リサーチ

『日本で最も美しい村』連合に加盟する町村を実際に訪ねてみようと思う。

『city&life』の企画委員会。次号の特集は、「美しい町と村」で変わる「都市」。「Les Plus Beaux Villages de France(フランスの最も美しい村々)」協会の活動をお手本に始まった「『日本で最も美しい村』連合」(NPO法人)に加盟する18の町村を紹介しようというもの。全部はもちろんムリなので、そのうちの代表的な町村を実際に訪ね取材する。
「『日本で最も美しい村』連合」には、どこの町村でも加盟できるわけではない。基準が設けられている。その基準とは…抄瓩旅饑調査による人口が、概ね1万人以下であること、⊃邑密度が1平方kmにつき50人以下であること、次に定める地域資源が2つ以上あること「景観……生活の営みによりつくられた景観のコト」「環境……豊かな自然や自然を生かした町や村の環境」「文化……昔ながらの祭りや郷土文化、建築物など」。したがって、オンリーワンの個性を持つ「村」に絞られることになるわけだが、今回は、北海道美瑛町、山形県大蔵村、長野県大鹿村の三つの町村をじっくり取材してこようと思う。


赤羽、けっこう好きかもしれない。今度ちゃんとサーベイしてみよう。

赤羽岩淵改札でYuこりんと待ち合わせる。イラストレーターのヨシムラヨシユキさん宅へ。荒川沿いの高層マンションの11階。荒川沿いでは今週末に桜祭りが催されるとあるが、残念ながらまだ蕾。お邪魔すると、いきなりお子さんがハモニカで迎えてくれた。とても元気な子だ。クライアントの修正案を伝える。嫌がられるのではないかと内心ドキドキしていたのだが、にこにこ笑いながら「いいですよ、わかりました」「じゃ、こんな感じですかねぇ」と真摯に対応してくれる。全部伝えると、「思ったほどではなかったですね」とこれまたうれしい返事。しかも、ラフの上がりは金曜だって。はやっ! あとは上がりをまつだけ。でも、ヨシムラさんはすごく巧い。デッサンがしっかりしていて、動きもじつに巧みに表現する。聞くと、専門の教育は受けたなくて、もともと農協に勤めていたんだそうだ。いたずら書きが高じて、「こうなっちゃいました」と屈託がない。こういう人は、大事にしたい。
赤羽の一番街をぶらぶらする。朝の9時から飲める有名店「まるます」に入る。うわさどおりみなさんすでに楽しそうに飲んでいるではないか。男同士はもちろんのこと、若いカップルや熟年夫婦、どう見ても20代の女の子二人組もジョッキを傾けている。まだ、11時30分だぜ。となりのユニフォーム姿のあんちゃんたちはお茶を飲んでいたのだとばかり思っていたら、日本酒だった。最後に〆で鰻茶なんて頼んでいるし。それにしてもつまみだけで100種類近くあるんじゃないだろうか。僕らは食事だけだったけれど、そういうランチのお客も常連客もまったくわけへだてなく扱ってくれるところがうれしい。赤羽、これはちゃんと歩いてみないとダメですね。まちづくりの視点で、今度しっかりサーベイしてみよう。

有機農法は、日々進化しているのだ。

「美味しいまちづくり」の取材で愛媛県今治市へ。松山空港からバスで松山へ。そこから列車で今治駅。市役所に行きがてら居酒屋風の店で昼食。手作りの地産地消っぽい店。もう最後だといわれたが、つくしをいただく。市役所へ。今治市企画振興部企画課・政策研究室長・安井孝さんにインタビュー。とても自由な人だ。禁煙の狭い部屋で、それをまったく無視して紫煙をくゆらせる。しかも、ひっきりなし。じつに自由かつ豪快な人だ。「食料の安全と安心供給体制を確立する都市宣言」をし、「今治市食と農のまちづくり条例」までつくって、「地産地消」の普及に努める今治市。生産者と行政がじつにいい感じでタッグを組んで取り組んでいる。一緒に取り組んでいる地産地消推進室・渡辺敬子さんのPPのプレゼンを見た後、彼女の運転でJAの農産物直販センター「さいさいきて屋」の2店舗をサーベイ。そのあと、有機産物の生産にいち早く取り組んだ今治市のキーパーソンの一人、愛媛有機農業研究会会長・長尾見二さんに彼の畑でお話をうかがう。途中から息子さんもやってくる。有機栽培といっても、化学肥料全盛時代以前に戻すというわけではなくい。あくまでも、化学肥料を乗り越えての使用なのだ。有機栽培自体が常にデベロップしているということを始めて知った。米などは、田植えをしてあとは刈り取るまで何もしないなんてこともあるのだ。雑草の真ん中で真ん丸と結球したキャベツなども見せてもらい、ぼくは心底驚いた。雑草を抜かずにほったらかし、なのに虫がまったくつかないのだという。有機農法は、日々進化しているのである。いろいろ認識を改めなければいけないなと痛感する。

ひとりでいると、小指がもえるって、どういう現象だ?!

まったくの個人的な趣味で、昭和歌謡の歌詞を調べている。毎回いろいろ驚くことがあるのだが、今日は伊東ゆかりの「小指の想い出」。「あなたが噛んだ 小指が痛い 昨日の夜の 小指が痛い」はそらでも歌えるが2番は知らなかった。「あなたが噛んだ 小指がもえる ひとりでいると 小指がもえる」とあるのだ。萌えるではなくて燃えるだろうが、想像するに大変意味深い歌詞だ。このあとに「そんな秘密を知ったのは あなたのせいよ」とくる。有馬三恵子さんの作詞だけれど、こんな歌詞が昭和42年第9回レコード大賞「歌唱賞」を受賞してしまうのである。その前年紅白に初出場した城卓矢が歌ったのが「骨まで愛して」。「生きているかぎりは どこまでも 探しつづける 恋ねぐら 傷つきよごれた わたしでも 骨まで 骨まで 骨まで愛してほしいのよ」。当時小学生だったぼくは、通学中によく鼻歌で歌っていたけれど、あらためて聴いてみると、とんでもない歌詞だ。なんてったって、骨ですから。で、誰が作ったのかと思ったら、なんとまあ川内康範先生でした。驚いたのは川内先生、じつは月光仮面の原作者でもあるんです。

webの乱用は注意が必要たが、いいことだっていっぱいある。

ネットでググって、企画書つくったり、小さな原稿を書いたり、なんてことをじつはぼくもよくやっている。反省しなくちゃいけないなと思いつつも、悪いことばかりではなくて、いいことだってあるのだ。スポーツ関係のことをいろいろ調べていたら、面白いことを言っている人がけっこういることを発見した。たいがいそういう人たちは、ネット上でも論陣をはっていたり、テキストを公開していたりする。スポーツ社会学学会や雑誌「スポーツ批評」などというものをベースに、刺激的な議論が交わされていることなど、ネットがなければたぶん知らずにいたと思う。今後、『談』などでそっち系の人たちが出てくる機会がふえると思いますが、ネットのおかげですんで。素直に感謝してます。

モルフォロジー科学の可能性とウォディントンの閃き。

機能から形態へ。モルフォロジー科学を復活させる意味はどこにあるのか。ぼくの仮説はこうだ。たとえばクルマは、止まる機械という見方がある。確かに、走り出したら止まらないでは困るのであって、走ることを目的にしながらも、止まることができなければクルマとはいえない。クルマは制御の機械である。しかし、これは半分しか正しくない。クルマは当然のことながら、走る機能を特化させて機械でもあるからだ。見方が違うのである。機能から見る限り、こうした混乱は常に起こりうることである。現に走っているただ中で止まることはできないし、またその逆もない。それは、機能から見ているからだ。
形から見てみよう。走っているクルマを写真に撮るとする。写真という静止画のなかでは、クルマは止まっている。静止画像のクオリティを上げていけば、ますますそれは確かなものになるだろう。静止画のなかのクルマは、走っている=動いているのか止まっているのか、厳密には判別できない。おなじことは、たとえばサッカーのフェイント。ロナウジーニョの足下にボールがきたという場面を写真に撮った。彼は、トラップをし、次の動きを始めようとしているかのように見える。ところが、実際は、その一瞬後、彼はダイレクトで見方にパスを出したのである。切り取られた写真を見る限り、トラップをしているようにしか見えない。機能から推論するから、ロナウジーニョはフェイントの魔術師になる。
形から考える意味は、まさにここにあるのだ。形とは、この場合の静止画を意味している。形は、時間を凍結した姿として現象する。常に、そこには動こうとする方向と止まろうとする方向が共在している。同時に全く正反対のベクトルが内在しているのだ。クルマは形のなかでは、動くことと止まることが同時に起こっている。ロナウジーニョの身体は、トラップしようとすることとキックしようとすることが判別できない形で同時に起こっているのである。形から発想する意味がここにある。同時に起こることは、機能の論理構造では「矛盾」となる。形には、機能が凍結している。もとより、それはそう見えるにすぎない。じつは、あらゆる動き、方向、運動を同時に内在し、にもかかわらず止まっているのが形というものの本性なのだ。分岐しつつある今が、形というものの正体である。
モルフォロジー科学の可能性がここにある。それは、河本英夫氏の言う二重作動であり、ヴィゴツキーの言う発達の最近接領域であり、またマッテ・ブランコの言う二重論理である。ウォディントンは、それを科学の言葉で言い直した。「エピジェネティック・ランドスケープ」がそれである。

銀座の路地を根城にするノワールな猫たち

再び銀座の路地を歩き回る。配管が露になっていたり、荷物が積み上げられていたり、自転車が置かれていたり。通路としての機能が完璧に満たされているわけではないけれど、銀座の路地は、一種独特の風情があるのも事実だ。それにしても猫によく出くわす。トラちゃんやミケ、ウシがら、貫録十分どす黒いのもいる。月島や京島の細い路地の日だまりで昼寝している猫ちゃんもいいけれど、銀座のど真ん中の狭い路地を根城にしているちょっとノワールな猫たちも、なかなかいいですよ。

社会調査は、やって始めて分かることがじつはいっぱいあるのです

『談』の青焼きが出ました。大急ぎでチェックをしなければならないのですが、夜は打ち合わせが入っています。さて、こういう時にどっちを優先するか。どっちも優先しないといけないんですね、こういう時は。身体が二つ欲しいです、ハイ。下條プロジェクトの廣中直行さん、某企業の方々と打ち合わせ。現在進めている調査についての経過報告を聞く。自分の気持ちを色にたとえると……、という質問項目がありましたが、これってけっこうむつかしくないですか。ある心理学の先生がいってましたが、ある気分は特定の色と強い親和性をもっています。そのひとの記憶や習慣にひきづられて出てくる答え。まさにステレオタイプ型回答の典型。これは調査そのものを反証するという理由で、あまり意味があるようには思えないのですが。ということは、じつはやってみて始めて分かることでもあるのです。

反常識の知の人はだれ

「en」の原稿依頼で稲葉振一郎さんの研究室を訪問。いい機会だったので、『反社会学講座』の著者パオロ・マッツァリーノさんは何者ですか、と尋ねましたが、「なにやら○○さんが調査中でうんぬん…」というはっきりしない答えが返ってきました。誰かご存知の方、教えて下さい。というか、みんなもう知っていて、知らないのは僕だけだったりして?
反社会学講座

「自由と暴走」のその後

no.70「自由と暴走」について、取り上げているBlogをまたいくつか発見しました。
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