身体

「春日ワールド」全開のキテレツ大百科

『談』を始めTASC交流会や『TASC MONTHLY』でお世話になっている春日武彦先生から、『私家版 精神医学事典』を贈呈いただきました。帯に記された斎藤環先生の言葉を借りるならば、「自在な〈連想〉に導かれつつ観光できる前代未聞の医学事典」。そもそも事典のフォーマットである五十音順でもアルファベット順でもない、「連想」によって見出し語が連なる、まさに今まで見たことも聞いたこともない事典。精確な医学的知見に基づく項目の次にはキッチュな知識が披瀝され、かと思うとサブカル好きのアイテムが飛び出す。まさに、一冊丸ごと「春日ワールド」全開のキテレツ大百科なのです。これで2800円とは価格破壊でしょう(といってもぼくは貰ったわけですが)。
私家版 精神医学事典
春日武彦
河出書房新社
2017-08-22

『談』no.107 「特集:老い衰えゆくからだ……話す・動くから考える」が11月1日、全国書店にて一斉発売!!

『談』no.107 「特集:老い衰えゆくからだ……話す・動くから考える」が11月1日全国書店にて発売になります。

書店販売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各インタビュー者のアブストラクトとeditor's noteを公開しました。
右のメニューバーのno.107号の表紙をクリックしてください。

人は、身体と共に生き、身体と共に死んでいく。医学や福祉、その専門性もサービスも高度に多様化した現代社会において、身体は今どこに向かおうとしているのでしょうか。
身体を「話す・動く」という現象から考えてみよう。
このどこにでもあるありふれた身体は、決して閉じることをしません。常に/すでに外へと開かれていく。だが、他方、確実に老い衰えていくのも事実です。
身体を生きるということは、この外へと開かれる感覚を共有し、しかも老い衰えていくという事実を受け入れていくことでもあります。
今号は、開かれつつ、なお老い衰えゆく身体について、行為、介護、社会の位相から考えます。

〈人間行動論〉
ゆるみ、反発、一時停止…介護のなかにからだを見つける
細馬宏通(滋賀県立大学人間文化学部教授)

介護される人の自発的な行動の変化なくしては、介護者は次の段階にたどり着くことはできません。介護とは、介護する側が自分の身体の使い方を問い直すことであり、身体がどんな時間と空間を使って動いているかを検討し直すことでもあります。その時、介護される人は、単に一方的な介助の対象ではなく、介護行動のパートナーとして見直される存在となるのです。
日常会話や伝統芸能、介護場面などの身体行動を探る研究者が捉えた介護する/介護される身体のありよう。

〈介護民俗学〉
表現としての聞き書き…介護を切り拓く
六車由実(デイサービス施設「すまいるほーむ」管理者・生活相談員)

聞き書きは、聞くという行為というよりも聞いて、書いて、文章に表現すること。であれば、ある意味で書く(表現する)ために聞いてきたともいえます。聞き書きとは、ケアする側の創作物でもあります。聞き書き表現そのものが、利用者さんを巻き込んで立ち上がってくる言語を介した創作物=身体行為なのです。介護民俗学という語りと身体行為の豊穣なる世界にあえて耳を傾ける試み。

〈老いの哲学〉
どっちつかずの人たち…〈老い衰えゆくこと〉から社会を見る
天田城介(中央大学文学部社会学専攻教授)

〈老い衰えゆくこと〉は、老年期になり、「できたことができなくなる身体」として生きること」だと天田氏は言います。〈老い衰えゆくこと〉を我々の社会を変容させる最も大きな「社会の軸」として捉え、人々はその社会のなかで、いかに生きてきたのか、また生きていくことが可能であったのか。
少子高齢化社会という圧倒的なリアリティを前にして、「どっちつかずの身体」の集合体として社会を思考する意味と意義について考察します。


本日発売の「最新号」をアップしました。

『談』最新号「特集 社会脳、脳科学の人間学的転回」のアブストラクトとeditor's noteを「最新号」にアップしました。
右のメニューバーのno.98号の表紙をクリックしてください。
amzonでも発売中!

『談』no.99特集「社会脳、脳科学の人間学的転回」が3月10日に発売になります。

『談』no.99特集 社会脳、脳科学の人間学的転回
3月10日 全国一斉発売!!
表紙は、片山裕さん

特集「社会脳、脳科学の人間学的転回」『談』no.99

人間はひとりで生きられないように、脳も一つだけ独立して存在しているわけではありません。自分の脳は、他人の脳の影響を受けるし、また影響を与えます。そうした相互関連のなかで、脳は脳としての機能を発揮します。
今、脳研究は新たな段階をむかえています。独立した単体と見るのではなく、社会との関係の中で脳を捉え直そうというのです。脳は社会とどう向き合っているのか。脳は、社会をどうみているのか。あるいは、社会というコンテクストの中で、脳は、どういう振る舞い方をしているのか。つまり、脳の社会性が脳科学のテーマとして浮上してきたのです。
そうした社会的な問題と向き合う脳のはたらき・仕組みを、脳科学は「社会脳」と呼ぶ。
始まったばかりのこの新しい脳科学へのアプローチを、昨今の人文科学の用語にならって、「脳科学の人間学的転回」と呼ぶことにします。今号は、脳科学の人間学的転回、「社会脳」を取り上げます。

インタビュー者は以下の3人
社会脳……つながりの脳科学
・藤井直敬さん
(理化学研究所脳科学総合センター適応知性研究チーム・チームリーダー)

世界中のあらゆる場所で、たった今構築されている沢山の関係性、そして過去に蓄積された膨大な関係性が相互につながって構成された複雑なネットワークが世界を形づくっています。わたしたちの脳は、このことを自然に理解し、そのなかで最適な行動をとっています。脳が社会のなかでどのように振る舞うかを研究するのが社会脳の課題です。最新の脳研究「社会脳」の概要を解説しながら、人と人とのコミュニケーションをよりスムーズにするために、さらに暮らしを豊かにするために社会脳の成果を積極的に活用する方法を解き明かします。

こころはひとりでは生まれない……他者から始まるコミュニケーション
・岡ノ谷一夫さん
(東京大学総合文化研究科教授)

認知機能にとって、個というものはそれほど重要ではなく、むしろそれは他者との分有を基礎とするネットワークではないかという仮説をもとに、自分という存在も、じつは複数の他者によって分有されていて、その意味で、こころは個人のなかにはないのです。こころの究明を目指す脳科学が明らかにしつつある意識の複数性について、進化生物学の最新の知見を交えながら考察します。

脳のなかの歪んだ鏡(ミラーニューロン)……「社会脳」から身を引き離すことはいかにして可能か
・美馬達哉さん
(京都大学医学研究科准教授(高次脳機能総合研究センター))

他者の行動を見た時、自分が同じ行動をしている時と同じ活動を示し、相手の行動を瞬時に理解する上で役立つのがミラーニューロンです。ミラーニューロンを手掛かりに、コミュニケーションのなかで共感し合うというこれまでの「社会脳」のイメージを脱し、むしろ直接共感しあうネットワークとして「社会脳」を再構築すること。ニューロエシックスを、「社会脳」と共振させながら、脳科学を政治学へと拡張します。

著者プロフィール

・藤井直敬(ふじい・なおたか)さん
理化学研究所脳科学総合センター適応知性研究チーム・チームリーダー/適応知性および社会的脳機能解明が研究テーマ/1965年生
著書に『拡張する脳』(新潮社、2013)、『つながる脳』(NTT出版、2009)他
拡張する脳

・岡ノ谷一夫(おかのや・かずお)さん
東京大学総合文化研究科教授、理化学研究所情動情報連携研究チーム・チームリーダー/コミュニケーションの生物心理学研究/1959年生
著書に『「つながり」の進化生物学』(朝日出版社、2013)、『さえずり言語起源論 小鳥の歌からヒトの言葉へ』(岩波科学ライブラリー、2010)他
つながり


・美馬達哉(みま・たつや)さん
京都大学医学研究科准教授(高次脳機能総合研究センター)/臨床脳生理学、医療社会学/1966年生
著書に『リスク化される身体 現代医学と統治のテクノロジー』(青土社、2012)、『脳のエシックス 脳神経倫理学入門』(人文書院、2010)他
脳のエシックス

スポーツとは何か。その根元に迫る論考満載の書籍が出ました。

みやび出版より21世紀スポーツ文化研究所編『スポートロジイ 第2号』を贈呈していいただきました。
『スポートロジイ』は、『談』で何度もお世話になっている稲垣正浩先生が立ち上げられた〈ISC・21〉21世紀スポーツ文化研究所の理念を担う年刊誌です。第2号の特集は、〈ISC・21〉がここ数年にわたって取り組んでこられた研究テーマ「グローバリゼーションと伝統スポーツ」と「ドーピング問題」です。両特集に収められている論考は、現代のスポーツ状況を捉えるうえで、必読となる貴重なものです。とくに後者のフランスの哲学者パスカル・ヌーヴェルによるドーピング問題の革新に触れる論考は、ぜひとも読んでもらいたいもの。稲垣先生曰く、アンチ・ドーピング運動の正当性が根底から揺さぶられる問題提起となっています。本書には、他に西谷修氏の寄稿「〈自由主義〉の文明史的由来----ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』から----」と稲垣先生の研究ノート「スポーツの〈始原〉について考える----ジョルジュ・バタイユの思想を手がかりにして----」が収録されています。われわれにとって、「スポーツとは何か」という根源的な問いに応えようというもので、ひとりスポーツだけではなく、人間とは何かというより大きな問題系に接続する意欲作です。先生のブログでは読んでいたものの、こうして一つの文章としてまとまると、いよいよこの論考のもつすさまじさがわかってきます。僕からいうのもなんですが、これだけを読むのでも十分元がとれると思います。
スポートロジイ〈第2号(2013)〉特集1・グローバリゼーションと伝統スポーツ、特集2・ドーピング問題を考える
スポートロジイ〈第2号(2013)〉特集1・グローバリゼーションと伝統スポーツ、特集2・ドーピング問題を考える [単行本]

あなた自身の快楽と、どう向き合うか

『談』no.97 特集 〈快〉のモダリティ
7月10日 全国一斉発売!!

快楽は、人間にとっていわばエンジンのような存在である。ただ、エンジンがそうであるように、時にそれは暴走することもある。それをコントロールするのが大脳皮質の役割であり、人間はそのコントロール装置としての大脳皮質を発達させることで、快楽をうまく操れるようになった生きものだ。むしろ快楽をうまく操縦して、楽しく生きることそれ自体が人間にとっての目的であるといってもいいのである。
人間における快楽の重要性を説き、快楽とどう向き合うか、また、人の営み、社会の営みのなかで、快楽を位置付け直し、快楽そのものの意味を問う。


◎〈快〉の幸福論……人間の欲求と「やみつき」のちから
廣中直行(神経精神薬理学)
火それ自体が人間にもたらす感覚的な「快」が先ずあって、夜でも明るくて便利だとか、冬でも暖かいとか、食料を煮たり焼いたりすると食べやすかったりおいしくなったりするといったこと、つまり「機能」は二の次ではないかと。人間にとっての「快」とは、後回しにしてもいいような付加的なものではなくて、むしろそれが人間存在の根本にあるものではないかと、今はそう思うようになりました。(インタビューから)

◎消費社会と快楽のゆくえ…真物質主義から第三の消費文化へ
間々田孝夫(立教大学社会学部教授)

今の若い人を見ていると、ほとんど「快楽」という意識をもたずに消費行動を楽しみ、それゆえに快楽のもつネガティブな側面から解放されているというふうにも見えます。むしろ外見は一般的な生活を維持しながら、内面は自分の趣味や興味のある対象にはひたすら寄り添っていくことで大きな楽しみを得る。そういう快楽に、おそらく今はなっているし、これからもそういう方向で成熟と深化をとげていくんだろうと思います。(インタビューから)


◎喜び、快楽のモダリティを変えること
十川幸司(精神分析家)
喜びということは、快楽のモダリティを変えることによって、生まれてくる情動です。それは現実を無視することでも現実に服従することでもなく、逆に、現実をよく見据えるなかでしか、生まれてこない情動です。快をベースとして、喜びを見出すこと……そこにこそ精神分析の課題があると思います。(インタビューから)

著者について
廣中直行
1956年生。実験動物中央研究所、理化学研究所脳科学総合研究センター、専修大学などを経て、現在、三菱化学メディエンス株式会社創薬支援事業本部に勤務。医学博士。専門は心理学、神経精神薬理学。
著書に『快楽の脳科学』(日本放送出版協会)、『人はなぜハマるのか』(岩波科学ライブラリ−)、他。

間々田孝夫
1952年。立教大学社会学部教授。専攻は消費社会論、経済社会学、社会行動論、社会階層論。
著書に『第三の消費文化論』(ミネルヴァ書房)、『消費社会のゆくえ』(有斐閣)、他。

十川幸司
1959年。自治医科大学精神科で臨床に従事した後、パリ第八大学、社会科学高等研究院(EHESS)で精神分析、哲学を専攻。現在、個人開業(十川精神分析オフィス)。精神分析家、精神科医。
著書に『来るべき精神分析のプログラム』(講談社選書メチエ)、『思考のフロンティア 精神分析』(岩波書店)、他

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ブログ用カゲイキ

談 no.97
廣中直行
水曜社
2013-07-10

「痛みの声を聴く」と『当事者研究の研究』は激しくシンクロする。

医学書院看護出版部・白石正明さんから、『当事者研究の研究』を贈呈いただきました。
じつは、一月前に届いていたのですが、『談』の最新号とシンクロしそうなテーマだったので、発行にあわせて紹介しようと思っていました。すみません、当方の勝手な理由で…。
しかし、いい本です。面白いです。ぜひ、『談』の最新号と併せてお買い求め下さい。

圧倒的な「感染力」の秘密をアカデミズム側から探る!
べてるの家から始まった《当事者研究》の勢いが止まらない。
それは客観性を装った「科学研究」とも違うし、
切々たる「自分語り」とも違うし、
勇ましい運動とも違う。
哲学や教育学、科学論と交叉させながら、“自分の問題を他人事のように扱う”当事者研究の意外な潜在力を明らかにします。(プレスリリースより)
当事者研究の研究 (シリーズ ケアをひらく)
当事者研究の研究 (シリーズ ケアをひらく) [単行本]

今、痛みと共に…。

『談』no.96 特集 痛みの声を聴く 3月10日 全国一斉発売!!

世界から痛みがどんどん消えている。痛みへの無感覚が蔓延し、痛みを痛みと感じない身体が組織されようとしている。しかし、生活とは、痛みとともに生きることではなかったのか。今、あらためて問う「生活」、「身体」、「病」という現実。

●〈社会的な痛み〉への処方箋…痛むからだの当事者として考え得ること
粥川準二(ライター、翻訳者、ジャーナリスト)
問題の根底には、「病気や痛みは自己責任」と考えられているということがあると思います。病気や痛みがすべて個人の責任に帰され続ける限り、社会にある「痛点」に触れることができないまま、現状がずっと続いてしまうかもしれない。むしろ病気や痛みを起点として、その人を取り巻く環境、ひいては社会全体を改善していくくらいの意識をもつことが重要なのではないか。(インタビューから)

●痛みの向こうへ、人を動かす痛み
外須美夫(九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生学教授)
痛みに苦しむ時、誰もがこの世界に痛みが無ければいいと願うでしょう。けれども痛みが無ければ、痛みによって生まれるものを見ることもできません。痛みは人を動かす大きな力です。痛みや病気や死を排除しない社会、それらによって健全につながる社会を、見つめていきたいと思っています。(インタビューから)

●生活の哲学…「痛み」を生きる 
篠原雅武(大阪大学大学院国際公共政策研究科特任准教授)
世界が壊れるかもしれないことを、「痛み」という感覚をつうじて予見しているはずなのです。「痛み」が生じるのは、私たちの生きている状況が脆くて、壊れやすくなっているからで、壊れそうなところに生じるのが「痛み」なのです。「痛み」は、主観的な経験ではあるけれども、やはり客観的な実在性をもっていて、「脆さ」、「壊れやすさ」を端的に表現するもの、それ自体だということです。(インタビューから)
『談』最新号「特集 痛みの声を聴く」のアブストラクトとeditor's noteを「最新号」にアップしました。
右のメニューバーの↓をクリックしてください。
表紙

談 no.96
粥川準二
水曜社
2013-03-10

東洋大学「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ(TIEPh)「天命はなお反転する」のお知らせ

『談』でいつもお世話になっている東洋大学教授・河本英夫先生から、以下のご連絡をいただきました。いただいたご案内を転載します僕も参加する予定です。それにしても、人見眞理さんがお亡くなりになったとは! 大変驚いております。

東洋大学「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ(TIEPh)では、未来の哲学的な環境デザインの構想に関して、シンポジウムを開催いたします。

 
これまでTIEPhでは、独創的かつ世界的アーティストである荒川修作+マドリン・ギンズの建築的試みを手がかりに、環境デザインの構想について考えてきました。


3.11を生き抜いた後の来るべき人間(-有機体)はどのような環境で生き、何を語ることができるのでしょうか。芸術、哲学、生命科学、精神医学、発達科学、すべての未来はどこへ向かうのでしょうか。

荒川修作+マドリン・ギンズとともに三人の提題者が、これらの問いを人間再生に向けた環境設定の問いとして引き受けます。その他、山岡信貴監督作品である荒川修作の映画上映、特別展示等々、盛り沢山のイベントを用意しております。

■天命はなお反転する


<プログラム>

■13:00 開会のことば  山田利明(東洋大学、TIEPhセンター長)



■13:15 映画上映:「死なない子供、荒川修作」
(2010 年/カラー80 分/制作:リタピクチャル)山岡信貴監督による作品解説つき)


■
14:45 総合シンポジウム:「天命はなお反転する 人間再生へ」

パネリスト
河本英夫(東洋大学文学部教授、TIEPh研究員)
花村誠一(東京福祉大学福祉学部教授)

池上高志(東京大学大学院教授)



■16:00 総合討論 
総合司会:稲垣諭(TIEPh研究員)

本間桃世(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所 代表)



■17:15 映像舞台作品:「モア・ディベロプメント――追悼人見眞理」 
(岩崎正子、池田由美、稲垣諭)



■18:15 閉会のことば



<参加申し込み方法>
どなたでもご参加いただけます。

完全予約制ではありませんが、お席の関係上事前予約をお薦めいたします。


お名前、参加人数、ご連絡先(Email、Fax等)を下記メールアドレスまでお送りください。



参加申し込み用メールアドレス: ml-arakawa□toyo.jp(□を@に変更下さい)


<お問合せ>
東洋大学「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ

〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20
MAIL ml.tieph-office□toyo.jp(□を@に変更下さい)
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入不二基義先生、レスリングの大会「全日本マスターズ選手権」に参加されました。

『談』no.88で、「無内包の「現実」あるいは狂った「リアル」」というテーマでインタビューをさせていただいた青山学院大学教授・入不二基義先生から、こんな情報↓をご提供いただきました。
先生は、3年程前からレスリングをやっておられましたが、今年最初の大会「全日本マスターズレスリング選手権大会」に参加された様子が日本レスリング協会の公式ホームページで紹介されたのです。50歳を過ぎてからレスリングを始めるというのも珍しく、また、哲学者が挑戦するという例も、過去にほとんどないとのことで、HPでは特集記事として写真入りで紹介しています。ぜひ、ご覧下さい。
全日本マスターズ選手権のフレッシュマンズの部(30歳以上で社会人になってから競技を開始した人)58kg級に、青山学院大教授の入不二基義さん(SKアカデミー)が2年ぶりに出場。

謎解きはマッサージのあとで。

「野口体操」の普及、啓蒙に尽力されている羽鳥操さんから、『野口体操 マッサージから始める』を贈呈いただきました。
野口三千三さんを『談』初代編集長・栗山浩さんがインタビューしたのは、1980年だったと思います。すでにお二人とも故人ですが、『談』が一貫して追究している「身体とは何か」というテーマは、この時のインタビューがきっかけでした。野口さんのつくり出した「野口体操」。この世界でも希有な身体技法を自らの身体に完璧に取り込んだのが羽鳥さんです。土方巽の舞踏譜を完璧に取り込んだ芦川羊子さんの舞踏にも驚きましたが、野口体操のあの「寝にょろ」や「腕にょろ」をこともなげにやってしまう羽鳥さんにも驚愕させられました。身体の思想を字義通り“身体化”させてしまうのはなぜかきまって女子たちです。これこそ身体の大いなる謎であり、この謎解きに男どもは今後必死でとりくむまなければならないだろうと思っています。
「(…)自分のなかの悪いところを無理やり潰すような方法はとりません。今、ここに在るからだ、そこから出発するのです。多少不具合があっても、そっとそこにおいて、いいところを伸ばす。すこしだけ手を入れる感覚でからだを見直そうとするのが、野口体操なのです。自然には善も悪もない。矛盾もない。あるのは丸ごとの存在として、“今、ここに、在る”だけだと捉えるのです。/(…)体操は、からだの実感を手がかりに言葉本来の意味を取り戻し、そのことによって言葉に命を与える営みであるとも言えます。その営みは、言葉だけでなく、自然・人間・自分、感覚・思考・判断……、人間を取り巻くあらゆる事象から先入観を取り除く営みでもありました。からだと動きによる「体操」がそうした関係性を新しく結び合えたとき、「私にとっての体操」が「人間に役立つ体操」になるのでしょう。目的・効果をいとわないということは、体操に枠をはめて、皮相な技術に終わってしまうことを回避したかった野口の熱い思いからだと思います。/(…)おそらく野口体操ほど難しい体操は、他に類をみないでしょうか。《形を問わない。目標や目的や効果を言わない。体操には付きものの「ある動きを一日に何回もやりましょう」などという指示もしない》言ってみれば、“あなた任せの体操”です」
男子諸君、マッサージからでも初めてみませんか。謎解きはマッサージのあとで、ん ?!
野口体操 マッサージから始める (ちくま文庫)
野口体操 マッサージから始める (ちくま文庫)
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春日武彦先生の新刊『自己愛な人たち』が面白い!

春日武彦先生から新刊『自己愛な人たち』を贈呈していただきました。
「たとえばわたしが寄席に出ている紙切り芸人だったとする。特異な題材を鋏で切り抜いてみせるだけなく、客からリクエストを受けつけなければならない。(…)意地悪な客が、「自己愛!」とリクエストをしたらどうだろう。実際にはあり得まいが、精神科医のパーティーの余興で呼ばれたらそんな〈お題〉も皆無ではないかもしれない。(…)今日のお客様たちはインテリでいらっしゃいますねえ、などと歯の浮くような世辞を口にしながら作品を仕上げる。切り抜いた黒い紙を白い台紙に重ねると、カラオケでマイクを握って熱唱するオヤジの姿である。マイクを握りしめている右手の小指がぴんと立っている。そこを指差しながら、〈はい、ここの部分が自己愛でございます。お粗末さま〉とおどけた声で言うと、白けた笑いと疎らな拍手が起こる」。という調子で始まる新刊。初っ端から春日節(!?)が飛び出して、先生のファンにはたまりません。
本書のテーマは、タイトルが示すとおり自己愛について。動物に自己保存の本能はあっても、自己愛があるかは疑問。が、動物である人間には、間違いなく複雑で厄介な自己愛が存在するのです。人間のグロテスクさや気味の悪さも、じつは自己愛の歪みが大きく関与しているのではないか、そんな予感をビンビン感じながら、先生は時に鋭く、たまにのらりくらり横道にそれつつその実態に迫ります。
「自己愛は変装し、思ってもみなかった病理を形作る。無意識のうちに、我々は自己愛をあらゆる詭弁や偽装の材料とする。そこには人間の切実さと滑稽さと突飛さとが透けて見える。だからこそ我々は自己愛に関心を寄せずにはいられない。自虐的な気持ちと共に眺め、揶揄したくなる。わたしがこうして自己愛について書いているのも、まさに同じ理由からなのである」。
自分探しという愚行が流行る昨今、「自分忘れ」としての自己愛こそ、今、探求すべき対象です。古そうで意外に新しい概念「自己愛」。これから大注目です。
自己愛な人たち (講談社現代新書)
自己愛な人たち (講談社現代新書)
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バイオ化する社会の「痛点」とは何か。粥川準二さんの新刊。

「資源化するからだ」というテーマでインタビューをさせていただいたジャーナリストの粥川準二さんから新刊『バイオ化する社会 「核時代」の生命と身体』(青土社)を贈呈していただきました。
粥川さんは、「バイオテクノロジーの人間への応用と、それを受容し始めている社会を考察し、その輪郭を描くこと」を目的に本書を書いたと述べています。これまで、バイオ技術が社会に及ぼす歪みを論じてきたのですが、むしろ事態は逆ではないか。問題は社会の歪みの方であり、バイオ技術はそれと寄り添う形で発展してきたのではないか。これまでのまなざしを逆転させることで、問題のありようがより鮮明になったと言います。
たとえば、バイオ医療を批判するには、「医学や生物学のまなざしだけでは不十分であり、必然的に社会学や人類学、そしてジャーナリズムといった外部のまなざしが必要になる」はずだというのです。さらに粥川さんは、ピエール・ルジャンドルの言葉を引きながら、次のように言います。「再生可能エネルギーも再生医療も、新たな資源の採取と消費  前者は地球から、後者は人体から  を最低限にできる可能性があるという意味では、希望を持ってよいものである。しかしながら、過去の科学技術において、それらをめぐる事故や事件で浮かびあがった〈痛点〉を忘れてしまい、ただ代替案にとびつくだけでは、また同じことがくりかえされるだろう」と。重要なのは、「痛点」から目をそむけないことだというのです。
バイオ化する社会あるいは社会のバイオ化。この事態を精確に探査し批判するためには、「痛点」とは何か、それはどこに存在し、何を意味しているのか、そのことをまず見極めること。批判のための批判ほどむなしいものはありません。わかっちゃいるけどやめられないあなた(というか私)、はやく「今・ここ」にある痛点を見つけましょうよ。

バイオ化する社会 「核時代」の生命と身体
バイオ化する社会 「核時代」の生命と身体
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三人三様ならぬ五人五様のスポーツ論

稲垣正浩先生から『myb(みやびブックレット)』の最新号(212 Spring No.39)を贈呈していただきました。ブログでも告知した「西谷修さんを囲む会」(青山学院大学/3月19日)で配布されたものです。最新号の特集は「スポーツが問われている」。稲垣正浩先生の他に、西谷修氏、今福龍太氏、森田浩之氏、松浪健四郎氏が寄稿。稲垣氏がオリンピック・ムーブメントと原発推進運動の類似性を指摘するかと思えば、西谷氏はグローバリズムに飲み込まれるアスリートの現実を論じ、今福氏は、コンタクト・ゴンゾなるパフォーマーの身体的即興の批評性に注目。森田氏は、メディアスポーツがねつ造する「絆」言説をいぶかり、松浪氏は、「スポーツ基本法」の画期的意義を強調。立ち位置も論点も異なる五人が俎上にあげるのはスポーツ文化。同じ対象についてこれだけ多様な議論が展開できるのだから、やはりスポーツは面白い。あ〜なんと陳腐な感想。しかし、それをも許してくれるところに、スポーツのほんとうの懐深さがあるのです。

稲垣先生から『ボクシングの文化史』のご進呈をいただきました。

談』にたびたびご登場いただいている稲垣正浩さんから、監訳書『ボクシングの文化史』のご進呈をいただきました。稲垣さんによれば、「カシア・ポディ(著者)のこの作品は、古代ギリシアの『オデュッセイア』から現代のマイク・タイソンまで、ボクシングという大河を〈文化史〉というアングルから描き出した、みごとな大作である。珍しい図版もたくさん収集・掲載されていて、それらを眺めていくだけでも垂涎を誘う。加えて、これまでのボクシング叙述に、まったく新しい視点から一石を投じた画期的な作品」とのこと。なにせ600ページにとどく大著、読み終えるには相当な体力が入り用だけど、著者は英米文学、メディア論の専門家。ざっと目を通してみたところ、興味深いトピックスが随所に登場し、初めて目にする図版も多い。喫緊の課題をかかえてう〜う〜いっているこの時に、こんな面白そうな本を贈ってよこすなんて、稲垣先生、罪な人ですわぁ。
ボクシングの文化史
ボクシングの文化史
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聴覚研究者・柏野牧夫氏とノンフィクション作家・最相葉月さんとのトークショー

『談』no.82で、「理性を導く音の快楽」をテーマに、神経生理学者・池谷裕二氏と対談された聴覚研究者・柏野牧夫氏が、来月『空耳の科学〜だまされる耳、聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア)を上梓されます。刊行を記念して、ノンフィクション作家の最相葉月さんとトークショーがジュンク堂書店 池袋本店で開催されますので、お知らせいたします。

2月9日(木)19:30より
トークショー「空耳の科学−だまされる耳、聞き分ける脳
柏野牧夫(聴覚研究家)×最相葉月(ノンフィクション作家)
お申し込みは池袋本店1Fサービスカウンターまで(電話:03-5956-6111)
入場料はドリンク付き1000円。
当日、会場の4F喫茶受付でお支払いください。特には整理券、ご予約のお控え等をお渡ししておりませんので、予約をキャンセルされる場合、ご連絡をお願いいたします。(電話:03-5956-6111)
ご案内文より
私たちはみな、まったく異なる音風景を聞いている?! 「視覚は聴覚より優れている」「モーツァルトを聴くと頭が良くなる」——聴覚について一般に言われていることは、どこまで本当? 実は、聴覚にはまだ多くの謎が秘められています。そもそも、私たちの日常生活は、空耳に満ちていると知っていますか? 存在しないはずの音が聞こえる、同じ音が人によって違って聞こえる……。しかし、この空耳こそが、世界を認識するための脳の巧みな戦略でもあるのです。そんな不思議な空耳をデモを使って紹介しつつ、聴覚研究の柏野牧夫先生と『絶対音感』の著者・最相葉月さんが語り合います。

人工ボディ製作の第一人者と五感研究の専門家によるディスカッション

昨日、福島有佳子さんと山下柚実さんによる対談を工房アルテ(大阪市)にて行いました。福島さんは、先天性の障害や事故、病気などで失った身体の一部を、外科手術なしに復元する人工ボディ製作の第一人者。一方、山下さんは、人間の身体とは何かということを、五感を中心に研究しているノンフィクションライター。『談』では「別冊たばこ」で鷲田清一さんと対談、また『tasc monthly』へも寄稿していただいております。今回は、「カラダの復元…自分らしさを求めて」というテーマで、福島さんの手がけられた人工ボディを見ながら、カラダの復元にとって大きな意味をもつ「自分らしさ」「その人らしさ」について、語り合っていただきました。自分のカラダは、決して自分のためだけに存在するのではなく、他人とのかかわりのなかで成り立つもの。だからこそ、逆に人々は自らのカラダに固執する。そのために、福島さんはクライアントのこころの声を聞くことから始めます。私にとってカラダとは何か、また、それを見る他者とは何か、白熱した議論が交わされました。今回の対談が収録される『談』は、2012年3月初旬発行予定、こうご期待!

3.11以降の地域、身体、コミュニケーションを問うトークイベント開催

注目のイベント「原宿パフォーマンス+ DOMMUNE 」が20日から始まりました。24日まで開催。本日は、その第2夜。「原宿2.0/社会と地域とコミュニケーション」
パネリスト:東浩紀さん、五十嵐太郎さん、藤村龍至さん、大山顕さん、速水健朗さん(司会)。
産業や社会の変化によって、都市構造や都市の風景が変わりゆく現在、今後地域から生まれる身体的なコミュニケーションはどこに向かうのか?嘗ての商店街や劇場や銭湯はサロンとしての機能を失い衰退し、郊外型の巨大ショッピングモールや、またAMAZON以降のネット通販に客が流出し、中央も地方もシャッター道りが激増している。ストロー現象における道路交通網と地域の発展や衰退、ドーナツ化現象における人口移動の現象がどう社会に影響を及ぼし、コミュニケーションに変化をもたらしたのか?などなどを、インターネット/ソーシャルメディア以降の実社会や、コミュニケーションの質の変化、そこで浮かび上がる不安定な身体性などの問題を絡めて鼎談。そして、3.11以降我々はどこへ向かうべきなのか?(イベント告知の案内より)
原宿PERFORMANCE+ DOMMUNE

廣中直行先生の新刊

a href="http://www.dan21.com/backnumber/no66/index.html" target="_blank" title="">廣中直行先生から、『「ヤミツキ」の力』(光文社新書)をご贈呈いただきました。ひさしぶりの新刊です。
光文社の紹介記事より
「やみつき」とは、もともと「病んで」「床につく」という病的状態だ。一歩間違えば、医学的には「依存症」になる。しかし他方、アスリートの巧みな動きや、渾身の芸術作品、熟練した職人ワザなど、あらゆる分野のプロの技術は、ある種、やみつきの賜物と言えるのではないか。本書は、そうしたやみつきのポジティブな側面に焦点を当て、人間の成長にはやみつきが必要だと説く、"健全な"やみつきのススメである。心理学・薬理学の専門家と、現在進行形でマンガ・アニメ・ゲームのやみつきになっているライターの二人の著者が、あらゆる角度からやみつきを縦横無尽に論じる。
目次
第1章「やみつき」ことはじめ

第2章「やみつき度」を考える

第3章快を求めて
第4章 やみつきになるメカニズム
第5章 「やみつき」がくれるパワー
第6章 人の輪の中で

第7章 「やみつき」から人間を考える

「ヤミツキ」の力 (光文社新書)
「ヤミツキ」の力 (光文社新書)
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人生の深淵どころか、宇宙の深淵が……

『談』no.93インタビュー2人目は、能楽師(下掛宝生流)の安田登さん。安田さんは、他にも公認ロルファー(アメリカのボディワーク、ロルフィング専門家)、論語研究者、甲骨文字研究者、中小企業診断士などの肩書をもつ、まさに多才多能の人だ。今回は、本職である能楽についてお話を伺った。
能の主役はシテであり、能について知ろうとするとたいがいはシテが中心になる。しかし安田さんが注目するのはワキだ。ワキに魅了されて27歳の時能楽師になった。ワキは脇役でしかないといわれているが、果たしてそうだろうか。能におけるワキは、決して脇役=副次的役割を担う人という言葉ではくくりきれない複雑な存在だと安田さんは言う。ワキの役割とは、シテの物語を引き出し能世界をつくる、だが、決して表には出てこない一種の「場」のような存在であり、だからこそ能においてはシテ以上に重要な存在だというのだ。
ワキの立場から見ると、能とは、ワキが異界の住人であるシテと出会う物語だといい直すことができる。二人の出会いが実現した時、そこに異界が出現する。その出会いを実現するためには、ワキは自分の存在をできるだけ無に近づける必要がある。その行為が、ワキにおける旅だという。しかもその旅は、乞食の行であり、そうであるからこそ、ワキは異界との出会いを通して、新たな生を生き直すことができるというのだ。
能における不思議な存在ワキ。ワキこそ、他者の他者としての〈自分〉ではないか、そんな仮説をぶつけてみた。さて、安田さん、果たしてどうお答えになったか。これがとんでもない方向に発展して、あれよあれよという間に、一大文明史が開陳されたのであった。人生の深淵どころか、宇宙の深淵がぽっかりと大穴を開けて待ち構えていた! みなさん、こうご期待ですぞ!!

no.93の特集は「他者の他者としての〈自分〉」

『談』no.93の取材がスタート。今日は、人間酷似型ロボット研究の第一人者大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授・石黒浩先生をATRにお訪ねしました。研究室のドアを開けると、先生自身をモデルにした遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイドHI-2」と実在の女性そっくりのジェミノイドFがわれわれをむかえてくれました。今号の特集は、「他者の他者としての〈自分〉」。石黒先生には、その先駆けとして、人間を人間たらしめているものは何か、「最期に人間に残るもの…人こそが人を映し出す鏡」というテーマでお話しいただきました。

大森荘蔵先生のポートレイト、じつは……

『大森荘蔵セレクション』(平凡社)が発行になりました。科学の哲学に決定的な影響を与えた「ことだま論…ことばと〈もの-ごと〉」、「知覚風景と科学的世界像」、脳科学の陥穽を鋭く突いた「夢見る脳、夢見られる脳」、時間の謎に肉薄した「時は流れず…時間と運動の無縁」などを収録。帯にあるように大森哲学入門の最良のアンソロジーになっています。そして、何より表紙に注目! 鈴木理策さん撮影のこのポートレイト、じつは『談』no.54号「唯[脳-身]論」で、養老孟司氏との対談中に撮影されたものです。今となっては貴重な1枚です。なお、巻末に掲載された編者・飯田隆氏、丹治信春氏、野家啓一氏、野矢茂樹氏の解説座談会が面白い。

大森荘蔵セレクション (平凡社ライブラリー)
大森荘蔵セレクション (平凡社ライブラリー)
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「死なない子供、荒川修作」発売記念 パフォーマンス&トーク』のお知らせ

『談』no.86「特集:エンボディメント…人間=機械=動物の身体」の公開対談の会場「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」のドキュメンタリー映画「死なない子供、荒川修作」がDVDになります!!
その発売を記念してイベントが開催されます。
皆さんふるってご参加ください。

日時 2011年12月3日18:30開場:18:00開演:18:30
チケット代:
前売り 2,500円+ドリンク代
当日 3,000円+ドリンク代
※「死なない子供、荒川修作」DVDを公式HPでご予約いただいた方は500円引きとなります。

場所 音楽実験室 新世界

第一部「変形アフタヌーンティー/morphing afternoon tea」
今年5月に三鷹天命反転住宅にて初公演され、大反響を読んだ芝居仕立てのパフォーマンス。
偽アラカワ、偽ギンズが六本木に現れる!?
「建築する身体」「死ぬのは法律違反です」、、荒川修作+マドリン・ギンズの「言葉」の世界を身体から反転させてみると…
三鷹天命反転住宅に着想を得たデザイナーさとうみちよによるコスチュームも必見です!
脚本/演出:平松れい子(ミズノオト・シアターカンパニー)コスチューム:さとうみちよ/ナビゲーター久保田芳之、田中夢/映像:飯名尚人/コンセプト:さとうみちよ&飯名尚人/プロデュース&制作:morphing
第二部「一夜限りの未公開映像Viewing」
NYの荒川修作+マト゜リン・ギンズのスタジオの訪問映像、荒川修作のお宝映像など盛りだくさん!
元・自由劇場の「新世界」で12月3日、天命反転の一夜が繰り広げられます。

「けんちく体操」のイベント開催!!

陣内秀信さんから「けんちく体操」というのを教えてもらって、すっかり虜になっていたら同名の本が出版されました(11年4月)。ギザの三大ピラミッドから始まって、東京スカイツリーまで全73体の「けんちく体操」を写真入りで紹介したもの。あんまり面白いので、『嗜み』の書評で取り上げることにしたのです。さて、どなたに書いていただこうかとアタマをひねっていたら、うってつけの論者がいることに気が付きました。『談』と『tasc monthly』にご登場いただいた稲垣正浩さん。体操選手としての経歴をもち、現在21世紀スポーツ文化研究所を主宰する稲垣さんなら、絶対興味をもってくれるはず、早々稲垣さんにお声をかけたら二つ返事でひきうけてくださった。そして、『嗜み』11号に掲載と相成ったのです。ちなみに、『嗜み』の書評はクロスレビューで、もうひとかたは五十嵐太郎さん。ふたりあわせて、これがほんとの「けんちく体操」?! それはともかく、今日の話はここからで、その稲垣さんの論評が「けんちく体操」を主宰する大西正紀さんの目にとまってしまったw。突然、僕のところにメールがきて、稲垣さんを紹介してくれというのです。なんと、「けんちく体操」がポニーキャニオンからDVDで発売になるという。それを記念してトーク・イベントがひらかれる。ぜひそれに出演してほしいというのです(というのは、稲垣さんのブログであとから知ったんですけどね)。そのイベントがこれ↓
日時:12月15日(木)20:00〜22:00
場所:ワンドロップカフェ(03−5829−6822)
〒101−0032千代田区岩本町2丁目9−11
イベント:「けんちく体操ナイト
DVD披露+実演+トークショウ

花村誠一先生が発表されます、第11回 河合臨床哲学シンポジウム

一般向けに講演されることの少ない花村誠一さんが、「他者と強度」をテーマに発表されます。花村さんには、『談』の書店販売のきっかけとなった「特集 ダブルバインドがおしえるもの」で大変お世話になりました。以来、河本英夫さん、香山リカさんらを通じて交流をもっております。花村さんにとって、統合失調症における他者およびその中心概念である「強度=intensionality(内包量)」は、長年の研究テーマです。今回の講演では、まさにその「強度」とは何か、他者論のコンテクストから明らかにされるものと思われます。このシンポジウムは、『談』で何度かお世話になっている木村敏さんや野家啓一さんがかかわっておられるものです。今回もお二人は主催者としてコメンテーターとして出席されます。毎回充実した議論が展開、僕自身大いに刺激を受けています。皆さんもぜひこの機会に奮ってご参加ください。
第11回 河合臨床哲学シンポジウム
「 他者の諸相、他性の諸相 」
◆全体討論・木村敏◆シンポジスト・花村誠一/柴山雅俊/川瀬雅也/村上靖彦◆コメンテーター・野家啓一/津田均◆司会・谷徹/内海健 
日 程 2011年12月11日(日)
11時00分 〜 18時00分
会 場 東京大学鉄門記念講堂
住所:〒113−0033 東京都文京区本郷七丁目3番号1号 医学部教育研究棟14F
参加料 有料
参加料  資料代含む1000円
第11回 河合臨床哲学シンポジウム

「三鷹天命反転住宅」で、イベント開催!!

『談』no.89「エンボディメント…人間=機械=動物の身体」の公開連続対談会場「三鷹天命反転住宅」で、イベントが開催されます。主催者のABRF, Inc.からお送りいただいたご案内を転載します。 ………………………………………………………………………………
荒川修作+マドリン・ギンズをご取材いただいた皆様へ 初夏の風が心地良い季節となってまいりました。皆様如何お過ごしでしょうか。 以前は荒川修作+マドリン・ギンズおよび三鷹天命反転住宅をご取材いただきまして誠にありがとうございました。 この度2011年4月30日より『三鷹天命反転住宅…つづく。』を開催いたします。 このイベントは荒川修作の一周忌を迎える5月の1カ月間、身体、美術、音楽、ダンス、ファッション、映像等のイベント、ワークショップ、展示、レクチャー、バスツアー等など荒川修作+マドリン・ギンズが完成させた三鷹天命反転住宅を舞台に多角的に開催するものです。 ぜひとも貴誌・貴紙、貴メディアにてご取材いただきたくお知らせいたします。 詳細につきましては、添付いたしましたプレスリリースまたは、ホームページをご覧ください。 何卒よろしくお願い致します。
………………………………………………………………………………
企画概要 「三鷹天命反転住宅…つづく。」 Reversible Destiny Lofts MITAKA / to be continued … 会期:2011 年4 月30 日〜5 月29 日の1ヶ月間 会場:三鷹天命反転住宅、ギャラリーアートアンリミテッド、養老天命反転地、他 主催:ABRF, Inc. 協力:ギャラリーアートアンリミテッド、養老天命反転地、Gazaa、Dance and Media Japan、アトリエenoeno、 JOU@odorujou、塚原史(早稲田大学)、山岡信貴(リタピクチャル)、越尾真介 (SUNDAY VISION)、天命 反転住宅の住民のみなさん、他
www.architectural-body.com

朝青龍問題とはなんだったか、その真の意味に肉薄する対談

『談』今号の登場者・今福龍太さんと前号の登場者・稲垣正浩さんが『世界』4月号で対談をしています。題して、「朝青龍はなぜ追放されたか」。

日本人の潜在意識にゼノフォビア(外国人忌避)があって、それが今回の追放劇の背景にあると稲垣さんが指摘すれば、スポーツ=メディア複合体が栄養分としてきたスキャンダルが、排除の原理として働き、結果、秩序かく乱者たるストレンジャー・朝青龍の「王殺し」がなされたと切り返します。お二人は、追放劇の裏にある権力の巧妙な政治的暴力に対して、朝青龍の横綱としての尊厳を守らなければならないと、朝青龍を全面的に擁護するのです。

アスリートの暴力(が本当にあったかは不明)に端を発した朝青龍問題、しかし、そこに見出さなければならないのは、「近代スポーツ」というミッションの限界であり、身体技芸の排除と選別、生の調教と統治という、まさに現代日本社会におかれている自己の身体の現実です。フーコーのいうアルケー、そのエネルゲイアを身体それ自身の中に発見し、その躍動を再認識することではないか、お二人は、そう言って、単なる相撲業界のスキャンダルとして葬り去ろうとする風潮に、強烈なカウンターパンチを与えるのです。

身体文化を考える者にとって、必読の対談ですぞ。

特集「エンボディメント…人間=機械=動物の身体」が発売になりました。

更新を1月以上怠っていました!!

 ごめんなさい、すみません、お許し下さい。

などと謝っているうちに最新号no.86号

特集「エンボディメント…人間=機械=動物の身体」が発売になりました。

表紙は山崎史生さんの作品「静かな隣人/silent neighbor」。
弊誌では珍しく、内容と表紙がシンクロしています。
ヴィジュアルページは、伊奈英次さん撮影の「三鷹天命反転住宅」。   
エンボディメントする空間の現出!!

no86の告知

廣中直行さんの研究は、どこまでいってしまうのだろうか。

「あそび工学研究会」の第4回。科学技術振興機構・下條潜在機能プロジェクト・プロジェクトマネージャー・廣中直行さんをゲストスピーカーにお呼びした。「ひとはなぜハマるのか」を切り口に、あそびとの関係でお話してもらおうと思ったら、先生の研究は、もっとずっと先まで進んでいて、聞いていて興奮の連続だった。この研究会、いよいよ面白くなりそうだ。

場が励起する「speak、talk、 and think」

「三鷹天命反転住宅」にて開催された「トポロジル・トーク・セッション」無事終了しました。パネリストの先生方ならびに観覧者の皆さん、また、場所を提供していただい たABRFのスタッフの方々および『談』発行元のTASCの皆さん、ごくろうさまでした。正味5時間の白熱した議論。いくつも仮説が飛び出し、身体への新たな見方が提出され、まさにこの場所だからこそなしえたディスカッションだったと思います。トポスの力。ランガージュは場所の励起が生み出すものだということを、今回のトーク・セッションであらためて確認しました。常にそのランガージュの先端に向って耳を開くこと。そして、身体を開くこと。『談』は、これからも「speak、talk、 and think」に拘り続けます。今回のトーク・セッションは、『談』no.86特集「エンボティメント」10月末発行に収録予定。楽しみにお待ちください。

おかげさまをもちまして定員に達しました。

お知らせです。
『談』公開連続対談「トポロジカル・トーク・セッション」、おかげさまをもちまして定員に達しました。
参加応募は7月6日(月)をもって絞め切りとさせていただきます。多数のご応募ありがとうございました。
なお、空席待ちになりますが、10日(金)23時まで若干数応募をいたします。キャンセルが発生次第、順番に繰り上げいたします。
すでに予約されている方でキャンセルされる場合は、10日(金)23時までにご連絡下さい。


トポロジカル・トーク

「三鷹天命反転住宅」アクセス

山田規畝子さんの「自分で自分の身体を意識する練習」とは。

神戸文化ホールで開催された「第10回日本認知運動療法研究会学術集会」に参加した。ちょうど2000年第1回の大会がやはり神戸で開かれたが、その時の会員は200名。それが今年、2000人に膨れ上がったという。申し訳ないけれど、小さな集会程度と思っていたので、ホールエントランスをうめつくす人々に、正直たいそう面食らった。会場ではじめて宮本省三さんにおめにかかる。挨拶を交わし、いざホールへ。学術集会長・高木昭彦さんの話のあと 、『壊れた脳 生存する知』の著者・山田規畝子さんの招待講演。その後、パネリストを交えディスカッション。認知運動療法の体験者でもある山田さん。高次機能障害を当事者の側からその世界を語り、また、認知運動療法のリハビリを受ける側から語る。とくに、ディスカッションでは、山田さんは左半身に麻痺があり、それまで左を無視する生活が続きイヤなことも体験された。それが、リハビリの過程で、自分で自分の身体を意識する練習を重ねることで、身体の左側が自分であることを獲得していく。今まで自分のものでなかった身体の半分を、自分の身体として意識できるようになっていく、そのプロセスをまさに生きる身体として語るその姿に、僕は驚かされた。認知機能における右と左の問題、これは自然界における対称性の崩れの問題に直結する。すごく密度の高いディスカッションになった。昼食後、講師控え室で河本先生と宮本先生で12日の件の打ち合せ。一般演題(ポスターセッション)会場に行ってぶったまげた、ものすごい人なのだ。それも学生が多い。こういう若い連中が今リハビリの現場で研究と実践に励んでいるのか。今、知というものはどうもこいうところにあるらしい。午後にもう一つ「我々の臨床は変革できるのか」というシンボジウム。そして。本日のフィナーレを飾ったのが河本先生の映像+パフォーマンス作品。認知の樹プロジェクト「ディア・インディヴィジュアル」。レセプションパーティーで、パフォーマンス(朗読)で参加された人見真理さんを紹介していただく。『現代思想』別冊「メルロ・ポンティ」特集で「「ゼロのキネステーゼ」 までに 脳性麻痺児の身体」を書かれた女性。いずれ河本・人見対談を実現させたいと思った。学術集会は明日もあるのだが、僕は最終で帰宅する。

「トポロジカル・トーク・セッション」のタイムテーブル発表

■7月12日 公開連続対談「トポロジカル・トーク・セッション」のタイムテーブル発表

12時開場

13時 開催の挨拶

13時5分〜14時25分
 ●セッション1[近さと経験] 
 河本英夫(東洋大学文学部教授/システム・デザイン)
   ×
 柳澤田実(南山大学人文学部キリスト教学科准教授/哲学・倫理学、宗教学)

休憩+「三鷹天命反転住宅」の説明(15分)

14時40分〜16時
 ●セッション2[私はどのように動いているのか…運動・予期・リハビリテーション]
 宮本省三(高知医療学院学生部長、日本認知運動療法研究会会長/理学療法士)
   ×
 河本英夫(同上)

休憩(10分)

16時10〜17時30分
 ● セッション3[からだのなかにヒトが在る…動物・暴力・肉体] 
 稲垣正浩(21世紀スポーツ文化研究所主幹研究員)
   ×
 柳澤田実(同上)
 
17時30分 終了の挨拶

その後懇親会会場「吉祥寺 sound caf? dzumi」へバスにて移動

連続対談の会場「三鷹天命反転住宅」とはどんなところか。

『談』公開連続対談「トポロジカル・トーク・セッション」が行われる「三鷹天命反転住宅」とはどんなところか。なにを隠そう今回のトーク・セッションは、この場所でやることに大きな意味があるのです。
「三鷹天命反転住宅」とは、正式名称を「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」といいます。
芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによって設計された、全部で9戸からなる集合住宅。瀬戸内寂聴さんが「極彩色の死なない家」と称したように、外装内装に14色を使用し、球体や立方体が組み合わされた誰も見たことのないような形態が目を引きます。何よりもこの建物の大きな特徴は、訪れた人の身体を揺さぶる感覚が、人間の持つ可能性に気づかせてくれることにあります。とにかく内部空間が面白い。この特異な内部空間をめいっぱい使って、物理空間に負けないような言語空間を創造する、それが今回のもう一つの狙いなのです。
「三鷹天命反転住宅」

イエス、アスリート、そしてバタイユの夜。

鷺宮の21世紀スポーツ文化研究所へ。1時間30分以上遅くなったことをわびる。さて、まずは乾杯。さっそくタイムスケジュールをみながら、内容の検討。先生は、とにかく対談のお相手の柳澤女史にえらく感激している。さっそく送っていただいた論文とともにいただいメールになんて書いてあったと思います?「「イエスは十字架に磔になったあとボールになったのではないかと考えています」さらに、「イエスを、ある種の、アスリートとして語り直すことが目下のわたしの目標です」というんですよ!! この一言でこの女性はとんでもない人だと思いましたよ。がぜん対談が待ち遠しくなってきたと続けるのである。おう、それは、良かった。たぶん、先生が期待する以上に、ぶっ飛んだ対談になるでしょう。何よりもそれを愉しみにしているのは企画者である僕ですから。それから、先生の出された会報『IPHIGENEIA』とその巻頭を飾る鼎談の話。銀座・文藝春秋画廊で開催された「柏木裕美・新作能面展」のオープニング・イベント、西谷修さん、今福龍太さん、稲垣正浩さんの鼎談が採録されているのである。今福龍太さんをじつは「三鷹天命反転住宅」の管理人にしてABRFの社長本間さんがとても敬愛していると伝えると、だったら今福さんを誘い出して、「反転住宅」でイベントをやろうよ、と話は勝手にどんどん広がっていく。ぐるぐる観念宇宙をめぐりいつのまにか「セックスとスポーツこそ身体論の最大のテーマである」という結論に落ち着いていたのである。

血液がドロドロ/サラサラ……、どうしてこんなウソがまかり通るのでしょうか。

東京大学生産技術研究所教授・渡辺正さんは言います。「酸性食品/アルカリ性食品というのがあるでしょう。この概念も用語も日本にしかないんです。科学的根拠はゼロ。そもそも大正時代に阪大の医学部の某教授が学会の口頭で行った発表で「うなぎに大根おろしをしこたま食わせたら血液が酸性に傾いてうなぎがおかしくなった」と言ったんですが、それが発端(笑)。だいだい血液のpHは7.40±0.02。7.20になったら昏睡状態になっちゃうくらいですから、食べもので体内のpHがかわるなんてことは絶対にありえないことなんです。なのに、そんな80年前の発表が生き続けているわけです。血液がドロドロ/サラサラは本当かって? そんなのあるわけないじゃないですか」どうも、わが国には、健康絡みのウソ、デタラメがまかり通っているようです。
この発言を含む帝塚山大学心理福祉学部教授・中谷内一也さんとの対談「なぜ人々はゼロリスクを願うのか」が、『TASC monthly』にいずれ収録しますが、今回はそのブレビュー。

休憩時間に、屋上に上がれるといいかも。

「三鷹天命反転住宅」へ。ABRF(荒川修作さんの東京ブランチ)の担当者の案内で会場になる部屋を視察。この部屋は前回行った見学会の対象となったところ。どこで講演してもらうか、観覧者はどこにすわるか、などを打ち合わせる。夏なので裸足がかえって気持ちが良いかもしれない。なにせ、ゆかはでこぼこのたたきですから。ただ、30人近く集まると、人いきれですごいんじゃないか。長時間になるので、途中換気が必要だろうと具体的な話。おそらく対談は、部屋の中央に配置されているキッチンテーブルでおこなわれることになりそうだ。キッチンでディスカッションって、かっこよくないですか。1階事務室でタイムスケジュールに合せて検討。ひとつ重要な案件としてはトイレ問題。会場となる部屋にはトイレが備えられているが、そこでようをたすことはかなり勇気がいると思う。どうしてかは、実際にトイレを体験してもらはないとわからないので、ここでば言わない。一つの解決策としては、掃除機の音で音をかき消すこと。???、なんかすごいでしょう。前回の見学会では雨だったためにのぼらなかったが、今日は天気なので屋上に上がる。屋上緑化が施されていて緑もあり、遠く調布や三鷹、吉祥寺まで見渡せる。ディスカッションの当日は、休憩時間に屋上にあがれるようにしようと提案。

「あそぴ」をその根源にまで溯って究明してみたい。

品川のバンダイ・ナムコへ。ここの「人類あそび研究所」を訪ねる。『談』no.78「〈遊び/愉しみ〉のコミュニケーション」でインタビューをさせていただいた小川純生先生からの紹介。小川先生も加わって、何か面白いことを始めようということでお呼びがかかったのだ。先方の研究員の趣旨をお聞きする。僕の問題意識と激しく共鳴するので、二つ返事で同意。実際に何をやるのか、まだまったく見えないけれど、「あそび」に関する根源的なアプローチを開始することだけは確か。僕としては、世の中に五万とある遊びを、とりあえず片端からリサーチして緻密に分析してみたい。おそらく『談』の企画とも重なることも多いと思う。いいシナジー効果が得られればなおよしだ。

「三鷹天命反転住宅」において、「トポロジカル・トーク・セッション」開催!!

■『談』公開連続対談「トポロジカル・トーク・セッション」のお知らせ
7月12日 (日)「三鷹天命反転住宅」において、「トポロジカル・トーク・セッション」
「脳の中の身体、身体の中の脳、そしてその融解する界面へ」を開催いたします。
●セッション1[近さと経験] 
河本英夫(東洋大学文学部教授/システム・デザイン)×柳澤田実(南山大学人文学部キリスト教学科准教授/哲学・倫理学、宗教学)
●セッション2[私はどのように動いているのか…運動・予期・リハビリテーション]
宮本省三(高知医療学院学生部長、日本認知運動療法研究会会長/理学療法士)×河本英夫(同上)
●セッション3[からだのなかにヒトが在る…動物・暴力・肉体] 
稲垣正浩(21世紀スポーツ文化研究所主幹研究員)×柳澤田実(同上)
■入場料 無料  
■定員 30名 先着順(定員に達し次第締め切らせていただきます)
■対談終了後「吉祥寺 sound caf? dzumi」にて懇親会を行います。
参加料 2,000円(つまみ付)  ドリンクは別料金になります
■受付 メールにてお申し込み下さい。
入場希望日をお書きの上、お名前、ご連絡先、懇親会参加の有無を明記して→oubo@dan21.com へ

トポロジカル・トーク

トポロジカル・トークの裏

山本光洋さんとコ・ジェギョンさんの不思議なパフォーマンス。

11月末から始まる企画展示の図録をつくることになって、その打ち合わせをする。デザイナー候補がMさん。エディトリアル的に図録するのなら、うってつけだ。それにこのテーマにきっと反応するはず。Mのスタッフのみなさんもいい感じのひとたちばかり。やり始めるとモーレツ大変だけれど、面白い仕事になりそうだ。終了後現在会期中の「万華鏡の視角」を鑑賞。大急ぎで見て回って(といってもレシーバーで解説をしっかり聞いてしまった)、急いで次の場所、両国へ。シアターXで始まった「第5回国際フール祭」を観劇するため。『TASC monthly』に寄稿していただいたアフター・クラウディ・カンパニーの大島幹雄さんからお誘いを受けたので。どんなものか見たことがなかったが、結論から言えば、とても面白かった。僕の見た演目は、「1+1」パントマイム、大道芸、役者をこなす山本光洋とパントマイマー、コ・ジェギョンの二人によるコメディ。旅の途中で出会ったちょっとした出来事がとんでもない事態へ発展していく。行為、動作、感情のズレがなんでこうなるの? という結末へ雪崩れのごとく収束していくさまは、二人のシャープで緻密な構成力があってこそなしえること。最後には、かなり本気で笑いころげてしまった。終演後、大島さんにお礼のご挨拶。今度は、エンタメの講師としてお呼びしよう。帰りに駅のそばの「やよい軒」という御飯屋に入る。なんと宮崎県の「冷や飯」なんてメニューがあるではないか。氷入りの豆腐の味噌汁に、アジをほぐし、ごはんと一緒に入れる。それをレンゲですすりながらいただく。蒸し暑くなりはじめた今の時期にふさわしい御飯。

「カワイイフタリ」は魔法のプリクラマシーン

12時に下北沢で斎藤さんとカメラマンの秋山君と待ち合わせ。「かわいいまちづくり」の「和のテイスト」の店を探る。駅の近くににみつけたが、2階で入りずらい。とりあえず、もうひとつのキーワード「ナチュラルかわいい」の探索へ。ちょうどいい路地にありました「naturallaundry」。そのあと、南口にもあるというので斎藤さんにナビしてもらって「和」の店へ。しかし、店は無くなっていた。そのかわり最新のプリクラ機を発見。「カワイイフタリ」は、プリクラ画像の自分をもっとかわいくしてしまう秘密の装置つき。目を120%大きくするなんてほんの序の口に過ぎなかった。なんと……、恐ろしくって書けません。原稿をお願いした香山リカさんの言うとおりになっていたのでした。さらにぷらぷら探す。北口側にアンティークのような雑貨屋のような店の奥に「和」を発見。これはバッチリ。撮影の許諾をいただきさっそくパチパチ撮る。そのあと駆け足で、秋山君と国際フォーラムへ。ありましたよ、移動屋台が、7店舗も。すべて撮影、終わって14時。その一つアジア食堂のぶっかけ御飯を注文。13時を過ぎると100円引きだ。トムヤムクンが美味かったです。

知そのものに喜びを見出す人。

エスタシオン・カフェで柳澤田実さんに面会。7月のイベントの打ち合わせ。萱野さんが言っておられたとおりの才女でした。仮説をポンポン出して、どんどん検証していく。PCを立ち上げて、レンブラントが、じつは当時の教会権力の構造を、登場人物の布置によって表現していたことを発見した、と熱く語り出したのには驚いた。こういう、知そのものに喜びを見出す人がいるというだけで僕もうれしくなる。それとなにより、『談』のかなり古くからの読者だったということがわかって、それもうれしかった。7月に予定しているイベントが、ますます楽しみになってきた。

フーコーもルジャンドルも、そしてラカンさえも……

佐々木中さんにインタビュー。Tシャツ短パンにキャップ。いよいよ、こういうアカデミシャンがでてきた。いいことだ。しかし、思想的強度はそこらの教科書だけ読んでお茶をにごしているインチキ学者よりよほどすごい。で、話が始まった。この人、言葉が発せられるととたんに表情がどんどん変わっていく。大声で顔を真っ赤にして喋ったかと思うと、蚊の鳴くような声になったり。鋭い眼差しでにらみつけたかと思うと、仏様のような柔和なお顔になったり。身振り手振りが加わって、まるで舞台俳優のようだ。シアトリカルなデンケンって…、と思ったけれど、佐々木さんに限ってはそれは好感度になる。彼にかかるとフーコーもルジャンドルも、そしてラカンすらこれまでの評価は一変してしまう。今まで五万という人間が語り、批評し、論究したきたはずなのに、そのどれとも違うフーコーやラカンやルジャンドルになる。五万の人間たちは、いったい何をみていたのかと思うほど。「ちょっとむりやりな企画だとは思ったんですが」とあらかじめことわると、「そうですね」っ薄笑いをうかべていたのに、いざ始まってみれば、むりやりどころか、ほとんどストライクゾーンに直球だ。やはり、佐々木さんのインタビューを最後にもってきてよかった。とこれは、『談』の次号特集「生存の条件」に収録されます。

物事の本質に切り込まれると、人はただただ狼狽えてしまうものだ。

稲垣正浩先生の主宰する21世紀スポーツ研究所へ。『談』の特集企画の相談。仮目次を見せる。稲垣先生とあるスポーツ社会学の先生との対談を企画したのだが、稲垣先生難色を示す。「彼はぼくの顔を見たらきっと逃げ出すよ」と。そうか、そういう関係だったのか。スポーツ学の周辺では、稲垣先生はとても恐れられているらしい。要するにこうだ。稲垣先生は、どんな状況でもスポーツの本質にずばり切り込んでいくからだろう。スポーツの専門家であれぱあるほど、それが怖いにちがいない。しょうがない、もう一度一から構成を考え直そう。

パターナリズムの正当化原理の検証から「動物化」問題へ。

tascにて企画編集会議。『談』no.83の二つのインタビューと一つの鼎談の内容を整理して報告する。それをもとに、editor'snoteの説明。beforeでは「余計なお世話」、「おせっかい」として忌避されるパターナリズムを、主に干渉の理由と関連付けて分類し、侵害行為、不快原理、道徳原理(モラリズム)とのつながりから概説する。その後、今回の特集の企画意図とそれぞれのインタビュー、鼎談の問題意識をすり合わせて、導入部分にする構成案の説明。afterでは、まず、パターナリズムの法的介入の正当性を明らかにし、「法と経済学」における反パターナリズムから行動心理学的「法と経済学」の反-反パターナリズムが出てくる背景を、主に近代経済学の「合理人仮説」の是非から説明する。次に、ソ−シャルワークの現場でのパターナリズム的実践という現実に定位して、パターナリズムの正当化原理を検討。さらに、バイオテクノロジーの進歩がパターナリズムとどう交錯するかを考察し、リスク社会化の中で急速に進む「アーキテクチャー」による管理を批判的に検討する。そして、今後の問題として、パターナリズムが「動物化」と結びつく現状を検証する。editor'snoteで展開した行動心理学的「法と経済学」、「アーキテクチャー」、「動物化」の諸問題は、no.84の特集「真逆のセキュリティ?!」で引き続き議論することになる。

三鷹天命反転住宅を「内部観測」する

『談』no.79でインタビューをさせていただいた稲垣正浩先生やアーティストの木本圭子さん、そして弊社および周辺の人たちが集まって、三鷹天命反転住宅を見学する。三鷹からタクシーで大沢までお願いしますというと、「住所わかりますか」というので、黄色や青の派手な色で丸とか四角とかの家で、と応えると、「あ〜、あそこね」と了解する。地元では有名なのだろう。101号室が事務所。Architectural Body Research Foundation(ABRF/荒川事務所)の本間さんと松田さんにご挨拶。見学会のことと、公開トークショーのお願い。実現の方向で検討してもらう。
まず空室になっている3階を見学。そのあと、実際に使用している例として事務所を見学する(ABRFはこの集合住宅の大家さんなのだ)。
キッチンを中心に、その周囲にスタディルーム、畳の部屋、四角い部屋、シャワーとトイレ室が囲む間取りになっている。スタディルームは球体で、中央に立って声を出すと、自らの声が拡散し、壁に反射、逆に収束して自分の身体にダイレクトで入ってくる。無音と自らの発生するノイズを同時に聴く。あらかじめ写真で見ていたのだけれど、この身体感覚は視覚情報としては絶対に伝わらない。
床がすべて三和土のようになっているのも面白い。つまりゆるやかにでこぼこしているのだ。稲垣先生のご実家はお寺なので、子供の時、毎日三和土を箒ではいていたというが、そうするとだんだんこの床のようにできぼこになっていくのだそうだ。まさに、正真正銘の三和土の床である。これも写真でみる限りまったくわからなかった。イメージでは、健康サンダルのようなものを想像していたのだが、実際にはだしで歩いてみると、妙に心地よい。始終からだを揺らしている感じ。実際、ここの一室に住んでいる若いお母さんは、赤ちゃんを抱っこして立っていると、いつのまにか身体を揺らしているのに気づいて驚いたという。身体を揺すってみたくなる床なのだ。
天上にはたくさんのフック。ここはいろいろなものをぶる下げるようになっている。1ヶ所、つり輪が2本あった。荒川事務所がつくったもので、これにぶら下がるととても気持ちが良かった。必死につかまっていると、稲垣先生に、もっと力をぬかないとダメ、といわれてしまった。稲垣先生は、もと体操の選手。今は太極拳をなさっている。黙って見ていられなかったにちがいない。しっかりつかまって、でも、腕から下は死体のようにダラーンとしないといけない。100kgの過重にも耐えられるというつり輪に、言われるままに死体となってみた。うん、もっと気持ちいい。
円形の畳の部屋は、三角の畳(3畳)を中心に窓際が玉砂利、入り口は板張り。腹ばいになってみると楽しい。茂木健一郎さんは荒川修作さんとの対話の時、ここで腹ばいになってスパゲティを食べると面白いよといわれたらしい。さすがに、茂木さんもリアクションに困ったとか。こういう具合に、うつ伏せになったり、仰向けになったり、しゃがんだり、背伸びをしたり、走りまわってみたり、あらゆる身体行為をこの空間は誘発する。そして、それが繰り返されると、いつのまにか身体の何かが変わっていく、ような気がするのだ。土方巽が生きていたら、この場所に踏った瞬間、1本の老木に変身したにちがいない。
人間の身体から、動物の身体へ、さらには機械の身体へ。身体自身がディスクリートに変容していく。そういう身体知覚を、この空間は経験させてくれるのだ。そして、その経験はダイレクトに意識それ自体に働き掛ける。認知のシステムが揺さぶられるのである。意識変容というと何かオカルティックに聞こえるけれども、一瞬前の認知と現在ただ今の認知が、確かにズレをおこしているな、と感じ取れるのである。「あっ、変わった?!」っていう感じで、まさに意識変容である。 行為が認知に働き掛け、その小さな変化した認知が、行為そのものを組み換える。身体がギアチェンジするという経験。身体と空間が一緒になって、空間全体を拡張したり、退縮させたりするのである。
たった2時間程度ここにいただけで、これだけのことが起こるのだから、実際にここに住み続けている人たちは、いったいどうなってしまったのだろうか。いや、外見上はまったく普通の人たちなのだろう。しかし、中身は……、う〜ん、ありそうな話だなぁ。少なくとも、この空間は外からいくら観察してもわからないことは、永遠にわからない。内部へ、その中に身体丸ごと入り込まなければ何もみえないのだ。その意味で、徹底的に「内部観測」の場所である。
「天命反転住宅」に身体を踏たたせてみる。そして、ゆっくりと身体を住宅へと裏返していく。手袋を裏返すように、空間へどんどん身体をめくっていくのだ。その過程で、表と裏が逆転した身体を、今度は、住み家がたたんでいく。どんどんどんどん小さくなっていく。そういう認知操作のプロセスを数回行うと、いつのまにか、身体が、空間と一体となった認識主体であることを、また、空間がそうした認知システムの差分的変化だということを、まさにからだ=自己身体で感覚・知覚できるのである。なんという恐ろしい場所!  荒川修作おそるべしだ。
というわけで、見学(内部観測)後、事務所でフリートーキング。ちょうど見学会の間だけ雨だったようだ。天気なら、光が部屋にさしこんできて、これがまた微妙に陰影をつくり出して、それも見てもらいたかったと松田さんは残念がる。ここには、さらに光が、ゲーテ的光学装置を介した光のシステムまである!
稲垣先生と木本さん宮崎君と僕は、そのあとdzumiへ移動。 桃山晴衣さんの訃報、その追悼のための音楽がかかっていた。土取さんの奥さんだったこともあって、dzumiとは縁が深かったのだ。
稲垣先生をかこんでいろいろ楽しい話をした。木本さんが今福龍太さん主宰の奄美自由大学に行ったというと、稲垣さんがびっくりする。みんな、ちょっとづつつながっているのである。気がつくとワインを4本も開けてしまった。そして最後は、結局みんな変態だね、ということで一致。世代を超えたへんな集まりになった。
三鷹天命反転住宅↓
三鷹天命反転住宅

人間50歳過ぎると、また高校生にもどっていくようだ。

じつに、30うん年ぶりで、高校の友人たちに会う。なんか、昔とおんなじ感じになっている。というか、みんな、結婚して子供も成人(孫がいるなんて人も)。手がかからなくなると、知らず知らずのうちに若い時の自分に戻ってしまうのかもしれない。エーさんやシーさんをみていると、女の子にその傾向が特に強いように思われる。端的に気取りが抜けて、子供っぽさが出てしまうから?  あと、妙におばさんくさくなるということもある。人が話しているのに、まるで聞かずに話し出す。お互いに好き勝手なことを話していて、かみ合っていない、でも、それでいいみたいな。関西人化するってことか?  おそらく、大人としての配慮や分別がなくっていくのだと思う。もちろんそれでぜんぜんいいんだけれど、面白いなぁ。あのツッパリのヤーくんがフツーのおっさんになり、アンパン小僧(なんのことかわかります?)でクスリやってて酒とモクの日々を送っていたイー君は、たばこ以外は一切絶って、聖人君子のような人になってしまった。今では司法書士。法の下の番人(ちょっと違う?)である。世の中わからないものです。とはいえ、僕的にうれしかったのは、かなりの人たちが、まだ喫煙現役組ということ。たばこを吸い続けている人の方が、ずっと愉しくにこやかに生きているみたいだ。

われわれは善悪中毒にハマっている。

今年で12回目「ルネッサンス・ジェネレーション08 決断なき自由-情動の現代-」に参加する。イントロダクションで、そもそも情動とは何か、なぜそれが今問題になるのか、下條信輔さんが丁寧に解説してくれた。「制御と自由は時間軸上で棲み分けする」というプレディクション/ポストディクションの話は面白かった。池谷先生が言っていた意識より早い発火のことだ。これは、お終いの総合討論で、大澤真幸さんの発言をきっかけに、再び議論になった。しかし、いつものことだけど、タナカノリユキさんは、ぜんぜん面白いことを云わないですね。 田中宇さんは、5年ぶりの参加。陰謀説が再び火を吹く。「対米従属から自由にならないとほんとやばいぞ」って持論を展開。なぜなら、すべては陰謀だから。善悪中毒、アメリカの自滅主義、隠れ多極主義というキーワードで国際関係を読み解く。大いなる誤読かもしれないし、噂の真相かもしれない。ユダヤ陰謀説をはじめ、あまり陰謀理論にはシンパシーがもてない僕でも、田中さんの話は面白い。騙されてみるのもいいかもって、いう感じ?  それにしても、大澤さんが、田中さんが実在していることに驚いたという発言に会場が湧いた。宇という名前が、宇宙を想起するのでネット上のバーチャルな存在かと思ったという。大澤さんって丹生谷さんとの対談でもそうだったけれど、固有名と実在ということに、ものすごくセンシティブな反応を示す。
さて、大澤さん。今回のレクチャーははおそろしくわかりやすかった。自由は本質的に社会現象にすぎない、この極度の閉塞状態のなか(第三の審級の不在の時代)、自由の概念を変換する必要があるという提言は、説得力のある議論だった。自由意思?因果関係という図式は、意外に一般には共有されていないのではなかろうか。時間と意志、時間と自由という切り口から展開できる可能性がありそうに思った。
総合討論で、環境保護の嘘をもっと掘り下げてほしかったが、パンフレットのそのページにIBMが環境の大切さを訴えているのからもわかるように、これはスポンサーへの配慮なのかもしれない。終了後のフロアからの質問には、いつものことながらあきれる。なぜそんなことを聞くのかと思うようなことばかりをみんな質問する。それに、いちおう丁寧に応答するパネリストのほうに頭が下がる。昨年より、10倍くらい面白かった。

密息、循環呼吸による虚無僧尺八演奏は生死の間へ誘う

四谷の紀尾井ホールへ。中村明一さんの第15回リサイタル「中村明一虚無僧尺八の世界  京都の尺八 I 虚空」を鑑賞。もう何年も前から、招待状を送ってもらっていた。オフィス・サウンド・ポットの慶野由利子さんとは、おそらく白桃房関係で知り会ったと思う。が、さだかではない。やっと行くことができた。舞台にしつらえた壇上に正座をして、1曲づく全霊を傾けて吹く姿に感動する。密息、循環呼吸による演奏は、息を飲むものがある。笠井のダンスを観る時のような感覚が甦ってきた。覚醒しながらまどろむ、いや微睡みつつ覚醒するという方が正確か。半死半生のような状態で聴き続けた。面白いコンサートだった。
中村明一さんの虚無僧尺八の世界

トンネルという肉体の過去・現在・未来

ARICA第14回公演「キオスク・リストラ」を観る。今年の9月ニューヨークのJapan Society の企画「BEYOND BOUDARIES:GENRE-BENDING MAVERICKS」のオープニングとして上演された作品の、帰国公演。キャスター付きの椅子に座ったまま移動し、左右の壁に長いゴムを結びつけ、その伸縮を利用して飲み物と新聞を売るという行為が1時間の中でたんたんと行われる。主役を演じるのは安藤朋子さん。転形劇場に所属していた時に、何度かその演技は見ていた。その後、20年以上ご無沙汰をしていた。今回、キオスクの店員役で現れた時には、「あっ懐かしい!」と思い、同時に、年齢とは全く別の形で肉体というものは更新していくものなのだということを強烈に感じた。もちろん演技の成熟もあるだろうし、経験の堆積による表現の豊かさもあるだろう。しかし、僕の目の前にいる彼女の肉体は、そんな自分史の進化論を乗り越えて余りあるものだった。それは、あえていえば「肉体の自己超出」だ。幾重にも重なり合う情動と感情、行為が労働へと集約していく社会というものを、切り捨てながらつくり続けていくそういうねじれた肉体。20年間というトンネルの入口と出口は、僕にとっては終りの始まりであり、始まりの終りだったのだ。安藤朋子というトンネルに素朴に驚いた。労働というものが、あるいは演劇というものが、すでに自らの姿を映し出す鏡となっているということに、素朴に驚いたのである。なぜ、僕は芝居を観るということから遠ざかってしまったのだろうか。少なくとも、安藤朋子という肉体を再び僕はみ続けることになるだろう。
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