ネット社会と匿名性

週末、東浩紀さんがBSディベートアワーに出演されます。テーマは「若者たちと語るネット社会」。最新号(8月初旬発行)「匿名性と野蛮」でも一つの論点となっている、ネット社会における匿名性の問題にも踏み込んで議論が交わされるようです。
出演者は他に、永野和夫さん(聖心女子大学教授)、尾木直樹さん(教育評論家)、遠藤薫さん(学習院大学教授)。
BSディベートアワー

ゾーエーとビオスは難しい

TASCにて、菊間敏夫さんの後任、染谷守彦理事長にご挨拶。『談』をやられて何年になりますかと言われて、四半世紀になると自分で答えて驚いてしまいました。インタビューをお願いしたある助教授に、学生時代に読んでましたよと言われたりするくらいだもの、長いわけです。染谷さんは、飲み屋でたまたま話を交わした人がTASCを知っていて、なんでご存じですかと聞くと以前TASCで発行している雑誌に出たとおっしゃったそうです。ゲシュタルト心理学の野口薫先生でした。僕がインタビューをまとめたのでよく覚えていますが、確か82年くらいのことだと思います。そのころウェルトハイマーとかコフカとか、僕自身ゲシュタルトに強い興味をもっていたので、確かインタビューをしようともちかけたのも僕だったように思います。
さて、本題の編集会議。editor's noteを下敷きに、今回の対談とインタビューの概略説明。小泉義之さんがしょっぱな話に出したゾーエーとビオスがわかりにくかったという感想。もう少しわかるように解説してと言われ、困ってしまいました。大澤真幸さんの解釈をちゃっかり利用させてもらって、冷や汗かきつつそれでも話しましたが、理解していただけたか自信はありません。小泉さんに触れたところを、before、after合わせて少し書き換えることにしました。酒井隆史さんの結論部分に登場する「迷惑の掛け合い」の奨めはおおいにうけて、これはみんな喜んで読むよと。そんなわけで発行がさらに遅れて、8月の第1週になりそう。今しばらくお待ち下さい。

ヘビーユーザーでした

一般書店で始めて販売した時には、西武リブロが全面協力してくれました。最近では、もっぱら青山ブックセンター。こういう雑誌は、なかなか普通の書店ではあつかってもらえません。地方小出版流通センター経由により全国の書店で買えるようにはなっています。が、目立つところに置いてもらおうとすれば、書店さんの協力がなければ絶対に無理。でも、そんなことより、一消費者として青山店を頻繁に利用していた僕は、さて、これからどこに買いに行けばいいのでしょうか。ほかにも、閉店を惜しむ人がたくさんいます。なんとかならんもんでしょうかねぇ。 obaさんの読書日記 食い倒れ日記

青山ブックセンターが閉店

直販をお願いしている青山ブックセンターが全店閉店というニュース。これは一大事です。青山店や新宿ルミネ店では、人文書のコーナーに常に平積みしてもらっていました。71号がもうすぐ発売されるという矢先、さてどうしよう。

小島寛之さん来社

「en」9月号の「〈信ずる〉ってなに?」の原稿執筆をお願いするため。ゲーデル問題から始まって……、おっと、これは内緒ですね。面白そうなので、アップしたらご案内します。小島さんは、10日の日に、MHET(メディアと経済思想史研究会)で「経済行動と自己責任」というテーマで報告をされたのですが、その時の司会が稲葉振一郎さんだったとのこと。じつは、稲葉振一郎さんにも小島さんの次に原稿をお願いしていまして。なんとも奇遇ですね。ところで、小島寛之氏の最新刊『確率論的発想 数学を日常に活かす』(NHKブックス)は、『談』no.67のインタビューがきっかけで生まれたものです。

確率的発想法~数学を日常に活かす

自分の身体は他者の食べ物

小泉義之さんの文章には、いつも度肝をぬかれますが、『レヴィナス 何のために生きるのか』(河出書房新社)で、こんな言葉に出会いました。「…〈食べ物を〉〈食べ物はないか〉という語は、〈お前が食べ物だ〉と聴き取られ、〈私が食べ物である〉と引き受けられる。この出来事こそが、言葉の受肉である。自分のために生き、身体的な主体として生きることは、驚くべきことに、同時に、他者のための食べ物になりうる肉体を養い維持することでもあるのだ。私は、自分のために生きながら、他者のために生き始めてしまっているのだ。この出来事こそが、言葉の受肉である」。『談』no.53「食の哲学」で考察した食べることの底の抜け方を、小泉さんはこんな風に表現するのです。これは食べることが、日常の食べることが、徹頭徹尾、匿名的な行為でしかないことを示唆しているといえませんか。エンテツさんのスローガン「快食は快便なり」を、編集子は「…→快食→快便→快食→快便→…」という無限循環と理解していましたが、これって身体の匿名性のことだったんですね。匿名性の考察が、突如エンテツ流食の哲理と重なりあってしまったのです。

レヴィナス?何のために生きるのか

安部公房の発見

安部公房が対談で面白いことを言っていたのを発見。四半世紀も前なのに、現代の状況を的確に予測していて、2度びっくり。
「…ぼくは東京が好きなんだ。ぼくはなるべく写真を撮られたくない、テレビにも出たくない、自分の匿名性を失いたくない。匿名であるということは、たいへんなことなんだよね。歴史的にひじょうに進んだ段階で、はじめて可能になることなんです。むかしは、どんな人でも絶対に無名じゃなかった。姓はなくても名はあったんです」(「匿名姓と自由の原点の発想」1978年)続きを読む

匿名性と情報社会

「書き込みはしない。もっぱら読むだけ。だから私、面は割れてないわ」と自信ありげに友人は言いました。でも、それは全くの誤解。ネットというメディアでは、「読む」ことと「書き込む」ことの差なんてほとんどないといっていいのです。ウェブページを「〈読む〉だけであっても、そのページが置かれているサーバ上に、こちらのIPアドレスやアクセスの日時が逐一保存されている」。だから「書き込」まなければ匿名でいられる、というわけでは全くないのです。東浩紀さんが『中央公論』に昨年発表された「情報自由論」から。続きを読む

「匿名」については関心が高いようで……

匿名性について金融・財務のコンサルタント・木村剛さんのBlogで議論が展開していたことを知りました。5月8日土曜日からの新企画「BLOG of the Week」上でのこと。
「さて、栄えある第1回「BLOG
of the Week
」において私が選んだのは、「技術系サラリーマンの交差点」さんによる「ネットでの匿名と実名」というタイトルの考察です。これは3月16日に私が「blogの未来は参加者が創る」という「ゴーログ」を掲示したところ、それに対してトラックバックしていただいたものです。
 じつは、「技術系サラリーマンの交差点」さんは、この件に関して、「私がネットで実名を名乗る理由1」「私がネットで実名を名乗る理由2」「私がネットで実名を名乗る理由3」というエッセーを既に書いていらっしゃいまして、その集大成が「BLOG of the Week」にえらばれた「ネットでの匿名と実名」というブログなのです」
さまざま人がトラックバックしていますが、全体としては常識的な意見が多いようです。

エンテツさんと「美味しさ」研究

エンテツさんこと大衆食の会代表・遠藤哲夫さんが来社。発刊されたばかりのちくま文庫『汁かけめし快食學』を贈呈していただく。これは、エンテツさんを一躍有名にした名著『ぶっかけめしの快楽』(四谷ラウンド、1999年)の増補改訂版。なにを隠そうこの本の第1章「かけめし屋始末」に出てくるマコトなる人物は編集子のこと。エンテツさんは私のかつての上司だったのです。エンテツさんをお呼びしたのは、食と言葉の関係を探るプロジェクトを始めたからです。

汁かけめし快食學続きを読む
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