路地は、今、まちづくりで話題にのぼることが多い。これまで都市再開発で、防災・防犯などの観点から、潰す対象でしかなかったのが、ここにきてプロパーからも関心がもたれるようになってきた。路地のもつ脱構造的なシステムやそこに息づくコミュニティを無視できなくなってきたからだ。路地は欧米のまちづくりの関係者からも注目されはじめている。なんと「roji」と表記(世界共通語)されて議論されているらしい。英語の「alley」では、路地のもつ独特の雰囲気は伝わらない。その微妙さはいっそ「roji」とそのまま言ってしまった方がいいということなのだろうか。そこではっと思った。世界共通語といえば、あの「umami」がそうだし、最近では「otaku」もそう。日本語がそのまま世界標準になる例がぼちぼと出てきている。そう思ってちょっと考えてみたら、「路地」と「うま味」と「おたく」、なんかものすごい共通性がある。この三つは、どれもまったくのオリジナルではないものの、ある見方を導入することで、がぜんオリジナリティを発揮し出したものではないか。その誕生期は、少し白い目でみられたり、傍系と思われていて辛酸をなめたりもした。が、ある時、にわかに脚光を浴び出す。そして、いまや日本文化を語る重要なマテリアルになりつつある。roji、umami、otaku。まち、食、サブカルが、ぼくのなかでつながってしまったのだ。