2009年06月26日

フリッツ・パールズによる自伝的ゲシュタルトセラピーの入門書

フレデリック・パールズ著『記憶のゴミ箱 パールズによるパールズのゲシュタルトセラピー』(新曜社)を訳者・原田成志さんより贈呈していただく。ゲシュタルトセラピーは、フリッツ(フレデリック)・パールズ、ローラ・パールズ、ポール・グッドマンによってつくられた理論で、名称が示すように、ウェルトハイマーやゴルドシュタインのゲシュタルト心理学から強い影響を受けている。1952年にニューヨーク・ゲシュタルト研究所が設立され、本格的な研究が開始されたという。本書は、創始者の一人パールズの自伝である。自伝というかたちをとりながら、ゲシュタルトセラピー誕生とその深化の過程が明らかにされている。とくに、内部領域、中間領域、外部領域での気づきやコンタクトの理論、4つの抵抗システム、投影、取り込み、反転行為、融合といったゲシュタルトセラピーの基本理論が丁寧に解釈されていて、ゲシュタルトセラピーの入門書としても読むことができる。とりわけ、自身の癖や性格をあからさまにしたうえで,それをゲシュタルトセラピーによって分析・解決するという構成になっているところがユニークなところだ。ところどころに詩が効果的に使われ、ふんだんに使用されているイラストが親しみをもたせる。近年ゲシュタルトセラピーへの関心が再び高まっているという。今後の動向を知るうえでも、本書は格好のテキストとなるだろう。


記憶のゴミ箱?パールズによるパールズのゲシュタルトセラピー
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2009年06月14日

「三鷹天命反転住宅」において、「トポロジカル・トーク・セッション」開催!!

■『談』公開連続対談「トポロジカル・トーク・セッション」のお知らせ
7月12日 (日)「三鷹天命反転住宅」において、「トポロジカル・トーク・セッション」
「脳の中の身体、身体の中の脳、そしてその融解する界面へ」を開催いたします。
●セッション1[近さと経験] 
河本英夫(東洋大学文学部教授/システム・デザイン)×柳澤田実(南山大学人文学部キリスト教学科准教授/哲学・倫理学、宗教学)
●セッション2[私はどのように動いているのか…運動・予期・リハビリテーション]
宮本省三(高知医療学院学生部長、日本認知運動療法研究会会長/理学療法士)×河本英夫(同上)
●セッション3[からだのなかにヒトが在る…動物・暴力・肉体] 
稲垣正浩(21世紀スポーツ文化研究所主幹研究員)×柳澤田実(同上)
■入場料 無料  
■定員 30名 先着順(定員に達し次第締め切らせていただきます)
■対談終了後「吉祥寺 sound caf? dzumi」にて懇親会を行います。
参加料 2,000円(つまみ付)  ドリンクは別料金になります
■受付 メールにてお申し込み下さい。
入場希望日をお書きの上、お名前、ご連絡先、懇親会参加の有無を明記して→oubo@dan21.com へ

トポロジカル・トーク

トポロジカル・トークの裏  
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2009年06月06日

今の女性たち、決して「生きやすい」なんて思っていないんです。

香山リカさんから『精神科医ミツルの妄想気分』(講談社)、『女はみんな「うつ」になる』(中央法規)の2冊を贈呈していただきました。前者は、「香山リカ初の小説!」と帯にドカ〜ンと記されていますが、確か2002年に『えんじぇる』という長編小説を出されたはず。まぁ、それはどうでもいいことで、なんといっても本書は単純におもろい。半自伝的小説だそうですが、これ完全に自伝じゃないですか。全編くすくくす笑いっぱなしでしたよ、僕は。後者は、香山さんが治療にあたっている「女性専用外来」の経験を通して、女性ならではの「うつ」の問題をあつかったもの。今、どこへいっても「草食系の男性が多い中で、女性だけは元気だね」という声ばかり。しかし、そんな女性たち、ホンネを聞けば、今を「生きやすい」なんてぜんぜん思っていないのです。そんなプチうつなどのこころの問題を抱える女性たちへのメッセージ。

精神科医ミツルの妄想気分
精神科医ミツルの妄想気分
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女はみんな「うつ」になる (シリーズCura)
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2009年04月17日

エンタメと金融をドッキングさせた男たちの本

R大へ。教室へ行くとティーチャーズ・アシスタント(TA)のYさんが来ている。学部の4年生。就活は、エンタメ系を目指しているようで、それでこの授業のTAを選んだとのこと。手伝ってくれるのはありがたいけれど、彼女にとってメリットがあるかはわかりませんが。さて、その授業、今年は6人。全員男性で、なかにはベンチャー系の金融機関に所属しているひと、ある特殊なマーケットを開拓してマスコミにも登場したことのある社長さんなんかがいる。予想外な展開になりそう。
ところで、エンタメ・ビジネスのとてもよい参考書が発行された。『文化に投資する時代』(朝日出版社)。著者は、元広告マンで、エンタメと金融を融合させるビジネスを始めた亀田卓さんと元金融マンでエンタメのファンドを立ち上げた寺嶋博礼さん。二人は、金融とエンタメは水と油という常識をみごとにひっくり返して、エンタメに投資する仕組みをつくりあげた。「エンタテインメントの証券化」というアイデアに始まったその冒険の苦労と成功のドキュメントである。本書は、その中身もいいけれど、それと同じくらい本のつくり方が気が利いている。エンタメと金融のいまさら聞けない用語が、丁寧でわかりやすい脚注とコラムで解説されていたり、まるで二人が順番に講演をやっているような構成になっているのだ。微妙なドライブ感があって、このネタに直接関心のない者も読者にさせてしまうような説得力がある。で、奥付をみたら、な〜んだ、第2編集部の若い編集者Aさんの仕事ではないですか。この人のつくるもの、ほぼまちがいなく面白い。


文化に投資する時代 (カルチャー・スタディーズ) (カルチャー・スタディーズ) (カルチャー・スタディーズ)
文化に投資する時代 (カルチャー・スタディーズ)
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2009年03月31日

特集「真逆のセキュリティ!?」が発売になりました。

no.84表紙

『談』 no.84号

特集「真逆のセキュリティ!?」が発売になりました。

左のメニューバー最新号からアクセスしてください。

表紙は、齋藤芽生さんの作品「晒野団地四畳半詣」シリーズより 「花咲爺の色褪せぬ神木」 また、ヴィジュアルページには、松江泰治さんの写真作品を掲載しています。   
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2009年03月28日

『談』「特集 真逆のセキュリティ!?」全国有名書店で31日発売!!

『談』no.84特集「真逆のセキュリティ!?」が発売になります。
最新号の書店さん用のチラシです。

●芹沢一也さん 〈民意〉の暴走……生命の重みが、生存への配慮を軽くする
●濱野智史さん 環境管理社会であえてアーキテクチャを活用する方法
●檜垣立哉さん 賽の一振り……無限を含んだ自己が跳躍する時


『談』no.84書店用チラシ.jpg  
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2009年03月17日

香山リカさんの『文章読本』誕生

香山リカさんから今月2冊ご著書を贈呈していただきました。一冊は『雅子さまと「新型うつ病」』(朝日新書)。
体調を崩して長期療養に入って既に4年が過ぎた皇太子妃雅子さま。香山さんは、雅子さまの「胸のうちは、精神科医としてだけではなく、ひとりの”働く女性”としても痛いほどわかる」と言い、これほど容易に想像でできてしまうのは、「〈きっと雅子さまってこんなことを考えているのね〉と私たちにも共感できるような人だからこそ、彼女は皇室という特殊な空間にうまく自分を合せることができなくなってしまったのではないか。そしていま、同じように仕事や家族と自分自身との折り合いがつかず、悩みつまずく人が、男女かかわらず激増しているのだ……」。そこで、雅子さまについて、また雅子さまの問題をてがかりにして、「新型うつ病」という新しいうつの問題について考えてみようというのです。もっとも、雅子さんが新型うつ病かどうかはさだかではないようです。しかし、雅子さまの問題を通して、この新しいこころの病いについて考えることで、見えてくることは少なくないというのです。
もう一冊は、『文章は写経のように書くのがいい』(ミシマ社)。月刊でも凄いと思っていたのに、近ごろは「週刊香山リカ」というくらいのハイスピードで「サクサク」本を出す香山さんの、まさに「サクサク」書くための文章読本。さて、その極意はというと、「考えすぎず、表現に凝ったりせず、自分で決めた分量を目指して、とにかく前へ前へ」と書いていくこと。あまりこだわらず、サラサラと自分の気持ちの表面をなぞるように書けば、自ずと自分らしい言葉が生まれる。あの谷崎せんせいも「実用的なもの」ほど最もすぐれた文章と喝破したではないか、と香山せんせいも説くのです。帯にある「「目からウロコ」の「書き方」入門、誕生! 」、当たってました。
雅子さまと「新型うつ」 (朝日新書)
雅子さまと「新型うつ」 (朝日新書)
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文章は写経のように書くのがいい
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2009年03月10日

現代思想として読むヘーゲル

玉川大学文学部教授岡本裕一朗先生から、ご著書『ヘーゲルと現代思想の臨界-- ポストモダンのフクロウたち』(ナカニシヤ出版)を贈呈していただきました。 しかし、なぜ今ヘーゲルなのか。岡本氏は、「はじめに」でこう記しています。「それは、ヘーゲルが今日的な意義をもっているからだ。ヘーゲルの考えでは、〈哲学〉は、〈自分の時代を思想の形で捉えたもの〉だが、ヘーゲルの捉えた時代は今でも決定的な作用を及ぼしている。〈ポストモダン〉と呼ばれる現代においても、ヘーゲルの考えは有効性は失っていない」。現代思想は、一般にヘーゲルの外で思考することだと思われているけれども、よくよく考えてみると、ヘーゲルの影響が陰に陽に現われていて、現代思想はヘーゲルの亡霊(ガイスト)にたえず付きまとわれ、それを必死で振り払おうとしているようにすらみえるという。現実と対決するために、今こそ、ヘーゲルは読み直されなければいけないだろうというのです。歴史的な、つまり過去の大哲学者としててはなく、むしろ現代思想家として読むこと。そうすることで、ヘーゲル哲学のアクチュアリティを見出すことができるという。 全体の構成は、第I部「『精神現象学』の神話」第II部「〈体系〉神話とヘーゲル神話」第III部「現代思想を生きるヘーゲル」ときて、最終章でヘーゲルの「絶対知」は、つねに現代思想であり、「フクロウ」が飛び立つのは、「きたるべき未来」へ向けてであるという言葉で締められる。 本書は、専門的な研究書ではなく、あくまで入門書だと断っていますが、まともにヘーゲルとつきあってこなかった者にとっては、『大論理学』におとらぬ大著です。先生には申し訳ないのですが、ゆっくり、じっくりと、時間をかけて読ませていただきます。 ヘーゲルと現代思想の臨界?ポストモダンのフクロウたち
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2009年03月03日

表紙の齋藤芽生さんと写真の石川直樹さんが「ARTIST FILE 2009」に。

国立新美術館で『談』のデザインをお願いしている河合千秋さんと待ち合わせ。明日から始まる「ARTIST FILE 2009」の内覧会。ギャラリーartunlimitedからインビテーションをもらっていたから。今回選ばれたアーティストのひとり齋藤芽生さんの作品を『談』の表紙に使わせてもらっている。そこで、ホンモノを見るという目的で、河合さんにもつきあってもらったのだ。今回は、どれもクオリティがとても高いという印象。方向性、手段、手法それぞれにおいて、九人九様。でも、それぞれが拡散したようには見えず、かえって求心力を得て緊張感を引き出していた。それでも、齋藤さんの作品は、質量(はんばじゃない出展数ともに頭一つ抜けていたように思う。ほかに石川直樹さんも選ばれていた。わずか9人のアーティストの中に『談』の表紙と中のヴィジュアルに使った二人が選ばれたというのはなんとも光栄だ。

国立新美術館「ARTIST FILE 2009」

  
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2009年02月13日

「特集 パターナリズムと公共性」、全国有名書店にて本日発売!!

『談』no.83「特集 パターナリズムと公共性」、全国有名書店にて本日発売!!

最新号の書店さん用のチラシです。

no.83広告用表紙は、齋藤芽生さんの作品「徒花図鑑」より。

齋藤芽生さんは、国立新美術館で開催される「アーティストファイル2009」(3月〜5月)の出品作家として選出されました。その告知用のポスターにも使用されています。

また、ヴィジュアルページには、アール・ブリュットの作家、ヤン・ドムシッチ、オーギュスタン・ルサージュ、ジョルジーナ・ヒュートンの作品を掲載しています。

 

  
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2009年02月10日

『談』no.83 特集 「パターナリズムと公共性」が12日に発行になります。

最新号『談』no.83   特集 パターナリズムと公共性定価[800円+税]

 

パターナリズムが私たちを自由にする?! ……ワンクリック・パターナリズムの時代の倫理と行動

●人間の合理性とパターナリズム  瀬戸山晃一(大阪大学留学センター准教授)

…… 規制やルールに埋め込まれているパターナリズム。パターナリズムを所与のものとして捉えたうえで、どういうパターナリズムを私たちは選択すべきか。公共性の概念と照らし合わせながら検討します。

●「同意」はバターナリズムを正当化できるか。  樋澤吉彦(長野大学社会福祉学部福祉学科専任講師)

……パターナリズムは、「自己決定」を支えるための必要不可欠な要素ではないか。この仮説のもとに、ソーシャルワークという実践活動から、パターナリズムの可能性について考察します。

●〈鼎談〉幸福とパターナリズム……自由、責任、アーキテクチャ 大屋雄裕(名古屋大学大学院法学研究科准教授)×北田暁大(東京大学大学院情報学環准教授)×堀内進之介(現代位相研究所首席研究員)

……生活環境を「快適」にさせる善意のシステムがパターナリズムではないか。自由と規範、自己責任と承認、アーキテクチャの権力といったキーワードを手掛掛かりに、現代の幸福感との関わりからパターナリズムの本質に迫ります。

 ●特別企画「アール・ブリュット パッション・アンド・アクション」より

表紙 齋藤芽生

  
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2009年01月06日

デザインを一新した『TASC monthly』

『TASC monthly』の最新号が届く。今回、デザインのリニューアルのお手伝いしました。無礼を承知で、「今どきの学会誌でも、もうすこしあかぬけてますよ」、と申し上げて、プレゼンをさせていただいたのですが、やはり、やってよかった。手前みそですが、見違えるようによくなりました。内容も、ますます充実。ぜひ、みなさん一度手に取ってみてください。といっても、書店では販売していませんので、購読を希望される方はTASCまでご連絡下さい。  
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2008年10月24日

天皇陵、全124代を踏破し撮影した壮大なプロジェクト「EMPEROR」

伊奈英次さんの個展「IN TOKYO+EMPEROR OF JAPAN」のオープニング。伊奈さんは、『談』no.67「リスクのパラダイム」で特別企画として世界の監視カメラを逆に監視=撮影した「監視」の連作を掲載。それ以前にも一緒に旅したキューバ、ブラジル・マナウスをno.47「ラテン…解放の思想」、no.48「別冊談 混合主体のエチカ」でを発表している。『談』とは関わりの深い写真作家の一人だ。

今回は彼の初期の代表作「IN TOKYO」のヴィンテージプリントの20年ぶりの展示と最新作「EMPEROR」のお披露目展覧。「EMPEROR」は、天皇陵、全124代を踏破し撮影した壮大なプロジェクト。なんといっても、さぬのみことかむやまといわれひこのみことはつくにしらすてんのう=神武天皇の陵墓から始められているのがいいではないか。歴史上実在しない存在、まさに忘却の忘却、不在の不在を光によって捕獲し写像化する試み。「国家は一つの光線だ」と、ぼくの大好きな劇作家は言い放ったけれど、静かにたたずむ墓の数々は、光にならんとして物質化してしまった国家という形象そのものだといえる。それにしても、政治的な空間を撮影させたら、伊奈さんの右に出るものはいない。むろん、ドキュメンタリーのランガージュは一切使用されていない。徹頭徹尾、光線の コノテーション、光量のアーティキュレーションのみでインスクライヴされた二次元世界のポリティックスだ。個展は→gallery artunlimited

また、 10月31日からは「ZEIT-FOTO SALON」で伊奈英次作品展「EMPEROR」が開催される。

  
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2008年10月03日

『談』最新号が好評です

青山ブックセンター 青山本店に行くと、音楽の棚で最新号がコーナー展開、それも真ん中に平積み。思想のコーナーとあわせて2箇所。今号はけっこう好評で、すでに都内の数店から再注文がきている。ありがたいことだ。

午後は、言語学者の田中克彦先生に原稿依頼。99年に『談』でインタビューをさせていただいた。すでに一橋大学を退官されていて、ご自宅に電話をかけつづけていたのだが音沙汰がない。岩波新書の編集部に尋ねる。電話番号を伝えると、「それは違いますね」と別の番号を親切に教えてくれた。だいぶ前に引っ越しておられたのだ。電話に出られた田中先生は、ちゃんと覚えていてくれた。あのインタビューは先生にとって好印象だったようで、今回の依頼も二つ返事でお引き受けいただいた。仕事は丁寧にやっておくと、その後もいいことがあるということだ。

政策大学院大学教授の松谷明彦先生に原稿依頼。ところが、ご多忙をきわめておられてインタビューになってしまった。今後100年間、人口は減り続けるという。未曾有の人口縮小時代にわれわれのやれることとは何か。とりあえず、東京の20年後を予想していただく。

  
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2008年09月26日

日本歌謡界の大重鎮にお会いしました。

小竹向原の長田暁二さんのお宅を訪ねる。長田さんは、いわずとしれた日本歌謡界、いや音楽界の大重鎮。音楽に関して知らないことはないんじゃないかという百科全書的人物である。恐れ多くもその大先生に、『TASC monthly』で連載をお願いしたのである。TASCで昔『煙歌』という豆本をつくったという(うかつにも僕はその存在すらしらなかった)。そこには、たばこの出てくる歌が並んでいる。そのコピーを持参したところ、それを見ながらあっという間に12回分のコンテンツができあがってしまった。しかも第1回がいい。その記念すべき第1回は……、といいたいけれど、まだ秘密です。09年1月号をぜひ楽しみしていてください。
ところで、先生は1930年生まれというから御歳78歳。現在連載12本を抱えつつラジオに出演、講演会に出て、学校で教鞭に立ち、本職のレコーディングディレクターもこなすという超多忙の毎日。それでいて夜には行きつけの飲み屋に一日も欠かすことなく顔を出し、ビール中瓶を多い時には1ダースも飲むという生活を続けておられるという。まさしく超人だ。ちなみに、先生は仏門に帰依した人でもあることを付け加えておこう。  
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2008年09月25日

今や最大の難問は「親子」だ。

三浦雅士さんから朱字の入ったゲラが戻ってくる。それを転記して文春にFAXで送る。『嗜み』第2号に掲載される2本の原稿、三浦さんのインタビューと山崎正和さん鷲田清一さんの対談、これで手を離れた。イレギュラーの仕事だったけれども、今回の仕事は、得るものも多くやってよかった。今は不定期刊だが、来年は季刊化する方向で検討しているという。ぜひそうしてもらいたい。僕の方は、スタンバイオーケーですから。
ところで、香山リカさんから新刊を贈ってもらったが、じつは本書で展開されている問題は、まさに三浦さんのインタビューの中心となるテーマだった。実際、香山さんも三浦さんの著書『漱石 母に愛されなかった子』を引いていて、親子の間にある絶対的な溝を「病」という視点から捉え直そうというのだ。三浦さんがいみじくも言ったように、親子の問題、父と子、母と子の問題こそ、今や最大の難問である。
『談』の次のテーマは「パターナリズム」。パターナリズムはその字のごとく父権主義である。平たくいえば「おせっかい」のことで、子供にとって親は常におせっかいをやく者として存在する。三浦さん、香山さんの問題意識と偶然にも『談』のテーマとニアミスしたのである。それとはともかく、今度この二人で対談をしてもらうというのはどうだろう。というか、『談』でやればいいのか。また一つ新しい企画ができた。

親子という病 (講談社現代新書 1962)
  
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2008年09月08日

『談』no.82の書評が出ました!

毎日新聞の書評欄に『談』no.82の書評が出ました。magazineの欄で紹介されたといことと、TASC/アルシーヴ社両方の名前が出ていたことがうれしい。
三浦雅士さんから朱の入った校正原稿を受け取る。最近はもっぱらWORD書類でのやりとりばかりなので、ちょっと新鮮な気持ちになりました。  
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2008年08月26日

『談』最新号の内容は、左のナビゲーションバーから

『談』最新号をアップしました。
対談のアブストラクト、editor's noteは左のナビゲーションバーの「最新号」からアクセスできます。

『談』no.82表紙

  
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2008年08月25日

「地方小出版流通センター扱い」の『談』で注文できます

よく『談』を読みたくて書店へ行ったが、置いてないとか売ってないとか、そもそも「『談』なんて雑誌知りませんよ」と言われたという話を聞きます。左のナビゲーションバーの下の方にある「『談』取り扱い店」には、常備もしくは注文できる書店名をリストアップしてあります。重複しますが、ブログ投稿欄にも同じリストをアップしておきましょう。
なお、お近くに取扱い店がない場合は、「地方小出版流通センター扱い」の『談』と言っていただければ、注文できます。
『談』取扱い店
●関東・中部・東海・東北・北海道■ 池袋/旭屋池袋書店、ジュンク堂書店池袋店/リブロ池袋店■新宿/紀伊国屋新宿店、模索舎、ジュンク堂書店新宿店■ 渋谷/放文堂、パルコブックセンター渋谷店、ブックファースト渋谷店■本郷/文泉堂、神保町三省堂、信山社■ 神田/阪急ブックファースト神田駅前店■東京駅/八重洲ブックセンター■南青山/リブロ青山店 赤坂、文鳥堂赤坂店■三田/慶応大学生協■大森/リブロ大森店■吉祥寺/パルコブックセンター吉祥寺店■三軒茶屋/リブロ三軒茶屋店■杉並/書原DX、信愛書店、高円寺文庫センター■千駄木/往来堂書店■京橋/ブックス京橋店■田無/リブロ田無店■町田/リブロ町田店■立川/オリオンノルテ■錦糸町/リブロ錦糸町店■津田沼/丸善津田沼店■大宮/ジュンク堂書店大宮店■与野/ブックデポショラク■横浜都筑区/リブロ港北店/阪急ブックファーストモザイクモール港北店■青葉台/ブックファースト青葉台店■東戸塚/リブロ東戸塚店■川崎/有隣堂BE店■小田原/リブロ小田原店■沼津/マルサン書店■長野/平安堂書店■郡山/八重洲ブックセンター郡山うすい店■名古屋/パルコブックセンター名古屋店、ちくさ正文堂、ウニタ書店、栄ブックセラーズ、文進堂、白樺書房西店■岐阜/カルコス各務原店■大垣/方円堂書店■豊橋/精文館■金沢/駸々堂金沢店、喜久屋書店金沢店■新潟/パルコ新潟店■水戸/リブロ水戸店■前橋/文真堂新前橋店■宇都宮/リブロ宇都宮店■群馬太田/ブックマンズアカデミー太田店■仙台/ジュンク堂書店仙台店、八文字書店、東北大学文系書籍部■函館/リブロ函館店
●関西・中国・四国・九州■北区/ジュンク堂書店大阪本店、丸善書店■梅田/ブックファースト梅田店■阿倍野/ユーゴー書店■難波/ジュンク堂書店難波店■八尾/リブロ八尾店■堺/リブロ上野芝店■吹田/リブロ江坂店■天王寺/富士原文信堂■西ノ宮/アシーネ甲子園店、リブロ甲子園店、関西学院大学生協■加古川/紀伊国屋加古川店■京都/ジュンク堂書店京都店、大垣書店本店、丸善京都河原町店■神戸/ジュンク堂書店三宮店、ジュンク堂書店三宮駅前店、海文堂■広島/ジュンク堂書店広島店■高知/明文堂■高松/宮脇カルチャースペース■福山/啓文社ポートプラザ店■福岡/リブロ福岡店、丸善福ビル店■小倉/小倉ブックセンター、ナガリ書店■久留米/リブロ久留米店■鹿児島/ジュンク堂鹿児島店  
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2008年08月12日

声を聴く、音を読む、スペシャル・イシュー明日発売!!

 特集、全て対談によるスペシャル・イシュー

『談』no.82 特集おとはどこにあるのか……聴くではなく、奏するでもなく

8月13日に発行になります。一部書店では、8月14日店頭発売。

110ベージ 800円(+税)

小沼純一×渋谷慶一郎  〈対談〉「聴いたことのない音楽」の方へ

柏野牧夫×池谷裕二 〈対談〉理性を導く音の快楽

粉川哲夫×廣瀬純 〈対談〉無数の眼//舌あるいは闘争の劇場としての…

表紙 勝本みつる

ポートレイト  石川直樹

 Gallery 新井卓

  
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2008年08月03日

「理性の限界」をテーマにしたディぺード

國學院大学文学部教授・高橋昌一郎先生から、『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』(講談社現代新書)を贈呈していただきました。
われわれは、何を、どこまで、どのようにして知ることができるのか。また、すべての問題は、理性によって解決できるのか。もしかすると、理性では超えることができない限界があるのでは……。これまで、哲学の分野で扱われてきた人間と世界の根源に関わるこれらの問題に対して、幅広い視野に立って自由に議論しようというのが本書です。高橋さんは、そこで疑似的ですが、ディぺードという方法を導入しました。選択の限界、科学の限界、知識の限界という三つの限界論について、それぞれの議論に相応しい立場の人物に参加してもらいながら、可能な限り多角的に論じ合う。単に哲学的テーマを読み解くのではなく、議論に読み手も参加することで、問題をより身近なものにする。読み手もまたもう一人のバネリスト、そんな気分で読み進めることができるのです。
民主主義の原理的不可能性を証明することで選択の限界を明らかにした「アロウの不可能性定理」、科学的思考を限界付けた「ハイゼンベルクの不確定性原理」、人間理性そのものの限界を決定づけた「ゲーデルの不完全性定理」。三つの限界と対応する三つの定理。20世紀の大発見は、結局のところわれわれに実在や確実さというもののあやうさを知らしめることになったのです。それは、哲学にとって幸福か不幸か。それはともかくとして、ディぺードに参加することのなんと楽しいことよ!! さあ、みなさんも一緒に議論しましょう。
理性の限界??不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書 (1948))
  
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2008年07月19日

ブログ復旧しました、ご心配おかけしましてすみません。

18日、19日とサーバーのトラブルでアクセスができなくなりました。突然、ファイル、サーバーが存在しないというようなメッセージが出て、『談』ついに休刊!? 、編集長が夜逃げか、アルシーヴ社に何か問題……、いろいろうわさが飛んだようですが、すみません、単なる当方のイージーミスが原因のトラブルでした。この有料ブログ、カード決済なのですが、有効期限切れと更新の手続きをすっかり失念していたのです。それで、一時的にアクセス不能になってしまったというわけです。初めて来てくださった方、またブックマークをしていただいている方、本当に申し訳ございません。以後このようなことのないよう気をつけます。今後とも、よろしくお願いいたします。  
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2008年07月08日

大西成明さんは 「ロマンティック・リハビリテーション」で何を撮ったのか

写真家 大西成明さんから『大西成明写真集 ロマンティック・リハビリテーション』を贈呈していただきました。

大西さんは、『病院の時代』(2000年)で全国の病院を訪ね歩き、「生老病死」である人間をドキュメントしました。また、『ひよめき』(2004年)では、脳を一個の「存在」として活写しました。いのちの形として、そこにそうして在り続ける物体。ヒトとは、モノであると同時に、生きるからだであり、生命の形象です。このモノといのちが分かちがたく結びついた状態を現象学は、「身体」と呼びました。人間とは、「身体」のことです。そして、それは自己超出するという意味で「存在」そのものなのです。つまり動くこと、動き続けること。

大西さんの眼は、ついにその動く「存在」を捉えたのです。いのちをかけて動き続ける身体としての「存在」。「ロマンティック・リハビリテーション」に登場する人々はみんな生き生きとしています。それは、日々新たに生まれ変わる「存在」であることを、リハビリという現場に立つ誰もが、あたりまえのこととして受け入れているからに他なりません。もちろん、撮影者も例外ではありえない。「存在」をいかにして撮るか。著者は、写真家である以前に、身体としてそこに在ることを自覚します。真実を写す前に、真実を生きよう。大西さんの眼も、真実と同期するように動き回ります。動くこと、動き続けることを捉える続ける眼=写真の誕生です。

He's tried to make me go to rehab but I won't go go go(AMY WINEHOUSE )リハブ? そんなのすぐ目の前にあるじゃん。

大西成明写真集 ロマンティック・リハビリテーション

 

  
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2008年06月25日

「ラディオ・アリチエ」のフランコ・ベラルディと粉川哲夫さんの対話

アウトノミア運動のスポークスマンで、自由ラジオ「ラディオ・アリチエ」の活動を通して、フェリックス・ガタリと協働し、また、最近はテリストリートの活動によって、常にメディアを刺激し続けるフランコ・ベラルディ(bifo)。7月1日に、粉川哲夫さんと対談します。明治大学リバティータワー1128教室にて、18時30分より。また、その前日には、ニューヨークのインデペンデント・メディア「Autonomedia」のジム・フレミングを囲んでのバネルディスカッションもあります。こっちは、司会進行が酒井隆史さん。
詳細は、→G8対抗国際フォーラム  
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2008年06月12日

「ディスポジション」を手がかりにした実践的思考の冒険

萱野稔人さんから『ディスポジション 配置としての世界』を贈呈していただきました。

「世界は配置(disposition)であり、人間は自らを取りまく配置によってたえず態勢づけらている(disposed)。」

「ギブソンのレイアウト(layout)、フーコーの装置(dispositif)、ドゥルーズの配置(agencement/arrangement)といった諸概念は全て、世界や人間を諸要素の配置(disposition)として捉えることを可能にするコンセプトである。これらの概念は、世界を、人間の意識によって総合される表象ではなく、生物としてのヒトを取り囲む環境として捉えることを可能にする方途であ」ると編著者の一人柳澤田美は言い、「ディスポジション的な思索の妥当性は、それが意識化されていない生活者の現実を十全に言い表している以上の何かにもとめられるべきだろう」と提言します。そして、この未だ十分な言葉が与えられていない何かについて、哲学、倫理、生態心理学、建築、アートから、領域横断的な思考を展開するのが本書であるという。ディスポジションを一つの手がかりにして、より実践的観点から、その可能性を探求した論考集。

ディスポジション:配置としての世界―哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に

出版を記念して6月21(土)にイベントが行われます。↓

「うまくいく」ことの倫理と技術―「Disposition: 配置としての世界」

  
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2008年06月11日

「うつ病は、現代のペストにも匹敵するような問題」らしい。

出社すると机の上には、贈呈本が3冊。いつも送っていただくあの方からかな、こっちは時々送ってくれるさるお方、これは最近知り合ったあの先生にちがいない…なんてドキドキしながら、封書をひらいてみたら、あらららっ、三冊とも著者は同じ。香山リカ先生。最近は、「月刊香山リカ」状態ですね、と以前ブログに書きましたが、すでにそれも過去のこと。いまや「週刊香山リカ」の時代なんです。というのも、つい数週間前にも『セックスがこわい 精神科で語られる愛と性の話』『いじめるな! 弱いものいじめニッポン』(辛淑玉との共著)を送ってもらっていたからだ。さて、それはともかく、三冊いっぺんに斜め読みして、面白かったのは『うつ病が、日本を滅ぼす!?』。というか、かなりマジで考え込んでしまうような内容の本でした。

「自尊心が強く自分幻想も大きく、他人からの評価には傷つきやすく、落ち込んだかと思うと時には攻撃的になることもある人たちが、ちょっとした挫折をきっかけとして、少し耐えて乗り越えようとすることもなく、次々と「私、うつ病です」と戦線離脱していくと、会社も役所もそのうち成り立たなくなるのではないか」と、香山先生は半ばホンキで心配しているのです。

あとがきにあるように、「うつ病は、現代のペストにも匹敵するような問題」なのか。精神分析家の十川幸司さんは、治療を目的とする薬物の市場拡大がうつ病の患者さんを増加させていると危惧されていました。また、精神科医の春日武彦さんは、うつ病を躁病との関連で捉え直す必要性を提起されておられます。『談』でも、何度かうつ病についてはとりあげてきましたが、深刻な問題なだけに、粘り強く考察をしていく必要性を感じています。その意味で、本書の問題提起はとても重要だと思いました。

うつ病が日本を滅ぼす!?

~「特に」語学に効く心理学~おとなの学習 自己チュー宣言!

精神科医ですがわりと人間が苦手です

セックスがこわい?精神科で語られる愛と性の話
いじめるな!?弱い者いじめ社会ニッポン (角川oneテーマ21 A 80)
  
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2008年05月27日

今福龍太さん、西谷修さんが参加したシンポジウムの採録

今年3月末に日本体育大学を定年退職された稲垣正浩さんからスポーツ文化・社会科学系紀要『IPHIGENEIA』第8号(2007)を贈呈していただきました。同誌には、昨年11月末に行われたシンポジウム「グローバリゼーションとスポーツ文化」が採録されています。じつは、このシンポジウムにお誘いいただいたのですが、ちょうどフランス取材と重なってしまい、参加できなかったのです。出席者は、稲垣さんの他に、今福龍太さん、西谷修さん。編集後記には、4時間にわたって白熱した討論が展開されたとあります。事実ページを繙くと、『談』no.79の稲垣さんのインタビューでも主題となった「スポーツと暴力」。スポーツにとって根源的なこの問題に対して、相撲、メディア、フーリガン、太極拳、北京オリンピックを俎上に乗せて、大胆かつ深みのある議論が交わされたことがわかります。読みごたえ十分な内容になっています。今回のを含めた同じ顔ぶれによる過去4回のシンポジウムは、オリンピックに合わせて単行本化することが決まったようです。楽しみですね。ところで、稲垣さんは、4月より新たに「21世紀スポーツ文化研究所」を立ち上げました。それに伴い『IPHIGENEIA』を引き継ぐ形で、そのPARTIIを発行していくそうです。『談』としても陰ながら応援していきたいと思っています。  
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2008年04月20日

まだ、わずかお席があります。

4月22(火)、23(水)、5月7(水)夜
吉祥寺sound cafe dzumiにて『談』の公開対談をやります
と4月5日付けブログで告知しました。
4月22(火)、23(水)、5月7(水)いずれの日も、
まだわずかお席があります。
少々狭い会場ですが、それゆえインティメイトな対話世界を堪能できると思います。
ぜひこの機会に、会場に足をお運びください。
応募は専用メールで→oubo@dan21.com
  
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2008年04月05日

「音語り」『談』公開対談のお知らせです

『談』公開対談のお知らせです。
4月22(火)、23(水)、5月7(水)に吉祥寺sound caf? dzumiにて、公開対談を行います。
トークショー告知jpg
ご応募をお待ちしております。
●入場料 各回1000円(1ドリンク付)  
● 対談終了後懇親会を行います
参加料1回1500円(つまみ付)  ドリンクは別料金になります

■定員 20名 先着順(定員に達し次第締め切らせていただきます)
■受付 メールにてお申し込み下さい。
入場希望日をお書きの上、お名前、ご連絡先、懇親会参加の有無を明記して→oubo@dan21.com へ
  
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2008年04月01日

ネグリ来日中止の裏の裏の裏…

あえてここでは触れなかったが、先週末は、アントニオ・ネグリが来日していろいろな催しが行われていたはずだった。

ぼくも、22日に開催されるはずだった国際文化会館の「ネグリ講演会」を予約していた。しかし、全てお流れ。「私たちを残して、飛行機は日本へ飛び立った」というネグリとジュディット・ルヴェルのメッセージがむなしくWeb上を漂流したのだった。今回の来日中止について、当然腹が立ったが、何か釈然としないのだ。わかったようなわからないような、なんともへんな気持ちがずっとしていた。そんな時に、こんな文章に出会った。『TASC monthly』でもお馴染の粉川哲夫さんの日記。なるほどこういう見方もあるのか。


粉川哲夫の雑日記

  
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2008年03月28日

『談』no.81 特集「〈共に在る〉哲学」が発行になりました。

談』no.81 特集「〈共に在る〉哲学」が発行になりました。表紙は勝本みつるさん、ポートレイトは新井卓さん、Galleryは石川直樹さん。インタビューのアブストラクト、editor's note before、afterは左のナビゲーションバーの「最新号」からアクセスできます。0328

  
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2008年03月27日

「美味し国」の景観論 フランス、都市景観の新たな創造」が発行

『city&life』no.87「美味し国」の景観論……フランス、都市景観の新たな創造」が発行になりました。
フランスには古くから「美(うま)し国」という言葉があります。自らの生きる場所を、「美しい」ところと称したのです。「美し」は、「旨し」であり、「美味し」でもある。グルメの国フランスとは、じつは景観においても、「美味し」=グルメの国という意味でもあったわけです。
景観法の施行によって日本でもにわかに景観保全への関心が高まっています。しかし、そこで言われる「美しさ」の中身に関しての議論はほとんどないに等しい。「美」という言葉だけが、もてあそばれているようにすら見えます。さらに言えば、都市計画、都市開発との連携もあいまいなままであり、土地利用計画との連動となると皆無といってもいいでしょう。そこで、景観保全および新たな都市景観の創造について、都市計画との関わりを踏まえて、風土と文化、市民と公共性という視点から捉え直してみました。
パリ市、フォーブル・サン・タントワンヌ、ムフタール、ベルシー公園、セーヌ・リヴ・ゴーシュ、モントルグイユ・サン・ドゥニ、モンマルトルetc、リヨン市、パント・ドゥ・ラ・クロワ・ルス、ヴィルユルベーヌなど写真多数

0327

  
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2008年03月25日

『談』最新号 特集「〈共に在る〉哲学」3月28日発行!!

『談』no.81 特集「〈共に在る〉哲学」

3月28日に発行になります。一部書店では、4月1日店頭発売。

106ベージ 800円(+税)

◆木村大治 どのように〈共に在る〉のか……双対図式から見た「共在感覚」

◆西村ユミ 病いが形づくられる時、ケアは共に始まっている

◆河野哲也 「こころ」は環境と共にある……「自分探し」という不毛を超えて

表紙 勝本みつる

ポートレイト 新井卓

 Gallery 石川直樹

 談81 販売店広告

 

 

  
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2008年03月23日

ニセ科学とスピリチュアル、そして不都合な真実

物理学者の菊池誠さんと香山リカさんの対談集『信じぬものは救われる』(かもがわ出版)を贈呈していただきました。

いわゆるニセ科学問題について言及している菊池さん。また、スピリチュアルにハマる人の心理を解剖する香山さん。科学を装ったインチキに、現代人はなぜかくもコロっとだまされてしまうのか、徹底的に話し合った一冊です。

今、ちまたで評判の「シロクロはっきりさせてよ主義」「なんでも検定主義」「あなたの前世は主義」…、じつはみんな根は同じだったんですね。本書を読ませていただいて、それを確信しました。

菊池「ニセ科学を信じるのと、江原さんのことを信じるのとは、だいたい同じ(…)。要するに欲しいのは説明(…)」「〈イオン〉という言葉が好きな人と、〈オーラ〉という言葉の好きな人がいる。だけど、本質的にはそんなにちがわないんじゃないかと思っています」

香山「いわゆる脳を鍛えるトレーニングも同じ仲間に入れてほしい」

菊池「ニセ科学が流行するのは、実は科学の問題じゃなくて、もっと広く、二分法的な思考の単純化という世間の風潮があって、そのなかの一つの現象」

香山「効きさえすれば、べつにそれが本当なのかとか、そうじゃないのかとか、そのへんはあまり問わない」「典型的なスプリッティングという原始的防衛なんです」

菊池「温暖化の問題でも、倖田來未ちゃんみたいに『水からの伝言』を信じているお嬢さんが出てきたりして、つながってはいるんです。おそらく彼女にとって、地球温暖化防止はニューエイジ的なセンスなんですね」

香山「温暖化防止は(…)科学的な視点にたったものだけど、それとまたニセ科学的なものがつながっている」

菊池「マーケティングレベルでは(…)、ニセ科学やスピリチュアルにまったく勝てないですよ」「マーケティングを考えなくてはいけないと」

「水からの伝言」→「脳内革命」→「スピリチュアル」→「納豆ダイエット」→「マイナスイオン」→「コエンザイムQ10」→「代替医療」→「地球温暖化」へと緩やかにつながるニューエイジ的なものが確かにありますね。これはいったいなんなんだろうかと思っていたんですが、どうも裏には、マーケティングというものがありそうです。じゃぁ、いったい誰がやってるのか。どうやら、本当の問題はそのへんにありそうです。「不都合な真実」という名のニセ科学!!

信じぬ者は救われる

  
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2008年03月19日

空前絶後、古今未曾有の快挙!!

青土社(というか編集に関わった郡淳一郎さん)から『足穂拾遺物語』を贈呈いただく。
これは凄い!! 凄すぎです!! 稲垣足穂の新発見文章101編+αに、解題・校異700枚(400字詰)を付した総ページ数456ページという、空前絶後、古今未曾有の快挙、といってもまだ言い足りない今世紀最大の出版企画です。
初出媒体に発表されて以来、これまで著書・選集・全集に一度も収録されたことがなく、しかも、それらの「作品年譜」「初出一覧」「解題」で言及されたこともなかったという、まさに幻の文章ばかりを集めたもの。筑摩書房版『稲垣足穂全集』と雑誌『ユリイカ増刊 総特集稲垣足穂』所収の「新発見作品10編」と合わせると、既発見の足穂作品は全て網羅されるというのです。
『遊』で松岡正剛さんから、また学研発行の『FAIR LADY』で柳生弦一郎さんから、『ゆでめん』で松本隆さんから、足穂という名前を聞き、出会ってから早35年が経ちました。爾来、足穂は僕の永遠の遠國であり夢そのものです。しかし、僕の足穂は、現代思潮社版『稲垣足穂大全』が全てでした。もちろんその後刊行されたあまたの選集、コレクション、単著書、対談集、雑誌特集、また論者による足穂論は集めていますが、その理念・思想において、この大全に勝るものはないと長い間思っていたのです。そんな僕にとってまさに青天の霹靂ともなったのが『ユリイカ増刊 総特集稲垣足穂』でした。そして、この『足穂拾遺物語』。さらにそれをはるかに上回る超サプライズな一冊となりました。
魔術的ともいえる編集の妙には感動の二字しか思い浮かびませんが、『ユリイカ』と同じ羽良多平吉さんのデザインワークが飛び抜けています。かっこいいを通り越して、もはや神々しささえ感じられます。
何はともあれ、みなさんぜひ買いましょう。一家に一冊あって当然という聖書にも匹敵する一冊であることは間違いありません。
なお、本書刊行を記念してイベントが開催されます。関西方面にお住まいの方、ぜひぜひ足を運んでくださいな。
「TAROUPHO LIVRE FRAGMENT」
「稲垣足穂になるのです」
足穂拾遺物語
  
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2008年03月10日

石川直樹さんの写真作品を掲載予定

カメラマンの石川直樹さんにお会いする。『談』no.81の「gallery」のヴィジュアル用に写真をお借りするため。まじめな好青年。『談』に興味を示す。これを機会に、ポートレイトを撮影してもらえるかと言ってみると、二つ返事で引き受けくれた。たまたま、次の企画が面白そうだからかもしれないが、石川さんに撮影してもらえるなら願ってもないことだ。彼はとても勉強家で文章も抜群にいい。それになんといっても冒険家。これから、長くつきあえそう。ちなみに、『談』には写真集『NEW DIMENSION』の作品を掲載予定。乞うご期待。
NEW DIMENSION
  
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2008年03月08日

ホントウに80年代がいっぱい詰まった本をいただきました。

香山リカさんから最近刊の「ポケットは80年代がいっぱい」(バジリコ)を贈呈していただきました。さっそく開いてぱらぱらめくっていたら、ありましたよ、ぼくの記述が。「〜人間的にとてもやさしく義理人情にも厚い人、〜」とある。これは、うそでしょう。かなりはずかしいです。
それはともかく、彼女をいろいろな人にひきあわせ、また、知り得る限りのメディア関係者と接触できるようにしたことはホントです。その一人がここにも書かれている泉秀樹さん。そうdzumiの店長です。セゾンが面白いことをばんばんやっていた時、その仕掛け人の泉さんに、今はなき六本木のWEVEで引き合わせたのは、ぼくでした。彼女にとって、それはその後の生き方にいろんな意味で影響を残しと思います。
思えば、ピテカンやカルデサックなんていう、もうとっくになくなったカフェ・バーや、まだ健在のCAYやロイズといったエイジアン、パンパシフィック系レストラン、名前は忘れたけれど2階の屋上から満月がとてもキレイだった青山の古い1軒家のビストロなんてところへ引き回したのもぼくでした。彼女は、このビストロが気に入って、その後鈴木慶一さんも来たCD発売記念(彼女は今で言うエレクトロのリミックスアルバムを2枚もプロデュースしている)のパーティ会場につかったりしてましたっけ。美味しいものをけっこう一緒に食べましたね。でも、あとから、彼女は「著作多数」の一冊で、自分は食べることにほとんど興味がないと書いておられて(確かにそれは感ずいていましたが)はぁ、そんなもんかいなぁと思ったものです。
それはさておき、マルチな彼女の活動の中で、思想系でサブカルチャーにも通じている才女というキャラづくりに、少しは貢献できたかなとは思っています。ところで、帯と奥付に貼り付けてある彼女の87、88年のお姿は、どうみてもクリスタル系ですね。ワンレンじゃないのが救いですけど。ご本人は、その当時松本伊代似と言われていたと書いていますが、ぼくは早見優かキムタクの妻似だと思ってました。
以前『タコ』のファーストアルバムに彼女が参加していたのを知って驚いた、とここで書きましたが、あれじつは香山リカさんではない別の香山リカさんなんだって。そんなに何人もいるのかって、いるんですよ、これが。その秘密を知りたい人は、ぜひ本書をお買い求めください。
ポケットは80年代がいっぱい
  
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2008年02月08日

「BLACK,WHITE & GRAY」展の塩の迷宮

恵比寿のMA2Galleryで始まった「BLACK,WHITE & GRAY」展へ。以前ブログでも紹介した山本基さんのインスタレーションを始めて見る。「迷宮」と題されたシリーズは、塩(を使用して描かれる)の線が、幾重にも引かれ、複雑な迷宮の世界をつくり出す。今回は、大きなガラス窓の一部を源泉にした塩製の水脈が、一度台地を形成し、しだいに微細な迷宮へと形を変えながら拡散していく。白いラインが入り組みながらまるでクモの巣のように床全体に張り巡らされている感じだ。無色透明な結晶構造は、光を与えられると乱反射を起こして白色になる。それは、単なる回路に過ぎないニューラルネットに刺激を与えると、それまで眠っていたさまざまな記憶が立ち上がり、物語という物質を生成する脳内過程を彷彿させる。生命の源でもある塩という物質が導き寄せた「迷宮」という名の記憶。この迷宮をたどることで、しばし、ぼくはぼく自身の記憶の旅を愉しませてもらった。山本さんは、インスタレーションの他にドローイングの作品と塩を材質にしたオブジェ、平面作品を展示している。
今回の展覧会は、他に関根直子さんのドローイング、藤井保さんの写真とのコラボレーションである。スタイルも表現方法も全く異なる3人の作家が、同一の空間にそれぞれの居場所見つけ出してつくり出したモノトーンの世界は、唯一無為のものだ。ひさしぶりに強いインプレッションを得る展覧会だった。
会場で、塩事業センターの大庭さんと再会。大場さんは、「迷宮」を見て、アステカ文明の残したレリーフやナスカの地上絵を思い浮かべたというが、それは、ここで使用されている精製塩がそもそも中米産のものだからではないかという。文字通り塩の記憶の表象だというわけだ。う〜む、なかなかうまいことをおっしゃる。余談だが、山本さんの仕事を知るきっかけになったのは、茂木健一郎さんからの1本の電話だった。たまたま、金沢21世紀美術館でお二人はトークショーをやり、「en」の連載を思い出して、ご紹介いただいた。そして、ぼくは、「en」の発行元である塩事業センターの大庭さんへとつないだのだった。まさに、縁(「en」)は異なもの味なもの、ですね。
「BLACK,WHITE & GRAY」展  
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あの強面として知られる論客も溺愛しているって?!

香山リカさんから『イヌネコにしか心を開けない人たち』(幻冬舎新書)を贈呈していただきました。
ある勉強会のこと。強面として知られる論客たちが集って何やら盛り上がっています。何かと思い、話に加わると、なんとペットの自慢話だったのです。自慢の我が子のプリントを持ち歩いている者、ケータイを差出し、ウチのはどうだと見せびらかす者。ふだんの彼らとのあまりのギャップに驚いた、というところから本書は始まります。
もはやペットなしでは生きられない現代人。なぜいい大人が、恥ずかしげもなく溺愛ぶりをさらしてしまうのでしょうか。家族より大事な「ウチの子」、ケータイの待ち受け画面はもちろん「ウチの子」、許されるなら「ウチの子」と一緒にお墓に入りたい……、このペットへの尋常ならざる愛、いったい日本人はどうなってしまったの? じつは、香山さんもイヌ1匹ネコ5匹と暮らすペット依存者だったのです。自らの経験を交え、空前絶後のペットブームの心理に迫ります。

イヌネコにしか心を開けない人たち (幻冬舎新書 か 1-2)
  
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2008年02月02日

アートがあるとそこにお客さんは自然と引き寄せられてしまうらしい

五感生活研究所の山下柚実さんから『客はアートでやって来る』(東洋経済新報社)を贈呈していただきました。というか、半月ほど前出版を記念するパーティが、この本の主人公「板室温泉 大黒屋」で行われ、代表の室井俊二さんにご招待いただき、その会場で頂戴したのでした。山下さんからようやく書店に並んだよというご連絡をもらったので、今日紹介することにしたのです。「アート」と「経営」を融合させた「奇跡の宿」"大黒屋"。なぜ、7割以上の客がリピーターになってしまうのか、なぜ、1週間以上滞在する客が1割もいるのか、なぜ、海外からも何百人もの客が毎年わざわざやって来るのか。「保養とアートの宿」をコンセプトに、「空間で楽しむアート」を旅館に取り込み、あらたな「アートビジネス」「旅館経営」で成功を収めているその秘密に、室井さんや従業員への取材を通して肉薄しようというもの。もちろん、山下さんが執筆するのですからありがちなビジネス書ではありません。彼女の重心は常に自身の身体に置かれ、これまでの著作同様五感(+六感)を全開にして、大黒屋と格闘しています。提灯記事にいつもうんざりさせられてしまう者にとって、ひさしぶりにちゃんとした「ビジネス」、つまり正直な仕事の本を読んだぞ、という気持ちになりました。働くこと、生きること、それは「楽しく働く」ことでなくてはなりません。では、それをどう実践していくのか。アートとはアルス(技芸)であり、古代ギリシアにおいては、智慧の意でもあります。そもそもアートと仕事とは一体だった。そんなことを私たちに思い起こさせてくれる一書です。 客はアートでやって来る
  
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2008年01月26日

本誌『談』no.80 お詫びと訂正

本誌『談』no.80特集「無意味の意味/非-知の知」におきまして以下のような誤りがありました。ここに訂正するとともに、ご迷惑をおかけしました読者の皆様ならびに関係者には深くお詫び申し上げます。
(Web版では、修正済みです)
p11.editor's note before の末尾
  sound cafe zdumi(吉祥寺)→sound cafe dzumi(吉祥寺)
p93.書物のフィールドワーク46の◎呪われた部分
  バタイユ 魅惑する思想 坂井健 →バタイユ 魅惑する思想 酒井健 
  バタイユ入門 坂井健 →バタイユ入門 酒井健
  エロチシズム G・バタイユ 坂井健訳 →エロチシズム G・バタイユ 酒井健訳  
p102.『談』取扱い店
  立川 オリオンノルエ →オリオンノルテ
  
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2008年01月25日

建築と建築模型の微妙な関係を知る展覧会

東京都庭園美術館で26日より開催される「建築の記憶 写真と建築の近現代」展の内覧会へ。この展覧会は、記録として撮影された明治期の建築写真から現代の写真まで、近現代の日本の建築を、同時代の写真家がそれをどのように捉え、どう表現したかをたどりながら、建築の歴史と写真の関わりを探ろうというもの。写真家の畠山直哉さんからご招待いただいた。会場に入ると、横山松三郎撮影(1871年)の「旧江戸城」や小川一眞撮影(1901年)の「乾清宮」を食い入るように眺めている人たちがいた。建築史の研究者なのだろうか、こういう鑑賞を誘発するのが今回の展覧会のユニークなところだ。ぼくは、やはり戦後の写真に興味が湧いたが、今回初めて気が付いたことがあった。最近、写真家の畠山直哉さんが東武ワールドスクェアの建築模型をまるで実物の建築のように撮影した写真集を出版した。この中の一枚、マンハッタンの摩天楼の写真をあるギャラリストに見せたら、「えっ、いつNYにいらしたんですか」と言われて笑っちゃったよ、と畠山さん。彼のスタジオにお邪魔してそのプリントを見せてもらった時のこと。建築模型を建築写真のように撮るというのは面白いものだなぁとその時思ったのだが、じつはこういうことは建築写真の初期からやられていたことだったのだ。展示構成の「写真家の目、建築家の仕事」で、渡辺義雄撮影(1962年)「前川國男設計/東京カテドラル 指名コンペ応募案模型」や村井修撮影(1962年)「丹下健三設計/東京カテドラル 」などを見て、正直驚いた。彼らは、まるで実際に立ち上がった建築物を見るような視点で模型を撮影していたのだった。特に後者は、模型と実物写真を並べ、模型本体もその前に置かれている。三者の関係を考える上で、非常に興味深い展示方法がとられた。しかもモノクロ写真なので、いよいよその違いはぼやけてくる。鉄とコンクリートを材料として使うようになってから、自覚的にそういう撮り方をするようになったのではないか。そんな勝手な想像をしてみるのだ。ジオメトリックでマッシブな造形とコンクリートの肌合いが、縮尺率を超えて実物と模型の際を曖昧にさせるのだろう。建築家は竣工間際の、人間のいない建築物を撮影したがる。人のぬくもりは、建築にとってはまるで邪魔もの扱いである。人などいない方がフォトジェニックだからだ。当たり前のことだが、建築模型にも人はいない。オブジェとしての建築こそ、彼らの理想なのだろう。つまり、建築は建築模型の「模型」なのかもしれない。ところで、畠山直哉さんが撮影した「せんだいメディアテーク」(伊東豊雄設計)の一連の写真も展示されている。建設中のプロセスを時系列的に撮影したシリーズ写真は、後に『UNDER CONSTRUCTION』という写真集になった。なにを隠そうこの本を編集したのはぼくである。今回、プリントの他に、スライドショーによる展示もある。また、『談』と縁の深い写真家・鈴木理策さんが撮影した「青森県立美術館」(青木淳設計)のシリーズ写真も展示されている。展覧会は、1月26日から3月31日まで。 東京都庭園美術館  
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2008年01月18日

『キレる大人はなぜ増えた』と『おとなの男の心理学』

香山リカさんから新刊『キレる大人はなぜ増えた』(朝日新書)を贈呈していただいた。じつは、昨年末にも『おとなの男の心理学』(ベスト新書)を送っていただき、あいかわらず月刊「香山リカ」状態が続いている。
「「すてきな年の重ね方をしている男性」はいそうでいない」「「まだまだ若い」と思っているうちに、本当の意味での「おとなの男」にもなれないまま、自分でいくら目を背けても「老い」や「衰え」が忍び寄って来ている」と、いきなり軽るくジャブをくらわせておいて、結局のところ、いちばん変化に弱いこころの持ち主こそ中年・老年の男性ではないかと、最後はアッパーカットでわれわれ男性陣をマットに沈めるのだ。とはいえ、『おとなの男の心理学』は、それで最後に笑うのは女だ、というわけではもちろんない。香山先生は、そうならないためには、老いを素直に受け入れて、もっと「老いを愉しもう」ではないかと励ましてくれるのである。本当の意味での「おとなの男」になるための秘訣を伝授する。
『キレる大人はなぜ増えた』は、まさにタイトルどおりのキレる中高年が、なぜ増えてきているのかを、こころの側面から解き明かそうというもの。その病理性を分析するだけではなく、むしろ、キレざるをえない、キレなければ生き残れない社会の病理を問題視する。そして、本書も「キレないための処方せん」をわれわれに示してくれる。
キレる大人はなぜ増えた (朝日新書 90)

おとなの男の心理学 (ベスト新書 166)
  
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2008年01月17日

動くヴィヴィアン・ガールズを見た!

映画美学校試写室にて「In The Realms of The Unreal… The Mistery of Henry Darger」を見る。ヘンリー・ダーガーのドキュメンタリー。ただし、生前の彼を知る人々のインタビューの間に、「非現実の王国」のヴィヴィアン・ガールズのアニメーションが挿入されるという異色作。アニメーションといっても、あくまでダーガーの絵画作品が使われ、登場人物の身体の一部を動かしてみせるというもの。インドネシアの影絵のような感じで手や足が動く。このアニメーションには驚かされたが、期待したほどではなかった。ドキュメンタリーとアニメという全く異なる二つの世界を結合させたために、その連続性ばかりが強調される結果となった。かえって予定調和的になってしまい、その分ダーガーの特異性が霞んでしまったように思われる。オーソドックスにドキュメンタリーで攻めきった方がよかったのではないか。82分という長さですら、ぼくには退屈に感じられた。今春シネマライズで公開予定。  
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2008年01月07日

『談』no.80 特集「無意味の意味/非-知の知」が発行になりました。

『談』no.80 特集「無意味の意味/非-知の知」が発行になりました。今号から表紙は、勝本みつるさんの作品です。インタビュー、対談のアブストラクト、editor's note before、afterは左のナビゲーションバーの「最新号」からアクセスできます。 

表紙

  
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2008年01月03日

『談』no.80 1月7日に発売!!

『談』no.80 特集「無意味の意味 非-知の知」
1月7日に発売になります。一部書店では、8日店頭発売。
110p 800円(+税)
●春日武彦 無意味なことに魅せられて……ささやかだけど役立つこと 
●吉田裕 「呪われた部分」はどこへ行ったか……バタイユ的経済学のゆくえ
●澤野雅樹×萱野稔人 〈対談〉いかにして消尽したものになるか……「主人と奴隷の資本主義」から遠く離れて
表紙 勝本みつる
挿画 小西真奈
no.80 販売店広告  
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2007年12月28日

『談』no.81号の特集企画は……

14時より『談』no.81号の企画会議。特集案を2本提案する。一つは「〈共に在る〉哲学」、もう一つは「世界はサウンドで満ち溢れている……人びとの音を探して」。最初の方は以前一度提案させてもらったが、人選を一部変更した。ところが、その人選に「ちょっと待った」コール。J.J.ギブソンの生態学的心理学、アフォーダンスから、共在という考え方にアプローチしようと思ったが、それがわかりにくいというのだ。それより普通にネットワーク論とか社会心理の方がいいのではというご意見。しばらく議論したが、スケジュールのことも考慮して提案した企画でいくことになった。アフォーダンスについては、今どきの中学生の教科書にも載っているような考え方、あまりにあたりまえすぎて、かえってむつかしいと感じるんだと思う。サウンドの特集も同時に進行させることにした。
事務所にもどって、さっそくインタビューを予定している3人にメールで依頼状を出すと、一人から即レスで快諾。それが、それが渦中の人だった。ぼくがなぜこの人にお願いしたいと思ったのかというと、きっとこの企画に乗ってくれると思っていたからだが、そのとおりだった。この特集にあえてアフォーダンスから切り込むというのが、じつに『談』らしい、とでき上がってみるときっとわかっていただけると思う。  
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2007年12月22日

現代の「倫理」的問題に「論理」的にアプローチする「哲学ディベート」

國學院大学文学部教授・高橋昌一郎さんから『哲学ディベート…〈倫理〉を〈論理〉する』(NHKブックス)を贈呈していただいた。
哲学ディベートとは何か。現代社会におけるさまざまな倫理的な問題に対して論理的には何が言えるか、それを考えるというもの。具体的にいえば、「現代社会で生じた現実の事件を論題として設定し、肯定側と否定側に別れてディベートを行う。ただし、(…)その目的は、その背景にどんな〈哲学〉的問題があるのかを論理的に掘り下げて」、今まで気づかなかったあらたな発想を見つけ出すことであり、一種の弁論術を養うことにもつながるという。
章ごとに、「あなたはなぜ正直なのか」→道徳から始まり、「食べるとはどのようなことか」→文化、「いかに産むべきか」→人命、「どのように罰すべきか」→人権、「何をしても許されるのか」→自由、「いかに死すべきか」→尊厳、といった倫理的問題が、先生と学生の討論という形式で展開していく。「普段あまり使わない思考や感情の回路をためされること」になるはずと著者は言うが、なるほどそうである。読み進めるとすぐに夢中になって、自分も学生(役)と同じように、けっこう真剣にその問題と向き合っていることに気づいて、はっとした。まんまと高橋さんの弁論術にはまってしまったというわけだ。
高橋昌一郎さんには、『談』no.69で「科学はなぜ嫌われるのか」というテーマでインタビューをしている。この時もディベートをすることの重要性を説いておられたが、その目的は相手を論破することではなく、あくまでもさまざまな意見を出し合い、比較しながら自分の考えを打ち立てていくことにある。哲学とは、遠くギリシアの時代から、聞くこと(他者の声を)、話すことだったのだ。そして、それはとてもわくわくする体験なのである。哲学することの愉しさをあらためて教えてくれる一書である。
哲学ディベート?〈倫理〉を〈論理〉する (NHKブックス 1097)
  
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2007年12月21日

あの名番組「beat on the road」のナビゲーターといえば……

もう終了してしまいましたが、J-WEVEの「beat on the road」や「midnight garden」のナビゲーターであり、作家、エッセイストとしても活躍するロバート・ハリスさんにインタビューをしました。風呂場でラジオを聴く習慣があるぼくは、この二つの番組は湯船につかりながらよく聴いていたのです。とくに、前者は、velvet undergroundの「European Son」から始まるヒップでクールな番組。60年代のヒッピーカルチャーやビートニクが好んで取り上げられていて、「Somebody To Love」とか「Marrakesh・Express」なんかがかかると、ぼくも大声で歌ったリもしました。そのハリスさん、BSの60年代のフェバリットソングをかけまくるという特番に出た時のこと。スタジオでナビゲーターをしている間中たばこを吸いまくっていたのです。ゲスト出演していた森雪之丞もものすごいチェーンスモーカー。放映中2人の口から立ち上る紫煙で、スタジオの中は霞がかかったような状態。近ごろ絶対見れないような光景をTVは流し続けたのでした。
こんなにすさまじいスモーカーなら、きっとたばこにまつわる思い出や面白い話が沢山あるに違いないと思いインタビューとあいなったのですが、しかし…。ハリスさん、現在すっかりたばこはおやめになっていたのです! えぇ、困った。とはいえ、もうインタビューは始まっているし。どうしよう〜。
いやいやいらぬ心配でした。ハリスさん、からだがどうだとか、健康がどうだとかでやめたわけではなく、奥さんと娘さんへの気遣いからだったのです。今でもたばこは好きで、ただ自分はやめたに過ぎない。たばこ文化は大切だと言いきり、昨今のたばこ排撃には、憤りすら感じると。そして、期待通り、スモーカーだった頃のとっておきの話をいくつも披露していただきました。
ところで、「ハリスさんにとってたばこってなんですか」という最後の質問にも、こんなステキな解答が、それは…、おっとこれは、『TASC monthly』3月号のお楽しみ。  
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2007年12月20日

ゴジラ・モスラから原水爆のイメージを解読する

筑波大学大学院人文社会科学研究科教授・好井裕明さんから新刊『ゴジラ・モスラ・原水爆 特撮映画の社会学』(せりか書房)を贈呈していただきました。好井さんは「人びとの社会学」の立場から、差別や排除問題を研究されておられます。「人びとの社会学」とは、「人びとの日常に埋め込まれ、痕跡をとどめないほどにまで溶け込んでいる"ものの見方や感じ方"、その影響のありようや影響の"根拠"を探り出そうという営み」ですが、好井さんがとくにこだわって考察されておられるのが映画体験です。
本書は、いわば映画体験の社会学という視点から氏が子供の頃から親しんできた「怪獣映画」を読み解こうというもの。「怪獣映画」は、子供にとっては娯楽映画の花形。氏(1956年生まれ)と同世代の筆者も怪獣にどっぷり浸かったくちですが、ここで取り上げているのは、その怪獣映画に色濃く影を落としている原水爆のイメージです。特撮怪獣映画そのものが核のイメージによって成立している。ところが、怪獣映画にとって重要な要素であった原水爆のイメージが、最近作ではみごとに払拭されている。それはどういうことなのか。そこにどのような力が働いているのか。
原水爆のイメージが、日常生活を通してどのように浸透していき、またそれが今日どのようなかたちで変容、終焉していったか、映画体験を通して例証しようというのが本書の試みです。「怪獣映画」「特撮映画」が純粋に好きな人には、ここでの読解が偏って見えるのでは、と著者は心配しているけれども、そんなことはないですよ。だって怪獣というもの自体がそもそも偏奇なものの代表のような存在ですし、その意味ではそのバックグラウンドを知ることなしに、「怪獣映画」を楽しむということ自体筆者(おそらく怪獣ファンのかなりの人も)には考えられないことなのですから。
「映画の社会学」だけでなく、メディアリテラシー、あるいは生-権力の言説研究に関心のある人にも読んでいただきたい一書です。
ゴジラ・モスラ・原水爆?特撮映画の社会学

  
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