小林健二展(ギャラリー椿)に行く途中ポーラミュージアム アネックスで開催されている「田所美惠子・針穴写真展「静物」」を覗く。つい最近本屋で写真集『針穴のパリ』(河出書房新社発行)を見つけ、どんな写真家だろうと思っていたところだった。今回は、撮影場所を室内に移動して、野菜や果物を撮影したもの。彼女は一貫して撮影に針穴写真機(ピンホールカメラ)を使用している。針穴写真とは、暗箱に極小の穴をあけて、その穴に光を取り込んで撮影する方法。ぼくも子どもの時に、学研の『科学』の付録でつくったことがあった。田所さんは、あえてこの写真の原点である針穴写真機にこだわり撮影を続けている。レンズを使用していないために、ピントのあまい、よくいえばどこにもピントがあった柔らかい描像を得ることができる。とくに今回は対象が野菜や果物。モノクロではあるけれども、あたかも絵画のような世界をつくり出していた。すぐに思い出したのは、カラヴァッジオの腐敗した果物、枯れた葡萄の葉、果物籠。あの質感、量感、テクスチャーと同質のものを目の前の写真にぼくは見出していた。カラヴァッジオの徹底した写実主義。それは、的確な構成力から生まれたものだ。田所さんの写真もまた、精密に構成された「絵画」である。支持体とフィギュールの関係が、カンヴァスから印画紙に、油絵の具から光そのものに置き換わっただけ。静物画では画家のデッサン能力が問われる。しかし、静物写真を決定付けているものは、光のコントロールであるため、写真技術が介入できる余地はほんの少ししかない。そうであるにもかかわらず、田所さんの静物写真に静物画(Still Life)の伝統を一瞬にして見てとってしまったのは、写実とは何かというある種根源的とも言える自然への態度を、彼女自身強く意識しているからではあるまいか。静物画以上に静物画たらんとする静物写真。そこにあるのは、タルボットの「自然の鉛筆」としての写真だ。そういえば、ぼくに「自然の鉛筆」を教えてくれたのは畠山直哉さんだったが、彼もまたカメラ・オブスキュラ(暗箱)で自然を描写するというプロジェクトをしかけた写真家だった。『談』no.64の表紙のドローイングは、その暗箱に入り込んで描かれたもの。「写実」というそれ自体原理的で素朴な自然への対峙の仕方を、針穴写真は現代に蘇らせてくれる。しばらくは、田所美惠子さんの仕事に注目していたいと思う。