2008年06月27日
制作現場の近代化は、ほんとうに必要なことなのか。
本日は、ポン友、桑山和之さんをお招きして映画プロデューサー論、その仕事の中身について話してもらった。最近撮り終えたばかりの作品を例にしながら、特に予算表と予算管理について。最近映画制作現場も変わってきたという。ハリウッドの映画制作スタイルの影響かと思ったら、テレビの影響力もかなりあるらしい。それと、コンプライアンス、IR、CSRが言われる中、文化事業といえども透明性が問われるようになってきた。投資を呼び込むためにも、旧態依然の映画づくりは、変わらざるを得ないというわけだ。しかし、それがほんとうにいいことか。かつてのようにどんぶり勘定でやっていていいわけはないが、クリエイティヴな仕事にとって、それが不可避なこともある。事業の近代化は、表現の仕事にとってどこまで有効なのか。つい最近も、某有名企業の文化事業の成功と失敗を、その当事者にお聞きしたばかり。ほとんど収益をあげることのなかった事業が、日本文化の質的向上にはおおいに貢献した。文化事業には、矛盾はつきものだ。この問題は、あらゆるエンタメ・ビジネス論に共通する課題である。この切り口から、エンタメ・ビジネス論を展開すると面白い。まだ誰も手を付けていないことなので、話題提供という意味でも、やる意義は十分あるだろう。
桑山君、この近作をやって、若い連中の映画づくりに、激しくギャップを感じたらしい。しきりに「モチベーションがないとつくれないよ」を連発していた。そして、いよいよほんとうにやりたい映画をつくる時がきたと自覚したらしい。つまり、やりたい本で、資金調達から製作まで、場合によってはメガフォンもとる。本来の意味でのプロデューサーになる時がついにやってきたというわけだ。そして、今の関心は、「国境なき医師団」だという。これをテーマに、1本つくってみようかという気になっているらしい。機は熟した。僕も応援するのでがんばってください。
2008年06月15日
「ハモニカ横丁」という印刷物を発見。
昨年にひき続き吉祥寺サーベイ。少し早く着いたのでハモニカ横丁を下見。ハモニカキッチンの店頭に「ハモニカ横丁」という印刷物を発見。カラーでおシャレな案内用のペーパー。昔僕らの作ったものも少しは刺激になったのかもしれない。13時にみんな揃ったところで出発。今日は、ハモニカ横丁から。さすがこういうのは見たことがないようでみなさん面白がる。小ざさ、メンチの佐藤の行列を見てFFの武蔵野美術館をみて東急裏へ。ビレッジバンガードに入り、ダンディドン。弁天湯からスイミングプール、パルコの前を通って、一坪ショップ、ホテルニューヨーク、吉祥寺シアター、ガードを潜って、round about、丸井の横を曲がって、七井通り。スタバの横のいせ屋公園口は、満席。井の頭公園の大道芸を見て、お茶の水へ。学生の一人が、ここのわき水はポンプアップしている、とまた身も蓋もないことを言う。リニューアルして間もないいせ屋本店へ。だいぶ並んでいたが、8人分の席を空けてくれて10分強の待ち時間で入れた。焼き鳥を1本づつたのんだら、おばちゃんに怒られた。8人分なんだから、けちけちすんなって。そりゃそうすっね。1時間ほどいて、最後の目的地dzumiへ。
2008年06月05日
伊奈さんの作品を扱うギャラリスト
乃木坂のGallery art unlimitedへ。オーナーである高砂三和子さんと打ち合わせ。昨年、伊奈英次さんの作品をかわせていただいた。高砂さんは、気取りがなく、頼りがいのある存在。話しができるだけで、とても楽しくなってしまうのだ。ギャラリーでは、ちょうど齋藤芽生さんのエキシビション。赤い掛け軸の色紙の上に描いたものがいい。学生の時に課題で描いた架空の花の図鑑シリーズにびっくりする。非常にロジカルに表現に向かう作家とみた。ぜひ『談』のヴィジュアルで紹介したい作家だ。肝心の授業の打ち合わせより、作家についての雑談で盛り上がる。荒川大先生は、誰に対してもバカ呼ばわりをするのだと思っていたら、意外とKYしているらしい。荒川事務所とツーカーの関係、というかギャラリーの作家でもあるので、三鷹天命反転住宅の見学ができることになった。身体関係でお世話になった先生や編集者仲間を誘って7月に見学ツアーをしようと思っている。
2008年06月03日
いつも行くような会場ではおめにかからないタイプの人が多かったライブ
アサヒビールのメセナ活動の一環であるホールコンサート。出演はユニ・マルカ。受付にコーディネーターの小沼純一さんがおられたのでご挨拶。小沼さんの連絡先を教えもらった田井中麻都佳さんも一緒だったので、彼女に小沼さんを紹介する。田井中さんに小沼さんの存在を教えてあげたのは僕なのだが、連絡先は知らなかった。田井中さんは、調べて原稿を頼んだ。その連絡先を聞いて、今度は僕が対談に出てもらった。僕は小沼さんと面識があったが、彼女はまだ会ったことがなかった。そこで、こんなややっこしい関係になってしまったのだ。
会場を見渡すと、コンサートで見かけるような人がほとんどいない。訊ねてみると予想していた通りの答えが返ってきた。今回ですでに105回目。メセナ活動なので、地元に還元するという意味もあって、近隣に広報している。アーティスト・パトロネージュ方式なので、チケットフィーは見終わったあとにお客さんが決める。したがって入場料は格段に安い。なので、近隣からやってきた常連客がたくさんいるのだ。しかも、時間に余裕のある人、つまり高齢者が多い。なるほど、それで普段見かけない人が沢山いらしたというわけか。
さて、その音楽だが、コントラバスとボーカル、それにゲストとしてパーカッションが入った3人編成。ちょっとは期待したのだが、正直ちょっと…という感じだった。詩とうた。演劇をやっていた女性なので、ミュージカルのような感じで歌われる。面白くないかといえばそんなことはなく、面白い。でも、今のぼくに必要な音楽かといえば、申し訳ないけれどあまり聴きたい類いの音ではなかった。小沼さんの作品も演奏されたので(小沼さんは、作詩だけでなく作曲もされる方だったのだ)それは面白かったが、全体は、はっきりいって長〜く、少しばかり退屈な感じのライブでした。
2008年05月23日
KYなんてくだらない、世界の荒川は空気を読まないから凄いのです
会長の河本英夫先生のはからいで「日本病跡学会」総会に参加する。朝一で最初のセッションから参加。なぜなら、偶然にも『TASC monthly』でご寄稿をお願いした神戸大学国際学部の志紀島啓さんの発表があるからだ。お題は、「漱石の「こころ」を読む日本近代=ホモソーシャル+メランコリー=(3P)n」。柄谷行人の「こころ」読解には致命的欠陥がある。あろうことか、彼の批判する独我論の立場に立って「共同体」を批判するという転倒が起こっているという。そこで、3P(あっちのそれではありません)つまりPrivate、Public、Partnerを巡る問題として捉え直し、スキゾ的逃走=闘争の線をひこうというもの。着眼点はユニークで、きわめて示唆に富むものであったが、限られた発表時間内では十分に理解できなかった。ご本人は体調がよくないということで、発表後すぐに退席、せっかくご挨拶しようと思っていたのだが残念ながら果たせなかった。
休憩時間に、会長の河本英夫さん、廣中直行さん、十川幸司さんらに挨拶。花村誠一さんの顔も見えたが、お話はできなかった。
そのあと幾つかのセッションのあと、河本さん作の映像作品「ホモ・エクササイス」が上映された。これは以前DVDに落としたものをご本人から送っていただき見てたのだが、今回は、舞台に3人の演者をあげて、生のナレーション付きで公開された。
そして、最後、今回の特別講演、荒川修作さんによる「天命反転…New Science of Life」が行われた。河本英夫の紹介が終わると、三鷹の住宅の映像が流されて、突然話が始まる。ろれつがまわっているんだか回っていないんだかわからない話し方で、放言を連発。古典なんてものは、全部ダメ。ぼくたちは、身体の可能性をまだまったく使っていない。0.000001%も使っていない。ところが、人間はばかなことばかりをやっている。戦争はその最たるもの。今から半世紀も前に、NY郊外で赤ちゃんを何百人も集めていろいろな実験をした。赤ちゃんは、成人と違って身体の可能性を無限に知っているしそれを可能にしようとしている。なのに、成長とともにその可能性をどんどん狭めてしまう。なんとばかなことをわれわれはやっているのか。人類はみんな等しく狂っているという。というようなことを、もごもごと喋るのである。今回の基調講演者加藤敏さんが、この学会は創造行為というものと狂気の関わりを考える学会であると会場から質問をすると、ここにいるみんな狂っている。患者さんばかりではなく、お医者さんも、学生もみんな狂っていると応答。会場の一部からは失笑もでたが、そこは世界の荒川。その特異なキャラで、オーディエンスを納得せしめたのだった。
ところで、荒川さん、昨日NYから来日されたといっておられたが、飛行機はもちろんFクラスやBクラスじゃないですよね、三鷹天命反転住宅をつくるお人ですから、Eクラスをかえって愉しんでいるはずですもの。
2008年05月21日
なんでもいいと言われても…
『TASC monthly』の原稿依頼をいくつか同時にしていますが、ようやく随想に予定している団まりなさんとご連絡がとれました。二つ返事でオーケー。「でも、なんでもいいと言われても、困るわね」と。そうなんですよ、随想のテーマ、あえて言えば自由。でも、今どきこういうなんでもいいという原稿、ある意味とっても貴重だと思います。これを余裕というのでしょう。たばこが本来もっていたものは、この自由なのですから。「なんでもいい」からいいのですね。
2008年05月16日
音楽ビジネス環境はiPod/iTunes登場でどう変わったか
立教のエンタメビジネス論の今日のゲストは音楽プロデューサーの八木良太さん。PPデータを作ってきてくれて、それを参考にして話してもらう。パッケージビジネスを中心とする音楽ビジネス環境はiPod/iTunes登場でどう変わったか。興味深かったのは、日本では配信ビジネスというとその9割が着うたフルに代表されるケータイ。これは、かなり特殊らしい。PCの伸び悩みはなぜか。また、音楽ビジネスそのものが衰退しつつあるという話。ビジネスネタを中心に、音楽産業からみた現在の音楽環境論という様相になって、話としては非常によかった。
終了後マレーチャンで食事。彼のお姉さんがクリエティブ・マンの部長さんなので、毎年サマソニには、お手伝いでいくという。今、見たいライブはなにかときかれたのでシャディと即答すると、「いや、ぼくもそうなんですよ」と意気投合。けっこう聞いているものがおんなじだったりして。これから、長くお付きあいができそうだ。
2008年05月09日
ぼくの好きなミュージシャンを呼んできた人にお話してもらった。
立教大のエンタメ論は、今日から毎週ゲストスピーカーをお招きして、現場の話をしてもらうことにした。第1回目は、プランクトンの川島恵子さん。20年以上にわたり、ヨーロッパを中心に海外のミュージシャンを日本に招聘してきたプロモーターの社長さんだ。日本ではなじみのなかったヨーロッパ周辺の音楽、ケルトや東欧圏、バルカン半島周辺、北アフリカ、地中海周辺などで活躍するミュージシャンを発掘し、来日公演を制作してこられた。またレーベルもやっていて、そうした周辺音楽のミュージシャンのCDやDVDを精力的にリリースしている。
ユッスー・ウンドゥール、サリフ・ケイタ、ブレイブ・コンボなど当時ワールドミュージックといわれた音楽に目覚めてから、やがてヨーロッパの周辺音楽に関心をもつようになった。気が付くと、アイリッシュ・トラッドをベースにアフロでファンクでジプシーでアラブでプログレで、おまけに超トランシーなグルーブ「KILA」、バルカン・ブラスの超絶オヤジ集団「ファンファーレ・チォカリーア」、ベルギーから小型バスに乗って世界を移動しながら、トルコやブラジル、イヌイットやモロッコの音楽とミクスチャーしまくる「シンク・オブ・ワン」、ラテンアメリカの超前衛アルゼンチン音響派が続々と来日するではないか。ぼくはそれを次々に見聞きすることになるわけだが、それらは全部じつはプランクトンが招聘もとだったのである。
なんでこんなにユニークな音楽を見つけてこられるのか。そして、それをちゃんと日本に紹介し、お客さんを集めて、ビジネスとしても成功させている。そんなことがどうして可能なのか。じつは、僕自身がとても知りたくって、それで川島さんにとことん聞いてみたいと思ったわけである。
はたして、その話はみごとに面白かったのです。面白かったのだけれど、書けない話ばかり。ちょっとヤバいこともあるから。でも、今度は『談』にでも登場してもらって、あらためてじっくりお話してもらおうと思っているので、その時まで待っていてくださいな。
ところで、川島さん一押しのアーティストAsa(アシャと読む)の来日コンサートがあります。興味のある方はぜひ聴きに行ってください。ぼくも大好きです。↓
「LAFORET SOUND MUSEUM」
2008年05月08日
香山リカさんが懸念するのは科学への間違った期待だ。
TASC主催で香山リカさんの講演と交流会。テーマは「こころの不安と健康幻想」。欠如から過剰へ。外敵から内敵へ。見えるものから見えないものへ。「悪いところを治す」から「よいものをよりよくする方向」へ、現代の病が根本から変化していることに注目する。科学的思考とは、まだわからないことがあることを明らかにするところにあるのに、市民は逆にシロクロをはっきりさせてくれるのが科学だと思いこんでいる。科学的な真理をいくら並べ立てても市民は納得してくれない。市民が期待しているのは、それがシロなのかクロなのか、である。そうした市民のニーズに応えようとすればするほど、科学者はうそつきにならざるをえない。そして、前世を語る人のことばに反応し、民間医療に期待をかける。こうした図式が、ニセ科学というものを生み、また、市民はそれに騙されたがっているのだ。現代のこの状況は、まだまだ続くことなのか、あるいは、もっと別のものに変わっていくのか。香山さんの意見はいかに。望ましい方向にいくのではないことだけは確かなようだ。臨床経験をもとに現状を分析する香山さんの話は、説得力があって示唆に富むものだった。
2008年04月11日
実務家が実務家に教えるものなどあるのだろうか
エンタメビジネス今年最初の授業。10分遅れて教室に入ると5人、あとから一人加わって全員で6人。去年の半分。今回の顔ぶれは、写真スタジオの経営者、スポーツスクールの経営者、資格教育の学校で教鞭をとっている人、公務員、リゾートホテルのマーケティング担当、元商社マン。みんな、会計学、財務などの実践的なマネジメントの教育を受けている人ばかり。こりゃ、ちょっとやりにくいなぁと思いつつも、ぼく流のやりかたでやるしかない。しかし、今年は逆にぼくが勉強させられることになりそうだ。
2008年04月07日
朝、昼、おやつ、晩の4食すべて焼きそばの日。
焼きそばでまち起こしをする富士宮へ。東京は天気だったのに雲行きが怪しくなってきた。富士宮駅に降りるとぽつぽつくる。まず富士急東急ホテルに荷物を預ける。タクシーで浅間大社へ。とりあえずやきそばを賞味しようと、中華料理店「瓔珞」へ。ちゃんとありました。麺は硬め。ウスターソース、いわしの粉、七味唐芥子など好みでかける。確かに、普通店で食べるのとは違う。浅間神社の入り口にあるやきそば店を覗き、写真を撮らせてもらう。
13時よりやきそば学会会長渡辺英彦さんの取材。学会といっても学術学会でも、もちろんあっちの学会でもない。焼きそばの普及・発展につとめる任意団体だ。渡辺さん、著書でもインタビューでも、あまりにオヤジキャグ、ダジャレがすぎるので、カルイ人かと思ったら、ぜんぜんそんなことはかった。自分の立ち位置を自覚しながら、けっこうまじめに、戦略的に考えている人だった。
取材のあと、お宮横丁の学会の直営店で焼きそばを賞味する。鉄板焼きで焼くのを見る。富士宮の産のそばに、肉カス、いわしの粉、ウースターソース。これがメイドイン富士宮の焼きそばのベース。ここのは、麺がもちもちしている。ソースも学会のお墨付き。端麗辛口の冷が合うという。なので、大吟醸ならぬ、「だいびんじょう」で1杯やりながら。この酒、学会が富士宮の清酒メーカーにつくらせたもの。大吟醸にあやかって、「一種の便乗品です」ってまたしてもオヤジギャグ。しかし、「だいびんじょう」さすがにベスト・マリアージュだ。
普段は賑わう広場も天気が悪いためか、人影もまばら。それでも、何人かグループのお客さんがきたところで撮影をする。ぶらぶらと通りを歩く。渡辺さんご推薦の、駄菓子屋系の焼きそば店「うたちゃん」に入る。おかあさんが二人でやっている店。14年前に開業した。となりに小学校があるので生徒さんも来るのかと尋ねると、父兄同伴以外は禁止になったという。
ここのは、肉かすもベニショウガも手作り。肉かすをつまみにビールを飲む。さすがにお腹がいっぱいになった。ぶらぶら一駅分歩いてホテルに帰る。夜19時再び「つぼ半」へ。昼間最初に寄ったのだが、終っていた。ちょうどおかみさんが出てきて、「ごめんね、中見ていく?」とわざわざかぎを開けてくれて(というかぼくが開けて)、中を見せてもらう。それで、夜来るね、と伝えておいたからだ。
店は学生さんでいっぱい。ここは、各テーブルに鉄板があって(50年使い続けているらしい)、そこにザルに入れた麺と野菜を持って来て、おかみさんが焼いてくれる。すぐ焼き上がったが、撮影とまだお腹が減っていないので、躊躇していたらどんどん火が入って、すごく硬くなった。それでも、なんとなく懐かしい味がぼくにの口には合いました。というわけで、本日朝、昼、おやつ、晩と4食焼きそばづくしの一日だった。
2008年03月16日
瀬戸際でバタバタしちゃって、まるで去年と一緒じゃん
明日入稿なので、最後の原稿書きに追われる。編集会議でお茶を濁したので、なんとか期日は守らないといけない。そのためには、夕方までに書き上げて、デザイナーへ送って、レイアウトしてもらって、校正して、修正して、再校とって、明日朝には入稿、となっていないといけない。なのに、気ばっかり焦って、筆は進まず……。
2008年03月11日
本郷の3階建木造建築があぶない
第一生命ビルへ。企画委員の先生方が財団の理事さんとお茶をしていたので、合流させていただく。本郷の3階建木造の保存があやしくなってきたらしい。これまで絶対に内部は公開しなかったのだが、保存修復派が世論の支持を得ようと、公開に踏み切ったという。中庭空間があるなんて知らなかった。トイレも2階にしかないとか、それなりに不便なところも多いそうだが、なにせ伝統のある建築、ぜひ修復して住み続けられるようにしてもらいたいものだ。壊す→タワーマンション、というのだけは絶対やめてもらいたい。
企画委員会は、まず、もうすぐ発行の号の色校正お見せして始められた。今回は力作、写真がとてもいいと絶賛。うれしいやら恥ずかしいやら。クライアントに満足してもらえれば半分成功したものだ。なにより励みになるし。企画委員の皆様方も熱心にみておられた。ということで、新企画を2本提案し、両方ともオーケーをもらう。皆さん食べることがお好き、食にからめた企画はうける。もう一つの「外から」企画も興味津々だった。いつものように、いろいろな意見が出されて(それにしても皆さんバックナンバーを読んでませんね)、とても参考になった。瀬戸内の新鮮な魚介類を味わいつつ語り合うってのはどう? といううれしい提案をなさる先生が一人おられて、もう大拍手!! また、楽しみな特集になりそうだ。
2008年03月09日
KPOで舞踏と身体宇宙のシンポを手伝ったあの日のこと
KPO(キリンプラザ大阪)の20年のあゆみを「新日曜美術館」が特集したので見る。始めの方で、白桃房の公演のビデオが流れた。90年にこの公演と一緒にシンポジウムや写真展をやったのを思い出す。メディア・アーキテクトという肩書きで全体のディレクションとシンポでは司会もやった。放送では、その公演の様子がちょっと流れた後は、KPOアワードを中心に、第1回受賞者のヤノベケンジ、束芋さんの作品などが紹介していた。それを見ながら、やはり思い出すのは自分がやった企画の方。戸田ツトムさんに舞台のADをやってもらい、山村俊雄さんがそれを形にする。写真展は、伊奈英次さんに白桃房の人たちの顔を超ドアップで撮り下ろしてもらった写真を展示。インスタレーションもやりました。そして、そのシンポジウム。今福龍太さんや植島啓司さん、香山リカさんらにまじって中沢新一さんにも出席してもらった。打ち上げでは、中沢さんの本みんな読んでるし〜、っていったら、ほっぺたにキスしてくれたっけ。あの中沢さんにですよ。坂田明さんとは「新世界」で飲んだし。今にして思うと、あの時がぼくのピークだったのかもしれない。なんて、思ってみたりしてね。
2008年02月29日
感染(うつる)んですよ、文体って。
昨日ようやく原稿を書き上げた。斎藤さんに読んでもらう。しばらくして用語統一と合わせてチェックしてくれたのを返してくれた。開口一番「インタビューの前までの文章、○○チックになってるよ」。ぷっふぁ、本当そうなんですよ、すっかり感染ってしまった。○○さんのあの独特の節回しが、かえって内容をわかりにくくしているのであれば、彼の言いたいことを、だれにでも理解できるように書きなおそうではないか。そう宣言して始めたはずなのに…。○○チックだってさ。感染力が強いってすごいですね。ってか感染やすいってことか。
2008年02月26日
いつまでつづくぬかるみぞ。
あ〜、今度は本文の原稿書き。昨夜からずっとやっているが、まだまだ続きそう。いつまでつづくぬかるみぞ。
2008年02月24日
今時、400字詰めでっていっても通じませんから
昨日からずっと写真にキャプションをつけている。文章を補足するような、あるいは、ちょっとしたコラムのような長めのキャプション。それを100ぐらいつけている。平均100字あるとすれば、それでもう400字原稿用紙で25枚。切り口がちがうので、1本25枚の原稿をかくより、はるかに難儀で手間のかかる仕事だ。ところで、今時、400字詰めで…、なんてお願いすると、??? という顔されますけど。
2008年02月16日
雑誌にとって台割りは、じつは1番大事かもしれない。
雑誌にとって台割りは、じつは肝なのだ。ページ数が決まっていて、色数も決まっている。『談』もそうだけど、もう一冊の『city&life』もまるこど一冊特集形式。文章とヴィジュアルのバランスや配置。文章といっても、インタビュー、対談、ルポ、書名原稿、コラムにキャブション、それと編集原稿というのもある。ヴィジュアルといっても、写真にイラスト、地図やグラフ、これらを一つのページにどう布置するか。また、それをどう連続させるか。いわゆる「見せ方」。あ〜でもない、こ〜でもない、しながら、ぺージどりをしていくわけである。そんなわけで、今日はこの台割りを考えていたら1日終わってしまったのであった。
2008年02月14日
写真は撮った後の整理が1番大変かも。
昨年末撮影したパリ、リヨン、リール、三都市の写真整理。デジタルなので、かなり枚数を絞って撮れるのだけれど、ざっと500カット以上。撮影順になっていたものをテーマごとに分類、さらに印刷原稿用にセレクトして、なんとこさ70カットぐらいまで。しかし、これでも全然多いのです。この仕事まだまだ続きそう。
2008年02月13日
エッセイを書く、といってもある方のですが…。
『TASC monthly』用のロバート・ハリスさんのインタビュー原稿を書き上げる。いつもの談形式はやめて、思いっきりエッセイ風にしてみた。自分で言うのもなんだけど、これがなかなかうまくいったのだ。
かる〜く書けるものなら、この手がある。こういうのに味しめちゃうとぼく的にはじつによくないけどね。
3月には発行になるので、どこかでみつけたら(って基本的にはTASCの会員にならないと貰えませんが)よんでみて下さい。
2008年01月26日
本誌『談』no.80 お詫びと訂正
本誌『談』no.80特集「無意味の意味/非-知の知」におきまして以下のような誤りがありました。ここに訂正するとともに、ご迷惑をおかけしました読者の皆様ならびに関係者には深くお詫び申し上げます。
(Web版では、修正済みです)
p11.editor's note before の末尾
sound cafe zdumi(吉祥寺)→sound cafe dzumi(吉祥寺)
p93.書物のフィールドワーク46の◎呪われた部分
バタイユ 魅惑する思想 坂井健 →バタイユ 魅惑する思想 酒井健
バタイユ入門 坂井健 →バタイユ入門 酒井健
エロチシズム G・バタイユ 坂井健訳 →エロチシズム G・バタイユ 酒井健訳
p102.『談』取扱い店
立川 オリオンノルエ →オリオンノルテ
2008年01月23日
80年初頭の東京undergroundシーンについて、誰か書いてくれないかなぁ
夕方、新年の挨拶を兼ねてsound cafe dzumi(吉祥寺)へ。19日に開催された出版記念会に出席したこと(ぼく)、出版記念会を開催したこと(泉さん)を相互に報告し合う。出版営業のYさんが来店して、しばらく雑談をしていたら音楽プロデューサーのUさんが来店。鈴木治行さんをプロデュースしたというので、そのできたてほやほやの音源を聴かせていただく。
もともとこのミュージャンのファンだったという阿木譲さんの名前がでたのがきっかけで、一気に70年代末から80年代初頭にかけて、群雄割拠した東京undergroundシーンの話題に花が咲いた。驚いたのはコクシネルなどの演奏が入ったコンピレーションアルバムをなぜか泉さんがもっていたこと。ぼくもどういうわけか、カセットテープでもっていたりして、何十年ぶりかぐらいで聴く。さらに、泉さん「たこ」のファーストアルバムなんかも出してくるではないか。ついでに、それも聴いてしまった。すっかり忘れていたのだが、このアルバムには、1曲香山リカさんがボーカルで参加している曲がある。「たこ」のリーダー山崎春美さんは、じつは香山リカさんの名付け親。そんな関係で彼女も参加しているのである。細川周平さんが曲の幕間に各国語を使い分けてナレーションやっていたり、坂本龍一が1曲やっていたり、今思うとものすごいアルバムだ。つくづく面白い時代だったなぁと思う。
「天国注射」というイベントがあった。今でいうところの音響派になるのか、パンク、ニューウェーブのミュージャンに交じって、実験的なサウンドを追究していた若者がこのイベントの周辺には沢山いた。この頃のミュージャンを中心に、当時のカルチャーシーンをマップ化してみると面白いと思う。じつは、香山リカさん(まだ学生)が『フールズメイト』誌上でそれをやっていたのだ。思えば、そういう時代の空気を吸いながらぼくは今の仕事をはじめ、なにをかくそうその延長線上で、泉さんとも出会ったのである。思わぬところで、あの時代を思い出すことになった。『遊』『ヘプン』人脈で当時を回顧した文章をかつて読んだことがあるが、今度は、ぜひ音楽人脈でそれを書いて欲しい。
2008年01月15日
フランスの景観整備の系譜をお聞きする。
東北新幹線で小山まで。小山から両毛線に乗り換えて山前駅下車。足利工業大学教授・和田幸信先生にインタビュー。ご著書『フランスの景観を読む…保存と規制の現代都市計画』をベースに、フランスの景観整備の系譜についてお聞きした。フランスの歴史的建造物の保存制度で特筆すべきは、その周辺環境の保全にある。1943年の時点で歴史的建造物の周囲半径500mについて、あらゆる建設を規制する制度を導入している。フランス全国に歴史的建造物は、約4万あるといわれているが、その周囲500mを保全するとなると、旧市街地のほとんどが保全地域として包含されることになる。日本では単体の建築物が保存の対象になるが、フランスでは、それを都市計画の役割に結びつけて行われているのである。フランスの景観整備が現在の形になるまでの歴史を繙きながら、都市計画と景観保全の関わりについてお話しいただいた。先生は見るからにまじめな方で、話も非常に丁寧。歴史の授業を受けているようだった。インタビュー原稿は、斎藤嬢が書くので、ぼくはもっぱらポートレイトの撮影に専念。『city&life』の仕事は、もっぱらこのバターンが多い。『談』もこれからは、インタビューは他の人に任せて、撮影役に回ろうかなと、ちょっぴり本気で考えてみたが、ページ裁ち落としのあんな大きな写真は、やはりプロでなくては無理だとすぐに思い直す。
インタビューが終わって学バスがくるまで、図書館で待つ。ここに設置されているソファやテーブルは、一見アルヴァ・アアルトのもののように見えたが、そんなわけはないだろう。いくらリーズナブルとはいえ、半端じゃない数が置かれているから、もしも本物だとすると教室1棟が建ってしまう値段になるかもしれない。たぶん本物に違いないと思い込みながら、ぼくたちはバスの来るのを待った。今年も「偽」の時代になりそうな予感。
2008年01月03日
『談』no.80 1月7日に発売!!
『談』no.80 特集「無意味の意味 非-知の知」
1月7日に発売になります。一部書店では、8日店頭発売。
110p 800円(+税)
●春日武彦 無意味なことに魅せられて……ささやかだけど役立つこと
●吉田裕 「呪われた部分」はどこへ行ったか……バタイユ的経済学のゆくえ
●澤野雅樹×萱野稔人 〈対談〉いかにして消尽したものになるか……「主人と奴隷の資本主義」から遠く離れて
表紙 勝本みつる
挿画 小西真奈
2007年12月28日
『談』no.81号の特集企画は……
14時より『談』no.81号の企画会議。特集案を2本提案する。一つは「〈共に在る〉哲学」、もう一つは「世界はサウンドで満ち溢れている……人びとの音を探して」。最初の方は以前一度提案させてもらったが、人選を一部変更した。ところが、その人選に「ちょっと待った」コール。J.J.ギブソンの生態学的心理学、アフォーダンスから、共在という考え方にアプローチしようと思ったが、それがわかりにくいというのだ。それより普通にネットワーク論とか社会心理の方がいいのではというご意見。しばらく議論したが、スケジュールのことも考慮して提案した企画でいくことになった。アフォーダンスについては、今どきの中学生の教科書にも載っているような考え方、あまりにあたりまえすぎて、かえってむつかしいと感じるんだと思う。サウンドの特集も同時に進行させることにした。
事務所にもどって、さっそくインタビューを予定している3人にメールで依頼状を出すと、一人から即レスで快諾。それが、それが渦中の人だった。ぼくがなぜこの人にお願いしたいと思ったのかというと、きっとこの企画に乗ってくれると思っていたからだが、そのとおりだった。この特集にあえてアフォーダンスから切り込むというのが、じつに『談』らしい、とでき上がってみるときっとわかっていただけると思う。
2007年12月17日
肝心なものが欠如しているという指摘にドッキリ。
TASCで『談』no.80の編集会議。editor’s noteの読み合わせ。これで承認されれぱ、オーケーだ。バタイユの説明で、「非生産的消費」とか「有用性の限界」とか「呪われた部分」についてはしつこいほど語っているのに、肝心の「無意味の意味」との関連性について触れられていないのはどうしてか、という鋭い質問があった。確かに。本誌が発行された時に確認していただければいいのだが、インタビューの冒頭で、無意味を意味との対比で捉えようとする時に、バタイユにはそういう傾向がある、という指摘がなされる。じつは、無意味の意味が登場するのはその一箇所だけのだ。確かに、これでは、どうしてバタイユなの? と思われるのも無理はない。といっても、ここのところは微妙で、軽はずみに論じると、やけどをしそうなので、加筆、修正は勘弁してもらった。だいたい特集タイトルの「無意味の意味/非-知の知」の「非-知の知」についても、ほんのちょっぴり触れただけ。バタイユを知らない人は、この言葉自体に??? かしれない。しかし、これもあえて何も言わない方がいいのではという配慮なのである。それでは詩ではないか、と批判されそうだが、ここは一つご勘弁願うとして、そんな意味などわからなくても、十分面白いインタビューなのでそっちを楽しんでいただきたい。
夜は、『TASC monthly』で1年間連載をしていだいた中川五郎さんのご苦労さん会を渋谷のワイン居酒屋VINで開催。中川さんの12月のスケジュールはライブがびっしり並んでいる。今日も昨夜「五つの赤い風船」のコンサートで宿泊された名古屋からの帰りだという。そんな中をぬって、私たちのために時間をつくってくれたのだ。感謝感謝。そのライブ、じつは営業的にはなかなか厳しいらしい。ミュージシャンというのも大変なんだぁと思った。サンセールとポムロール、ローヌにブルゴーニュとフランスワイン巡り&ジビェとフォグラで、愉しい語らいの時間をすごしました。
2007年12月15日
意味の森のウィトゲンシュタイン、言葉の海のソシュール
beforeでいきなりのウィトゲンシュタイン、afterでは、唐突にソシュール。「意味の病い」からの逃走をアジってはみたものの、またぞろ「言語の病い」にすっかりからめとられている。セミオティック>セマンティックorセマンティック>セミオティックか。この問題、ぼくの中でじつに30年間、いまだに決着がついていない。今回の特集、その突破口になるのではと期待したのに、結局また意味の森、言葉の海で右往左往している自分がいる。
2007年12月13日
多重化人格なんて誰でもなれます
ある時は原稿の督促、ある時は遅筆の謝罪。同じクライアントの二つの媒体、一方はタカビーの編集者、他方は腰の低いライター。完全に分裂している毎日です。いくらでも待ってあげるからね、と言える編集者、デルハヤで次々と書き上げるライター、に僕はなりたい。
2007年12月03日
千里眼の噂の先生
関西の方の精神科医に連絡を入れる。電話をしたのだが出ないので、そのまま切った。しばらくたったところで、その先生から直接電話がきた。留守番電話に残していないのに、どうしてぼくがかけたとわかったんだろうか。この先生、以前から千里眼のうわさがたっている。はじめて先生を訪ねた知り合いは、研究室のドアをノックするがはやいか、ドアをあけて、「あなたが来るのを待っていたところですよ」といって、中に招き入れたという。それまで、全く面識もないし、たまたま用のあったところがそばだという理由で、しかもアポなし。なのに、待っていたというから、彼はとても驚いたという。他にも、似たような話が幾つかあって、それ以来千里眼の噂がたっていた。まさかと思うけれども、事実こうやって向こうからかけてこられるとにわかに信じたくもなってくるものだ。
2007年11月30日
バタイユの住んでいた(らしい)アパルトマン
パリ最後の日。『談』のインタビューでバタイユ思想に言及したので、サン・シュルピス寺院のすぐ隣にあるバタイユのアパルトマンを見てきました。吉田裕さんにお聞きした番地は25番地。とすれば、もしかしてお隣の2階? ふ〜む。
2007年10月14日
犬と交信できる人
犬と交信できる人がいるらしい。そのお方が来日すると、毎回たくさんの人が愛犬をつれて、そのお方からありがたいお話を賜るのだそうだ。性格がよくて家族とも仲良くやっているように見えるけれども、じつは家族をバカにしていて、自分が天下さまだと思っている犬、一見臆病で会う人誰にも吠えるが、じつは本人は、何も考えていなくて、ただ条件反射的に反応しているだけのおとぼけ君、とか瞬時にその犬の性格を見抜くのだそうだ。中には、一目見ただけで、この犬は心を病んでいる、飼い主とは心の触れ合いができない、即刻お互い離れた方がいいといわれてしまった人もいるとか。飼い主にはうれしい言葉ばかりではなく、こんな青天の霹靂的お言葉に、かえって不快な思いをすることもあるのだそうだが、相談料は一律1万5千円。「○○ちゃんは、いつもなに考えてるのかしらねぇ」と気軽な気持ちで相談したら、即刻、飼い主をバカにしているとか、早く別れなさいとか言われたのでは、なんのために相談したのかわからない。このお方は、その犬の前世までわかるらしく、飼い主が百姓で、愛犬はその地主だと言われた人もいたとか。ニセ心理学者が横行するなかで、犬の心をもてあそぶ(いや飼い主の心をもてあそぶか)こうしたニセ・ドッグ・セラピストにはご用心、ご用心。
2007年10月10日
のど元過ぎればなんとかで……。
農水省の仕事が完成。直接の発注者に印刷所の担当者と納品に行く。担当者の石川さんは、じつは、『談』と『city&life』の印刷担当でもある。いつも、とても丁寧な仕事をしてくれるのだが、今回もウルトラC(死語?!)級の仕事をしてくれて、感謝感謝である。そのかいあって、発注者には大変喜んでもらった。この仕事、いいたいことは山ほどあるけれど、とにかく完成してしまえばOK。のど元過ぎればである。
2007年09月12日
記憶とその形象、シュールレアリズムがマイブーム。
インタビュー依頼と講演依頼と連載依頼。すべてメールで済ませられるとはいえ、返事がかえってくればすぐさまレスする必要がでてくるし、これはこれでけっこうしんどい。昼食後も、こんなことをずっとやっていた。いつもよりう〜と早く事務所を出ると渋谷駅で号外。安部が辞任。どこまで、○○な人なのだろう。
ラフォーレ原宿のヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展最終日。図録を編集している渡辺裕之さんにチケットもらったので。すばらしい展覧会だった。物量が凄い。なぜ、触覚主義、シュールレアリズム、人形なのか。その真相がつかめた気がした。記憶である。記憶とその形象。つまり、イメージ、それも自分のではなくメディウムの。この場合のメディウムは、霊媒。にわかに、シュールレアリズムがマイブームに。
2007年09月11日
お台場は注目すべき場所と都市の専門家は言う。
『city&life』の企画委員会。企画委員の先生は全員出席。次と次々号の2本分企画案を提案する。今回は、2本とも風土に重点を置いた企画にした。提案のあとの雑談で、開発当初は危惧するところもあったが、現在のお台場は非常にいい水辺空間を形成しつつあると、日頃は厳しい意見を言う先生が珍しく評価する。大江戸花火大会も、一度はみた方がいいとか。その時は、タワーマンションがちょっぴりうらやましくなるなんて発言まで飛び出した。そういえば、この前来日したゲーリー・スナイダーが、お台場に行きたいといって、関係者を驚かせたらしいが、ヒッピーのカリスマもお台場にある霊感を感じ取っていたのだろうか。海外企画も、ほぼ通った。先生方の助言を伺っていて、あまり取材範囲を広げずに、都市部にフォーカスを当てて,徹底的に分析するという方向性もありだな、と思った。いずれにせよ、年末まで、また国内、国外と取材に駆け回ることになりそう。
帰りにオズヴァルド・チルトナー追悼展。ギャラリーに2点だけの展示。それと、画集。じつはここは小出由紀子事務所の一室。こういう見せ方もあるのかと、ちょっと新鮮。というか、うちの事務所でもできるぞ。
2007年08月30日
14歳の公立中学校に通う女の子と30歳のリーマンの……
『談別冊 たばこ』で「チェリー」にまつわるステキなエッセイをお書きいただいた前川麻子さん。彼女の小説『パレット』の主人公は、14歳のフツーの女の子。だが、恋人が30歳のリーマンという想定。歳の差がダブルスコアというのは、今ではそんなに珍しいことではありませんが、自分が30の時に中学生の娘と付き合えたかというと、やはり躊躇したでしょうね。もちろん逆の立場もしかりです。そんなことを思いながら、たまたま北原ミレイの『懺悔の値打ちもない』を聴いたんです。この歌、じつはこんな歌詞なんですが知ってましたか。「あれは二月の 寒い夜 やっと十四に なった頃 窓にちらちら 雪が降り 部屋はひえびえ 暗かった 愛と云うのじゃ ないけれど 私は抱かれて みたかった」。14歳で成人男性と恋愛するというシチュエーションは、別に目新しいことではなかったんだって、あの慟哭ともいえる歌声を聞き入りながら思いました。結局この女の子は、十九歳で捨てられて、細いナイフを持ってその男の帰りをまち続け、懺悔の値打ちもないけれど、打ち明け話を聞いて欲しいと言って、歌は終わります。わずか3分半の中に女の性が凝縮しているすごい歌。この歌をつくった人はというと、先日亡くなった阿久悠さんでした。やはり、この人はただ者ではなかったな、とつくづく思ったのでした。
2007年08月29日
10年前「日本のモンマルトル」といわれた大学
クルマでarata coolhandのご自宅へ。イラストの仕上がりを確認するため。彼から、『VIEWS』の96年2月号の「和光学園」の記事を見せてもらった。「小沢健二、小山田圭吾、田島貴男を生んだ〈和光学園〉=インディーズ文化の不思議なパワー」という今なら絶対につけないようなタイトル。しかも、この特集そもそも「Views教育シリーズ」という企画の一つで、「今月は"日本のモンマルトル"を綿密取材」という文字が踊っている。内容はというと、超無名にもかかわらず、パーフリの二人とオリラブのほかにも、渋谷系、インディーズ系、サブカルなどでカリスマと称されるミュージシャンや漫画家、コピーライターなどを多数輩出しているのはなぜ? というもの。arata君がなんでこの雑誌をもっていたかというと、彼も和光出身で、タジブーとはいっしょにバンドをやっていたからだった。そして今彼は、そんなことも縁で、和光大学の広告をつくっているのである。これでまた和光ファミリーが増えてしまった。ちなみに、ぼくは美術史家の松枝到るさんと同期生。妹はタレントの高見恭子さん、妻は女優の佳村萌さん、義理の兄貴はジャックスの早川義夫さんと同期だったんじゃないかな。
2007年08月24日
女優さんと一緒に駒場をお散歩しました。
8時45分に集合場所の駒場アゴラへ。POTALIVE駒場編vol2『LOBBY』「燈ともしび」に参加するため。これは、一言で言うのはむつかしいのだが、お散歩しながらお芝居を観るパフォーマンスである。
駒場アゴラのある商店街では盆踊りが行われていた。クルマ1台やっと通れるような商店街に老若男女がたくさん集まっている。浴衣姿も多い。お店の前で焼きそばを売っていたり綿飴や金魚すくいの屋台が出ている。
受付開始。サロンのような場所のテーブルの前にいた青年が主宰者の岸井大輔さんだった。案内用のフライヤーの入ったビニール袋と、POTALIVEの参加者であることを示すシールをもらう。それを次回持参すれば、200円で入れるという。つまり1回600円! なんと安いことよ。
キャンセル待ちも加えてたぶん13人の参加者。今回の案内役、村井美樹さんがあいさつ。村井さんは、現在ドラマ「麗しき鬼」や「アニメギガ」の司会で活躍する女優さん。浴衣がよく似合うステキなお譲さんだ。さっそく商店街に繰り出す。盆踊りは終わったばかり。商店街はまだその余韻が残っていて、すぐには帰らずにまだ多くの人々が残っている。村井嬢の話がゆっくりと始まる。
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2007年08月21日
『震災時帰宅支援マップ』をもって実際に帰宅してみた。
『震災時帰宅支援マップ』というのがある。一度そのシミュレーションをしてみようと思っていたので、今回の地図特集で実際にやってみることにした。といっても、歩くのはちとしんどいので、自転車に乗って。新宿南口を16時15分に出発。帰宅支援ルートの一つ甲州街道を走った。WC(公衆トイレ)の所在地や震災時に落下する恐れのあるガラス(カーテンウォールのビル)、倒壊する恐れのあるブロック塀が記されている。いちいち止って、地図通りか確認しながら撮影する。西参道からは頭上に首都高速が走る。神戸の震災の記憶があるので、これが崩落したら怖いなぁと思いつつ走る。危険地域は、実際に本のとおりだった。下高井戸から商店街へ寄り道。じつは、わが母校松原高校が帰宅支援センターになっているからだ。なんだかちょっとうれしい。となりの日大文理学部キャンパスを含めて、広域避難場所にな指定されている。見覚えのある店を幾つか見ながら、松原高校の正面玄関へ。記念写真ぽく写す。そのあと、再び甲州街道に戻って、八幡山、環八、給田と通って、 仙川からバス通りを通って19時に帰宅。
撮影しながら自転車で3時間ちょっとかかった。たぶん、歩いて帰る場合は、この倍はかかるだろう。震災はいつくるかわからない。帰宅支援ルートを実際に歩いてみるのはいいことだ。もっともぼくは自転車だったけれど、それでも何が妨げになるか、何が必要になるか、少なくともそのイメージだけはつかめたのでよしとしよう。
2007年07月29日
なんてステキなフェスティバル・ライフ
27、28、29日とFUJI ROCK FESTIVALに行ってきました。2001年からFUJI詣を初めて今年で7回目。FUJI自体も11年目に突入しました。
ところで、FUJIってなんですか、とよく聞かれます。さて、説明しようとすると、じつはこれがなかなかむつかしいのです。一言で言えば、苗場スキー場を会場に行われる日本最大の野外フェスティバルということになりますが、千〜万人単位が収容できる野外ステージが4つ、屋内ステージ1つ、百人単位の小さいステージが3つ、内外の百数十組のアーティストが出演し、飲食関係だけでも100以上が出店、サーカスにダンスホール、ゲームセンターにキッズランド、さらには、映画上映や大道芸などもあり、入場者数は10万人をゆうに越え、三日三晩ほぼ24時間態勢で盛り上がるという巨大なお祭り、といったところでしょうか。
期間中キャンプサイトで寝泊まりする人だけでも数万人。色鮮やかなテントが1万以上並ぶ姿は、日本広しといえどもFUJI以外にはないそうです。今年は、幸い天候に恵まれてウィンドウェアの世話になる機会はほとんどありませんでした。しかし、毎年必ず一日は雨にたたられ、各会場はまるで湿地帯。それでも負けじと踊りまくる数万人の熱気で、屋外であるにも関わらず湯気が立ちこめる光景を目にした時は、感動すら覚えました。
そんな巨大イベントにもかかわらず、ゴミの分別収集が徹底し、喫煙者の誰もが携帯灰皿を持参。ソフトエネルギーを積極的に活用し、あるブースは電力をほぼすべてクリーンエネルギーで賄うという試みすらなされています。あくまでも公式的にではありますが、暴力事件や事故もなく、海外のフェスティバルではつきもののドラッグも皆無、酔っ払いすらほとんどいないという、まるで嘘のようなhappyでpeacefulな三日間なのです。
肝心の音楽はというと、いわゆるロックだけではなく、ワールドミュージック、ジャズ、スカ、ファンク、ブラックミュージック、テクノ、エレクトロ、さらには、クラブミュージックに日本ではFUJIから火がついたジャム系ミュージックまで、とにかく、ありとあらゆる音楽が会場を埋め尽くします。個人的に嬉しいのは、Jポップが少ないこと。かわりに、今年はダンス系のバンドが多く、最後は踊りまくって深夜を迎えるというステージが多かったのはなお悦ばしいことでした。
と書いてはみましたが、もちろんこれらはFUJIの全体のほんの断片に過ぎません。とにもかくにも、体験せずにFUJIを知ることは無理。でも、こんなに愉しく、身も心もフレッシュになれる3日間が世の中にあるということだけは伝えておきましょう。
最後に、僕の今年のベスト5は、The John Butler Trio、Groove Armada、Battles、V∞redoms、Gov't Mule。もちろんみんな踊っちゃいました。
2007年07月28日
先生の難解な話を翻訳するはずが、かえって難しくしてどうする!?
TASCで『談』の編集会議。何年かぶりで、editor's noteを書き上げて読み合わせをした。思い起こせば、西川さんが担当の時、途中から間に合わなくなって、プロットを書いて、それをもとに原稿にすべきプランを述べるという方法に変えてしまった。やはり、本来の姿にもどして正解。自分でもちゃんと目鼻をつけておかないと、発行したあと中身を忘れてしまう。
すでにみなさんには、原稿はお渡しして読んでいただいているので、発表しないでもいいような雰囲気だった。でも、予習をしたので(自分の原稿を予習してどうするというツッコミはいれないで)、発表させてもらった。みなさんの印象はというと、意外な反応が……。今回はそれぞれのインタビューは分かりやすかったのに、editor's noteが難解だというのである。難しい先生の話を、誰にも解るように説明するのがその役目だったのではないか。それが、インタビューより難しいとは。前号は、分かりやすくてよかったのにと。どうしても専門的な言葉を使わざるを得ないということもあるんですけどね。「まぁ、いろいろな意見があるのはいいことではないでしょうか」とまとめたら笑われてしまった。
木原千春さんの表紙画、神山貞次郎さん撮影の上杉満代さん舞踏、共にOKが出て、あとは発行するのみ。8月20日発行予定。
2007年07月21日
富くじとしてのサッカーを知り抜いている男
夕食を食べながらアジアカップ準々決勝。オーストラリア戦。後半先制されるが、その2分後に高原のワールドクラスのゴールで追いつき、延長戦でも決着がつかずPK戦。オシムはいつものようにベンチに引き込み結果を待つ。やはり、能活はアジアカップになると運を引き寄せる男だ。最初のふたりのシュートは確実にゴールに突き刺さるはずだった。が右に左にシュートをはじき返す。そのあと日本は高原がはずすが中澤が決めて勝利。準決勝へコマを進めた。オシムはじつにサッカーをよく知っている。どんなに強くても運に見放されたらおしまいだ。実力と運がなければ勝てないのがサッカー。サッカーは結局のところ富くじとそう変わらないゲームであるということを、オシムは知り抜いているのである。清水諭先生もおっしゃるように、偶然性に強く支配されているのがサッカーで、それは野球にはない魅力である。ロッカールームで薄目をあけて試合の行方を見つめるなどということは、バレンタインには無縁のことなのだ。
2007年06月29日
「〈空間管理社会〉再考……空間の〈なに〉が問われるべきなのか」という鼎談
『TASC monthly』公開鼎談「〈空間管理社会〉再考……空間の〈なに〉が問われるべきなのか」を行う。
出席者は、玉川大学教授・岡本裕一朗さん、関西学院大学社会学部教授・阿部潔さん、国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員・鈴木謙介さん。今回のテーマそのものが、『空間管理社会─監視と自由のパラドックス』(新曜社)で出された幾つかの論点をもう一度議論していただくというのがねらい。なので、司会進行役をその本の編者のお一人である阿部潔さんにお願いした。
従来のような権力側による人々の監視・管理といった一元的な動きとは異なる、現在の監視社会の諸状況を「両義性」という切り口で捉えることはできないかという問題提起を受けて、「防犯カメラ」「個人情報の収集管理」「コミュニティパトロール」「メディアによるセレブリティの管理」「警察権力による国民の監視」など現実に起こっているさまざまな事象を拾い上げながら、密度の濃い議論が展開された。現代の管理を考える場合に、テクノロジーの変化が管理の内実を変容させている意識の変化とどうリンクしているのか、その点を把握することが一つ重要な鍵になると思われる。現代社会において誰が誰をなんのために管理しているのか、その大前提こそが問われなければならないのである。
今欠けているのは悪に対する想像力ではないか、祝祭空間のもつ意味をあらためて考える必要があるのではないか、秩序/反秩序という枠組みを越えるための脱秩序化という発想の重要性などが提起された。ちょうど、『談』の次号特集のキーワードが「祝祭」。特集を編集するに当たって、いい参考になった。
今回の鼎談は、『TASC monthly』(何号かは決まっていないが)に掲載予定。
2007年06月27日
難解中の難解オートポイエーシスがたった15分で……
東洋大学の河本英夫教授の研究室へ。昨年十川幸司さんと対談をしていただいた文学部会議室で打ち合わせ。池田先生と同じある会合で講演をしてもらうための依頼。本論に入る前に、聴衆のためにオートポイエーシスについて軽く話してもらえないかと、恐る恐る尋ねると「わかった15分でやりましょう」と。えっ、ほんとうにそんなことできるのか。もしも先生の言う通り本当に15分で説明できたとしたら、ぼく絶対それ本にしますよ。『世界最速!! インド式〈オートポイエーシス〉論』。どこがインド式??
2007年06月26日
探し物が勝手に探している人のもとにやってきた嘘のような本当の話
昨日池田清彦先生が「そういえば、生き物の愉しみ、喜びとかいう本がでたよな、オレ書評したぞ」とおっしゃった。ぼくもどこかでちらっと見た記憶があって、「あ〜、ありましたね」とその場では軽く相づちをうったのだが、帰ってググってみたが見当たらない。もちろんタイトルがうる憶えなのでamazonでも見つかるわけがない。さてどうやって探そうかと頭を抱えていたまさにその時である、なんとぼくのところにその本がやってきたのだ! 勝手に探し物の方からきてくれたなんて。これを奇跡といわずしてなんといおう。じつは、この本『動物たちの喜びの王国』は、宮野尾さんのところ(インターシフト)が発行所。ぼく好みの本だと思い贈呈してくれたのだ。しかし、偶然とはいえ、こんなことが本当に起こるんですねぇ。
動物たちの喜びの王国
2007年06月23日
結果的には異業種交流セミナーのようでした。
ある集まりがありまして、以下の方々と名刺交換、あるいはご挨拶をさせていただきました。ホスピタリティをご研究されている株式会社商業界代表取締役社長結城義晴さん、メディカルビジネスがご専門の財団法人日本総合研究所研究主幹野崎俊一さん、リーターシップ論のEQパートナーズ株式会社代表取締役社長阿部哲也さん、企業倫理、コンプライアンスのスペシャリスト、ジェイアイ傷害火災保険株式会社企画総務部長渡辺正治さん等々。普段ほとんどお付き合いすることのない分野の先生方。さて、どんな集まりだったと思いますか。とても刺激になったことだけは確かです。
2007年06月22日
「お帰りなさいませ、ご主人様」の生みの親は可憐なお譲さん社長でした。
「お帰りなさいませ、ご主人様」のフレーズで、またたくまに秋葉原の人気メイドカフェになった「@ほ〜むカフェ」。その創始者で、「萌え〜」カルチャーを牽引してきた河原美花さん。エンタメ論のゲストスピーカー三人目は、川原さんをお迎えして、供給者側から見た「萌え消費」の実態、「萌えビジネス」の面白さをお話しいただきました。河原さんは元JTの社員。OL時代は、クルマでたばこ屋さんを回る営業も経験したそうです。また、チアリーディングをする人でもあり、その方面では知る人ぞしる有名人でもあります。「楽しいは人を幸せにする」をコンセプトに、アイデアを次々に実現化し、テレビをはじめとしたさまざまなメディアから注目を集めるも、今年新たに飲食店の経営に乗り出し、食を中心とした新しいビジネスに挑戦中。河原さん、じつは「@ほ〜むカフェ」をやる前は、萌えもオタクもまるで知らなかったといいます。逆にそれがよかった。アキバ系にどつぷりつかっていなかったからこそ、女の子が喜ぶお店という発想が浮かんだからです。メイドカフェにショー的な要素を持ち込み、関連グッズを販売し、メイドさん自らが歌って踊れるユニット「完全メイド宣言」をつくっては、CDデビューまでさせてしまったのですから。とにかく、何もないところに種を蒔き大木に育て上げる名人です。そして、今年5月イタリアンレストランを祐天寺にオープン。オタクのアキバからマダムの祐天寺へ、急転直下の転身は、周囲も驚いたとか。何が彼女をそうさせたのでしょうか。そこには、彼女のある秘密があったのです。川原さんの体験的ビジネス論。それはそれは面白くもためになる話でした。どんな話かって? それはここでは言えません。だって高い授業料を自腹で払ってきている学生さんに申し訳ないですから。いずれ何か別の機会に紹介しましょう。ブログで、インタビュー、なんていう企画もあるかもよ。
2007年06月15日
映画におけるやばい台本とは
エンタメの授業に、中学時代の親友で現在独立プロ系のプロデューサーをやっている桑山和之君をゲストスピーカーに呼んだ。「BEAUTY」の撮影を終えて、今編集の最中。ちょうどよいタイミングだった。映画において製作はなにをやるのか。一般人にはわかりにくい映画製作の仕事から話を始めてもらった。予算管理、対外交渉などについて、具体的な事例交えながら話してもらうと興味も湧いてくる。前回の南兵衛さんは、話し始めたら止らない感じでしゃべくりまくったが、桑山君はイントロだけしゃべって、まず聞きたいことを質問というかたちで学生から出してもらうという方法をとった。これがよかった。話す方向性を確認できるし、話題を共有できるからだ。「BEAUTY」の8分間のDVD を映写。エキストラ募集用につくられたものだがこれもよかったと思う。やはり、学生の関心は資金集めや新たなメディアの参入によって生じる権利関係やいわゆるライセンスに関すること。製作資金○千万円を市民の寄付から、また文化庁から○千万の助成金を得たという発言に一同驚く。しかも、数年前に同じ地域で撮影した時も、ほぼ今回と同じ寄付を集めている。映画製作において、同じ地域で同額の寄付を得られたていうことは奇跡に近いことなのだという。信頼こそ財産なのだ。
個人的に面白かったのは映画におけるやばい台本について。それは内容ではなく、ましてやキャストでもない。沢山人が出る、スタッフが沢山いる、役者が沢山出るように書かれている、この三つが「やばい」のだと。なぜなら、それは、非常にリスキーだから。もしも、オールロケで、雨で撮影が中止にでもなってごらんよ、予算がいくらあっても足らない、という。カメラが回らないのにお金だけが出ていく。気象条件にものすごく左右される点では、映画も野外フェスと同じライブ・エンタメなんだ。オープンエアのスポーツイベントのお弁当屋さんと同じ?
「ガレリア・グラフィカbis」で「勝本みつる展」を見る
「ガレリア・グラフィカbis」で「勝本みつる展」を見る。最新作は、箱物で、平面性を強く意識したような、密度の濃い作品。ぼく的には、すごくよかった。ご本人がいらしたのでご挨拶。写真家宮本隆司さんの奥さんと演出家の方がいらして、お二人にも挨拶。その昔、写真を借りるためにの宮本さんのお宅へお邪魔したことがある旨を伝えると、覚えておられた。みつるさんに『談』を沢山送ったので、そのお礼にと「初期作品集」を贈呈してもらう。感激! それだからではありませんが、『談』の次々号から、勝本さんの作品を表紙に使わせていただこうと思ってま〜す。
2007年06月13日
「渋さ知らズ」を見る鷲田清一大阪大学総長
C.C.Lemonホールへ。「渋さ知らズ」ライブ。「渋さ知らズ」こそ、祝祭として身体、祝祭としての音楽の実践者たちだ。原稿を書くためにもこのライブは必見。まず開演に当たってと、白塗りの男性が注意事項を読み上げるというなんともおかしな風景に会場から笑いが。いつものように、客席後方出入り口から、それぞれ管楽器を吹きながら登場。今日は、演奏を聴かせる方にぐっと力点を置いたライブだった。片山広明さんを始めとする管楽器のメンバーみんなにソロパートが用意されていて、それもかなり長いアドリブ。エレキギター4本というのも凄いし、ドラムス(パーカッション)も3セット。白塗りは男性2女性2、おしゃもじ隊2にダンサー2、それに兄貴は、お馴染の紅褌に玄界灘の法被姿。
いつにもましてボリューム感があり、大河のような太い音のうねり。なによりもアンサンブルがいいのと全体の構成がよかった。途中で本日のゲスト、ジェームス・チャンスが登場。へんてこな踊りと甲高いい音をキンキンいわすサックスプレイは、おそらくチャンス独自のもの。面白かったが、サックスからキーボード、キーボードから歌、再びキーボードへ、またまたサックスへと目まぐるしく楽器を取り換えながら演奏する。じつに落ち着きがないのだ。それがかえって興味を削がれる原因に。演奏についても、渋さとどうしても比較してしまう。圧倒的に渋さの方がうまいし面白い。申し訳ないが、こういうゲストならば渋さオンリーの方がよかったかも、などと思ってしまった。後半また、渋さ全面展開。片山さんがブリブリすっ飛ばす。約2時間以上のライブだけど、とても満足した。本日も「Nadam」で巨大風船が天上を浮遊し、ラスト主題歌「本多工務店」で巨大な手の風船が舞ったことを報告しておこう。
終了後、ホワイエでメンバーが引続き演奏しているのを遠巻きに観ているお客さんの中になんと鷲田清一さんを発見! 阪大総長は渋さのファンなのか。
2007年06月09日
「ゲバゲバ90分!」はぼくの編集の原点かもしれない。
NHK「お宝TVデラックス〈笑の力〉」を見る。「頓馬天狗」「お笑い三人組」「おそ松くん」「ゲバゲバ90分!」の VTRとゲストによるトーク。今回のぼくにとってのハイライトは、楠トシエさん、前武さん巨泉さんがゲスト出演したことだ。「ハッチャン、おはなちゃん、う〜っ!」というあのあまりに有名なせりふのシーンを嬉しそうに見ながら話す楠トシエさんのお顔を見れただけでぼくは大満足。さらに、前武さん巨泉さんの掛け合いは、昔とまったく変わらなかった。「ゲバゲバ90分!」では、あの名プロデューサー井原高忠さんをインタビューしていた。じつは、ぼくは伊原さんの大ファンなのだ。ぼくのものの考え方は、どうも、この人に教わったところが多いように思う。「面白ければなんでもあり」、「不条理からアイデアは始まる」、「シチュエーションと配役の妙」。伊原さんの番組づくりの哲学は、そのままぼくの編集のノウハウに引き継がれていると思っているからである。