たばこ

『TASCマンスリー』2013年2月号が発行になりました

『TASCマンスリー』2013年2月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASCマンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp
2013年2月号 No.446
contents
随想「パーセプション・ギャップ」加藤恭子
連載 演劇花酒呑百景「天盃」渡辺 保
TASCサロン「香りを巡る「時」と「場所」
〜香りビジネス事情」田原一矢
特別寄稿「嗜好品と豊かさ……
豊かさとは何か、楽しむとは何か」國分功一郎

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『TASCマンスリー』2013年1月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2013年1月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2013年1月号 No.445
contents
随想「恥のあり方」山田真茂留
連載 演劇花酒呑百景「三々九度の盃」渡辺 保
TASCサロン「どうして感情をコントロールするのか〜エチケットから感情労働へ」岡原正幸
特別寄稿「歪められたカテゴリー化を解読する」好井裕明
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『TASCマンスリー』2012年12月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2012年12月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2012年12月号 No.444
contents
随想「趣味」志水雅一
連載 演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)「かしくの兄殺し」渡辺 保
TASCサロン「歴史の流れにおける『たばこ』と日本文化」黒住 真
特別寄稿 崘召飯蝋ド福彙羸晶澱
特別寄稿◆峩惘譴鬚瓩阿辰董彳冓特 伸
表紙 切り絵・文「ロシアンティで一休み」 久住昌之

ブログ用

『TASCマンスリー』2012年11月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2012年11月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2012年11月号 No.442
contents
随想「リスクの精神地政学」巽孝之
連載 演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)「二人の酒乱」渡辺 保
TASCサロン「深夜の渋谷に顕われる人と環境の連帯 終電後に路上は人間らしさを取り戻す」小林茂雄
表紙 切り絵・文「居酒屋でワイン」 久住昌之
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『TASCマンスリー』2012年10月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2012年10月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2012年10月号 No.442
contents
随想「〈逃げ場がない〉恐ろしさ」本田由紀
連載 演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)「四斗兵衛」渡辺 保
TASCサロン「ユーモアをもって生きるということ」上野行良
特別シリーズ「現代を生きる 第26回(最終回) 生きることの作法 ──真の自立を身に付ける」鷲田清一
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久住画伯アイルランドを旅する。

『TASCマンスリー』2012年7月号表紙です。今号の久住昌之さんの切り絵は、「楽しい電車旅行」。息子さんとアイルランドを旅した時の思い出です。奥にいるのは、もちろん久住画伯。それにしても、切り絵ますます冴えてますねぇ。
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『TASCマンスリー』2012年7月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2012年7月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2012年7月号 No.439
随想●岡本伸之(帝京大学経済学部観光経営学科教授)/ホスピタリティの日本的特性
連載●演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)渡辺保(演劇評論家)/三組の大盃
TASCサロン 林 耕次(神戸学院大学人文学部ポストドクトラルフェロー、京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員)/アフリカの森で飲酒文化を考える
TASCサロン◆和田全弘(サイコ・セラピスト)/たばこ〜自己回帰の手段として〜
特別シリーズ●東谷優美(フリージャーナリスト)/現代を生きる 第23回 変貌するマスコミ
特別寄稿●毛利嘉孝(東京藝術大学音楽学部准教授)/紅茶の香りと植民地主義の記憶

『TASCマンスリー』2012年6月号が発行になりました。

『TASCマンスリー』2012年6月号が発行になりましたのでお知らせします。
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2012年6月号 No.438
随想●飯田健雄(多摩大学経営情報学部教授)/親を思う年頃
連載●演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)渡辺保(演劇評論家)/彦三の盃
TASCサロン●下田淳(宇都宮大学教育学部教授)/居酒屋がヨーロッパ文明を創った
特別シリーズ●武田邦彦(中部大学総合工学研究所教授)/現代を生きる 第22回 持続可能社会と嗜好品
表紙/切り絵・文●久住昌之/ピアノのコンサートとワイン
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『TASCマンスリー』2012年5月号が発行になりました

『TASCマンスリー』2012年5月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASCマンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp
2012年5月号 No.437
随想●藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科認知脳科学研究室教授)/摩天楼の謎の小部屋
連載●演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)渡辺保(演劇評論家)/袖の梅
TASCサロン●島田将喜(帝京科学大学アニマルサイエンス学科講師)/ゆとりと遊びが生み出すサルの文化
特別シリーズ●瀬戸山晃一(大阪大学准教授)/現代を生きる 第21回 法政策について考える〜法規制とリバタリアン・パターナリズム〜
特別寄稿●神崎宣武(民俗学者)/嗜好品と社会規範〜日本の酒礼(式献)について〜
表紙/切り絵・文●久住昌之/カレーライスと烏龍茶
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『TASC MONTHLY』デザイン刷新で再スタート!!

『TASC MONTHLY』2012年4月号が発行になりましたのでお知らせします。
4月1日より発行が公益財団法人たばこ総合研究センターへ移行したのをきっかけに、デザインを刷新しました。表紙は「嗜好品を嗜む」をテーマにした切り絵。作者は、今や、漫画家のみならず漫画原作者(『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』)、エッセイスト、装丁家、ミュージシャンとマルチに大活躍の久住昌之さん。これから1年間エッセイと共に切りまくっていただきます(笑)。本文ページもデザインを一新。さらに読みやすくなりました。
なお『tasc monthly』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

『tasc monthly』2012年4月号 もくじ
随想●白幡洋三郎(国際日本文化研究センター教授)/ガーデニングと園芸
演劇花酒呑百景(しばいのはなのみてのいろいろ)(連載)●渡辺保(演劇評論家)/花見の酒
TASCサロン●桂木隆夫(学習院大学法学部教授)/日本の公共思想—雑感
特別シリーズ●服部英二(地球システム・倫理学会会長)/現代を生きる 第20回  現代文明の危機—文明の多様性と通底する価値—
特別寄稿●佐藤憲一(千葉工業大学准教授)/ 嗜好品と社会規範 〜嗜好品の自由と規制をめぐる正義論的考察〜
研究余録●若狭功未(公益財団法人たばこ総合研究センター 主任研究員)/ 大喫煙場所における共存可能性を探る
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『唄は世につれ、たばこは唄につれ』が刊行されました。

著者は、音楽プロデューサーの長田曉二さん。『tasc monthly』(2009年)の連載をもとに、新たに数十篇の書き下ろしを加えたエッセイ集です。たばこが登場する歌謡曲はいっぱいあります。また、歌い手さんのなかには、たばこが大好きな方も大勢おられます。そんなたばこと唄、たばこと歌手の面白話が満載です。ちなみに、本のタイトル「唄は世につれ、たばこは唄につれ」は連載時のもの、不肖わたくしめがつけました。ちょっと自慢。
唄は世につれ、たばこは唄につれ (TASC双書)
唄は世につれ、たばこは唄につれ (TASC双書)
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文春発行の『嗜み』第2号、売れるとうれしいんですが。

TASCで『談』次号の企画会議。2号分をプレゼンテーション。しっかりつくったので口頭で説明するだけで1時間以上かかってしまった。そのあといくつか質問。大阪大学のHさんのポジジョンがよくわからないのだが、というイタイ質問。ここは再考することに。そのあと、松木さんが企画しているプロジェクトの2回目のミーティング。インタビューを中心にやる計画を推薦する。そのあとJTで「嗜みの会」。企画、原稿執筆に関わっている『嗜み』2号の発行記念。海老沢泰久さん、阿刀田高さん、山本容子さんらに挨拶。山崎正和先生、JTの志水執行役員、本田相談役と同じテーブルになり、現代の喫煙環境について情報交換。食事が終り、席を移動。サロン風に歓談。すると、本日の後半のプログラムが始まる。たばこと塩の博物館の半田昌之さんが、近世初期風俗画「躍動と快楽」の展示からの報告(もう終了してしまいましたが、この展覧会はとても質が高く、さまざまな人がネットで絶賛しています)。そのあと、今宵のメインアトラクション。橘家竹蔵師匠の落語。出し物は「長短」。せっかちと気長な二人のかけあい。休憩をはさんで、楽屋芸を披露される。かっぽれとやっこさんの踊り。これぞ大人の「あそび」というやつだ。落語はやはりライブで楽しむものですね。また、楽屋芸というのがこんなにおもろいものだと始めて知った。舞台の正面に座り楽しんでおられた山本容子さんは、やはり華がありました。以前INAXでご一緒したことがありますよ、と言ったら、すっかり忘れておられましたけど。たっぷり楽しんだうえに、キセルや火打ち石などのお土産までいただく。なんだか申し訳ない1日でした。 嗜み Vol.1 No.2(Autumn2008) (1)

たばこへの『ナグラる』的なスタンス。こういうのがいいんじゃないかなぁ。

株式会社シュガーカンパニー「Go smoking 友の会」から、ステッグマイヤー名倉さんの新刊『ナグラる』を贈呈していただきました。本書は、著者がウェブ上の日記やコラムとして書いてこられた文章に書き下ろしを加えたもの。著者は「素人の絞り汁」とまえがきでいっておられますが、ぜんぜんそんなことはなくて、「玄人の職人芸」的面白コラム集になっています。なぜ僕のところに送られてきたのかというと、著者が連載をされているシュガーカンパニーのサイト「Go smoking」の主宰の方と『談』のブログで知りあったからです。本書の後半は、この連載からいくつか採録されていますが、これがなかなかいいのです。いわゆる禁煙原理主義や嫌煙論者に対して、声高に不満をぶちまけるのではなく、といって、意固地になって不平を並べるのでもなく、たとえれば夏の終りのモスキートのような攻撃。「いやっそこかいな」というような、狙っているのか外しているのかよくわからない様子で、しかし、血は「しっかり吸ったる」という感じ。まぁ、じつにフツ〜の言葉で、現代の異常ともいえるたばこ包囲網を揶揄しているのです。
たばこは吸わないけれど(すごく前に吸っていた)愛煙家である僕にとって、このスタンスはちょうどよい。論理的に批判しても通じない相手に、いくらエモーショナルに迫ってもダメ。蜂のムサシは死にましたが、蚊はしぶといでっせ。がんばってくれなはれ。
ナグラる
ナグラる

手相や占いは哲学的対象になるのだ

慶應義塾大学文学部教授山内志朗さんと面会。先生とは何年ぶりだろうか。新潟大学におられた時に何度かお会いしたが、慶應に移られてからは初めて。先生にはいつも専門外のことばかりお願いしてすみませんと言うと、いや注文にはなんでも応じますからとニコニコ応えてくださった。じつは、最近も手相の原稿をたのまれちゃってと、文献少し集めてたといって数冊見せてくれる。先生は、子供の頃から手相を見るのが好きで、すでに数千人の手相をみましたと、やはりニコニコしながらおっしゃる。つい最近も香山リカさんと対談することがあって、彼女の手相をみたら、やはり生命線が長くって、才女に典型的な手相だと納得したとか。
先生ご自身は吸わないのだけれど、倫理学の仲間は、じつに7人のうち5人吸うし、哲学関係でも5人のうち3人は吸うとか。哲学者の喫煙率はかなり高いらしい。廣松渉さんのヘビースモーカーは有名で、一日に3、4箱は吸っていたらしい。奥さんも喫煙者で、ご自宅は、ありとあらゆる場所がヤニで黄色くなっていたらしい。ある時、ある人がテーブルの上を指でこすったら、指にうっすらとヤニの山ができた、といううそのような話もある。今回は、そのたばこについての原稿。
夕方、21世紀スポーツ文化研究所へ。TASCの岡本さん、西山さんと稲垣正浩先生との歓談。『TASC monthly』10月号に「相撲がオリンピック競技となる日はくるか」をご寄稿いただいたので、発行になったばかりの本誌をお持ちしたのだ。先生は、学生時代体操のアスリートで、オリンピックを目指しておられた。それがけがのため断念せざるを得なくなって、それからスポーツ史、スポーツの哲学的研究に入っていった。酒が入ったためか、先生もいろいろお話しをしてくれたが、やはりスポーツ、というかその原基である身体に対して、じつに深い洞察をされていて、ただただ敬服するばかりであった。いずれちかいうちに、また先生には『談』にご登場いただこうと思っている。

サーカスの関係者はタバコ吸いが多いという。

13時30分にエスタシオンカフェで大島幹雄さんと打ち合わせ。岡本所長と一緒。『虚業成れり…「呼び屋」神彰の生涯』がめっぽう面白く、その著者である大島さんに、ぜひ原稿をお願いしたいと思い、今回の面会が実現した。

大島さんの本職は、プロデューサー、とくにサーカスの呼び屋さんとして活躍されている。たぶんサーカスの関係者はタバコ吸いが多くて、ご本人も吸うのではと思っていたら、ズバリ的中。なかでも空中ブランコの人たち、特にロシア人の場合、大島さん曰く7割はタバコ吸いとのこと。それも、スポーツからの転向者に多い。

今タスポになってしまって、とても困っている。連中がたばこを買うためにタスポを貸してほしいと、ホテルの部屋のドアをたたくからだというのだ。どうしてそんなに喫煙率が高いのか。たぶんストレスのせいだろうという。持久力を競うスポーツと違ってブランコの場合は、正味5分くらいだし、身体へのダメージは感じられないからではないかという。

今回お願いする原稿も、そんなタバコ吸いとの交流録になるのではないかと思う。帰り際『THE ART TIMES』のインド魔術特集と石巻若宮丸漂流民の会会報「ナジェージダ」を贈呈していただく。大島さんは、小さいけれどピリッと光る活字メディアのパブリッシャーでもあるのだ。

四大嗜好品をテーマにしたシンポジウム

JTアートホール「アフィニス」へ。「たばこと塩の博物館30周年記念シンポジウム「四大嗜好品にみる嗜みの文化史」に参加する。

プログラムは、まず館長の大河喜彦さんの開会挨拶から。ここでいう嗜好品、コーヒー、茶、酒、たばこの定義付けから。次に、養老孟司さん、イ・ドンウクさんの記念講演。養老さんは、マイクをもって歩き回りながらの講演。あいかわらず語尾がよく聞き取れない。しかし、内容はとても面白かった。

大脳皮質と辺縁系の関係を図式化してみると、辺縁系自体はどの動物も余り変わらない、ということはどういうことになるかというと、大脳と辺縁系の割合が、脳の小さい動物では相対的に大きくなるのだ。たとえば、猫と人間では、辺縁系は、相対的に猫の方が大きくなる。だから、あれだけ情動的、感情的行動に出るというわけ。

また、y=axの公式を発案したとして、aは一種の重みづけ。aがおおきくなればy=出力(x=入力)は早くなる。つまり、好き/嫌いという重みづけがはっきりしているほど出力が早いというわけ。で、このaは、「現実」でもあるという。情動がいかに生き物にとって重要か、ということについての養老さんの仮説である。この説には、ちょっと興奮した。次の、イ・ドンウクさんのは韓国の四大嗜好品について。それらを一つづつ概観していく。もう少し焦点を絞った方がよかったのでは。

さて、第二部はシンポジウム。シンポジウムは出席者の顔ぶれでほぼ決まるといっていいが、今回はまさにベストといっていい人選。コーヒーの臼井隆一郎さん、お茶の角山榮さん、酒の神崎宣武さん、たばこの半田昌之さん、そして司会が高田公理さん。臼井さんから順番に、15分ほどのプレゼンテーション。臼井さん、初っぱなからコーヒーをコーヒーハウスと社会関係にからめて論じるので、いきなり話が難しくなってしまった。ぼくは、臼井さんのこの議論が公共性という問題の本質を炙り出すので、非常に面白いと思っているのだが、他のパネリストの関心と若干のズレがあり、実りのある議論へは発展しなかったのが惜しまれる。

角山さんは、コーヒーハウスが男性社会のものであったのに対して、お茶は家庭内のものであり、基本的に女性の文化であったことを報告。しかし、それが、近代社会の成立以降、女性の社会参加等で崩壊していく様子を論じる。角山さんの、ホーム・スウィート・ホームの文化論は、理想主義の典型。87歳という年齢にもかかわらず、机を叩きながら女性の応援歌を謳い上げる姿は、知識人のあるべき姿をみた思い。胸が熱くなった。

神崎さんは、宮司さんでもある。たとえば、新年の初めにいただくおとその習慣が急速に失われている。清酒は古来よりハレの場での飲み物であった。その意味をあらためて考えてみる必要があるのではないか。「百薬の長」といわれる酒は、他方、「きちがい水」とも言われる。この両極端の間に、儀礼、社交、嗜みなどのさまざまな酒の意味がある。そのことをかみしめてみようという。今、儀礼が残っているのは、あっちの世界だけ。もう一度、こっちの世界にも取り戻そうと提言する。同感だ。

半田さんは、「ものごと」という言葉に注目する。嗜好品は、まさに「ものごと」だ。ものとしての側面に関心をもつのが博物館(学)であるが、「こと」のもつ意味も忘れてはならない。嗜好品に対する評価も、「もの」と「こと」が重なり合った時、確かなものになるだろう。

そのあと、三村奈々恵さんのマリンバと天野清継さんのギターによるコンサート。三村さんは、ジャンルにこだわらず、クラシックから世界の音楽、ラテンミュージックまで演奏する。しかし、マリンバというのはなかなか難しい楽器だ。ニュアンスが表し難いように思うからだが、演奏はその微妙なニュアンスをみごとに伝えていた。

懇親会に参加させてもらった。臼井さん高田さんらと歓談。webマガジン「en」で「塩の博物誌」を連載されていたたばこと塩博物館の高梨浩樹さんと、久しぶりにゆっくりと話をした。嗜好品の世界は深い。それを突き詰めようとすれば、テーマや課題が次々に出てくる。やれることはまだまだいっぱいあるのだ。『談』の特集になりそうなヒントもたくさんもらいました。

たばこが生んだ大ヒットソングとは。

「私はソプラノ、アルトでもムリよ」、服部良一さんから「別れのブルース」の譜面を渡された時、淡谷のり子さんはそう言って突っ返したそうです、だが、服部さんひるむどころか、「これはブルース、陰りがある歌、悲しい歌、ムリしてもキイを下げて歌ってれ」と一歩もゆずりません。さて、どうしたと思いますか。淡谷さんは、ハスキーな声にするために、吸ったこともないたばこを一晩中ふかし続けました。翌日のレコーディング、寝不足も手伝ってあの低いキイで歌うことができたのです。そして、ご存知のように「別れのブルース」は大ヒット。以来、淡谷のり子は、「ブルースの女王」として昭和歌謡史にその名を刻むことになりました。

歌謡界の生き字引といわれている大先生、長田暁二さんの『歌謡曲おもしろ話』から拾ったネタです。

若いお巡りさんが、もらいたばこ?!

昭和歌謡の連載を企画。「精選盤 昭和の流行歌」(CD15枚ボックスセット)、「青春唄年鑑」50年代、60年代、70年代、「昭和歌謡歌合戦」昭和30年代、昭和40年代などを引っ張り出して、たばこの出てくる歌謡曲をpickupしてみました。昭和歌謡といえば、涙、港、たばこは、もっともよく使われる言葉といわれていますが、いわゆるヒット曲となると思ったほどは多くない。それでも、瞬く間に12曲が集まりました。年代順に紹介しましょう。岡晴夫「上海の花売り娘」、菊池章子「星の流れに」、敷島昇、二葉あき子、伊藤久男(夢の共演!!)「僕は特急の機関士で 九州巡りの巻」、曽根史郎「若いお巡りさん」、沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」、いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」、菅原洋一「今日でお別れ」、佐良直美「いいじゃないの幸せならば」、五木ひろし「よこはま・たそがれ」、五輪真弓「煙草のけむり」、中条きよし「うそ」、小坂恭子「想い出まくら」。
もちろん、どの曲も知っていますが、意外な発見もありました。「もしもし ベンチでささやく お二人さん」から始まる「若いお巡りさん」の4番。「もしもし たばこをください お譲さん 今日は非番の 日曜日 職務訊問 警棒忘れ あなたとゆっくり 遊びたい 鎌倉あたりは どうでしょうか 浜辺のロマンス パトロール」とあります。昭和31年のヒット曲ですが、当時の警察官は、なんと若い女性にもらいたばこしている、もう、びっくり仰天。そんな時代があったのかと。まさかそんなわけはないでしょう。「看板娘のいるたばこ屋さんでたばこを買っているんだよ」とTASCのTさん。確かに、そうですよね。いくら、国民に愛されるお巡りさんをアピールしようと躍起だった時代とはいえ、もらいたばこだなんて、ねぇ。第一若い女性の喫煙率は、今よりずっと低かったはずですし。
それでも、この歌詞、何度か読み返してみると、やっぱりちょっとへんです。「もらいたばこ」説を否定できない何かが聴こえてくる。じつに、不思議な唄です。
それはともかく、しばらくのあいだ、昭和歌謡とたばこの関わりを考えてみようと思っています。

渡辺靖さんにアメリカとたばこの関係をお聞きする。

 ご自宅のある鎌倉で慶応大学大学院教授・渡辺靖さんのインタビュー。駅の向かい側のcaf?&restaurantへ。ここでインタビュー。最初、入っていいものか思わず尋ねてしまうほど、ひとっこひとりいなかった。そのうち、どんどんお客がやってきて、またたくまに満員。しかもうるさい。こうした条件の中でアメリカの中のたばこ、複雑な価値観が交錯する国アメリカについてお聞きする。『TASC montly』8月号に掲載予定。

 

エッセイを書く、といってもある方のですが…。

『TASC monthly』用のロバート・ハリスさんのインタビュー原稿を書き上げる。いつもの談形式はやめて、思いっきりエッセイ風にしてみた。自分で言うのもなんだけど、これがなかなかうまくいったのだ。
かる〜く書けるものなら、この手がある。こういうのに味しめちゃうとぼく的にはじつによくないけどね。
3月には発行になるので、どこかでみつけたら(って基本的にはTASCの会員にならないと貰えませんが)よんでみて下さい。

あの名番組「beat on the road」のナビゲーターといえば……

もう終了してしまいましたが、J-WEVEの「beat on the road」や「midnight garden」のナビゲーターであり、作家、エッセイストとしても活躍するロバート・ハリスさんにインタビューをしました。風呂場でラジオを聴く習慣があるぼくは、この二つの番組は湯船につかりながらよく聴いていたのです。とくに、前者は、velvet undergroundの「European Son」から始まるヒップでクールな番組。60年代のヒッピーカルチャーやビートニクが好んで取り上げられていて、「Somebody To Love」とか「Marrakesh・Express」なんかがかかると、ぼくも大声で歌ったリもしました。そのハリスさん、BSの60年代のフェバリットソングをかけまくるという特番に出た時のこと。スタジオでナビゲーターをしている間中たばこを吸いまくっていたのです。ゲスト出演していた森雪之丞もものすごいチェーンスモーカー。放映中2人の口から立ち上る紫煙で、スタジオの中は霞がかかったような状態。近ごろ絶対見れないような光景をTVは流し続けたのでした。
こんなにすさまじいスモーカーなら、きっとたばこにまつわる思い出や面白い話が沢山あるに違いないと思いインタビューとあいなったのですが、しかし…。ハリスさん、現在すっかりたばこはおやめになっていたのです! えぇ、困った。とはいえ、もうインタビューは始まっているし。どうしよう〜。
いやいやいらぬ心配でした。ハリスさん、からだがどうだとか、健康がどうだとかでやめたわけではなく、奥さんと娘さんへの気遣いからだったのです。今でもたばこは好きで、ただ自分はやめたに過ぎない。たばこ文化は大切だと言いきり、昨今のたばこ排撃には、憤りすら感じると。そして、期待通り、スモーカーだった頃のとっておきの話をいくつも披露していただきました。
ところで、「ハリスさんにとってたばこってなんですか」という最後の質問にも、こんなステキな解答が、それは…、おっとこれは、『TASC monthly』3月号のお楽しみ。

トイレットペーパーの包み紙を集めていた先生

都立松沢病院、都立墨東病院を経て今年から東京未来大学の教授をされている春日武彦先生にインタビュー。『談』no.80特集「無意味の意味/非-知の知」のトップバッター春日先生にお願いしたテーマは、「無意味なるものに魅せられて……ささやかだけど役に立つこと」。
春日先生は、『奇妙な情熱にかられて』(集英社新書)で、なぜか気になるもの、心に語りかけてくるものとして「ミニチュア、境界線、そっくりなもの(贋物)、蒐集」の四つを挙げて、実生活にはまるで役に立たないけれども、腑に落ちた気分が得られるところがいい、そしてそれはある種のリアリティにつながるとおっしゃっている。きわめて個人的に見えるそうした趣味、趣向は、意外にも普遍性をもっていて、それこそがこころの働きであるともいう。だからこそ、そこに人々はリアリティを感じるのではないかというのが先生の考え。先生自身も蒐集家で、今はもうやっていないそうだが、ひところはトイレットペーパーの包み紙を集めていたそうな。蒐集の醍醐味とは何かと言えば、それは確認の喜びだという。「ありえるかもしれない」「あったら面白いな」と想像をどんどん発展させていくところに、無類の面白さがあるというのだ。トイレットペーパーの包み紙には、たとえばペンギンの絵のついたものがある。ならば、きっと駱駝だってあるはずだし、麒麟だってあるかもしれない、と、どんどんイマジネーションをたくましくさせていく。ある時ふと気が付くと、6畳の部屋の隅から隅までトイレットペーに占拠されていたということになるのである。
さて、そんな先生なので、話がつまらないはずはない。抱腹絶倒とまではいかなかったけれど、十数回は腹を抱えて笑いました。インタビューの内容は、本誌でお読みいただくとして、こいつはJT向け、と思われる面白いネタをひとつ紹介しよう。
春日先生の長い臨床経験から分かったことなのだが、統合失調症の患者さんの多くは、かなりすごいヘビースモーカーだというのだ。一日100本吸うような人がざらにいるらしい。しかも、本数が多くなっても、小遣いが増えるわけではないので、だんだんたばこのグレードが、低位安定方向へシフトする。つまり、彼らのお気に入りは、「しんせい」「わかば」「ゴールデンバット」だという。こうした国産たばこが大量に売られているたばこ屋さんがあったとしたら、きっと近くに精神病院があるはずだ。
なぜ彼らはそんなにたばこを吸うのか。春日先生曰く、「やることがないからですよ、たばこでも吸ってない限り暇を持て余して」、それこそ狂ってしまう(?!)という。つまり、彼らの最大の愉しみであり暇つぶしがたばこなのである。そして、さらに注目すべきは、統合失調症の入院患者で肺がんになっている人は、全くといっていいほどいないのだそうだ。重い統合失調症の患者さんには、それこそ数十年と入院している人がいる。彼らの世界は、病室かせいぜい病院の敷地の中。外の世界と完全に隔絶された生活をおくっている。ここで、はは〜んと思いましたね。要するに彼らは、外に一歩も出ないゆえに肺がんにかからない。ということは、外に出ると肺がんのリスクが俄然高くなるということになる。だったら、養老先生が主張しているように、「肺がんの最大のリスク要因はクルマ」というのは、案外あたっているのかもしれませんぞ。
春日先生は、もちろん喫煙擁護派かどうかはしりませんから、これはぼくの単なる想像ですが、なかなか面白いネタではあるでしょう。

たばこは吸わないが喫煙擁護派という立場はぼくと同じだ

高田馬場経由で早稲田大学アジア太平洋センターの池田清彦先生の研究室ヘ。講演を予定している会合の概要と経過報告。講演内容について、ぼくの方から補足説明をする。池田先生は、たばこは吸わないが喫煙擁護派。ぼくと同じスタンスだ。それは大変にありがたいのだが、このご時世でそれをあまり強調されても困るわけで、TASCの仕事をしているとなかなかそのあたりが微妙である。あくまでも生物学者として、構造主義生物学の立場から(最近では構造構成主義ということになるのか)、人間の愉しみ一般について語ってほしいとお願いする。実際の会合では、そのあたりの舵取りをぼくがやらないといけないかもしれない。司会業というのもこれはこれでけっこう大変なのだ。

現在の生-権力に抗することとはどういうことをいうのか。

立命館大学先端総合学術研究科准教授・天田城介さんを研究室に訪ねる。『TASC monthly』へのご寄稿をお願いしてあったので、その内容についての確認のため。立教大学卒業とあったのでちらっと尋ねると、やはり木下康仁先生のところにおられたという。木下先生には『談』no.59「老いの哲学」でインタビューをさせていただいたが、その記事も読んでおられたらしい。天田先生の研究室には灰皿がどうどうと置いてある。かなりのヘビースモーカーとおっしゃる。同行した新留さんは、研究室でこうして紫煙をくゆらせて打ち合わせができるのは珍しいと、とても喜ぶ。先端研自体がたばこには寛容で、他にもたばこの煙がたゆたう研究室がいくつもあるらしい。学内どころか研究室も全面禁煙などという大学が多い中で、じつに貴重な存在である。こうした事情も含めて先端というのだろうと勝手に納得する。次に甲東園の関西学院へ。社会学部教授阿部潔さんの研究室を訪ねる。『TASC monthly』の鼎談の打ち合わせ。この企画はそもそも阿部先生が編著の『空間管理社会』がきっかけ。あらためて全体の進行役をお願いする。阿部先生は茶髪にピアス、穴あきジーンズというスタイル。現代と常に真正面から向き合うのが社会学であるとすれば、阿部先生こそ「現在ただ今」を生きる真の社会学者だ。学内に防犯カメラが設置されたり、禁煙化されたりということが、なんのまえぶれもなく、気がつくとそうなっているということに阿部先生は憤っておられた。生-権力を内在的に批判することはむつかしい。しかし、あえて抗し続けること。ぼくは阿部先生の現在への向かい方に共感する。これで、鼎談はぜったいに面白くなると確信する。6月の終りが待ち遠しい。

たばこ関係の書籍が2冊刊行されました。

都内ではあまりみかけなくなった対面販売のたばこ屋さん。70年代にはいわゆる看板娘がちょこんと座って対応してくれたたばこ屋さんがまだまだたくさんありました。そんな全国のたばこ屋さんの店先を写真に記録してきた方がおられます。たばこ店向けの情報誌を編集されていた飯田鋭三さんで、その膨大な写真からその一部を紹介し、たばこ屋さんの想い出と共に綴った『たばこ屋さん繁盛記』が出版されました。自動販売機のない時代、たばこ店の娘さんからたばこを買って、さっそくその娘さんに火をつけてもらって一服、なんていう楽しい写真など、なつかしい光景が満載です。また、タバコ(植物)を求めて、長短あわせて40回、述べ1030日を超える海外調査をされてきたたばこの研究者・川床邦夫さんが『世界たばこ紀行』を出版されました。タバコの故郷である南アメリカを出発点として、カリブ海諸国、メソアメリカ、北アメリカ、オセアニア、アフリカ、ヨーロッパ、中東とシルクロードを経て、アジアにたどりつく。タバコを求めて、たばこと共に歩む世界一周の旅です。いずれもTASC叢書。 たばこ屋さん繁盛記?江戸から平成まで
世界たばこ紀行

気がつくといつのまにか……

法政大学へ。法政は野外に屋根付の喫煙所があった。杉田敦田先生に『TASC monthly』の原稿依頼。法政も全面的に禁煙になっているようだが、先生は喫煙者ではないにもかかわらず、告知もきちっとしないで進められたことに対しては抵抗されたらしい。大学は未成年者もいるので学内を全域禁煙化することに対しての合意形成は得られやすいのだろう。とはいえ、気がつくといつのまにかそうなっているというのは、やはりおかしい。非喫煙者であるぼくもきっと抗議したはずだ。

今や学内「全面禁煙」という大学がほとんどらしい

GLOCOMへ。少し早くついたので、元テレ朝通りの周辺を少し散歩。そういえば、浅田彰さんと香山リカさんを引き合わせたのはナイジェルコーツデザインの「メトロポール」だったなぁと、今はその面影さえない六本木ヒルズを眺めつつため息などついてみた。
10分前につくともう新留さんは待っていた。GLOCOM研究員鈴木謙介さんを訪ねる。TASC鼎談参加の正式なお願い。近著『〈反転〉するグローバリゼーション』で「市場の再埋め込み」について論じているが、その事例として「秋葉原有料トイレ設置」についてふれているという。できるだけ具体的な話を出した方がいいので、その話題など出しながら議論しましょうかと。今回の人選は○だ。新留さんとラーメン屋へ。九州ご出身なのでラーメンにはうるさい。で、みつけたのが隣のZONE六本木地下1Fの久留米ラーメン店「ラーメン鐡釜」。はりがね(超堅め)の麺を注文する。思ったほど堅くなかった。これならこなおとし(超超かため)に挑戦すればよかった。それでお味の方はというと、新留さんからOKサイン。うん、確かに美味かった。
今年の秋に閉店が決まったBook1st渋谷店へ。鈴木さんが言っていた通り『〈反転〉するグローバリゼーション』は平積みになっていてその上にPOPが。なんと本はすべてビニール装してあって、開いたらチャーリーというサイン入り! 急いで井丿頭線駅へ。それを読みながら下北乗り換えで玉川学園へ。20分も早く着いたのにすでに新留さんは正門前で待っているではないか。ここは、正門入り口から全面禁煙。奥の5号館の岡本裕一朗先生に面会。同じ鼎談への正式な参加要請。全面禁煙なんですねと尋ねると、防犯カメラがそこら中に設置されているという嘘みたいなことをおっしゃる。この大学はクリーンで美しく、現代の管理社会のまさに典型的なモデル。一部では、玉○の○○鮮と言われているらしいが、なんとなくわかる。岡本先生も今回の企画には大変乗り気で、鼎談はかなり盛り上がりそうだ。

高校生と町工場の多い地域こそ自転車の町なのだ。

『city&life』「サイクリング・シティの可能性」に掲載する伊藤滋先生と伊藤礼先生の対談。都市計画家とエッセイスト、伊藤整のご子息にして兄弟。稀な対談だ。礼先生は、古希を前にして自転車にめざめられた。現在は6台の自転車を使い分けながら、都市を走り回っておられるサイクリニストだ。今回の対談は、自転車と都市のいい関係をどうやってつくっていけるかというテーマでお話していただいた。東京というのは、人口や気候条件、起伏の多い地形、どれをみても自転車には不利な条件ばかり。ところが、ヨーロッパやアメリカの大都市と比較すると、格段に自転車普及率は高い。東京のなかでも、足立、葛飾、江戸川、大田の糀谷などが高く、港、渋谷などが低い。高校生と町工場が点在し、4mにも満たない路地がくねくねと入り組んでいる所がじつは自転車利用者が多いという皮肉な現状。これをどう捉え展開するか。滋先生は細かいことは気にせずに、仮説やアイデアをポンポンと出すタイプ。反対に礼先生は、細かいところにこだわる慎重派。兄弟で性格が対照的だったのが興味深かった。ところで、伊藤滋先生は愛煙家。なのに今日の対談場所は全面禁煙。「30分したら一度外に出るぞ」と言っておられたが、結局我慢されて中座することはなかった。帰り際、「先生、今度たばこについて何か書いてくれませんか」と尋ねると、「いやだよ、それでなくてもいじめられてるのに、もっといじめられちゃうよ」ですって。ほんとうにそうかもしれない。こんな立派な先生でも、愛煙家というだけで肩身の狭い思いをしておられるとは。お察しします。

コーネリヤスとツーショットのポスターで閃いたのだろうか。

Book1stで、書籍版『フォーエバー・ヤン ミュージック・ミーム1 』を購入。一昨日買った CD版『FOREVER YANN Music Meme2』を聴きながら読む。そのあと、同じヤン富田の『Music for astro age』2枚組も購入。再びPCに取り込んで聴きながら仕事。冨田先生対談のお相手にヤン富田さんを指名してきて、冨田/富田のスティールパン対談がいいとおっしゃる。しかし、こっちとしては、スティールパンはあくまで脇役なので、頭をかかえてしまう。もう少し考えよう。藤田美紀さんの『愛煙家にもいわせて!』を読む。こういう声はどんどんあげてほしいけれど、これ書籍というよりコラム?! 10分で読めちゃったぞ。
愛煙家にもいわせて!

トリローの冗談音楽にたばこが出てくるというちょっといい話

『TASC monthly』の4月号に八巻明彦さんが「流行歌に見るたばこの存在」という文章を寄せています。意味深な歌が好きなぼくは「ベッドでたばこを吸わないで」などよく口すさんだものですが、ちょっとしたエピソードとともにこれらのたばこの歌について綴られたもので、とても愉しく読ませてもらいました。かくいうぼくも昭和歌謡についていろいろ調べているのですが、たばこにまつわる歌を見つけたり思い出したりするとメモっています。そのなかで、これはと思ったのをひとつ紹介しましょう。
日本の在来種タバコ(川床邦夫さん曰く製品の「たぱこ」に対して植物は「タバコ」)には、鹿児島系(国府葉)、長崎系(達磨葉)、南部系(南部葉)の三つの系統があると言われていますが、その鹿児島系のタバコが出てくる歌があるんです。三木鶏郎の「僕は特急の機関士で」。この歌は、丹下キヨ子と森繁久彌のデュオでNHKラジオ「日曜娯楽版」のためにつくられた歌ですが、この歌には、「東北巡りの巻」とか「九州巡りの巻」というように続編もつくられました。その「九州巡りの巻」に問題の歌詞が登場。「博多よかとこ 柳町 仁和加芝居の おかめさん よくよく つくづく 眺めたら 僕の彼女に そっくりたい (リフレイン)福岡 久留米 鹿児島 ウ〜〜〜〜ポポ」が1番。で、その8番目「ここは鹿児島 桜島 煙草ヨカチョロ 国分から 南 屋久島 種ヶ島 これが日本の どんづまり (リフレイン)福岡 久留米 鹿児島 ウ〜〜〜〜ポポ」。こっちは、敷島昇、二葉あき子、伊藤久男というなんとも豪華な歌い手さんたち。そのなかで二葉あき子が歌うんですね。「煙草ヨカチョロ 国分から」と。どうです、なんともいいでしょう。1951年の作品。たぱこがまだみんなに愛されていた時の歌ですね。

思ったようにはいかないこともある。それも編集というものだ。

橋爪大三郎さんの研究室へ。講演会&交流会の打ち合わせ。先生は、「たばこにはひとつもいいところがない」という前提から話を始められた。こりゃちょっと困ったなと思っていると、生活習慣病における最大のリスク要因であり、受動喫煙も事実だという認識。たばこがいいか悪いかという判断はメーカーがするもので、先生はいいとも悪いとも言わない。問題は、多くの人がたばこはイヤだと思っている時に、どうやって折り合いをつけていくか、それを社会学という観点から考える。まったくもっておっしゃる通り。しかし、JTの人も参加する場所で、厳しい現状の確認を駄目押しされてもどうだろうか。むしろ橋爪さんに不愉快な思いをさせてしまっては困るので、今回は見合わすことにした。大急ぎで半蔵門へ。時間をまちがえて、10分遅れる。すでに塩事業センターの担当者と眞嶋亜有さんが打ち合わせ中。正式な原稿依頼をしたとのこと。テーマの確認としばらく雑談。こっちは、原稿さえよければまったく問題ない。あとは待つばかり。ところで、真嶋さん、今年居を三番町に移すとのこと。なんとセレブな。ABCで小泉義之さんの新訳『意味の論理学』上下、赤川学さんの『構築主義を再構築する』を購入。

〈健康を見失ってしまった〉現代日本の矛盾を浮き彫りにする。

香川大学教育学部教授・上杉正幸さんとKHI研究所の名取春彦さん共著による『タバコ有害論に異議あり! 』が刊行されました。
本書の説明によると、「〈今日も元気だ、たばこがうまい!〉とタバコを認めていた社会が〈禁煙ファシズム〉社会になるまでの背景を解き明かすことで、ひそかに進行する慢性疾患の恐怖から〈異常〉を生活習慣にまで見出すようになり、逆に〈健康を見失ってしまった〉現代日本の矛盾を浮き彫りにする」。そして、「タバコ有害論の根拠となっている疫学統計は〈有害である〉という結論が先にありきの、悪質な操作に満ちたものだったことを徹底追及」するというもの。ちなみに、上杉正幸さんは、『談』no.50「スポーツのプラトー」で、「健康の逆説」というテーマでインタビューを行っています。
本書のコンテンツは以下のとおり。
第1章 つくられたタバコ有害論(なぜ私はタバコを吸うのか
タバコを吸うとガンになるという常識は意図的につくられた
タバコだけが有害なのか
人はどのようにしてガンになるのか
和解と共生のために)
第2章 タバコを“悪”とみなす「健康社会」の矛盾(タバコが“悪”とみなされるまで
タバコ有害論はなぜ浸透したか
「異常がない健康」から「異常を受け入れた健康」へ)
タバコ有害論に異議あり!

金子マリさんのように堂々と吸いましょうよ。

東洋大学白山キャンパス2号館1FでTASC新留さん、カメラマンの理策さんと待ちあわせ。
1時10分より経済学部教授・小川純生さんのインタビュー。テーマは「遊び概念を拡張する……面白さの根拠」。小川さんはマーケティングがご専門だが、近年「遊び」に注目されて、「遊び」概念から消費者行動を解明する研究をされておられる。たまたま小川さんが発表されたいくつかの論文を読む機会があり、それがことの他興味深いものだったので、 no.78号の企画でインタビューをさせてもらうことになったわけだ。
お会いしてみると、小川先生、名実ともに大変な遊び人だった。といっても、「飲む打つ買う」といのではもちろんなくて、スポーツが中心。なんとなんと陸海空の免許をもっておられる。陸=クルマはともかくとして、空と海ですよ。つまり飛行機と船舶の免許。クルマは一時MGのオープンカーを所有されていたとのこと。他に、テニスやウィンドサーフィン、楽器演奏もやられる。「遊び」を語る者、まず遊び人であることが絶対条件、といわんばかり。そりゃ当然か。今回の最初のインタビューは、いつもの『談』とはちょっと雰囲気が違って、和やかな感じで進んだ。特集全体もいつもとは少し感じが違うかも。
17時からは、九段下のホテル・グランド・パレスで衿野未矢さんと打ち合わせ。『依存症の女たち』の著者。最新刊『暴れる系の女たち』が面白くて、さっそく「en」のリレーエッセイにご寄稿をお願いした。衿野さんは普段から和装の人。本日も、モスグリーン系の柄がオシャレな着物でいらっしゃった。それと走る人でもあり、9日からホノルルへ旅たつという。マラソンに出場するためだそうだ。なんか、そっちのこともいろいろ聞いてみたくなった。原稿、おおいに期待できそうだ。
夜は、中川五郎さんのニューアルバム『そしてぼくはひとりになる』の発売記念ライブに行く。下北沢のラ・カーニャにて。今回はすべてラブソング。それも、アルバムタイトルをそのまま行くような私小説的世界が展開。「男ってしょうがない動物だ」的な感じの歌を中心にたっぷり2時間半。佳村萌さん(大ファン!)とかハンバート・ハンバートの佐藤良成さんとかにまじって、金子マリさんがゲストで出演。何十年ぶりに見たが、すっごくかっこよかった。たばこを吸いながらステージにあがってきて、「禁煙じゃないって言うからきたよ」と一言。それから、1曲たばこを指にはさみながら五郎さんとデュエット。「たばこが悪い? それが何か」ぽい感じで、まったく意に介さない。この潔さがカッコイイ。キレて他人に危害を加えるわけではないし、自傷行為に及ぶというわけでもない。「好きなんだから吸ってるだけ」。これでいいんじゃないか。愛煙家のみなさん、金子マリさん的に堂々としてましょうよ。

編集冥利に尽きるとはこういうことを言うのだろう。

中川五郎さんから連載第1回の原稿が届く。これがいいのだ。煙草にまつわる小咄。詳しくは、『TASC monthly』をお読みいただきたいのだが、中川五郎さんにお願いして間違いなかった。こういうのは編集冥利に尽きるというのだろう。今後が楽しみ。ところで、中川五郎さんのライブがあります。新作アルバム発売記念ライブで下北沢のラ・カーニャにて。月曜日は『談』のインタビューと「en」の原稿依頼でちょっと厳しそうだが、できるだけ駆けつけたいと思ってます。

「週間ポスト」11月17日号の「衝撃データ」とは

本日も週刊誌ネタを一つ。「週間ポスト」11月17日号の「衝撃データ 受動喫煙は子供の発がん率を低下させる!」。WHOの付属機関 国際がん研究機関が1988年から94年までの7年間をかけて、欧州7カ国で650人の肺がん患者と1542人の健常者を比較して実施された疫学調査は、「成人同士の受動喫煙は、肺がんの発生率を高めず、子ども時代の受動喫煙は肺がん率を低下させる」という驚くべき結果になった。岐阜大学医学部助教授・高岡健氏によれば「WHOの付属機関の調査だけあって客観性も担保されている」と記事でコメントしている。
受動喫煙が発がん率を高めるというデータは公表されているのに、なぜにWHOは、この調査結果を10年以上も公表しなかったのか。まあ、推して知るべしですけどね。→ http://www.weeklypost.com/061117jp/index.html

情動商品としてのたばこというアイデア

眞嶋亜有さんの水虫の研究、「香港、16℃の誘惑」、「愛にさまようモテオヤジに捧ぐ?」などを読む。眞嶋さん、論文だけでなくエッセイもとっても面白い、なにより文章がお上手。新たな論客の登場だ。これから、ぼくは、全面的に応援をしていきたいと思います。なんて、ひとりで興奮してどうする。
演劇評論家・田之倉稔さんにお電話。原稿を依頼。二つ返事で引き受けてくれた。ちょうどイタリアへドン・ジョバンニのことを調べにいってたところなので、そのことについて書こうかなと。よかった。
日本総合研究所の富永さんと筑波大学の好井裕明さんのところへ。今回の面会目的である「喫煙の愉しみ」についてのグルイン実施の内容について説明する。実施にあたって、社会調査をされてきた専門家の立場からアドバイスをもらおうというもの。
好井さんは、喫煙そのものがもっている文化と喫煙者の文化をまず分けて考える必要があるとしたうえで、「喫煙の社会性」というものに目を向けてはどうかとおっしゃった。「たばこと社会」というと、とかく喫煙者の社会性、社会的行為にばかり関心が寄せられるが、たばこそのものがすでに社会性をもった「もの」であるという視点を、もっと考えてみなくてはいけないのではと。シガレットから葉巻まで、大衆的な商品でありながらも社交的小道具、高度な文化的商品という性格ももっているたばこは、きわめて多義的で多様性豊かな「もの」である。マナーや節度の問題は、「たばこと社会」のある一面でしかない。人間のもつ社会性のより根源的な問題として、たばこをきちっと位置づけ直す必要があるという提言、とぼくは受け取った。「人はなぜたばこを吸うのか」、結局この問いにまだ誰も答えられていないということなのだろう。
情動商品としてのたばこというアイデアが閃いた。たばこは人間の情動と深い関わりがあるし、情動に直接作用する物質といってもいいだろう。たばこをなぜ吸うのか、という問いに答えを見出せないのは、情動とは何か、ということに容易に答えを見出せないのと同じではないか。情動のわかりにくさは、たばこのわかりにくさにちかい。両者は、とてもよく似ている。たばこを知るためには、まず情動の解明が先決だ。

歴史を変えたグレート・スモーカーたちの物語

TASCが資料提供、執筆で協力した新刊『グレート・スモーカー』(祥伝社)を贈呈していただいた。一応、僕はTASCが発行する『談』の編集長となっていますが、TASCの会員でもあるので関連図書が発行されると送ってくれるのです。
本書は、サブタイトルに「歴史を変えた愛煙家たち」となっているように、たばこを生涯の友とした作家、芸術家、政治家、軍人、アスリートたちの愛煙物語です。紙巻派の明治天皇、芥川龍之介、葉巻派のチャーチル、團伊玖麿、煙管派の幸田露伴、五代目古今亭志ん生、パイプ派のマッカーサー、ゴッホといったように、愛煙家たちを好きなたばこの種類でわけて紹介しているところが本書の特徴。人数の多い紙巻派は、さらに、好きな銘柄別に分類されていて、たとえば、夏目漱石、寺田寅彦は『朝日」、菊池寛は『キャメル』、小津安二郎は『ピース』、市川崑は『チェリー』だったことがわかります。
『風呂のなかで吸う葉巻が一番旨い」といった開高健、妻を三回変えたのにたばこはずっと『敷島』一辺倒だった北原白秋とか、たばこにまつわる楽しいエピソードが満載。『歴史のなかの嫌煙者たち」なんていうコラムや「たぱこと切手」といったヴィジュアルページもあって、新書ながら雑誌っぽいつくりになっています。ちょっと一服という感じて気楽に読める一冊です。
グレート・スモーカー?歴史を変えた愛煙家たち

非喫煙者のたばこ擁護派こそもっと声をあげるべきではないか。

苗場から帰宅。すぐにJT本社へ。これから始まるプロジェクトについてのキックオフミーティング。詳細は書けないが、「たばこ」の将来像を描くうえできわめて重要なものになると思われる。「こんな時、たばこが吸えたらどんなにいいだろう」と知り合いが吸うたばこのけむりを嗅がしてもらっている非喫煙者のたばこ擁護派のぼくとしては、全面的に協力していくつもりだ。まあ、○○生の時から吸っていたし、たばこの魅力を知っているからこそそう言えるわけだけど。「積極的受動喫煙のすすめ」なんて本を書いてくれと言われら、喜んでお受けします。

喫煙者/非喫煙者がさりげなく共存しあう関係

「喫煙を受容しうる社会的システムの研究会」の第6回。本日のゲストスピーカーは、千葉大学工学部デザイン工学科教授・清水忠男さん。ユニバーサルデザインの観点に基づく製品・環境のあり方、デザインへの展開がご専門。今回のテーマは、「共存のための製品・環境デザインの可能性」。「喫煙はなぜ周囲から嫌われているのか、その理由に対して、製品や環境デザインがなんらかの解決先を提示できないか」と、非喫煙者の立場から発言していただいた。清水さんは、喫煙者の言う「たばこをのむ至福のとき」という言葉に着目し、現在の分煙施策の問題点は、喫煙者から「至福のとき」を奪い、また、喫煙者の「至福のとき」を非喫煙者が理解しないところにあるのではないかと言われた。喫煙/非喫煙ときっちり切り離すのではなく、さりげなく共存しあう関係をつくり出せないか。空間デサインはこのテーマにもっとアプローチすべきだと提言する。「休憩用の喫煙スペースを、一般の休憩スペースの一部に組み込んではどうか」という発言は、さすがユニバーサルデザインをやられている研究者だからこそ出るアイデアだとは研究会参加者の声。これまで抽象的な議論が続きやや煮詰まり気味。そこに具体的な提案が出されて再び研究会も息を吹き返したという感じだ。僕的には、喫煙規制、分煙化の流れは、マイノリティやエスニシティが抱える問題と多くを共有している。それがわかっただけでも成果として十分。さて、来週が最後。今回のように議論を盛り上げて終わりたいものだ。

必須ではないが、ないと寂しい「嗜好品のような会議」

「第5回 嗜好品文化フォーラム 〈嗜好品の人類文明史〉」に参加する。協賛しているTASCの方々と挨拶を交わす。はじめに共立女子大学教授・鹿島茂さんの記念講演「嗜好品と人類の近代」。続いて嗜好品文化研究会代表幹事で武庫川女子大学教授・高田公理さんの基調報告「嗜好品の誕生とメカニズム」。休憩を挟んでパネルディカッション。パネリストは、堺市博物館館長・角山榮さん、国際日本文化研究センター教授・白幡洋三郎さん、武庫川女子大学助教授・藤本憲一さん、コメンテーターとして国立民族学博物館名誉教授・栗田靖之さん、司会は甲南大学教授・伊野瀬久美惠さん。このディスカッションひさびさに面白かった。続きを読む

未成年者の禁酒・禁煙はどのように決まったのか。

千葉県佐倉の国立歴史民俗学博物館へ。研究部民俗研究系助手・青木隆浩さんに「酒」への寄稿をお願いするため。青木さんは、『近代酒造業の地域的展開』(吉川弘文館)という単著がある若い民俗学者だ。ぼくが注目したのは、近代日本の飲酒、喫煙と社会的規範の関わりを考察した興味深い発表を聞いたからである。その発表の下敷きとなった論文をご本人からいただいた。冒頭には次のような文言が記されてあった。「もし、未成年者の禁酒・禁煙について根拠を求められた場合、何と答えるだろう。一般には、法的規制や健康の保持を理由にするのではないか。しかし、法律に求める見解は形式的であって本質的な解答にならず、また健康は個人差があるため年齢制限の根拠にならない。(…)本研究で明らかにするように、未成年者の禁煙と禁酒は今や常識化している教育的措置として定められたのではなく、アメリカの上層文化を輸入して下層民の貧困や衛生、風紀を管理するために制定された。この点から、未成年者の禁煙・禁酒は、根拠の不明瞭な社会規範が後から以前と異なった意味にすり替えられた典型的な事例であるといってよい」。なんと、なんと、常識化している未成年者の禁煙・禁酒は、じつは確たる根拠などなく、きわめて政治的な配慮から法律化されたにすぎなかったというのだ。しかも、その事実を青木さんは柳田國男のテキストに発見したというのである。明治政府の行った禁煙・禁酒政策は、驚くほど知られていない。というか、忘却させられてしまっている。こうした禁煙・禁酒政策に大きな影響を与えたのが、キリスト教系の禁酒会リーダー根本正と社会鍋の救世軍リーダー山室軍平である。彼らと当時の内務省が二人三脚で取り組んだ政策こそ未成年者の禁酒・禁煙だったのだ。この興味津々の内容、3月に発売される「shikohin world/酒」に掲載予定ので楽しみにしていてください。

ジンギスカン・キャラメルはいやだけど嫌羊権なんて主張しませんから

ジンギスカン・キャラメルをもらう。北海道のお土産。いくら流行っているからといって、キャラメルにまですることはないだろうにと思いつつ、一粒口に入れてみた。最初は確かにキャラメル。ところが、すぐにあのラム肉の味が口腔内に広がる。甘いけれどベースは獣系、かすかに肉汁の香りもする。とにかく、奇妙きてれつな味覚体験だ。ぼくは、断言します、二度とジンギスカン・キャラメルを食べることはないと。でもね、こうやってお土産として売ってるんだからファンがいるんだろうね。この味がたまらないってひとが千人、いや万人単位でいるのかもしれない。もちろん、ぼくはそういう人たちに食べるななんてぜったいに言いません。美味しいと思っているなら、どうぞご自由に。
ところが、世の中には、人の味覚の好みに口を出す人たちがいるのです。「私は、おいしいからショートピースを喫う。体質に合っているから喫う。箱のデザインが抜群だから喫う」。だから、「(…)おいしくないと喫わない。主義ではなく、生理の欲求である」。草森紳一さんは、こう言って、なぜ人が好きで、美味しいといって呑んでいるものに文句をいうのだ、と怒るのです。挙げ句の果てに、「(…)あまりにも激烈なデザインの破壊ぶり。〈ショートピース〉は、アメリカの著名なデザイナーの手になる傑作である。世界のデザイン会議はこのまま黙って見過ごし、なにも抗議しないつもりなのか」と、パッケージの警告表示が、そのすぐれたデザインを台無しにしていることに、また怒るのです。この気持ち、わかるなぁ。健康リスク、受動喫煙、路上喫煙、匂い迷惑などなど、たばこ嫌いの鼻息はますます荒くなっている今日この頃(草森さん曰く、彼らの鼻息の方がよほどケムいと)。それをとりあえず受け入れたとしても、人が美味しいと言って口に入れているものに、なぜに赤の他人が文句をつけてくるのか。たばこは、口に入れるものであって「美味しい」ものなんです、たばこのみにとっては(そうでない人もいるけれど)。それを、からだに悪いからやめなさいとか、匂いが嫌だからよそへ行ってくれだとか、ハッキリ言って余計なお世話です。禁煙ファシズムの猛威に対して、喫煙派がどんなに論理的に反駁しても形勢は悪くなる一方。一度、たばこは口にいれるもの、その意味では立派に「食」のひとつだとぼくは思っていますが、この観点から、喫煙の自由を主張したらどうでしょう。たばこは、delicious、delicioieux、buonoなのよ!! ピエール・エルメの「ミルフィユ・カラメル」やアンリ・シャルパンティエの「ふじりんごのジブースト」のように。そして、ある種の人々にとってのジンギスカン・キャラメルのようにね。
草森紳一さんの上記の文章は、『随筆 本が崩れる』所収の「喫煙夜話 「この世に思残すこと無からしめむ」」より。これは『談』の広告を出稿する話もあった雑誌『ユリイカ』2003・10「喫煙異論」初出の随筆。
随筆 本が崩れる

シガレットがファスト・フードなら、シガーはスロー・フードだ

「喫煙を受容しうる社会システムの研究」の第4回。本日のゲスト・スピーカーは東京大学大学院法学政治学研究科教授・井上達夫さん。大学時代は3年間で博士論文を書かなければならないという激しいプレッシャーのために、チェーンスモーカーだったそうだが、それを終えて解放されたら、すっかりたばこ嫌いになっていた。25歳で「離煙」(!?)し、以来25年間は「蔑煙」期。ところが、50歳になったのをきっかけにシガーと出会い、「復煙」。今は、優雅にシガー・ライフを愉しんでいるという。こうした自分史を手がかりに、「嫌煙の心理と論理」、「喫煙者と非喫煙者の共生の作法」をお話いただいた。フーコーの「快楽の活用」「自己への配慮」を参照しつつ、禁欲は欲望をより深いものにするのであれば、充足的喫煙という方法もありうるのではないか。つまり、シガレットをのべつまくなしに口にくわえているよりは、1本のシガーを特定の場所でゆっくりと時間をかけて吸う。こうしたたばこの愉しみ方もあるのではないかという。要は、たばこを「嗜む」こと。これもまたたばこ文化の創造につながってくる提案だろう。そのためには、1本千円のたばこを売り出してもいい。ハイクオリティを売りにして。このアイデア、ぼくもずいぶん前に冗談まじりでTASCに言ったことがある。一笑に付されたけれど。案外いいかもしれないですぞ。シガレットがファスト・フードなら、シガーはスロー・フード。ROHAS的たばこって面白くないか。

喫煙は宗教的儀礼なのだ

「喫煙を受容しうる社会的システムの研究」研究会の3回目。ゲストスピーカーに早稲田大学教育・総合科学学術院教授・若林幹夫さん。初期シカゴ学派の生態学的都市像からの示唆を受けた提案、また、たばこを野蛮なものとする現代社会の深層の解明という大変刺激的な発表をされました。その詳細はマル秘なので残念ながらお伝えできませんが、ひとつだけ面白いネタを。研究員の先生から、「たばこはもともと神聖なものだったのに、世俗化してしまったからこんなにたたかれるようになったわけで、いっそもう一度神聖化させたらいいんじゃないか」と言う意見が出されると、すかさず、「喫煙を宗教的儀礼にして、JTもいっそ宗教法人にしたらいい」と若林さん。一同大笑いになったのですが、これけっこういいかもとマジに反応したひとが一人いました。誰かって? もちろん僕ですよ。

たばこ好きの国王がたばこ販売をやめた理由

TASCの講演会へ。国立民俗学博物館名誉教授・栗田靖之さんの「たばこ販売禁止に踏み切った国ブータン」と元駐スペイン国大使・林屋栄吉さんの「スペインとたばこと私」。ブータンは、2004年12月17日国内でのたばこの販売を禁止しました。ブータンは人口50万人のうち喫煙者はわずか1パーセントしかいないという非喫煙国。それなのに、なぜ世界初ともいえる販売禁止という厳しい規制を行うに至ったのでしょうか。結論からいうと、仏教の影響で禁煙が定着している中で、都市部の若者を中心に喫煙者が増えてきたため。ブータンでは、GNPに対抗して、国民総幸福(GNH=Gross National Happiness)を提唱しています。健康を維持することが幸福につながると考え、結果、病気の原因となるたばこは禁止すべし、ということになったというのです。GNHの考えは、とても面白い概念だけど、そもそも幸福を量ではかることができるのかどうかという根本的な疑問があります。精神的な幸福感を最も上位に置く仏教国だからこそ通用する概念で、普遍性はもちにくいと思うけど。そうやって販売を全面禁止したのに、仕掛人の国王はというと大の喫煙擁護派。喫煙を今でも続けていると公言しているとか。こういう話、僕は大好きですね。
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たばこ好きの国王がたばこ販売をやめた理由

TASCの講演会へ。国立民俗学博物館名誉教授・栗田靖之さんの「たばこ販売禁止に踏み切った国ブータン」と元駐スペイン国大使・林屋栄吉さんの「スペインとたばこと私」。ブータンは、2004年12月17日国内でのたばこの販売を禁止しました。ブータンは人口50万人のうち喫煙者はわずか1パーセントしかいないという非喫煙国。それなのに、なぜ世界初ともいえる販売禁止という厳しい規制を行うに至ったのでしょうか。結論からいうと、仏教の影響で禁煙が定着している中で、都市部の若者を中心に喫煙者が増えてきたため。ブータンでは、GNPに対抗して、国民総幸福(GNH=Gross National Happiness)を提唱しています。健康を維持することが幸福につながると考え、結果、病気の原因となるたばこは禁止すべし、ということになったというのです。GNHの考えは、とても面白い概念だけど、そもそも幸福を量ではかることができるのかどうかという根本的な疑問があります。精神的な幸福感を最も上位に置く仏教国だからこそ通用する概念で、普遍性はもちにくいと思うけど。そうやって販売を全面禁止したのに、仕掛人の国王はというと大の喫煙擁護派。喫煙を今でも続けていると公言しているとか。こういう話、僕は大好きですね。
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南博さんの"くわえたばこ"はかっこいい

「菊池成孔Duo 3days」の一日目、南博(p)さんとの演奏を見に新宿Pit innへ。イタメシしていて遅れしまい立ち見になってしまった。さて、演奏はすばらしかった。スタンダードばかり。菊池さんの吹くチャールス・ミンガス、コール・ポーター、ジョージ・ガーシュイン、ビリー・ストレイホーンもいいが、やはり南博さんのピアノがいい。自由でかつ変化に富みそれでいてこの上なく甘美。ふしぎな間と抑揚。ジャズピアノのがこんなに面白いとはおもわなかった。休憩をはさんで2セット。アンコールもやっておおいに堪能した。あいかわらず菊池さんはMCが長い。南さんがね、「いっそ小泉は毎日靖国神社に参拝すればいい。それを散歩という」って紹介して会場を大いに湧かせたが、それにしても長い。しゃべり過ぎ。それを期待している女性菊池信者も多いのだからしかたがないか。それはともかく、南さん演奏しながらとってもおいしそうにたばこを吸っていたのが印象的だった。たばこを譜面と一緒にピアノの譜面台において、演奏の合間や演奏中にさっと火をつける。これがなかなかにシャレている。やはり、JAZZには紫煙がよく似合う。授業をフケて下高井戸のJAZZ喫茶でコーヒー一杯とハイライトですごした高校時代のことがふと脳裏をよぎった。ビル・エバンスのピアノがまたたばこの香りによくマッチングしたよな、なんて不良高校生(当時)は思うのでした。ライターの(といっても書き手の方)O城さんも見にきてました。

サモンの「統計的関連性」は使える

戸田山和久さんの『科学哲学の冒険』を読む。サモンという科学哲学者に「統計的関連性」という概念があることを初めて知った。統計的関連性が強くあるとしても、両者に因果関係があるとは限らないというのが、この概念の趣旨である。たばこの疫学調査に対する疑義を考える切り口として、これはかなり使えるのではないかと思う。

科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる

喫煙天国、再び

日比谷野音へ。ROVOがオーガナイズする「マン・ドライヴ・トランス」の3年目。今年は、天気もいいし、格好の野外ライブ日和。続きを読む

moe.のライブは、喫煙天国だ!!

リキッドルームへ。外観はそんなに大きく見えないのに、中は広い。タワー・カフェにたくさんの若者。ラウンジ風なこんな場所をもっているのが、新生リキッドルームの特徴か。すぐに会場に。さて6時よりスタート。続きを読む
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