社会

「安心・安全」時代のビフォアー&アフター

JTへ。いつもの調子でエレベータホールに入ると、突然、ガードマンに呼び止められる。所属と名前を聞かれる。いったいどうなっているのか慌てる。22階の総合受付の自動ドアが開くと、ここにもガードマン。再び同じことを聞かれる。おいおい、僕は犯罪者か。今日は、担当者と打ち合わせに来ただけなのに。もともと、JTビルは、セキュリティに関しては、異常なほど寛容だった。誰でも、スイスイ入れた。逆に、いくらなんでも、それ危なくないかと心配していたくらい。だから、この豹変振りには驚いたのだが、どうやら、僕の心配どおり、不審な侵入者があって、それ以来セキュリティを強化したのだという。でも、ほんとうは、どこのビルもこんなもんですけどね。逆に、「安心・安全」なんて誰も言わなかった時代が思い出されて、ちょっと考えさせられました。

われわれは善悪中毒にハマっている。

今年で12回目「ルネッサンス・ジェネレーション08 決断なき自由-情動の現代-」に参加する。イントロダクションで、そもそも情動とは何か、なぜそれが今問題になるのか、下條信輔さんが丁寧に解説してくれた。「制御と自由は時間軸上で棲み分けする」というプレディクション/ポストディクションの話は面白かった。池谷先生が言っていた意識より早い発火のことだ。これは、お終いの総合討論で、大澤真幸さんの発言をきっかけに、再び議論になった。しかし、いつものことだけど、タナカノリユキさんは、ぜんぜん面白いことを云わないですね。 田中宇さんは、5年ぶりの参加。陰謀説が再び火を吹く。「対米従属から自由にならないとほんとやばいぞ」って持論を展開。なぜなら、すべては陰謀だから。善悪中毒、アメリカの自滅主義、隠れ多極主義というキーワードで国際関係を読み解く。大いなる誤読かもしれないし、噂の真相かもしれない。ユダヤ陰謀説をはじめ、あまり陰謀理論にはシンパシーがもてない僕でも、田中さんの話は面白い。騙されてみるのもいいかもって、いう感じ?  それにしても、大澤さんが、田中さんが実在していることに驚いたという発言に会場が湧いた。宇という名前が、宇宙を想起するのでネット上のバーチャルな存在かと思ったという。大澤さんって丹生谷さんとの対談でもそうだったけれど、固有名と実在ということに、ものすごくセンシティブな反応を示す。
さて、大澤さん。今回のレクチャーははおそろしくわかりやすかった。自由は本質的に社会現象にすぎない、この極度の閉塞状態のなか(第三の審級の不在の時代)、自由の概念を変換する必要があるという提言は、説得力のある議論だった。自由意思?因果関係という図式は、意外に一般には共有されていないのではなかろうか。時間と意志、時間と自由という切り口から展開できる可能性がありそうに思った。
総合討論で、環境保護の嘘をもっと掘り下げてほしかったが、パンフレットのそのページにIBMが環境の大切さを訴えているのからもわかるように、これはスポンサーへの配慮なのかもしれない。終了後のフロアからの質問には、いつものことながらあきれる。なぜそんなことを聞くのかと思うようなことばかりをみんな質問する。それに、いちおう丁寧に応答するパネリストのほうに頭が下がる。昨年より、10倍くらい面白かった。

たばこへの『ナグラる』的なスタンス。こういうのがいいんじゃないかなぁ。

株式会社シュガーカンパニー「Go smoking 友の会」から、ステッグマイヤー名倉さんの新刊『ナグラる』を贈呈していただきました。本書は、著者がウェブ上の日記やコラムとして書いてこられた文章に書き下ろしを加えたもの。著者は「素人の絞り汁」とまえがきでいっておられますが、ぜんぜんそんなことはなくて、「玄人の職人芸」的面白コラム集になっています。なぜ僕のところに送られてきたのかというと、著者が連載をされているシュガーカンパニーのサイト「Go smoking」の主宰の方と『談』のブログで知りあったからです。本書の後半は、この連載からいくつか採録されていますが、これがなかなかいいのです。いわゆる禁煙原理主義や嫌煙論者に対して、声高に不満をぶちまけるのではなく、といって、意固地になって不平を並べるのでもなく、たとえれば夏の終りのモスキートのような攻撃。「いやっそこかいな」というような、狙っているのか外しているのかよくわからない様子で、しかし、血は「しっかり吸ったる」という感じ。まぁ、じつにフツ〜の言葉で、現代の異常ともいえるたばこ包囲網を揶揄しているのです。
たばこは吸わないけれど(すごく前に吸っていた)愛煙家である僕にとって、このスタンスはちょうどよい。論理的に批判しても通じない相手に、いくらエモーショナルに迫ってもダメ。蜂のムサシは死にましたが、蚊はしぶといでっせ。がんばってくれなはれ。
ナグラる
ナグラる

パターナリズムは、じつは公共性を考えるためにも不可欠な概念なのだ。

大阪大学留学生センター准教授瀬戸山晃一先生にインタビュー。ちょうどこの時期は、新しく入ってくる留学生の受け入れと阪大から留学する日本人学生の対応で、瀬戸山先生は忙殺されている。そんなてんてこまいの状況のなか、無理をしてインタビュー時間をつくっていただいた。先生には申し訳なかったけれど、有意義な取材となった。 「パターナリズム」に対する根本的な疑問、「そもそもパターナリズムは、本当に自由と対立するものなのか」ということについて、きわめて明確な回答を得たことだけでも大変な収穫である。ずばり、この両者は対立しないのだ。というか、対立は一面的なものであって、自由や自律を確保する不可欠なスパイスとしてパターナリズムは機能する場合も多いというのである。そして、『談』の特集テーマである公共性との関連で言えば、私的領域ばかりでなく公共性の概念を検討するためにもパターナリズムは重要な示唆を与えてくれるというのである。 たっぷり2時間半に及んだインタビューの詳細は、11月末発行予定の本誌をお読みいただくとして、瀬戸山先生のお人柄についてだけ付け加えておこう。先生は、大変ホスピタリティに満ちた人です。研究者は自らの研究も大事だけれど、それと同じくらい教育も大事。学生への指導、コミュニケーションをとても大切にしている。話がわかりやすく面白いというのは当然だとして、なにより、他者を迎え入れるその態度が清々しい。法学の分野にこういう先生がいるということを伝えられるだけでも、次号の発行意義はあるだろう、とこれほんとうですから。

人間は単なる量か。人口論という陥穽。

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスへ。総合政策学部教授大江守之先生にインタビュー。開口一番、「都市はシュリンキングしていないというのが僕の立場だけど、いいの?」そうなんです、大江先生は、都市が転換期にあるという認識はもっているものの、縮小しているとは見ていないのでした。シュリンキング・シティなんていったい誰がいいだしたのかとすら言うのだった。

シュリンキングの最大の問題点は、人間を人口としてしかみていないことだという。人間は、原子のような抽象的なモノとみなして、その量が増えたとか減ったとか言って騒いでいる。人間は生き物であり、人それぞれちがう。先生は、だから世帯や年齢層で捉えなければいけないとおっしゃる。人口縮小といってもその中身は多様なのだ。

たとえば、1930年代、40年代生まれの世代が戦後家族をもって郊外に居を構える。都市のスプロール化は、彼らが地方から都市へ移動してきて、郊外に住むことによって起こった現象だ。夫がサラリーマンで妻は専業主婦、子供は2人ぐらい。閉じたサービスシステムとして家庭があるというのが、彼らの平均的プロフィールである。やがて、60年代70年代になると彼らの子供世代が家庭をもつようになる。子供たちは独立して家を出る。

郊外では、高齢者夫婦ばかりが目だつようになる。かつてのような子供たちの歓声が聞こえない。商店街からは賑わいが消え、かわって病院ばかりが流行る。この光景を目の当たりにすると、ついに都市収縮が始まったのか、いよいよ本格的な高齢化社会の到来だ、と思ってしまうのだ。単に世代によるライフスタイルの違いが表面化したにすぎない。中身を見るとはそういうことで、人間は単なる集合体ではないのである。

思えばこのことは、『談』でずっと言い続けてきたことだった。うかつにもすっかり忘れていたのである。人口という量の増減だけで一喜一憂すること自体、土台おかしいのである。ある現象を前にして、さまざまな見方があるし、あり得るのだ。いつもそういって、とにかく先入見を排して目の前にあるファクトを見ることを心がけてきたというのに。思い込みとはかくも恐ろしきもの。ここは、もう一度肝に銘じて、「現象そのものへ帰ろう!」。

大増税か福祉の切り捨てか。労働人口減少が、究極の選択を迫る?!

政策研究大学院大学教授松谷明彦先生のインタビュー。松谷さんは全国でみれば、今後人口縮小していくのははっきりしている。しかし、東京などの大都市圏に限って言えば、今後も主立ったシュリンキングはない。問題は、その人口の中身だという。高齢人口の割合が急増し、若年層が減少する。労働力の減少、納税者の減少、所得者の減少の中で、高齢人口を支えなければならない状況になるのだ。大都市圏では、一人当たりの財政支出は確実に増大し、社会福祉を受けられない高齢者が間違いなく増加する。大増税か福祉の水準を下げるか、都市住民は、究極の選択をせまられることになるのだ。一方、経済をみると、日本全体で労働人口が2割減少することが予想される。従来のような薄利多売を基調とする企業経営は、見直しが迫られることになる。これまでのように低開発型のビジネスモデルを踏襲するのか、思い切った業種の絞り込みと高価格化路線への転換以外に、日本企業の生き残る道はない。地方都市が危ないと言われ続けてきたが、人口減少は、逆に地方には有利に働く。30年後の地方は今とそう変わらない。問題は、東京を中心とする大都市圏だ。人は減らないのに、高齢者層が急増し、納税者や所得を得る若年層が減少すると、都市は確実にスラム化する。今後大都市をどう維持させていくか、少なくとも、大規模再開発は即刻中止する必要がある。ストックを活かしたリノベーション型の都市更新以外には選択肢はないといってよい。いずれにしても、今後30年は、都市構造全体の大変革期になることだけは間違いないだろう。松谷さんも、東京はシュリンキングしないから問題だという。むしろ、高齢人口の増大こそ、最大の問題なのだ。いやはや、今回もまた団塊さんたちがお荷物になるという話。

東京が大荷物になる時代が、もうそこまで来ている。

弊社にて日本政策投資銀行地域振興部参事役藻谷浩介さんのインタビュー。夕張の失敗は、シュリンキングできなかったこと、というところから話は始まった。たとえば、日本の高齢化率をみると、2005年は17.5%だが、2015年には24.8%。約3人に1人が65歳以上という時代が、第2回東京オリンピック(たぶんそれはないだろうけど)を待たずしてやってくる。この数字に驚いた人は多いと思うが、じつは、これは全国平均。東京に限ってみると、45%、さらに75歳以上ではなんと63%になるのだという。全国の団塊世代は、4人に1人だが、東京では3人に1人、その団塊世代が今後高齢化していく。つまり、人口のボリュームゾーンであるところの団塊さんたちが年齢を重ねることで、東京は、年寄りだらけになってしまうというわけだ。地方をどうするかなんて言っている場合ではない。このままいくと、東京こそ日本の大荷物になりかねない。人口縮小というと、再開発で乱立するタワーマンションが空き家だらけになり、大規模商業施設が丸ごとシャッター街になるなんていうイメージを思い浮かべてしまう。しかし、これはあくまでも地方のこと。東京では人口が縮小しないこと、そのことこそが大問題なのだ。家はあってもメンテができない、店はあっても所得がないので何も買えない。そういうお年寄りで、東京はいっぱいになるというわけだ。さあ、どうする。
国内3200市町村の99.9%と海外53ヶ所くまなく見て回った経済のフィールドワーカーの言葉は、とにかく迫力がある。地方財政がどうだとか地方が破綻するとか、言ってる場合ではない。東京が大阪こそが問題なのだ。もう一度繰り返す。さあ、ぼくたちこれからどうすればいいのよ。

「同意」はパターナリズムの根拠となり得るか。

上田で下車しタクシーで長野大学へ。福祉学部福祉学科講師の樋澤吉彦先生のインタビュー。樋澤先生は、社会福祉がご専門で精神障害者の支援を中心に仕事をしておられたが、クライアントの自己決定をどう考えるかということから、パターナリズムの問題に関わるようになった。Web上に公開されている論文で、とくに「同意」は介入の根拠足り得るかという問題意識から、パターナリズムの正当化について検討されているのを知って、『談』でぜひその議論を紹介していただこうと思ったのである。
樋澤先生は、従来のパターナリズム論を整理、分類したうえで、「消極的」、「弱い」、「受動的」、さらには、「身体的・物質的」、「形式的」側面に定位し、ソーシャルワークにおいて、パターナリズムは決して否定されるものではなく、むしろ本来の意味でのクライエントの「自己決定」を支えるために必要不可欠原理ではないかと指摘する。「自己決定」を本来的で実践的なものに再構築するものとしてパターナリズムに注目する。キーワードは徹底的な「対話」。そこで、「対話」を土台とした関係構築におけるパターナリズムの可能性を探ってもらった。
樋澤先生は、「自己決定」とパターナリズムの問題に、真摯に向かい合っておられたのが大変印象的だった。パターナリズムとは単なる概念であって価値をもったものではない。自己決定とパターナリズムは相互的関係があり、パターナリズム自体が介入の根拠となった場合でも常に条件付きである。この相互的関係、言い換えれば循環的にならざるを得ない関係を所与のものとして捉えた時に、初めて自己決定/自律という問題領域を共有することができるのである。
詳しくは、『談』の次号のインタビュー記事をお読みいただくとして、パターナリズムをもう一度その原義に立ち返って考え直してみることの重要さを再認識させられたインタビューとなったことお伝えしておこう。

「だれのものでもない土地」が広がっていく未来

首都大学東京へ。南大沢は大きく様変わりしていた。駅からまっすぐに大学正門へ向かうと、まずシネコンと飲食店のモール、さらに左右にイタリアをイメージしたアウトレットモールが広がる。工学部の9号館はずっと奥。今日は都市環境学部准教授饗庭伸先生のインタビュー。71年生まれの若い先生だ。先生は、「都市をたたむ」というコンセプトで、人口縮小時代の都市デザインのあるべき姿を研究されている。この「都市をたたむ」という云い方が気に入って、ぜひそのお考えをお聞きしようと思ったわけだ。詳細は、例によって『city&life』を読んでいただければいいのだが、個人的に面白かったのは、人口縮小が進むと「だれのものでもない土地」が広がっていくという話。土地というのは、基本的に所有者がいるものだが、人口縮小が引き金になって、土地所有の放棄が起こってくるかもしれないということだ。比喩的に言えば遺棄。アガンベン風に言えば「ゾーエー」としての土地が、国土のそこかしこにぼこぼこと穴が空くように出現してくるのである。ぼくは、しかし、だからこそ、こうした誰にも相手にされない土地に、希望を感じる。もしかすると、こういう土地こそ、全うな意味での「公共」の空間となりうるのではないかと思うからである。ゾーエーの土地論、あるいはそれを公共スペースへと反転させること。

今や最大の難問は「親子」だ。

三浦雅士さんから朱字の入ったゲラが戻ってくる。それを転記して文春にFAXで送る。『嗜み』第2号に掲載される2本の原稿、三浦さんのインタビューと山崎正和さん鷲田清一さんの対談、これで手を離れた。イレギュラーの仕事だったけれども、今回の仕事は、得るものも多くやってよかった。今は不定期刊だが、来年は季刊化する方向で検討しているという。ぜひそうしてもらいたい。僕の方は、スタンバイオーケーですから。
ところで、香山リカさんから新刊を贈ってもらったが、じつは本書で展開されている問題は、まさに三浦さんのインタビューの中心となるテーマだった。実際、香山さんも三浦さんの著書『漱石 母に愛されなかった子』を引いていて、親子の間にある絶対的な溝を「病」という視点から捉え直そうというのだ。三浦さんがいみじくも言ったように、親子の問題、父と子、母と子の問題こそ、今や最大の難問である。
『談』の次のテーマは「パターナリズム」。パターナリズムはその字のごとく父権主義である。平たくいえば「おせっかい」のことで、子供にとって親は常におせっかいをやく者として存在する。三浦さん、香山さんの問題意識と偶然にも『談』のテーマとニアミスしたのである。それとはともかく、今度この二人で対談をしてもらうというのはどうだろう。というか、『談』でやればいいのか。また一つ新しい企画ができた。

親子という病 (講談社現代新書 1962)

都市のシュリンキングを特集する。

『 city&life』の企画委員会。「シュリンキング・シティ……縮小する都市の新たなイメージ」「美しい町と村」のまちづくりの2本の特集案を提案する。日端先生、林先生、陣内先生共にとても熱心に聴いてくれて、助言、感想、提案をしてくれた。16時より予定があるらしいのだが、みなさんがあまり一生懸命なので、時間一杯。それでも、参考になる意見ばかりだったので、こういうのはありがたい。実りある委員会だった。
そのあと「gallery artunlimited」へ。「中野正貴「東京圧縮」」展を見る。「TOKYO NOBODY」「TOKYO WINDOWS」、新作「TOKYO FlOAT」のオリジナルプリントの展示。たとえば、銀座通りのど真ん中に人のいない東京が出現する。たとえば、渋谷に、汐留に、人間の気配すらしない真っ昼間の東京が裸になった表れる。今回はじめてオリジナルプリントを見た。写真集を買った時とは違った印象をもった。複製芸術である写真において、驚いたことにアウラを感じ取ってしまった。それはいいことなのか。次回は伊奈英次さんの展覧会が予定されている。なんと新作の展示も予定されている。これがすごいのだ。はっきりいって、伊奈さんの最高傑作になるかもしれない。首を長くして待っていよう。

昭和軽薄体とエクリチュールの管理社会化

「路上「もの」派の80年代」を脱稿。藤森照信さんは、常に軽やかに元気一杯で80年代を生きぬいてこられた。しかし、その裏では、さまざまな葛藤、戦いがあったにちがいない。今回、藤森さんの文体と趣向を真似てみたのだけれど、それがじつはとても努力のいることだということを実感したからだ。真似るのが大変というのではない、そういうエクリチュールを「がくもん」の世界でやることの困難である。あの「看板建築」でさえ、建築学会は認めようとしなかった。ましてや、路上の「もの」自体を建築と同等に扱い、しかもコラムニストばりに、ひょうきんと諧謔を旨とするような文体で書きつづることを、「がくもん」の世界は許すはずがない。ほんとうは、四面楚歌だったのではなかろうか。しかし、そんなことはおくびにもださず、ひょうひょうとした態度で書き抜いた。そのことに僕は感心した。そういえば、昭和軽薄体なんて言葉があった。軽薄を貫くことは、じつは、80年代にとって、ひとつの文化戦略だったのかもしれない。しかし、それは、08年においても有効かといえば、全くそんなことはない。それどころか、エクリチュールの管理社会化は、現代の方がじつははるかに強まっているような気すらするのである。

本当のパラダイムシフトが始まったと経済学者は指摘するが…

グローバル経済は、サプライムローンの破綻と原油高が金融不安を引き起し、世界をますます渾沌へと導こうとしているが、逆に空前の大景気に湧いている地域もある。鉄鉱石市場の沸騰で未曾有の富をあげているオーストラリア。長い間価格決定権をにぎっていた日本が、建設好況に沸く中国にそれを譲りわたしたことで、鉄鉱石の価格は一挙に3倍に高騰した。オーストラリアは長い不況から立ち直りいまやバブルを謳歌しようとしている。今、国民の4人に一人が、プレジャーボートの所有者だという。グローバル経済は、世界経済の構図を塗り変えようとしている。ある経済学者は、科学革命以来のパラダイムシフトが起こっていると指摘する。次のロンドン・オリンビック、次の次のオリンピック(ぜひリオデジャネイロでやってほしい)が開催される頃には、世界はまったく異なった姿を見せているかもしれない。

これからしばらく原稿書きシーズンに突入だ

旅先で、渡辺靖先生のインタビュー原稿を書き上げる。思いのほか時間をくってしまった。オバマがまだヒラリーとつばぜり合いをしている時にインタビューをして、今や、マケインと争っている。どっちに政治が動く? なんてことを気にしていたら8月になってしまって、書き始めたら始めたで、些細な言い回しが気になりだし、とたんに減速。で、やっと仕上げて、さぁチェックという今、すでに入稿直前。どうもこういうことが多すぎます、猛省。でも、先生はすぐにチェックをしてくれて、無事入稿完了。先生に感謝!!

パターナリズムを父子の問題系から解き明かすというのはどうだろう。

『大航海』の編集長で文芸評論家の三浦雅士さんを新書館でインタビュー。新刊『漱石 母に愛されなかった子』を俎上に、まずなぜ漱石だったかのか、からお聞きする。三浦さんは、文学、自己、内面、言語(黙読)、経済までも、父子、母子の問題として捉え直すことができるという。その重要なキー概念が、公と私、パプリックとプライベートだ。三浦さんは、公と私のシステムが完成と崩壊、変質と再生という時間軸で捉えられるとし、すべての問題を公と私という図式から解き明かそうとする。公の中に公私が入り込み、私の中にも公私が入り込むという入れ子的な関係。公私混同という言葉自体、じつはずっと新しく生まれたもので、もとは、公と私は、きれいに分かれていなかったのだ。
パターナリズムとはまさに父子の関係を原基にしている。パターナリズムを父子の問題系から、あらためて掘り起こしていくと面白いかもしれない。いいヒントをもらえた。
愛煙家の三浦さんであるが、新書館の社屋は全室禁煙。三浦さんは、しょうがないので野外の非常階段に灰皿を置いて吸っているという。ポートレイトの撮影のために、普段たばこを吸っている場面を撮らせてもらったが、やっぱりちょっとかわいそうでした。

「〜への疎外」からの疎外としての「不可能性の時代」。

TASC主催の京都大学大学院人間・環境学研究者教授・大澤真幸さんの交流会(講演+懇親会)。酒井隆史さん、赤川学さん、香山リカさんときて、今回は4回目。テーマは「不可能性の時代」。そう、岩波新書の新刊のタイトルと同じだ。大澤さんは、本でも紹介しているように、戦後日本の精神史を見田宗介にならって、1.理想の時代、2.夢の時代、3.虚構の時代と区分したうえで、今は不可能性の時代と捉えることができるのではないかと提言する。
講演では、本には書かなかったが、この区分とあらたな時代相「不可能性の時代」を、二つの映画を比較検討することで説明された。二つの映画とは、若松孝二監督作品「実録・連合赤軍」とコーエン兄弟監督作品「ノーカントリー」。「実録・連合赤軍」では、共産主義は無条件に善でありそれに対して私的欲望は悪である。理想の時代はたとえそれが殺人という結末へ向かったとしても、そこには善と悪という図式がかろうじて生きていた。ところが、「ノーカントリー」において展開する究極の無差別殺人では、善と悪はいずれも絶対であることにおいて、その本来の意味は剥奪されている。つまり、善と悪が簡単に反転してしまうのだ。そこに露出するのは絶対的な「現実」である。
かつて真木悠介( =見田宗介)は、「〜からの疎外」に先立って「〜への疎外」があるといった。たとえば、貨幣からの疎外が不幸なのは、人がまず貨幣へと疎外されていからである。貨幣が普遍的な欲望の対象として措定され、人々をあまねく捉えているという状態がまずあって、そのうえで人々の間に貨幣から疎外されている層(貨幣を持たない層)と貨幣からの疎外に見舞われていない層(富裕層)との区分が起こる。連合赤軍の時代では、未だ「〜への疎外」に留まっていた。ところが、「ノーカントリー」では、いわば「「〜への疎外」からさらに疎外された状態が剥き出しになっているのだ。それを大澤さんは「不可能性の時代」と呼ぼうというのである。
講演の密度は、恐ろしく濃かった。しかし、聴衆のJTの役員、社員さんたちは、非常に熱心に聴き入っていた。後半の質疑応答も大盛り上がりで、場所を移しての懇親会も大盛況。大澤さんの話をちゃんと理解してくれる人たちがいるというのは、驚きといわずしてなんと言ったらいいのだろうか。

ライブ・エンターテインメントに再び熱い眼差しが。

エンタメビジネス論でゲストにお呼びした音楽プロデューサーの八木良太さんから2本寄稿したというので『エコノミスト』を贈呈していただいた。八木さん曰く、一昔前まで音楽ビジネス?! 何それ、という状況だったのに、今は、新しいビジネス・トレンドを先取りする存在として、注目されるようになった。今回の経済誌の特集は、まさにその表れだという。八木さんは、「アーティストは〈脱レコード会社〉へ」で、レコード会社の優位性の源泉だったパッケージビジネスに、音楽プロダクションや音楽出版社、コンサートプロモーション会社が次々と参入し、音楽業界に地殻変動が起きていると指摘する。また、「大型イベントなどライブ市場は拡大」で、縮小するパッケージ(CDなど)市場を尻目に、右肩上がりを続けるライブ市場についてリポートする。
僕個人としては、たまにiTunesでDLはするものの、あいかわらずCDを買い続けているので、パッケージの衰退はあまり実感がない。しかし、周囲を見渡せば、CDは買わないけれどDL(iTunesより「着うたフル」の方が圧倒的に多いらしいが)はしょっちゅうという人は案外多いし、確実に増えている感じはある。もう一つのライブ市場の盛況ぶりは、まさに日頃実感していること。おおむね八木さんの指摘する通り、音楽ビジネスは、パッケージからライブへと大きく舵を切っている感じだ。ビジネスとして捉えるかぎり、音楽業界は、再びライブ・エンターテインメントに関心を持ち始めたということになる。音楽も他の産業と同様グローバル化の中で、「いま・ここ」というトランス・ローカルなものが再び脚光を浴び始めたということかもしれない。

市街地のはずれにある不思議な四角い土地とは……。

京王線高幡不動駅へ。S嬢と地図研究家・今尾恵介さんを訪ねる。今日は、地図から見る都市の話。地図をじっと見ていると町にはそれぞれ顔があることがわかってくるという。どんな顔をしているのか、それを知ることが地図を見る楽しみでもあるというわけだ。また、地図をみていると、町の骨が見えてくる。その骨が時代とともに変わっていく。もう一つ地図の面白いところは、普通は町との関係であまり論じられることのない特殊な都市施設が地図上に浮上してくることだ。たとえば遊郭。都市のはずれの田んぼの真ん中に、四角い形をしたかなり広い妙な土地がある。じつは、それが遊郭の跡地なのだ。それに注目すると、他の町にも同じような四角い土地があるのがわかる。たいていは、町のはずれ。かつて、豊橋には終点が遊郭という路面電車が走っていたという。四角い土地に向かって一本の道が走っている。明治期、昭和30年代、現代、と三種類並べただけで、その土地の変貌ぶりがわかる。インタビュー終了後、万願寺からモノレールで立川へ出る。途中土方歳三の生家(資料館)を見る。モノレールから見下ろす町の風景はなかなかいいものだ。高さが中途半端に高いところがいい。玉川上水を渡る。立川はすごいことになっていた。ペデストリアンデッキが南口と北口を結び、さらにいくつもの大規模建築と結合し、巨大再開発地域「ファーレ立川」ともつながっている。一通り歩いてみた。悪くはないが、じゃぁいいか、といわれると素直にうんとはいえない。「ファーレ立川」は、これまでサーベイした諸外国の新市街地とどこかがちょっとずつ似ている。ここはリール、ここはケルンメディアセンター、ここはマイアミ、ここはボストン…という具合に。しかし、いくら町がきれいになっても、集う人々のたたずまいはそう簡単に変わるものではない。若い女性たちのファッションは渋谷のそれと変わらない。しかし、どこかが微妙に違う。やたらと大学生が目立つ。あの「幻の郊外」の典型を見た思い。『city&life』で、立川、町田、大宮を比較するというのはどうだろうか。企画が一つできた。帰りに荻窪へ。高校の時の友人がおでんや「麒麟庭」を開いた。カウンター席6席の小さなお店。30年ぶりの再会となったMくんや一緒にCSN&YのコピーをやったH君、遠距離なんとかだったMさん、そしておんな友だちというのが最も相応しいNさん。店主のS君はカウンターの向こう側だったけれど、楽しい集いとなった。時間を超えて、居場所ができるというのはとてもいい。都市も同じ。過去や歴史や時間を超えて、その人にとっての居場所になれる場があることが大切なんだと、あらためて実感。

谷根千チルドレンが活躍する時代になったのに、肝心の「谷根千」が……。

『談』no.65 「〈触〉の臨床」で座談会「日常空間を拡げる…触れることのエコロジー」でお世話になり、また、『TASC monthly』(2000年9月号)に「東京タワー点字化計画「天の尺2000」の試み」をご寄稿いただいた坂部明浩さんから、ご連絡をいただいた。坂部さんは、現在「谷中」にお住まい。じつは、坂部さんは、谷中生まれ、谷中育ちの「やなかっこ」なのだ。谷中銀座商店街の有名店のご主人と同窓生だったり、谷中が舞台になっているろう者の差別に対する奮闘を描いた映画「ゆずり葉」のスタッフとして協力したり、あいかわらず、谷中とはディープなつきあいを続けているらしい。
ところで、谷中というとすぐに雑誌『谷根千』が頭に浮かぶ人は多いに違いない。地域雑誌の草分け的存在として、すでに20年以上の歴史をもつ。この『谷根千』じつは、来年休刊になるのだそうだ。創刊号からの愛読者だった坂部さん、非常に残念がって、『谷根千』関係でひとつ何かやってみようと思い立ち、ぼくのところにご連絡をくれたというわけ。
ぼくも、今から4年前、芸大の片山和俊教授、慶応大学(当時)の日端康雄教授、「谷中学校」運営お助け人椎原晶子さんと、「谷中」まち歩きをした。生活と観光を両立させ、地域資源として育てていくことは可能か、というちょっと高邁なテーマを掲げて、墓地から墓地へ、路地から路地へと歩き回ったのだった。
そんなわけで「谷中」とは、ぼくもちょっぴり関わりをもっている。坂部さんの話が面白くないわけがない。すぐに、「ぼくでできることなら協力しますよ」と二つ返事。それで、話はとんとん拍子で進んでいき……、おっと失礼、これはまだナイショでした。とにかく、坂部さんに、何かをやってもらうことになったのです。今後おいおいお伝えしていきます。とりあえず「刮目して待て」。

広告は出すものではなく、してもらうもの。

本日の「エンタメ・ビジネス論」のゲストは、ナムコの齋藤未来さん。時間ピッタリにくる。PPで、プレゼン。もともと大学時代にナムコ・ワンダーエッグで週5日アルバイトをしていたとのこと。96年に入社して、「ナンジャタウン」から、「自由が丘スイーツフォレスト」の企画と運営、フード・テーマパークという業態をヒットさせた女性だ。投資が限られているので、基本的には宣伝はしない。マスコミで露出しているのは、すべてパブリシティとのこと。今回うかがって一番凄いと思ったことがこれ。広告は出すものではなく、してもらうもの。話題はつくってもらうものであり、膨らませてもらうものなのだ。1時間のプレゼン、1時間のディスカッション。時間配分も抜群だった。

25年ぶりの「路上観察学」とゲ二ウス・ロキの現在

『city&life』の企画委員会。日端さん林さん陣内さん揃い踏み。林さんは、エグザイルのようなサングラスで登場、サムイ姿に雪駄で現われたり、ジーンズ履いてきたり、見たことのない電子手帳もってきたり、いつも驚かせてくれる。さて、会議は、いつも以上に三人三様のご意見が飛び出す。委員のお一人のくちからは、拒食症のギャルという言葉が飛び出す。巨食のギャル曽根のことだった。かと思うとケータイでまち歩きをしながら服を買うという女の子がいるという情報。たぶん、代々木体育館のガールズコレクションのことだと思う。三人三様の意味をかみ締める。企画委員会は、ある意味勉強になる。企画案は承認。25年目の「路上観察」とゲニウス・ロキ。それって、どんな企画?

ポスト消費社会は、ほんとうはヤバい時代の到来

久米さんの「新日本人」を見る。お金を使わずせっせと貯金する20代の特集。クルマ買わない、酒飲まない、海外旅行しない、でもおカネはためるというのが今時の20代。小・中・高の時に、株価はうなぎ登りに上昇していったバブル世代、反対に小・中・高の時に、株価が下落し続けた新日本人。好況と不況という正反対の社会で育った若者は、消費行動においても全く異なる。消費は美徳とはやし立てられ躍らされたのがいいはずはない。が、消費そのものに意欲がないとなると経済そのものが収縮してしまう。人口縮小と消費の減衰、じつはそうとうヤバイ時代の始まりなのかもしれない。

賑わってなんぼの世界、だからまちづくりはおもろいのだ

今日のエンタメ・ビジネス論のゲストはプロデューサーの北山孝雄さん。商業施設のプランニングを中心にまちづくり、生活プロデュースをする北山創造研究所の代表だ。『新建築』の副編集長さんも聴講しにくる。講義は北山さんの生い立ちから始まった。これが面白い。北山さんは、じつは建築家安藤忠雄さんの双子の弟さん。安藤さんがボクサーだったことは有名だが、青年時代、北山さんもボクシングジムに所属していた。「兄貴はいつもマネするんや」と。一度二人が戦うという話もあったらしいが、そっくりなのでどっちが勝ったかわからなくなるというのでこの話しはご破算になったという。
実家が事業に失敗し、中学3年からグラフィックデザイナーとして働き出す(じつは日宣美で3回も受賞しているのだ)。クライアントに恵まれて、それから25歳まで、むちゃくちゃに稼いだと笑う。初任給が1万円の時代に1月100万円もらっていたとか。つまり、そういうクライアントだったのだ。しかし、こんなことばかりしていてはあかんと思い、商売をプロデュースする今の職業を始めるようになったという。
北山さんが手がけたプロジェクト、誰もが一度は訪れたことがあるはずだ。ぼくも見たり、買ったり、遊んだりした。中でも気に入っているのは、徳島/東船場ボードウォーク、なんば/南海カーニバルモール、道頓堀/極楽商店街(一番好きなフードテーマパーク!),亀戸サンストリート。まちは賑わってなんぼの世界、どの場所も、まさにそれを実感させてくれる。
いろいろ書けない話もしてくれた。北山さんがつくったビルがきっかけで、一躍ファッションストリートとなるある場所は、謀業界では知らぬものはいないという大物が所有していた土地だったこと。また、東京のウォーターフロントのかなりの部分はやはりあっち方面のおえらいさんが牛耳っているという話し、そして彼らと対等に渡り合ってきたという武勇伝などなど。やはり、不動産や土地取引には、大と名のつく人たちの姿が見え隠れする。こういう話は、めちゃおもろい。血湧き肉躍る的な世界がくり拡げられるわけで、へたな小説を読むよりもよほど面白いからだ。
というわけで、まちは、いろんな欲望がひしめき合いながら、とぐろを巻いている世界。なにはともあれ、それで面白いまちができて賑わいが生まれればそれで正解、といういさぎよさが、ぼくにはたまらなく魅力的に見えた。雑誌編集より、まちの編集(プロデュース)。ぼくも、そっちに鞍替えしようか、なんて、ぜったいに無理だと思いつつも夢想するのでありました。

国の中にテーマパーク、ではなくて国そのものをテーマパークに。

世界最大の空港、世界最大の人工島、怒涛のようにオイルマネーが降り注ぎ、それを元手にあらゆる分野で世界一を目指す中東ドバイ。極めつけは、高さ800メートル、160階建て、世界最高の高さを誇る超高層ビル・ブルジュドバイ。2009年中の完成を目指して、今建設が24時間体制で進んでいる。ドバイ政府は、ブルジュドバイをピラミッド以来のアラブ社会の権威の象徴と位置づけている。世界の建設現場からクレーンを根こそぎ奪い、バングラデシュやパキスタンから母国の数倍の給料で労働者をかき集めるドバイ。世界が不況に苦しむ中、ドバイに群がる人々の欲望が沸騰する(NHKのHPより)。
ドバイはスゲーッといろんな人から聞いていたが、NHKスペシャルで見て、ほんとうに驚いた。海をパームツリー型に埋め立てた(上空から見下ろすとヤシの木の型になっている)人工島で驚いていたら、そのとなりに今建設中の人工島はなんと世界地図の型になっている。で、「ザ・ワールド」だって。ところが、今度さらにその奥に宇宙の星座を模した「ザ・ユニバース」を建設すると発表。砂漠にスキー場をつくり、世界最大のショッピングモールをつくり、もうすぐ全自動のメトロが砂漠を走り出す。どうやら、ドバイは国まるごとテーマパークにしようとしているらしい。

渡辺靖さんにアメリカとたばこの関係をお聞きする。

 ご自宅のある鎌倉で慶応大学大学院教授・渡辺靖さんのインタビュー。駅の向かい側のcaf?&restaurantへ。ここでインタビュー。最初、入っていいものか思わず尋ねてしまうほど、ひとっこひとりいなかった。そのうち、どんどんお客がやってきて、またたくまに満員。しかもうるさい。こうした条件の中でアメリカの中のたばこ、複雑な価値観が交錯する国アメリカについてお聞きする。『TASC montly』8月号に掲載予定。

 

地産地消は、生産-販売-消費の循環システムで決まる

昨日案内された地産地消に特化したJA農産物直販センター「さいさいきて屋」へ。やはりモノは揃っている。まず店長さんにご挨拶。撮影開始。体育館ほどのスペース全部を使って中央に平場、周囲に商品棚、冷ケース、キッチンヤードが並ぶ(コミケの会場みたい?!)。平場には豊富な野菜類。品物が減ってくると、いつの間にか農家の人がやって来て、品物を補充していく。でっかい筍、つくしや山菜なども充実している。バックヤードにそなえつけられているPCで品物の販売状態を確認、そのデータに基づいて、各農家は追加するかどうかを決める。POSを利用し、新しくシステムを組んだのだ。とにかく、みなさん生き生きしてらっしゃるのがいい。とくに女性が元気なのもうれしい。
隣接するカフェに入って、ケーキセットをいただく。でっかいイチゴの乗っかったショートケーキ。後ろに座っているご婦人のテーブルの上には、大きなお皿のサラダ。野菜がどっさりのっている。パリのカフェでは見慣れているが、こんな地方都市で(失礼)でそんなパリの雰囲気が味わえるとは思っても見なかった。
JAらしからぬ、なんて言うと怒られそうだけど、とにかくおしゃれなのだ。さらにその隣にはレストラン。ここはバイキング形式で、煮魚、焼き魚、煮物、汁物など各人好きなだけ取って食べるしくみ。どれも新鮮な農産物、海産物を使っていていかにも美味そう。生産と販売と消費が完璧にひとつながりになっている。「さいさいきて屋」全体が、まさに地産地消を絵に描いたようなところなのだ。
次に、レストラン「ティア家族のテーブル」へ。ここは地元産の有機産物を中心にしたメニューが数十種類、ビュッフェ形式で楽しめる店。ここがまたすばらしかった。和あり洋あり中華あり。デザートやドリンクすべてが有機生産物。大急ぎで撮影をし料理にありつく。またしてもたっぷりと食べてしまった。カレーにおにぎりを沈めると暴挙にでたりして。
昨日インタビューでお聞きしたところをわずかであるが、実際にこの目で見て味わってわかったこと。繰り返しになるけれど、生産-販売-消費の循環システムがしっかりできていること。そのシステムを支えているのは、生産者と流通、そしてなによりも行政がそのシステムを理解して、はっきりとした舵取りをしているから、その循環がうまく回っているのである。結局のところ、地域再生は、やはり自治体の主導力の有無にかかっているのだなと納得したのだった。

システム・ソリューションこそが問題なのだ

東京日仏学院へ。「かつて、ノルマンディーで」を見る。1835年に起きたピエール・リヴィーエールによる父と妹殺人事件を分析したフーコーの研究書『ピエール・リヴィエールの犯罪』発行(1974)の2年後に、ルネ・アリオがこの事件を映画化する。映画は、ノルマンディーに暮らす全くのシロウトによって演じられたという意味で話題となった。その時に助監督をしていたニコラ・フィリベールが、30年後2006年に、同作品に出演した人びとを訪ね歩き、当時の思い出を語ってもらうというドキュメンタリー作品を発表する。それが「かつて、ノルマンディーで」だ。
この映画をテキストに廣瀬純さんが講演を行った。
「「わたしの人生はへたくそにモンタージュされ、へたくそに演じられ、うまくかみ合っていない吹き替え映画のようなもの」とマルグリット・デュラスは言ったが、リヴィエールもまたフーコーに同じことを語りえたのではないか。フーコーが、リヴィエールに見出した「物語=殺人の装置」もまた吹き替え映画をなしている。D=Gは言う。「マルクスが示すのはふたつの"主要な"要素が出会うということだ。一つは、脱領土化された労働者であり、彼は自由で何も持たない労働者となり、自分の労働力を売らなければならない。もう一つは、脱コード化されたカネであり、これは資本となり、労働者の労働力を買う能力を持っている」。ここで問題となっているのは、まさにへたくそにモンタージュされ、うまくかみ合っていないもう一つの吹き替え装置のことである。言い換えれば、二重化された装置のことではないか」。
二重化された装置は、解決不能な問題として問題の出題者へと送り返される。共訳不可能な問題としての問題。もはや、解決(ソリューション)は、最も陳腐で堕落した問題への単なる注釈に過ぎない。われわれは、問題の問題こそ、問いとして生き続けなくてはならないのだ。
物語と殺人、音と映像、労働と資本、「と」によって連結する二つのもの、こと、様態…。この共訳不能な、決定不能な問題こそが、システム=社会の問題の核心である。システム・ソリューションは、じつは問題そのものからの撤退でしかないということを、肝に銘じる必要がある。問題を解決したと思った瞬間、われわれは問題そのものから滑り落ちていくのである。というようなことを講演を聞きながら思ったのでした。

まちづくりにも五感やエンタメが加わって……。

1年間続いた研究会の最終回。いつもは司会役だが、今回に限りディスカッションに参加。僕の立ち位置は、思想系ということになるらしいが、その立場から発言をした。プレ議論で座長に提案した第四の軸が加わったので、もっぱらそれを念頭に話に加わる。詳細は述べられないが、3時間にわたるディスカッション、大盛り上がりだった。懇親会では、山下柚実嬢が、五感関係のまちづくりが本格化し、環境庁が予算をつけることになったと教えてくれた。また、篠原菊紀先生からは、パチンコ業界では、ホールとヘルスケアセンターをドッキングさせる構想が持ち上がっていて、なんと国土交通省から予算がついたというサプライズな情報。いったい世の中どうなっているのか。なにはともあれ、面白ことではあるから、僕的には大歓迎。こういうことはどんどん進めて欲しい。

人文系のこだわりは、そうでない人には無駄なものに無意味に見えるのかも。

16時より会議。再来週に控えている研究会の打ち合わせ。研究会もいよいよ今度で最後。報告書に向けての最後のディスカッションだ。廣中先生がつくる報告書の構成についてのプレゼンテーション。分析のための切り口を披露される。これがとても面白い。人文系の立場から見るとちょっとあり得ない視点。その新鮮さに驚く。ただ、欲を言うと、人文系の立場では何かもう一つ足りない気がする。それで、3つの切り口に、もう一つ加えてみてはと提案。ところが、それに皆さん引っ掛かってしまった。廣中先生もサポーターの工藤君も、ともに理解してくれたのに。それで、30分あまり議論。この日は、急いで帰宅してやらなければならないことがあったのに、墓穴を掘ってしまった。まぁ、まったく無意味な提案ではなかったので(と自分では思っているけれど)、本ちゃんでちゃんと議論すれば、結果的にいい報告書が書けるはずですから、お許しいただきたい。

あの強面として知られる論客も溺愛しているって?!

香山リカさんから『イヌネコにしか心を開けない人たち』(幻冬舎新書)を贈呈していただきました。
ある勉強会のこと。強面として知られる論客たちが集って何やら盛り上がっています。何かと思い、話に加わると、なんとペットの自慢話だったのです。自慢の我が子のプリントを持ち歩いている者、ケータイを差出し、ウチのはどうだと見せびらかす者。ふだんの彼らとのあまりのギャップに驚いた、というところから本書は始まります。
もはやペットなしでは生きられない現代人。なぜいい大人が、恥ずかしげもなく溺愛ぶりをさらしてしまうのでしょうか。家族より大事な「ウチの子」、ケータイの待ち受け画面はもちろん「ウチの子」、許されるなら「ウチの子」と一緒にお墓に入りたい……、このペットへの尋常ならざる愛、いったい日本人はどうなってしまったの? じつは、香山さんもイヌ1匹ネコ5匹と暮らすペット依存者だったのです。自らの経験を交え、空前絶後のペットブームの心理に迫ります。

イヌネコにしか心を開けない人たち (幻冬舎新書 か 1-2)

トランスする身体と痙攣は無関係?!

財団法人喫煙科学研究財団主催、研究集会「喫煙行動研究の新たな可能性を探る」に参加しました。ある研究会でご一緒させていただいている廣中直行先生(科学技術振興機構ERATO下條潜在脳機能プロジェクトグループリーダー)が座長を務めるというので馳せ参じたのです。日頃喫煙に関する研究助成をしている財団ですが、今回廣中先生の意向もあって、研究対象を認知、情動、社会行動へ拡げ、新たなパラダイムを探ろうというものです。そうした主催者側の意気込みもあってか、どの研究発表も意欲的で興味深いものでした。
中でも澤幸祐先生(専修大学文学部心理学科)の「ラットにおける因果推論-新たな研究パラダイムの可能性」、本田学先生(国立精神・神経センター神経研究所)の「生存戦略としての美と快」に感銘をうけました。前者は、ラットにおいてもヒトと同様に「観察と介入の区別」に関する複雑な因果推論を行っている可能性を示唆し、「動物研究の先にあるもの」を模索するもの、また、後者は、脳の報酬系が主導する情動-理性-感性による行動制御のメカニズムを、バリ島社会のフィールドワークを通して脳科学から探ろうというもの。とくに、本田先生は、芸能山城組のメンバーでもあって、バリ島の祭儀に見られるトランスする身体から、生物の生存戦略を読み解いていくという大変刺激的な発表でした。『談』no.77.「〈いのち〉を記録する」にご登場いただいた池谷裕二先生が、今最も会いたい人とおっしゃっているという話を聞いていましたが、なるほどうなづけました。
ところで、80年代の初頭、池袋の西武百貨店にあった「スタジオ200」で、「バリ島の生態学」という4日間にわたる連続シンポジウムを企画したことがありました。その時、芸能山城組に企画と連動してケチャをライブでやってもらいました。ぼくは、その企画の下見でバリ島に行ったのですが、思えばそれが海外旅行初体験。ミュージシャンのYASUKAZUさんや高田みどりさんなどとの道行きは、興奮の連続だったなぁと思い出してみたり。山城組とは、浅からぬ縁があるのです。
その時はさすがに実際に村人がトランス状態になる場面を見ることはできませんでしたが、これがきっかけで陶酔する身体としてのトランスというものへの関心が芽生えたのでした。このトランス、しばしば激しい痙攣を伴いますが、懇親会で直接お話しすることができたので本田先生にうかがったところ、あれはいわゆる癲癇などの痙攣とは、まったく関係のないものなのだそうです。じゃ、あの身体の振動はなんなんだ? じつは、それこそ報酬系のポジティヴ・フィードバック回路と深く関係する身体現象だというのです。う〜む、これは面白い。この話を聞いた瞬間、『談』の特集企画が一つできました。はて、それは…、たぶん、次々号あたりに日の目をみることになるでしょう。

80年初頭の東京undergroundシーンについて、誰か書いてくれないかなぁ

夕方、新年の挨拶を兼ねてsound cafe dzumi(吉祥寺)へ。19日に開催された出版記念会に出席したこと(ぼく)、出版記念会を開催したこと(泉さん)を相互に報告し合う。出版営業のYさんが来店して、しばらく雑談をしていたら音楽プロデューサーのUさんが来店。鈴木治行さんをプロデュースしたというので、そのできたてほやほやの音源を聴かせていただく。
もともとこのミュージャンのファンだったという阿木譲さんの名前がでたのがきっかけで、一気に70年代末から80年代初頭にかけて、群雄割拠した東京undergroundシーンの話題に花が咲いた。驚いたのはコクシネルなどの演奏が入ったコンピレーションアルバムをなぜか泉さんがもっていたこと。ぼくもどういうわけか、カセットテープでもっていたりして、何十年ぶりかぐらいで聴く。さらに、泉さん「たこ」のファーストアルバムなんかも出してくるではないか。ついでに、それも聴いてしまった。すっかり忘れていたのだが、このアルバムには、1曲香山リカさんがボーカルで参加している曲がある。「たこ」のリーダー山崎春美さんは、じつは香山リカさんの名付け親。そんな関係で彼女も参加しているのである。細川周平さんが曲の幕間に各国語を使い分けてナレーションやっていたり、坂本龍一が1曲やっていたり、今思うとものすごいアルバムだ。つくづく面白い時代だったなぁと思う。
「天国注射」というイベントがあった。今でいうところの音響派になるのか、パンク、ニューウェーブのミュージャンに交じって、実験的なサウンドを追究していた若者がこのイベントの周辺には沢山いた。この頃のミュージャンを中心に、当時のカルチャーシーンをマップ化してみると面白いと思う。じつは、香山リカさん(まだ学生)が『フールズメイト』誌上でそれをやっていたのだ。思えば、そういう時代の空気を吸いながらぼくは今の仕事をはじめ、なにをかくそうその延長線上で、泉さんとも出会ったのである。思わぬところで、あの時代を思い出すことになった。『遊』『ヘプン』人脈で当時を回顧した文章をかつて読んだことがあるが、今度は、ぜひ音楽人脈でそれを書いて欲しい。

『キレる大人はなぜ増えた』と『おとなの男の心理学』

香山リカさんから新刊『キレる大人はなぜ増えた』(朝日新書)を贈呈していただいた。じつは、昨年末にも『おとなの男の心理学』(ベスト新書)を送っていただき、あいかわらず月刊「香山リカ」状態が続いている。
「「すてきな年の重ね方をしている男性」はいそうでいない」「「まだまだ若い」と思っているうちに、本当の意味での「おとなの男」にもなれないまま、自分でいくら目を背けても「老い」や「衰え」が忍び寄って来ている」と、いきなり軽るくジャブをくらわせておいて、結局のところ、いちばん変化に弱いこころの持ち主こそ中年・老年の男性ではないかと、最後はアッパーカットでわれわれ男性陣をマットに沈めるのだ。とはいえ、『おとなの男の心理学』は、それで最後に笑うのは女だ、というわけではもちろんない。香山先生は、そうならないためには、老いを素直に受け入れて、もっと「老いを愉しもう」ではないかと励ましてくれるのである。本当の意味での「おとなの男」になるための秘訣を伝授する。
『キレる大人はなぜ増えた』は、まさにタイトルどおりのキレる中高年が、なぜ増えてきているのかを、こころの側面から解き明かそうというもの。その病理性を分析するだけではなく、むしろ、キレざるをえない、キレなければ生き残れない社会の病理を問題視する。そして、本書も「キレないための処方せん」をわれわれに示してくれる。
キレる大人はなぜ増えた (朝日新書 90)

おとなの男の心理学 (ベスト新書 166)

ケアや援助の実践を肉化するメルロ=ポンティの思想

万博記念公園内にある大阪大学コミュニケーションデザイン・センターへ。准教授で看護学がご専門の西村ユミ先生のインタビュー。「専門家であろうとなかろうと、同じ人間の苦悩である限り、〈病い〉は、私たちを執拗に引き寄せ、押し戻し、その傍らに立ちすくませる。この志向性は、私たち人間が根源的に抱えている〈病むこと〉への態度であり、そして、ともに〈病い〉を形づくることの現れではないか」。ご著著『交流する身体……〈ケア〉を捉えなおす』(NHKブックス)でこう語る西村先生。「共在感覚」という考えをケアという観点から読み返すことによって,身近な問題として捉え直すことができるのではないかと思いインタビューとあいなった。
著書の途中で何度かメルロ=ポンティからの引用がある。てっきり、メルロ=ポンティを読む過程でケアや介護の問題にぶつかったのかと思っていたら、じつは逆。ケアや介護という実践の過程で、メルロ=ポンティと出会ったのだそうだ。自らの実践活動の意味を分析する時に、メルロ=ポンティの身体論が役に立ったのだという。学生時代バタイユに傾倒したぼくは、彼のエロティシズムの問題をやはりメルロ=ポンティの身体論に引きつけて読んだ記憶がある。メルロ=ポンティはけっこう使えるのだ。余談だが、今年はメルロ=ポンティ生誕100年にあたる。今秋立教大学で大きなシンポジウムが予定されているという。再び、ぼくの中でメルロ=ポンティが息を吹き返すかもしれない。
インタビューは、非常にいいものになった。それもこれも西村さんの人柄によるところが大きい。その語り口がとてもチャーミングなのだ。なにより実践家であるところがいい。思想も身体があるかないかが分かれ目である。ところで、西村先生は若い時にハンドボールをやっておられたとのこと。それもゴールキーパー。アスリートだとわかって、なるほどと思った。身体や五感に感心のあるひとは、かなりの頻度でそういう経歴の人が多い。五感研究の山下柚実さんは競技スキーだしオートポイエーシスの河本英夫氏は陸上競技。そして、かくいうぼくも中高とサッカー部だった。いずれ、アスリートの経験をもつ哲学者、思想家の特集をやってみたいと思っている。

「共在感覚」とは何か、まず手始めにその命名者をインタビュー。

『談』の次号特集「〈共に在る〉哲学」の取材で京都へ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授木村大治先生を訪ねる。ごHPのポートレイトの写真では、無精髭姿でいかにも人類学者然としていたが、本人は普通のやや地味な感じの人。しかし、研究室は普通ではない。畳張りなのだ。机のあるところは掘りごたつ式。アフリカから帰ってくると、やはり日本の生活が恋しくなるのかも知れない。
著作に書かれていた内容に沿ってお話を聞く。たとえば、日本人の常識ではありえないような100mも離れた者同士が大声で口げんかをし、相手を特定することなく発話するボンガンドの人々。このザイール・ボンガンドの文化では、150〜200m以上離れてようやく挨拶を交わす対象となる。そうかと思えば、同時に多数の人々が発話したかと思うと、普通なら気まずくなるような長い沈黙が突然起こるようなカメルーンのバカ・ピグミーの文化もある。彼ら/彼女らは、いつとはなしに静かにやってきてずっと見つめ合ったかと思えば、すうっと静かにいなくなる。自己と他者の関係、それをとりもつ会話や行為。こうしたいわゆるコミュニケーションのあり方自体がことほどさように多様なのだ。アフリカの二つの文化を比較しながら、「共在感覚」をキーワードに、木村先生はコミュニケーションのあり方を捉え直す。先生は、そこで「双対図式」というとてもユニークなアイデアを提案する。今回のインタビューは、まさにその「共在感覚」と「双対図式」の関係をご教示いただこうというものだ。たっぷり2時間、非常に有意義な取材となった。詳しくは、3月発行の『談』をお読み下さい。
ところで、木村先生のHPに、ボンガンドの投擲的発話とバカ・ピグミーの発話重複、沈黙の様子を記録した動画ある。↓がそれ。これは必見!!
共在感覚

身体における所有/被所有が曖昧になる瞬間

例の研究会。今回のゲストは鈴木謙介さん。この前は、TASCの公開鼎談に参加してもらい、今回は講演会。カーニヴァル、陶酔、社会システムがキーワード。ぼくは、身体と所有の問題、日常/非日常のアフォードする空間の変容として捉えてみたいと思った。社会の枠組みを空間論として捉えれば、身体は所有されるものに帰結するが、それを時間論で捉え直すと、所有するものイコール身体ということになって、所有/被所有という関係そのものが成り立たなくなる。カーニヴァルとは、まさに身体における所有/被所有が曖昧になる時間性を内在しているのだ。今後突き詰めてみたいところである。

新旧の対比があまりに極端な街Lille

ユーラリール・センター内にあるジャン・ヌーベル設計の「Lille Europe」に宿泊した。色とりどりの外壁が印象的なビルディング。ポルザンパルクの異彩を放つリヨン・クレジット・タワー、駅舎をジャン・マリー・ディティルール、全体計画をレム・コールハウスが担当。さながら、現代建築の博覧会場だ。しかし、なんと寒々しいことよ。未来の墓場とかガラクタ品評会とか専門家からもきわめて評判のおよろしくない再開発である。 イギリス、ベルギーに接続するTGV乗換駅にあわせて新設された駅のとなりには既存駅舎のリールフランドル駅がある。その前には、旧市街地が広がっている。こっちは中世の町並みが残るフランスのどこにでもある街。
新旧の対比があまりに極端で、しばし言葉を失ってしまった。博多のネクサスワールドでポルザンパルク、コールハウスの住宅等に出会い感動しすっかり現代建築が好きになってから20年余り。その同じ建築家の作品を見て、寒気すら覚えることになるとは、いったい誰が予想しただろう、って自分でツッコミいれてどうする。とにかく、ぼくは、旧市街地の方がずっと落ち着けたし、こっちの方が親しみを感じたことだけは確かだ。単なる年齢からきた感傷か。いや、そうでもあるまい。都市とはなんだろうか。都市とは誰のものだろうか、改めて問い直したいテーマである。

リヨン・クレジット・タワー:設計ポルザンパルクポルザンパルク

「クロワ・ルス」の路地階段空間trabouleを巡る。

昨夜からLyonに滞在中。朝、まず地下鉄でViller baineneへ。地下鉄駅のそばにあるといっていたので、なんとなくはわかっていたのでカンで探すとあった。1830年代につくられた社会住宅。広い道路空間を中央に奥に行政機関の入ったタワー型ビル。その左右にシンメトリーに高層の集合住宅を配置してある。鉄骨の構成主義建築。コンセプトの明確さがデザインの力強さによってみごとに表現されている。グロピウス、ル・コルビュジェと同世代の建築。ロシアフォルマニズム構成主義のマニアには垂涎ものの物件だ。同潤会アパートが保存されることなく取り壊されていく中で、近代建築の保存再生にいち早く乗り出したフランス。日本はまた引き離されてしまった。あとで伺ったところによると、当時から住んでいる人もいるし、今も社会住宅の役割をになっているようだ。もともとbaineneという地域が戦前からコミュニズムの拠点で多数の労働者が居住していたという。スターリン主義デザインと揶揄されもしたが、ぼくは大好きだ。室内が見れなかったのが残念。地下鉄でオペラ座へ。ジャン・ヌーヴェル作の改造建築の代表。リュプブリック通りをギヨティエール橋まで歩きホテルへ。佐伯さんとホテルで待ち合わせ。Gare Part Diewそばの官庁舎へ。文化庁から出向してきている歴史的環境監視建築家ピエール・フランチェスキーさんにインタビュー。「クロワ・ルス」建築的・都市的・景観的文化財保護区の保存再生事業と午前中見てきたViller baineneの再生事業について。フランチェスキーさんはコルシカ島の生まれ、顔立ちもイタリア人ぽい。取材後さっそくタクシーで「クロワ・ルス」のグランド・コット坂へ。ここにはトラブル(traboule/リヨン特有の言い回し)という通り抜け街路がたくさんある。それを取材しようと思ってウンちゃんに尋ねるとやたら詳しいではないか。なんと、彼はかつて絹織物を配達する仕事をしていて、トラブルを実際に使っていたのだ。どこに通り抜け道があるか彼は一目でわかるという。というのも、絹織物を運ぶのは結構な重労働で、一休みするためにそれをぶら下げて休む台座があるからだという。実際に通ってみる。かなり高低差があるので、通り抜け街路といってもほとんどが階段。それがまた独特の雰囲気をつくっている。佐伯さんいわくここはカスバだ。日本の路地マニア、団地マニア、さらには軍艦島マニアは、ぜひ訪れた方がいい場所。夜、TGVでLILLEへ。東京から名古屋へ行って、帰りに東京を通り越して仙台へ行くような3時間の旅行。

あらゆる階層の人びとが交じり合って住む集合住宅のプロジェクト

都市計画アトリエ・協議整備区域総括建築家・ピエール・ミッケローニさんのインタビュー。一昨日サーベイしたベルシー地区の再開発とセーヌ左岸リブゴーシュの開発について、計画サイドのご意見を伺った。ベルシー地区は、APURが指導のもとにマスターアーキテクトを置いて、集合住宅と公園、ショッピングモールを複合化させた開発。地域の資産である自然環境を保全しながら、ワイン倉庫のリノベーション、混在型の住宅建設を複合化させながら20年かけて試みられたプロジェクト。都市開発とはオーケストラの演奏だという音楽のメタファで語ってくれたのが印象的だった。ミッケローニさんの話の一つの要だった集合住宅のプロジェクトについて、もう一度きちっと見て、撮影をしようと思い徒歩で再びベルシー公園へ。途中大蔵省の巨大建築とオムニスポーツセンターを横目に進み、フランク・ゲイリーの元アメリカンセンターを見る。鳥海さんは、外壁が汚かったといっていたが、すっかり化粧直しをしてきれいだった。すぐその横から始まる集合住宅。ここは、低所得者、中流家庭、高所得者が混じり合って住む。それだけでもここは必見。オープンスペースと緑地をうまく配置した住環境としても良好。となりには例のショッピングモールのワイン倉庫。そして、Paris中心部まで30分もかからない好立地。これから、まだまだ変わっていく可能性のあるこの場所の将来が楽しみだ。

キーワードは「ミキシテ」つまり、混在、混交。

バスティーユ広場の東側ファブール・サン・タントワンヌへ。衰退著しかった職人たちの町を、地場産業を育成しながら保全再生しようというパリのプロジェクト。ここは、昔は解放されていいなかった中庭を歩行空間、公共空間として開放し、通り抜けできるようにした。工場跡をリノベしコンバージョンして、職人たちに低廉で貸すということもやっている。その幾つかを覗いてみた。植生があって、いい空間ができている。古い感じが懐かしさを誘いユトリロの絵から飛び出してきたような風景。
1時間ぐらい見て回り、パリ都市計画アトリエ(APUR)へ。今回最初のインタビュー。調査部長のミッシェル・クグリーエニュさん。来年定年を迎えるいいオジサン。ものすごい早口で、ほとんど切らない。これは通訳泣かせだ。しかし、通訳の佐伯さんと鳥海さんが丁寧に翻訳してくれる。2時間たっぷりお話してくれた。キーワードは「ミキシテ」つまり、混在、混交。『談』のテーマとも共通するコンセブトだ。ぼくも多いに共感する。終了後ベランダに出る。手前にポンピドーセンター、昨日歩いたサクレ・クールが見える。これだけの眺望は周囲にない。ということは、それだけこのビルが邪魔な存在でもあるということだ。都市景観や保存をするParis市の部所のなという皮肉。
サン・タントワンの中庭をもう一度見学。縫製関係の職場の入った工場建築とかおシャレな本屋があったり、修復してうまく使っている。夜は、リヴ・ゴーシュの都市再開発地域の旧圧縮空気工場をリノベした建築家フレデリック・ボレルさんの事務所にいる日本人の若手建築家ヨコオ・ケンタさんをインタビュー。取材の目的とは直接かかわりないが、フランスの建築家の待遇など面白い話が聞けた。それにしても、日本の設計事務所の勤務状況と比較すると、その差にがく然とする。夜7時にはあがって、夏休みが1月以上ある設計事務所(しかも個人の)なんて日本には皆無でしょう。

観光客で賑わう街の裏側には、静かな街並みが……

2区のモントルグイユ・サン・ドゥニへ。朝市を見る。ここは屋台式。シャンゼリゼへ。観光客の視点とは違い、ストリートファニチュアや側道の地下駐車場、土地利用プランと景観保全の様子をサーベイする。モンマルトルへ。観光客で賑わうラパンアジル、サクレクール教会、地元住民がひっそりと生活する北東側の住宅地や坂道をサーベイする。今回の目的は、もちろん後者だ。

コンバージョン建築が並ぶリヴ・ゴーシュの都市再開発地域

5区のムフタールへ。ここは、下町気風が残っているところ。毎朝朝市が開かれる。しばらくして思い出した。ここは、最初にParisに行った時に訪ねたところだ。市は全体的に縮小した感じだったが、チーズや肉類、魚介類などの食材を扱う店は昔も今も変わらない。ムフタールは、途中から観光客相手の店が多くなる。こうなるとあまり面白くなくなる。
鳥海さんは、じつはここは中庭が面白いと案内しようとするが、ロックがかかっていてなかなか入れない。ようやく引っ越し中で玄関が木戸があいていたところを発見、お願いして入らせてもらう。確かに、商店街の喧騒と打って変わって、静かな空間が現われた。あまりこういう空間は見ることがない。あえて言えば坪庭に似ている。植生が、小さいながらも寛ぎの空間を演出している。鳥海さんとでなければ、こんな場所があるなんて気がつかなかっただろう。感謝、感謝。
次に地下鉄に乗ってジュシューの構想住宅群を見る。近代主義の洗礼をうけて、20階近い高層ビルが建ち並ぶ。「寒々しいでしょう」と鳥海さんは言うけれど、日本のそれと比較したら、はるかにバリエーションに富むし、第一外壁の意匠がそれぞれ個性的で、日本のと一緒にされたら困るだろう。その中で、建築家のポルザンパルクが担当した街路計画が際立っていた。街路側の壁面の連続性。ボリューム的には、かなり重厚。ぼく的には面白かったけれど。
Austerlitzわきからリヴ・ゴーシュの都市再開発地域をサーベイする。ここは現在三期まで再開発が進んでいる。三期目をやはりポルザンパルクが担当。また、旧製粉工場をリノベして大学に転用したもの、旧圧縮空気工場をリノベした建築学校など、コンバージョン建築の秀逸な建築も多い。
地下鉄で対岸のベルシー地区へ。ここは元ワイン倉庫の跡地利用。公園整備がいい。ランドスケープアーキテクトがつくり出す新たな緑地空間。子供たちがはじゃぎまわっている。ワイン倉庫はショッピングモールとして再生。コンパージョンとしては、大成功。今日は土曜だからかか、ものすごい人出だ。バスチーユから続く高架鉄道路線の下を店舗や工房にした修復・再生事業を見る。上は、路線を緑化し公園として再整備。Parisの新しいスポットだ。

「attention economy」をどっちのスタンスで理解するか。

「ルネッサンス・ジェネレーション(RG)」に参加しました。今年11回目のテーマは「[情動]ー欲望・操作・自由」。10回で終了する予定だったはずが、1dayセッションとして新たに開催されることになったというわけです。レギュラーの監修者、下條信輔さんとタナカノリユキさんの他に、今年はゲストスピーカーとして、廣中直行さん、十川幸司さん、ビデオ録画によるインタビューとしてクリスチャン・シャイアさん、酒井隆史さんが出席。
この顔ぶれを見て、『談』の読者の方なら、「えっ?!」と思われるのではないでしょうか。そう、no.76の特集「情動回路」とかなりカブっているのです。出演者からそれとなく聞いたところでは、実際に企画の段階で、『談』の特集にインスパイヤーされたとか。それにしても、一種のサプライズとして紹介された酒井さんのビデオレクチャー。『談』が出てなかったら、このインタビューもなかったのではとちょっと思ってしまいました。情動がなぜ権力や労働、資本主義と関係するのか、それは、no.76の肝でしたが、今回のシンポでもやはりひとつの論点になっていました。
そもそも下條信輔さんはno.64で、廣中直行さんは、no.66、no.70でインタビューや対談に参加してもらっていますし、その後も某企業が主催する研究会に参加をお願いしたりして、お二人とは懇意にさせていいただいてます。情動というテーマ自体が、その研究会の中心課題でした。そんなわけで、今回のRGは、いつにもまして楽しみにしていたのです。
さて、内容はどうだったか。一言で言うと、例年通り下條先生のかじ取りでみごとな盛り上がりを見せたのですが、肝心の「情動」そのものに迫りきれたかというと、やや消化不良かな、というのが正直な感想。
最もそれを感じたのが、論点ともなった「attention economy」について。潜在的マーケティングを実践するシャイアは、無意識のレベルで働く情動を解明することから「attention economy」の可能性を探求しますが、むしろ消費者はそれを裏切り続けるのが実態だと解く。それに対して、酒井氏は、情動に直接関与する「attention economy」のもつ危険性を示唆する。両者は、同じことを問題にしながら、結論がまったく逆なのはなぜだろうか、という形で問題提起がなされ、この違いはかなり重要だと指摘されました。しかし、この理由はあまりにもはっきりしているのではないでしょうか。シャイアにはクライアントがいるけれど、酒井さんにいない。ただその違いだけです。要するに、情動を資本の中に組み込みたいのか、逆にそれに抗いたいのか。単なる社会学に終始するのか、そうではなく批判理論を目指すのか。この違いは、じつはものすごく大きい。
これは、毎回感じることですが、やはり監修者のスタンスは、サイエンティスト、エンジニアのそれであり、そうである限り、社会と向き合う時にどうしても脇が甘くなります。その脇の甘さが、社会やあるいは人文系の学問に橋を架けるうえで結構重要だと、もしもそのように認識されているならば、それは全くの誤解。RGが工学的知と人文的知の交錯する場所になりうるためには、あとまだ数十回のディスカッションが必要だなぁと思いましたね。というわけで、ぜひまた来年の開催を期待します。

「におい教育に向けて」のイベントのお知らせ

継続してやっている研究会。司会進行役をおおせつかって早4回目。緊張感がまったくなくなって、ちょっと反省モード。もう少しアドリブを入れてもいいのだろうけれど、それぞれの議題になれば、座長が司会をする。「座」そのものを円滑に運営するための潤滑油的進行。杓子定規すぎるのはダメだが、でしゃばりすぎてもいけない。なかなかスタンスがむつかしいのである。文理シナジー学会の司会で、要領はつかんだつもりだが、やはりまだまだ。マンネリ気味と思っても、逆に修練のつもりで一生懸命にやろう、と自分に言い聞かせる。
今回の研究会のゲストは、これまで『談』や『TASC monthly』、『Webマガジン"en"』、『nature interface』でお世話になった調香師の鈴木隆さん。「匂いと愉しみ」についてお話しいただいた。詳細についてはいつか別の機会に譲るとして、最後に「サイエンス・アゴラ2007」の一つとして「においと教育」の関わりを考えるイベントを紹介されたので、この場を使って告知しておこう。
「サイエンス・アゴラ2007」は、日本のサイエンスコミュニケーションの発展を目指し、日本各地の活動を実践を交えて紹介し、現状の課題や今後のあり方を議論する交流の広場(アゴラ)。期間中に、120近い出展が予定されているが、その一つに「におい・かおり専門ネット」の主催で「においの不思議−くんくんと嗅覚を再発見!体験!」を出展するというもの。
「私たちはなぜにおいを感じるのでしょうか?嗅覚の仕組みを学び、生活空間のにおいの多様性を実体験してみませんか?犬のようにくんくんと"においの世界"を再発見」しようという狙い。
日時:11月23日〜25日
場所:国際研究交流大学村(東京国際交流館、日本科学未来舘、産業技術総合研究所臨界副都心センター)
主催:におい・かおり専門ネット
    ↓
サイエンスアゴラ2007

バタイユにとって「「アセファル」とはなんだったのか。

早稲田大学法学学術院教授・吉田裕先生にインタビュー。「無意味の意味/非-知の知」のテーマは、ジョルジュ・パタイユから借用させてもらったが、バタイユ思想の核心ともいえる「無意味」について、「非-知」との関連でお話していただこうというのが狙いだ。吉田先生は、ご著書『バタイユの迷宮』で、バタイユの思考についてこんな風に整理している。「『有用性の限界』と『有罪者』から始まり、『内的体験』を導き出し、再び最初の書物に戻り、さらに、『呪われた部分』を出現させるが、それは〈謎〉をめぐる転位として実行されている。『有用性の限界』が〈謎を解〉こうとする書物だとすれば、『内的体験』は〈謎を生き〉ようとする書物だった」のではないかと言うのだ。この過剰であり残余である「呪われた部分」を、バタイユのもう一つの重要な概念「非-知」とどう連接しているのか、おそらくそのつながりを追究することによって、「無意味」というものの「意味」を逆説的にあぶり出せるのではないかと考えてみたのである。「〈呪われた部分〉は、エネルギーの使途においてあらたな富を生み出さないために、功利性を原則とする社会から、無益なものとして排除された部分、すなわち〈非生産的な消費〉を指し、バタイユにとっては〈有用性の限界〉の主題をより広範囲にかつ象徴的に表す表現」となっているとしたら、さしあたって、われわれはこの『有用性の限界』を精確に読み解くことから始めなければならない。こうして、吉田先生は、『有用性の限界』を読むことによって、〈非生産的な消費〉をも含んだ問題系に、「消費(spend)」から「消尽(consumption)」への異同を確認するのである。
戦争、供儀、笑、交感(コミュニカシオン)、そして死。バタイユ思想には繰り返し出てくるこれらの言葉は、まさに「有用性の限界」において「消尽」そのものを表す概念なのである。そして、その先にあるものは、ほとんど「無意味」といっていい「呪われた部分」なのだ。ついでに言っておくと、この「消尽」へと向かうベクトルの延長線上にあの秘密結社「アセファル」があるとみれば、これまで不可解さにおいてバタイユ思想の最大の謎であった「アセファル」の意図もおぼろげながら感知できるのである。

澤野雅樹先生と萱野稔人先生の「公開対談」残りわずか。

18日のブログでお知らせしました澤野雅樹先生と萱野稔人先生の「公開対談」、残りわずか(といっても全部で15なのに)ですが、まだお席がございます。どうぞこの機会に、ふるって応募下さい。

トイレットペーパーの包み紙を集めていた先生

都立松沢病院、都立墨東病院を経て今年から東京未来大学の教授をされている春日武彦先生にインタビュー。『談』no.80特集「無意味の意味/非-知の知」のトップバッター春日先生にお願いしたテーマは、「無意味なるものに魅せられて……ささやかだけど役に立つこと」。
春日先生は、『奇妙な情熱にかられて』(集英社新書)で、なぜか気になるもの、心に語りかけてくるものとして「ミニチュア、境界線、そっくりなもの(贋物)、蒐集」の四つを挙げて、実生活にはまるで役に立たないけれども、腑に落ちた気分が得られるところがいい、そしてそれはある種のリアリティにつながるとおっしゃっている。きわめて個人的に見えるそうした趣味、趣向は、意外にも普遍性をもっていて、それこそがこころの働きであるともいう。だからこそ、そこに人々はリアリティを感じるのではないかというのが先生の考え。先生自身も蒐集家で、今はもうやっていないそうだが、ひところはトイレットペーパーの包み紙を集めていたそうな。蒐集の醍醐味とは何かと言えば、それは確認の喜びだという。「ありえるかもしれない」「あったら面白いな」と想像をどんどん発展させていくところに、無類の面白さがあるというのだ。トイレットペーパーの包み紙には、たとえばペンギンの絵のついたものがある。ならば、きっと駱駝だってあるはずだし、麒麟だってあるかもしれない、と、どんどんイマジネーションをたくましくさせていく。ある時ふと気が付くと、6畳の部屋の隅から隅までトイレットペーに占拠されていたということになるのである。
さて、そんな先生なので、話がつまらないはずはない。抱腹絶倒とまではいかなかったけれど、十数回は腹を抱えて笑いました。インタビューの内容は、本誌でお読みいただくとして、こいつはJT向け、と思われる面白いネタをひとつ紹介しよう。
春日先生の長い臨床経験から分かったことなのだが、統合失調症の患者さんの多くは、かなりすごいヘビースモーカーだというのだ。一日100本吸うような人がざらにいるらしい。しかも、本数が多くなっても、小遣いが増えるわけではないので、だんだんたばこのグレードが、低位安定方向へシフトする。つまり、彼らのお気に入りは、「しんせい」「わかば」「ゴールデンバット」だという。こうした国産たばこが大量に売られているたばこ屋さんがあったとしたら、きっと近くに精神病院があるはずだ。
なぜ彼らはそんなにたばこを吸うのか。春日先生曰く、「やることがないからですよ、たばこでも吸ってない限り暇を持て余して」、それこそ狂ってしまう(?!)という。つまり、彼らの最大の愉しみであり暇つぶしがたばこなのである。そして、さらに注目すべきは、統合失調症の入院患者で肺がんになっている人は、全くといっていいほどいないのだそうだ。重い統合失調症の患者さんには、それこそ数十年と入院している人がいる。彼らの世界は、病室かせいぜい病院の敷地の中。外の世界と完全に隔絶された生活をおくっている。ここで、はは〜んと思いましたね。要するに彼らは、外に一歩も出ないゆえに肺がんにかからない。ということは、外に出ると肺がんのリスクが俄然高くなるということになる。だったら、養老先生が主張しているように、「肺がんの最大のリスク要因はクルマ」というのは、案外あたっているのかもしれませんぞ。
春日先生は、もちろん喫煙擁護派かどうかはしりませんから、これはぼくの単なる想像ですが、なかなか面白いネタではあるでしょう。

世の中を作るのは数字(効果)ではなく理念、これが今回の結論

昨日は、 JT会議室でTASC談話会の二回目。東京大学大学院社会学研究科准教授赤川学さんに講演をお願いした。テーマは、「社会のなかの統計 リサーチ・リテラシーのすすめ」。1統計は社会をかけめぐる 2.リサーチ・リテラシーの必要性 3.少子化をめぐる統計 4.たばこ・地球温暖化をめぐる攻防 5.世の中を作るのは数字(効果)ではなく理念という順番でお話していただく予定だったが、実際には、地球温暖化ははしょって、最後は駆け足で5の結論になだれ込んだ。しかし、聴衆の反応は大変良くて、今回もひとまずは成功といっていいだろう。講演の後の談話会でも、赤川さんの周りには常に人だかり。次回は誰をお呼びするのかと、みなさんの関心はすでに第3回に向けられている。企画する立場としてこういう反応は、大変うれしい。いつも言うことだが、JT、TASCの人たちは本当に勉強家だ。期待に応えるよう、こっちもがんばらなくちゃ。

『震災時帰宅支援マップ』をもって実際に帰宅してみた。

『震災時帰宅支援マップ』というのがある。一度そのシミュレーションをしてみようと思っていたので、今回の地図特集で実際にやってみることにした。といっても、歩くのはちとしんどいので、自転車に乗って。新宿南口を16時15分に出発。帰宅支援ルートの一つ甲州街道を走った。WC(公衆トイレ)の所在地や震災時に落下する恐れのあるガラス(カーテンウォールのビル)、倒壊する恐れのあるブロック塀が記されている。いちいち止って、地図通りか確認しながら撮影する。西参道からは頭上に首都高速が走る。神戸の震災の記憶があるので、これが崩落したら怖いなぁと思いつつ走る。危険地域は、実際に本のとおりだった。下高井戸から商店街へ寄り道。じつは、わが母校松原高校が帰宅支援センターになっているからだ。なんだかちょっとうれしい。となりの日大文理学部キャンパスを含めて、広域避難場所にな指定されている。見覚えのある店を幾つか見ながら、松原高校の正面玄関へ。記念写真ぽく写す。そのあと、再び甲州街道に戻って、八幡山、環八、給田と通って、 仙川からバス通りを通って19時に帰宅。
撮影しながら自転車で3時間ちょっとかかった。たぶん、歩いて帰る場合は、この倍はかかるだろう。震災はいつくるかわからない。帰宅支援ルートを実際に歩いてみるのはいいことだ。もっともぼくは自転車だったけれど、それでも何が妨げになるか、何が必要になるか、少なくともそのイメージだけはつかめたのでよしとしよう。

ペーパーレス化の波は、地図にも影響を及ぼしている。

泉麻人さん、今尾恵介さんの対談。地図に名前を手書きした名刺を持参された今尾さんから口火をきってもらう。
地図が好きという人は、ものの見方が少しばかり変わっているようだ。いや変わっている人が、気がつくと地図マニアになっているという方が正確かもしれない。地図の好きな人は、いつのまにか、自分で地図に書き込んでいる。というよりも、カキコが好きな人は、いつのまにか地図というメディアに行き着いてしまうという方が正確だろう。そして、地図の好きな人は、未だ謎だらけの過去という名の未来へと旅立つ。
地図の好きな人と時刻表の好きな人は重なっているようだ。地図を読むように、時刻表を読み、時刻表を見るように、地図を見る。泉さんが言うように、地図に興味のない人に限ってカーナビをつけると、カーナビに頼りっきりになる。こんな道あり得ないだろうというところでも、なんの疑問もなくカーナビのいう通りに走ろうとする。
IT化の進展もあって、国土地理院の2500分の1の地図の売上が激減しているらしい。日本は、何かに邁進すると雪崩れを打つように右に習えで進んでしまう。気がつくと、紙の地図が地上から消えてしまうかもしれない。100年後の日本人は、それまで豊富だった地図の資料が、2000年初頭に忽然と消えてしまうことに驚くに違いない。そうならないためにも、ぜひ紙媒体として地図を残してもらいたい。約2時間、楽しく教えてもらうことの多かった対談でした。『 city&life』no.85に掲載予定。
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