の中で、「賑わい、活気があってまちづくりにつながってくるもの」をお貸しいただけないかというお願いと原稿依頼。電話に出られた藤本さんは、現在の実際の町と捉えて、「…は絵として面白いのだけれど、今衰退しちゃって、町おこしをしようとはしているんですが」とおっしゃる。いや、そうではなくて、描かれた地図の中にそうした賑わいや活気があふれていればいいので…」とあわてて説明する。それならば目星がつくので、探してお送りしましょうとのご返答。あまりに気軽におっしゃるんで、ちょっと驚く。だって一種の美術作品、大変貴重なもの。それをあっさりと宅急便で送ってくれるという。それを撮影することにする。次に、「住宅地図」の件で、ジオへtel。日本にしかないという「住宅地図」。これを写真にとって紹介しようと思っているのだが、個人情報の取り扱いで心配になり連絡をとった次第。「公共施設なら問題ないので、それが出ているページにされたらどうですか」と。僕らの考えていることと同じ回答がかえってきた。複写掲載許可について恐る恐る尋ねたのだが、それもあっさり「いいですよ」と。逆にありがとうございます、とお礼まで言われてしまった。地図関係の人って、なんでこんなによく言えば親切、悪く言えば無防備なんだろうか。そもそも地図というものが、公共的なもので、アノニマスなものだから、所有権とか個人情報といったものに、あまりこだわりがないからなのか。やっぱり地図関係はどこか少し違いますね。  
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2007年07月18日

「カキコまっぷ」はすでにケータイに搭載中

東京大学大学院工学系研究科助教・真鍋陸太郎さんにインタビュー。真鍋さんは、サイト上にアップされた地図に、ユーザーが自由に情報を書き込んでいけるシステム「カキコまっぷ」の開発者のお一人。ITを利用したまちづくりの可能性について、実際に画面を見ながらお話ししていただいた。せっかく面白いシステムなのに、 PCだとやはり使いづらいのでは。ケータイから書き込めるといいですよね、といったら、「まだ普及していないけれども、すでにケータイに実装されていますよ」という答えが返ってきた。そうですか、そりゃ早く僕も利用したい。まち歩きに、こんなのがあったらいいのにとずっと前から思っていたので。そういえば、一緒に取材をした斎藤さんは、ただいまアルシーヴ社周辺のグルメマップを製作中。そのうち弊社HPのコンテンツの一つとしてアップされるかも。

■「カキコまっぷ」とは。(株式会社岩手情報システムHPより)
□ 誕生 □
東京大学工学部都市工学科において、地域行政への住民参加を活性化させるひとつの手段として考案され、岩手情報システムがオープンソース版として開発しました。
※独立行政法人情報処理推進機構(IPA)2005年度下期・オープンソースソフトウェア活用基盤整備事業で採択されました。
□ 機能概要 □
・インターネット上に公開された地図に、情報を書込んだ「ふせん」を貼り付けていきます。
・投稿された内容にコメントを追加することにより、書込んだ「ふせん」が「電子会議室」になります。
・GPS付携帯電話からのコメント・画像の投稿及び閲覧ができます。
・ベースとなる地図は、GIS対応データまたは、オリジナルの画像も使用することができます。
 詳しくは ↓

カキコまっぷ


  
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2007年07月17日

五感地図をつくるために一日渋谷観光の下見

国土地理院の渋谷1万分の一地図と「OZマガジン」渋谷特集、「散歩の達人」を購入。事務所に着いて、五感サーベイ用の渋谷の地図をつくる。2色刷り指定でグリーンの図にスミの文字。実際にこれをもって、カメラをぶら下げて出かける。宮益坂の頂上から左回りに。思っていたとおり「匂い」「音」は普段あまり気にかけないが、いざそっちの機能を鋭敏にさせると、匂ってくる、聴こえてくる、これは面白いぞ。宮益坂で御岳神社を発見。敷き詰められた玉砂利を踏んではけないとある。触ってみるとヒンヤリしている。これは触覚だ。空にはヘリコプター。何機も飛んでいる。そういえば、渋谷の空には、いつもヘリがいるなあ。聴覚を働かせるとほとんど一日中空ではブルブルいっている感じだ。ビルの隙間から揚物の臭い。お弁当屋さんだ。道路を見ると、広告用のボードカーが音楽を流しながらファイヤー通り周辺を巡回している。東急ハンズの向かいのエスニック系の古着やレコード店が集中している所は、お香の匂いが立ちこめている。ここは以前とあまり変わっていない。ある意味で最も渋谷っぽいところかも。そして最後に宇田川町の路地へ。ここも、ドアや窓を開けっぱなしにした屋台風の飲食店が軒を並べている所。美味しそうな匂いがあちらからも、こちらからも、う〜ん、ビールが飲みたくなる。たっぷり2時間、五感による渋谷観光でした。みなさんも、ぜひお試しあれ。  
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2007年07月07日

UMAT「基調講演3 レム・コールハース×浅田彰」中止のお知らせ

先日お知らせしました国際会議 「ユビキタス・メディア: アジアからのパラダイム創成」で予定されていた「基調講演3 レム・コールハース×浅田彰」(7月14日15:00〜16:45)が講演者に緊急の事情が発生したため、やむを得ず中止となりました。
中止にともなうスケジュールの変更と代替企画レム・コールハース氏単独による特別講演「アブストラ
クトスペース:新しいアジア」(約1時間を予定)については
UMATのHPに

。  
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2007年07月04日

〈愛好者 Amatorat 〉をめぐって モバイル環境による「クリティカル・スペースの創出」の試み

「国際シンポジウム Ubiquitous Media Asian Transformation」のプレイベントのお知らせです。
哲学者ベルナール・スティグレール氏、メディアアーティスト藤幡正樹氏とともに、東大駒場キャンパスで「<愛好者 amatorat>をめぐって」と題して、デジタル環境における「批評」の再構築に関するシンポジウムが行われます。
以下は石田英敬教授からのメールを転載。
「私たちの社会と文化から「クリティーク」が無惨に後退しているという実感を皆さんもお持ちではないでしょうか?
最近の朝日新聞の夕刊からの文化欄の消滅に示されたように、日刊紙から「論断時評」や「文芸時評」の場所が周縁化していき、かつては作品の質や価値や趣味を評論する場所であった、例えば「キネマ旬報」のような雑誌が「びあ」化し、良い写真とは何かを評する雑誌であった「朝日カメラ」のような写真誌がデジカメのスペック比較のマニュアル誌となり、「ニューヨークタイムズ」が「文芸批評の死」について特集を組み、などなど、私たちの社会のあらゆる領域から「批評」が後退していっています。もちろんこれは社会から「批判」が後退していくことと同じ現象であるともいえる。
このような批評の後退状況とメディア・テクノロジー環境の変化とは、私たちの見るところ緊密に結びついています。しかし、批評の後退は「美しき魂」たちが嘆くような抗いがたい宿命では決してなく、テクノロジー環境自体に発明的に働きかけることによって、批判と創造との関係を新たに生み出すことができるはずだというのが、ここでの私たちの問題提起です。
今回、
ポンピドゥーセンターIRI

で「キアロスタミ/エリセ」展プロジェクトを推進中のスティグレール氏と、そのポンピドゥーセンターでPocket fIlm Festival の招待作品提示をおこなったばかりで、北野武や黒沢清を擁する東京芸大の映像学科の研究科長でもある藤幡正樹氏をお招きして、デジタル環境・モバイル環境においていかに「批評空間」を構築するのか、デジタル時代における「クリティークとは何か」、再生されるべき「パブリックとは何か」をめぐって、「批評の道具」のデモを交えて討議することにしたのは、そのような狙いからです。タイトルの「アマトラ(amatorat)」とは、来るべき「批評/批判」の担い手としての「パブリック」のことです。
なおこの催しは、7月13日ー16日に東大本郷キャンパスで開催されます
国際シンポジウム Ubiquitous Media Asian Transformation

のプレイベントという性格ももっておりますので、そちらもよろしくお願いいたします」  
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2007年07月03日

国際シンポジウム「ユビキタス・メディア: アジアからのパラダイム創成」開催のお知らせ

東京大学大学院情報学環副学環長・石田英敬教授より以下のようなご案内をいただきました。

「この度、東京大学大学院情報学環、同総合文化研究科、ノッティンガム・トレント大学 Theory, Culture & Society センターの共催で、7月13日(金)‐16日(月)の期間、下記サイトのような、きわめて大規模で野心的な国際会議を開催いたします。この会議では、現代世界を代表する超大物のメディア学者が次々に来日、基調講演をします。100を超えるテーマ別セッションが開かれ、世界中から集まった約400人の報告者がメディアの理論と研究の文字通りの最前線を報告していきます。さらに、有力なメディア・アーティ
ストによる作品展示も予定しています。

今日、メディアの世界は激変し、社会を根底から変容させています。インターネットや携帯電話からデジタルアーカイブやゲーム、アニメなどのコンテンツ産業、仮想現実、iPodのような小型のデジタル媒体の普及、ストリーミング配信や各種の音楽配信技術、ブログやコンテンツ・マネージメント・システム(CMS)等の発達といった状況の中、マスメディア中心のパラダイムは有効性を失い、まったく新たなパラダイムが求められています。このような技術的、社会的状況の中で、本国際会議は、新しいネットワーク型のデジタル情報社会に対応したメディア理論のパラダイム革新を、アジアから世界に向けて宣言する会議となります。詳しくは、
会議概要は、
国際シンポジウム Ubiquitous Media Asian Transformation

 →
プログラム

をご覧ください。このようないまだかつてない規模、野心的なプロジェクトである本世界会議に、ぜひともご参加ください。また、この情報を、ご関係の各方面に広めていただきたく、お願いします。
広報が遅れており、これだけの会議が十分に周知されないことが心配です。どうかなにとぞご協力ください」

★有力なメディア・アーティストとして、『談』でお馴染の木本桂子さんも出品していますよ!  
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2007年04月03日

webの乱用は注意が必要たが、いいことだっていっぱいある。

ネットでググって、企画書つくったり、小さな原稿を書いたり、なんてことをじつはぼくもよくやっている。反省しなくちゃいけないなと思いつつも、悪いことばかりではなくて、いいことだってあるのだ。スポーツ関係のことをいろいろ調べていたら、面白いことを言っている人がけっこういることを発見した。たいがいそういう人たちは、ネット上でも論陣をはっていたり、テキストを公開していたりする。スポーツ社会学学会や雑誌「スポーツ批評」などというものをベースに、刺激的な議論が交わされていることなど、ネットがなければたぶん知らずにいたと思う。今後、『談』などでそっち系の人たちが出てくる機会がふえると思いますが、ネットのおかげですんで。素直に感謝してます。  
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2007年02月01日

テキストを書くことが、Webを育てているという当たり前すぎる感想。

ラピスの武田さん来社。某企業のポータルサイトのコンテンツをつくるため。ブログ機能を付加させたHPをつくりたいという希望。ブログ・ソフトウェアで、そのままサーバーに組み込んでしまえるMovable Typeを使おうということになる。カスタマイズも容易だし、なにより既存のブログソフトと違って、自前でセキュリティ管理ができるというところがいい。ゆくゆくは、当ブログもそのシステムに移行しようかと相談する。さて、某社のコンテンツをつくるに当たって、参考になりそうなのがY社でつくったHP。じつはラピスさんとはその仕事が縁でお付き合いするようになった。当時は書き込みといえば掲示板が主流。今から思えば、使い勝手の悪いシステムだった。ブログの誕生は、Webの環境を根本的に変えてしまったのだと、今さらながら、思うのであった。夜「拝啓、父上様」を見る。第4話で鳶のシャク半こと半次郎が登場。これって、「前略、おふくろ様」でいえば、渡辺組の鳶の半妻でしょ。ということは、いよいよ恐怖の海ちゃんが登場することになるかも。でも、誰がやるんだ?  
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2006年07月20日

意識のメタ市場化は「象徴の貧困」を生む

東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授・石田英敬さんのインタビュー。ポストフォーディズムの社会にあって、個人は親密圏へ引き込み、社会的な連帯は失われ、かわりに感情がシンクロする。消費社会の徹底化。文化産業が隆盛をきわめ、意識はメタ市場化する。テレビという遅れてきたメディアは、しかし現前性をたてにわれわれのまなざしを吸収する。「象徴の貧困」(ベルナール・スティグレール)があからさまなかたちで前景化する時代にわれわれは生きているのだ。そうした状況とどう向き合うか。非常に刺激的なインタビューだった。『C&L』誌に掲載予定。  
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2006年05月04日

『知場』リニューアル第1号は、「地域SNSを考える」特集

『知場 intelplace』リニューアル第1号を贈呈していただきました。存在自体をご存じない方もおられるかもしれませんが、95年に創刊され、すでに通巻106号を数えている知る人ぞ知る雑誌です。グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)が発行する機関誌で、情報社会の特質やさまざまな課題、問題に取り組むセンターの研究活動と連携し、毎号鮮度の高い特集を組んでいます。今号の特集は、「地域SNSを考える」。昨今地域に次々と立ち上がってきたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の現状と課題、今後の方向性を探るというもの。GLOCOMの研究員の報告、パネルディスカッションなどを交えながら、理論的かつ実証的にアプローチしています。ところで、GLOCOMは今年度大幅な組織変更があって、主幹研究員だった東浩紀さんが副所長に就任しました。東さんは研究活動の他に、『知場』の編集にも関わっています。今後の活動が期待されます。  
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2005年10月31日

すぐそこまで来ている履歴バレバレの社会

PCのサポートセンターといえば話し中か「しばらくたっておかけ直し下さい」の代名詞でした。ところが、最近ほとんど数回のコールでオペレーターが出てきます。この激変ぶり、なぜかと思っていたら、じつはぼくたちは中国と電話をしていたのでした。中国は人件費が安いのでたくさんのオペレーターを雇うことができます。それだけ回線も多くとれるというわけです。でも、それっと国際電話でしょ、回線使用料が高いんじゃないのか。ところがさにあらず、ぜ〜んぜん平気なんですね。なぜならIP電話を使っているからで、ほとんどタダ同然なんですって。うわ〜、そうだったのかと驚いてはみたものの、でもすぐにまた新たな疑問が湧いてきました。IP電話って、どうしてそんなに安いの?

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2005年01月06日

情報のTSUNAMIがやってくる

ストレージ技術が飛躍的に発展した結果、だれも予想しなかった社会が出現しようとしている。ひとつ象徴的ないいかたをすれば、「質より量」。量より質の時代は終わりをつげ、量が質を凌駕する時代になったのだ。「情報のTSUNAMI」が押し寄せてきているのである。コンピュータの発展過程でいうと、中央演算装置とワークステーションの第一ステージ、サーバーとクライアントの第二ステージ、そして、今やP2Pの第三ステージの段階を迎えている。そういう情報革命が起っている中で、IT技術を基盤に事業展開するということは、もはや子どもだましでは通用しないということなのだ。僕はバラ色の未来を語るよりも、いいことも悪いことも洗いざらい出してしまうことが重要だと考えている。
齋藤純一さんから約束通り本質原稿が返却される。齋藤さんは非常に丁寧な物言いをし、なおかつ締め切りをきちっと守る模範的で規範的な人。「公共性」を語るにふさわしい先生である。  
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2004年07月10日

匿名性と情報社会

「書き込みはしない。もっぱら読むだけ。だから私、面は割れてないわ」と自信ありげに友人は言いました。でも、それは全くの誤解。ネットというメディアでは、「読む」ことと「書き込む」ことの差なんてほとんどないといっていいのです。ウェブページを「〈読む〉だけであっても、そのページが置かれているサーバ上に、こちらのIPアドレスやアクセスの日時が逐一保存されている」。だから「書き込」まなければ匿名でいられる、というわけでは全くないのです。東浩紀さんが『中央公論』に昨年発表された「情報自由論」から。  続きを読む
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