『談』no.127 特集◉「自動化のジレンマ(「自動化する世界」の第1回)が7月1日(土)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.127の表紙をクリックしてください(6月30日正午公開)。

『談』no.126 自動化のジレンマ
企画趣旨
AIとは、「Artificial Intelligence」の略語で人工知能を意味する。AI研究は、どのようなことを研究するのだろうか。一般的な答えの一つは、機械に何らかの「知的」な振る舞いを行わせること、というものだ。ただ、知的な振る舞いにもさまざまあり、そもそも一般的なICT=Information and Communication Technology(電卓も含まれる)は、知的な振る舞いをしていることには違いない。
昨今、業務の効率化やDX推進のに役立つものとしてひときわ関心を集めているのがAIやRPAである。Robotic Process Automationの略語であるRPAは、いわゆるロボットによる業務自動化で、日々の業務のなかで人間がPCを使って行える作業を、人間がやるのと同じように自動的にさせることをいう。RPAがあらかじめ設定されたルールや基準に従って作業を行うのに対して、AIは、自ら判断をして作業を行う。つまりRPAは、業務を自動化するシステムだが、AIは、それ単体で何かをするわけではなく、システムやデバイスに組み込まれることで機能する。RPAとAIの違いは「自律性」をもつシステムか否かということになる。
約10年前の研究では、43%のアメリカ人の職が今後20年のうちに自動化されるといわれている。この研究によって多くの経済学者、科学技術者、政策立案者、哲学者などはいわゆる「仕事の終わり」について熟考するようになったという。「仕事の終わり」とは、単に多くの仕事が不要になり、大量失業が発生するという社会現象だけを意味するわけではない、人間の知恵(wisdom)そのものが問われているのだ。人間にとって仕事とは何か、知識とは何か、そしてなによりも知恵とは何か。自動化という動向の根底には、こうした哲学的問題が横たわっていて、そのことに目を向けざるを得なくなったのである。

杉本舞氏インタビュー
「自動化のコノテーション…AI研究の進展と自動化が意味するもの」
2010年代に入って、AIは歴史上3度目のブームを迎えたといわれている。コンピュータを用いた推論や自然言語処理、探索といった演繹的アプローチによる研究やパーセプトロンをはじめとする人工ニューラルネットワークに関する研究が始まった1960年代の第1次ブーム、エキスパートシステムをめぐって進展しAIビジネスが立ち上がった1980年代の第2次ブーム。そして、機械学習研究が進展し深層学習(ディープランニング)がメインテーマとなった2010年代の第3次ブーム。AIビジネスへの投資が本格化し、いまやAIは国際競争力と国家安全保障の要になりつつある。コンピューティングの最大の特徴である自動化に焦点を当て、AI研究の歴史的検証を通して、自動化の意味および自動化概念の拡張領域を探索する。
関西大学社会学部社会学科社会システムデザイン専攻准教授。
著書に『「人工知能」前夜:コンピュータと脳は似ているか』(青土社 2018)、監訳書に『コンピューティング史:人間は情報をいかに取り扱ってきたか(原著第三版)』(共立出版 2021)他がある。

鈴木貴之氏インタビュー
「自動化は自律化をもたらすのか」
自律型ロボット=ヒューマノイド型ロボットが人間社会に活躍の場を見出すことは、少なくともSFのなかでは、自明だった。鉄腕アトムはそうであったように、ロボットはその誕生から、自律するものだった。自律型ロボットが普及すれば、単純労働における労働不足が解消するかもしれない。究極的には、私たちは全ての労働を自立型ロボットに行わせることができるかもしれない。そうなった時、人類は歴史上初めて働く必要のない存在になるのである。RPAは、いわゆるロボットによる業務自動化で、人間がやるのと同じように自動的にさせることをいうが、AIはさらに進み、自ら考え判断して行動する。このことを自律と見なすわけであるが、この一連の行為は、本当に自律的といえるのだろうか。自動か自律か。この古くて新しい問題について、人工知能研究からアプローチする。
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 相関基礎科学系教授。
著書に『人工知能とどうつきあうか』(勁草書房 近刊)、『100年後の世界』(化学同人 2018)他がある。

笠木雅史氏インタビュー
「自動運転とトロリー問題…自動化・人工知能・倫理」
応用倫理学の分野で従来話題になるのがトロリー問題だ。トロリー問題とは、暴走するトロりー(trolley=路面電車)の線路上に、追突必死の作業員がいる。路線は、途中で2車線に分岐していて、左の路線には5人が線路に縛られて寝かされていて、右の線路には、1人が同じように縛られて寝かされている。線路脇には線路を切り替えるレバーがあり、その前で第三者が線路をどちらに切り替えるか迷っているが、分岐点までトロリーはせまってきている。さて、第三者はレバーをどちらに切るか、5人を救うためには、右に切る必要があり、1人を救うためには、左に切らなければならない。5人を救うために1人を犠牲にするか、1人を救うために5人を犠牲にするか。近年、自動運転技術の倫理的問題としてこのトロリー問題に関心が集まっている。ここにあるのは、典型的な自動化のジレンマだ。トロリー問題をいかに回避するか、というか、そもそもトロリー問題は解決不可能な哲学上のアポリアなのではないか。
名古屋大学大学院情報学研究科准教授。
著書に『モビリティ・イノベーションの社会的受容:技術から人へ、人から技術へ』分担執筆(北大和書房 2022)、『実験哲学入門』分担執筆(勁草書房 2020)他がある。

『談』no.126 特集◉「リズムのメディウム(「響き合う世界」の第3回)が3月1日(水)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.126の表紙をクリックしてください(2月28日正午公開)。

『談』no.126 リズムのメディウム
企画趣旨
リズムは、音楽と最も強い結びつきのある言葉だが、もとより音楽の専門用語ではない。たとえば、言葉のリズム、心臓の鼓動のリズム、生活のリズム、潮汐の干満のリズム、あるいはたてものの柱のリズミカルな配置など。さまざまな文脈での「リズム」という言葉は、しかし、単なる比喩的な表現ではないことは言うまでもない。大きな広がりをもつ「リズム」という概念の、それぞれの特徴を示す表現なのだ。
たとえば、睡眠時間が不規則になったり食事を摂る時間が不定期になったりすると、私たちは「生活のリズムが乱れた」と表現する。日々繰り返される生活活動、その周期的な繰り返しがこの場合の「リズム」であり、その反復周期の規則性の乱れを「リズムの乱れ」と言っているわけだ。また、心筋の収縮や、潮汐の干満も一定の時間の周期をもって繰り返し起こる。すなわち、一般的に「リズム」とは、人間の活動や自然界の現象に見られる周期的反復性のことであり、その反復周期に一定の規則性が確認できる時、そのリズムが「整っている」と感じられるのである。
広義の「音楽のリズム」は、三つの下位概念、すなわち「拍」、「拍節」、狭義の「音楽のリズム」を含んでいる。音楽の構造という点から見ると、狭義の「音楽のリズム」は表層構造に属し、「拍」と「拍節」は基礎構造に属する。音楽を聴く時、実際に聴こえるのは表層のリズムである。「拍」や「拍節」は、表層のリズムの背後にある構造で、直接聴き取れるわけではない。表層のリズムにあっては、拍のさらに多様な分割から生じるさまざまな下位拍の組み合わせが複雑なパターンを形成する。音楽の表層的なリズムとは、何らかの仕方でアクセント付けられた(目立たせられた)表層拍とそうでない表層拍の組み合わせである。そして、ある拍が目立つかどうかには、その音の長さや強さだけではなく、高さ、音色などの多様な要素が同時に関与していて、一見単純な音の連なりのように聴こえる楽曲であっても、ひとたびリズムに焦点をあてれば、極めて複雑で多彩な音世界をつくり出していることがわかるのだ。
「響き合いの世界」の最終回は、この複雑で多彩な「リズム」について考察する。
参考文献『事典 哲学の木』(近藤譲執筆リズムの項目)講談社、2002

■近藤譲氏インタビュー
「音楽には二種類のリズムが内在する」
時間芸術のひとつである音楽において、時間の形式であるリズムは、当然本質的な意味をもっている。しかしそれにもかかわらず、これまでの音楽のリズムにかんする議論には、ある種の混乱がみられるという。その混乱の主因は、音楽のリズムを一般的な意味でのリズムと直接結びつけて論じようとするからにほかならない。音楽のリズムは、むしろ、音楽固有の組織体系として考察されるべきだと主張するのは作曲家の近藤譲氏だ。もとより、音楽にかかわっているリズムは、音楽のリズムのみではない。一曲の音楽は、連続的に変化するひと続きの音響事象であり、したがってそこでは、一般的な意味でのリズムの形式原理も働いている。人々が音楽に感じるリズムは、じつは、それら二種のリズムの複合なのだ。音楽固有のリズムと一般的なリズムをいかに腑分けし、検出するか。だがそもそもそのようなことにどれほどの意味があるのだろうか。リズムのメディウムの探索はここから始まる。

こんどう・じょう/1947年生まれ。現代音楽作曲家、音楽評論家。作曲作品は、オペラ《羽衣》を始めとして170曲以上。CD録音も多い。
著書に『ものがたり西洋音楽史』(岩波ジュニア新書 2019)、『聴く人(homo audiens)(アルテスパブリッシング 2014)、『線の音楽』(復刻版 アルテスパブリッシング 2013、 朝日出版社 1979)他。

■樋口桂子氏インタビュー
「日本のリズム……身体の深層にあるもの」
日本の音には雑音的な要素が多い。日本人の耳が好む音は、ヨーロッパの教会の鐘のようにどこまでも高く響いてゆくものではなく、雑音の要素を含んだ、鈍く広がって、あたりに滲みゆく音だ。日本の音は、むしろ正確な音程に正しく合わせるよりも、多少音をずらして、あるいは「ツボを外した」音を取り入れようとした。人に聴かせる語り物や講談、地唄、民謡などは、発音の仕方は音程を微妙に揺らすことを選んだ。そうした音がつくり出す気配は、整数倍音で響く音づくりをするヨーロッパの気分とは、当然違ったものにならざるを得なかった。これはリズムにおいても同様の違いを示す。ヨーロッパの人たちがとりわけ動きに対してリズムを捉えるのに対して、日本人は静かに安定したリズム感を好む。それは、「もの」の動きに目を向けるよりも、「もの」から「こと」を見てとり、「こと」のなかにリズムを感じ取ったからだろう。ヨーロッパ人の気分は運動と変化とリズムを捉えている。一方、日本人にとっての気分はあたりを見渡す「わたり」のなかにある。響き渡る、冴えわたる「気配」のなかに「リズム」もまたあるのだ。この違いは、音楽構造の「拍」の領域において、根源的な差異を見出すことになる。音楽のリズム論への果敢なる挑戦であり日本文化論の更新である。

ひぐち・けいこ/大東文化大学名誉教授。専門は美学。
著書に『おしゃべりと嘘』(青土社 2020)、『日本人とリズ感:「拍」をめぐる日本文化論』(青土社、 2017)、『イソップのレトリック』(勁草書房
1995)他。

■河野哲也氏インタビュー 
「液体のリズム、新しい始まりの絶えざる反復としての」
1963年東京生まれ。立教大学文学部教育学科教授。博士(哲学)。専門は、哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学・おとな哲学アーダコーダ」副代表理事。
著書に『間合い:生態学的現象学の探究』(東京大学出版会 2022)、『人は語り続けるとき考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店 2019)、『境界の現象学:始原の海から液体の存在論へ』(筑摩選書 2014)他がある。

リズムは、自然と生命の波動現象であり、メトロノームが刻むような機械的な拍子とは区別されなければならない。哲学者の河野哲也氏は、生態学的現象学の立場からリズムをこう論じたうえで、私たち生き物が、緩やかなリズムで活動しているとするならば、それは私たちの身体が、柔軟で、緩やかな粘度を持った物体だからであり、一種の流体だからだという。生態学的現象学は、人間の心理を主体と環境との循環的関係のなかでの意味に満ちた経験として記述し、理解しようとする哲学である。生態学的現象学で人間を捉えるとすると、海という流体のなかで、同じくほとんど水分でできた自己の身体を、薄い膜によってかろうじて外部と分け隔てている海月(くらげ)のようなものだというのだ。あるいは、環境を卵と見立て、自分の身体がそのどろりとした半透明の粘り気のある溶液に囲まれている黄身のように考えることもできるだろう。いずれにせよ、モデルとなるのは、環境に充満する液体の一部としての、液体そのものである身体だ。
自然のなかには、純粋に反復する過程などない。自然は、新しいものを繰り返し産出する。その産出されたものの一部が互いに類似しているのである。同一性とは、思考の人工的な産物である。類似しているものは、思考の介在なしで、自然に直接的に経験される。リズムが生じるためには、見えない生命内実が不可欠であり、その後に類似のものが再帰するのである。リズムは、すでに存在している同一のものが反復するのではない。リズムとは、存在が更新されて戻ってくることである。

こうの・てつや/1963年生。立教大学文学部教育学科教授/博士(哲学)/専門は、哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学・おとな哲学アーダコーダ」副代表理事
著書に『間合い:生態学的現象学の探究』(東京大学出版会 2022)、『人は語り続けるとき、考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店 2019)、『境界の現象学:始原の海から液体の存在論へ』(筑摩選書 2014)他。

表紙・裏表紙は菅木志雄氏の立体、ギャラリーでは、小池一馬氏の作品を掲載

『談』no.125 特集◉「ゆらぐハーモニー …調性・和声・響き」(「響き合う世界」の第2回)が11月1日(火)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.125の表紙をクリックしてください(10月31日午前公開)。

『談』no.124 ゆらぐハーモニー …調性・和声・響き
企画趣旨
ハーモニーの語源は、ギリシャ神話の調和の女神「ハルモリア(harmonia)」で、「和音」あるいは「和声」などと訳され、時には「調性(tonality)」そのものを指す場合もある。和音(chord)は、ドミソやシレソのように、複数の楽音がタテに同時に響いてひとつの集合音になっている二次元の「単体」の状態のことであるが、和声(harmony)は、和音を構成するそれぞれの音(声部)の動き方や並び方、およびその組み合わせを指し、いわば、三次元となった「複合体」のこと。ひとつの「音」の横の並びが「メロディ(旋律)」、複数の音の重なり具合が「ハーモニー(和声)」、タテに並んだ瞬間の組み合わせが「コード(和音)」、そしてそれらの体系や秩序が「調性」ということになる。つまり、西洋クラシック音楽が体系付けた「ハーモニー(調性のシステム)」というのは、複数の音が「協和する」関係にある(と人間が認識する)ことであり、「音楽表現」とは、それを人為的に変化(操作)させることだといえる。ゆえに、「協和」の探求こそハーモニーにとって最も根源的で普遍的な問題なのだ。
「響き合いの世界」の2回目は、西洋近代(=西洋クラシック音楽)を基礎付ける最重要概念「ハーモニー」を考察する。ハーモニーは、はたして「自然」なのか。そして何よりも「ハーモニー」に未来はあるのか。
■伊藤友計氏インタビュー
「和声的調性音楽は“自然”なのか…自然は楽器も音階も和音もつくらない」
現代の調性は、モンテベルディの革新によって現出し、理論面においては、1722年のラモーの『和声論』によって決定的に定位されるところとなった。もとより、音楽を考えるにあたって、拍子やリズム、音色や音色が重要であるのは言うまでもないが、西洋音楽という輪郭を明確にかたち付けたという点で、「調」「調性」「和声」の発見/発明は決定的であった。
和声的調性音楽は、ひとつの予定調和の世界をつくりあげている。しかし、予定調和の音楽が、和声的調性の音楽でなければならない理由はない。閉じられた予定調和の外には計り知れない数の音楽が存在し、現にそうした「外を目指す音楽」は、日々量産され続けていることも、事実である。にもかかわらず、人々が耳にする音楽の大半は、いまだに和声的調整音楽である。われわれの意識のなかでは、「音楽=自然」という不動の等式すらでき上がってしまっているようにも思える。
和声的調整音楽の圧倒的浸透力。「調」「調性」「和声」の誕生、成立、発展を追いながら、その浸透力の秘密に迫る。なお、サブタイトルの文言は『和声の理論』の著者M.シャーロウによる。
いとう・ともかず/1973年生まれ。明治大学非常勤講師。文学博士(東京大学)、音楽学博士(東京藝術大学)
著書に『西洋音楽の正体:調と和声の不思議を探る』(講談社選書メチエ 2021)、『西洋音楽理論にみるラモーの軌跡:数・科学・音楽をめぐる栄光と挫折』(音楽之友社 2020)、訳書に『自然の諸原理に還元された和声論』J.-Ph.ラモー(音楽之友社 2018)他。
■源河亨氏インタビュー
「悲しい時に無性に悲しい曲が聴きたくなるのはなぜ?…音楽と情動の不思議な関係」
「悲しい時には、悲しい曲を聴くのがいい」とよくいわれる。悲しみ、憂鬱、不安などネガティヴな感情を抱いている時に、陽気な曲を聴くのではなく、むしろ、自分の感情と同質の悲しい曲の方がネガティヴな感情を軽減させるからというのである。音楽療法で「同質の原理」と呼ばれているものだが、考えてみると、これは不思議な考えだ。音楽は音の配列であり、振動という物理現象であり、人間の感情とは無縁。にもかかわらず同質とみて、ネガティヴな感情を軽減するように働くというのである。人間の心的過程を問題にし人間の情動機能(=感情)に注目する心の哲学の観点から、あらためて「同質」の意味を検討し、音楽と情動の抜き差しならぬ関係について考察する。
げんか・とおる/1985年生。九州大学大学院比較社会文化研究科講師。博士(哲学)。
著書に『「美味(おい)しい」とは何か:食からひもとく美学入門』(中公新書 2019)、『悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学』(慶應義塾大学出版会 2019)、『知覚と判断の境界線:「知覚の哲学」基本と応用』(慶應義塾大学出版会 2017)他。
■沼野雄司氏インタビュー 
「響きの未来、無調、電子音響以降の表現のゆくえ」
中世以来の音楽はすべからく広義の調性をもっている。テレビやラジオで日々接する楽曲のほとんども明快な調性(和声的)音楽である。しかし、今日、「無調」は現代音楽のひとつの根を成す重要な様式的メルクマールとなっている。無調で作曲を行うとは、調性音楽からの離脱を意味するだけではなく、長い間培われてきたわれわれをとり囲んでいる音の世界そのものからの脱却をも意味している。さらに電子テクノロジーの進展は音楽環境そのものを根底から覆そうとしている。調性音楽の徹底的な浸透とそれとは相反する無調と電子音響の隆盛。現在の音楽環境のこのアマルガム状況をわれわれはどのように捉えればいいのだろうか。音楽と響きの未来を探る。
ぬまの・ゆうじ/1965年生。桐朋学園大学教授。/博士(音楽学)
著書に『現代音楽史』(中公新書 2021)、『エドガー・ヴァレーズ 孤独な射手の肖像』(春秋社 2019)、『リゲティ、ベリオ、ブーレーズ 前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』(音楽之友社 2005)他。
表紙・裏表紙は菅木志雄の立体、ギャラリーでは、曽谷朝絵作品を掲載

『談』no.124 特集◉「声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ」(「響き合う世界」の第1回)が7月1日(金)に全国書店にて発売になります。

『談』no.124 特集◉「声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ」(「響き合う世界」の第1回)が7月1日(金)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.124の表紙をクリックしてください(6月30日午後公開予定)。

『談』no.124 声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ
企画趣旨
自然の二重分岐と呼ぶべきものがある。すなわち、意識において感知される自然と意識の原因である自然という対立を乗り越えるために生み出された考えだという。一方で、我々の前には世界のフェノメナル(驚異的)なあらわれがある。つまり、「樹々の緑、鳥たちのさえずり、太陽の暖かみ、椅子の固さ、ヴェルベットの肌触り」(ホワイトヘッド)といったように。他方、我々には隠された物理的現実があって、たとえば、「あらわれとしての自然の意識をうみだせるような心に作用する分子や電子の結びつきのシステム」がある。近代思想の多くはこの分岐にもとづいて、二つの間のさまざまな対立の形をとっているという。
ホワイトヘッドはこの分岐をまとめて手放そうとする。彼によれば、世界はさまざまなプロセスによって構成されており、決してモノからなりたっているわけではない。なにものも前もって与えられることはなく、すべてはそれがあるとおりのものにならなければならない。プロセスは、自然の分岐の両方の側面をまたいでいるのだ。
我々は自分の外にある対象世界に相対する主観ではない。主体も対象もそれ自体さまざまな生成プロセスであって、あらゆる活動的存在は、ひとしく対象であり、また主体である。その響き合い(レゾナンス)こそが、我々であり、我々が生きる世界である。世界の響き合いという視点から、私・身体・モノの関係を問い直す。

■山田陽一氏インタビュー
「「声のきめ」を聴く…グルーヴのなかへ」
声は、いうまでもなく、身体的に生み出される音であるが、それが同じく身体的に生み出された楽器の音と根本的に異なるのは、声が身体そのものにおいて生じる音であり、声を生み出すためには身体以外の何ものも必要としないという点である。声は身体と一体化しているのだ。それゆえ声は、身体と、身体が経験してきたあらゆる種類の感情をじかに表現し、伝達することができる。声は、私たちを身体と心の深部や、歌うことと聴くことの快楽へといざなう、すぐれて肉感的な響きなのだ。

やまだ・よういち/1955年生。京都市立大学芸術音楽学部教授/専門は、民族音楽学、音響人類学。学術博士(大阪大学)
著書に『響きあう身体:音楽・グルーヴ・憑依』(春秋社 2017)、編著書に『グルーヴ! 「心地よい」演奏の秘密』(春秋社 2000)他

■川原繁人氏インタビュー
「声に出すことば…言語と意味を超えて」
声に出される言葉は、いわゆる言語という枠組みや書かれた言葉以上に、生き生きと私たちの生活世界のさまざまな局面をつないでいる。アニメやゲーム、ラップなど、今、若い人たちを中心に大きな人気を博しているカルチャーを始め、玩具や人気商品、ブランド形成などには、そうした「声に出されることば」の魅力が数多く見出される。身近な言葉の音声学的、音韻学的、さらには一般言語学的観点から、声と言葉と意味の関係を探る。

かわはら・しげと/1980年生。慶応義塾大学言語文化研究所教授/専門は、音声学、音韻論、一般言語学。University of Massachusetts,Amherstにて博士号取得(言語学)
著書に『言語学者、外の世界へ羽ばたく:ラッパー・声優・歌手とのコラボからプリキュら・ポケモン名の分析まで』(教養検定会議 2022、4月28日発売)、『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房 2017)他

田島充士氏インタビュー 
「分かったつもりから」から異質な他者との声が響き合う「対話」の地平へ

他者との絶望的なまでのわかりあえなさとは、人々が既存の世界に一方的に飲み込まれることなく、ダイアローグを通して新たな意味を創出する原理であり、世界の革新性へのかけがえのない希望を示すものだ。「対話の不可能性に可能性を見る」というバフチンのダイアローグ論の逆説は、永遠に融合し得ないからこそ、常に/すでに、ダイアローグを通した更新可能性を担保しているのである。

たじま・あつし/1947年生。東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授/専門は教育心理学、異文化コミュニケーション。心理学博士(筑波大学)
著書に『「わかったつもり」のしくみを探る:バフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から』(ナカニシヤ出版 2010)、編著書に『ダイヤローグのことばとモノローグのことば:ヤクビンスキー論から読み解くバフチンの対話理論』(福村出版 2019)他

表紙・裏表紙は菅木志雄の立体、ギャラリーでは、小西紀行油彩を掲載

『談』no.123 特集◉「システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス」が3月1日(火)に全国書店にて発売になります。

『談』no.123 特集◉「システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス」(「ニューノーマル2.0の世界」の第3回)が3月1日(火)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.123の表紙をクリックしてください。

『談』no.123 システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス
企画趣旨
「資本=ネーション=国家」への抵抗運動は、3・11を経てコロナ禍に直面し、より現実的なものとなってきたと柄谷行人氏は言う。生産・流通・金融などの現在の諸システムの問題点が浮き彫りになったためであろう。多くの人が生産の意味、消費の意味、地域の意味、ネットワークの意味、働くことの意味、そしてなによりも生きることの意味に気づいたのだ。「ニューノーマル2・0の世界」の最終回は、ポスト資本主義における人類と社会の未来を構想する。

■柄谷行人氏インタビュー
「可能性としてのアソシエーション、交換様式論の射程」

台湾のオードリー・タンIT担当相をはじめ世界の文化人がその影響力を認め、再び注目を集めている柄谷行人氏であるが、その中心となる著作『世界史の構造』で、「交換様式」という観点から歴史、社会を分析している。これまで社会構成体の一般的な解釈は、主に生産様式を起点にしていた。しかし、生産様式を起点にしてはうまく説明できないとして、交換様式から出発すべきだと提案したのである。もし交換が定義上経済的な概念であるならば、すべての交換様式は経済的なものであると見なすことができるからだというだ。交換様式とは何か。A=互酬交換(「共同体」、平等で不自由)、B=略取と再分配(「国家」、不平等で不自由)、C=商品交換(「資本」、不平等で自由)、そしてAを高次元で回復したDの四つがあると柄谷氏は説く。そして、それぞれが同時に存在しながらも、どの交換様式が支配的かによって社会の性格が決定されるというのである。
大澤真幸氏は柄谷氏の交換様式論をパラフレーズして、次のように解釈する。近代社会の構造を形成する三つの実態、すなわち、ネーションと国家と資本は、それぞれ交換様式A、B、Cに対応する。これら三つの実体は互いに依存し合っており、どの一つも、他の二つなしには存在し得ない。社会構成体は単独では存在しているわけではなく、常に他の社会構成体との関係において、つまり、「世界システム」において存在している。社会構成体の歴史は、それゆえ、世界システムの歴史であり、四つの段階にわけられるという。第一に、交換様式Aによって形成されるミニ世界システム。第二にBによって形成される世界=帝国。第三に、Cによって形成される世界=経済。とくに、近代の世界=経済は、「近代世界システム」と呼ばれる。そして最後にDによって形成される世界システムがあり得るわけで、それはまさにカントの言った「世界共和国」だというのである。
昨今にわかに関心を集めているアソシエーション運動は「自由かつ平等な社会を実現するための運動」で、「世界共和国」の実現ではないかと思われる。柄谷氏は2000年にNAM(New Associationist Movement)を提唱し自らアソシエーション運動を実践していた(約2年半で解散)。
そこで、今改めてアソシエーション運動の意味と意義を掘り起こし、さらには、いまだ謎の多い交換様式D(世界共和国だとか世界宗教だとか共産主義だとか現在もさまざまに議論されいる)を解読しながら、ニューノーマル2・0の世界におけるアソシエーション運動の可能性を考察したい。

柄谷行人(からたに・こうじん)
1941年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授を歴任。1991年から2002年まで季刊誌『批評空間』を編集。著書に『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社 2021)、『世界史の構造』(岩波現代文庫 2015)、『トランスクリティーク』(岩波現代文庫 2010)他多数。

■上村雄彦氏インタビュー
「グローバル・タックスの実現で世界政府の設立へ」

資本主義のみならず主権国家体制も合わせて超克すべきと説くのは上村雄彦氏だ。途上国でSDGsを達成するためには年間400兆円が必要であるのに対して、世界の政府開発援助の総額は20兆円にも満たない。他方、タックス・ヘイブンに秘匿されている資金は、5000兆円と見積もられている。これだけの資金をSDGsの達成に投入できれば、少なくとも資金面では、SDGsの達成は可能だ。クローバルに拡大した危機を深める資本主義は、主として多国籍業と金融資本によって推し進められている。グローバルに拡大した資本主義の圧力を弱め、国境を超えて地球規模課題を解決するための国境を越えた政策を打ち立てなければならない。すでに一部で始まっているグローバル・タックスを推し進め、世界政府設立の実現に向けてステップアップする時期がきたのである。とりわけグローバル・タックスは資金創出、グローバルな負の活動の抑制のみならず、現在のグローバル・ガバナンスを変革する潜在性をもっていることから、その意義は限りなく大きいといえる。

上村雄彦(うえむら・たけひこ)
1965年生まれ。大阪大学大学院法学研究科博士前期課程、カールトン大学大学院国際関係研究科修士課程修了。博士(学術、千葉大学)。国連食糧農業機関(FAO)住民参加・環境担当官、千葉大学大学院人文社会科学研究科准教授等を経て、現在、横浜市立大学国際総合科学部国際都市系グローバル協力コース大学院都市社会文化研究科教授。専門は、グローバル政治論、グローバル公共政策論。グローバル連帯税推進協議会委員、横浜市税制調査会委員、グローバル・ガバナンス学会理事、国際連帯税フォーラム理事。
著書に『不平等をめぐる戦争:グローバル税制は可能か?』(集英社新書 2016)、『グローバル・タックスの可能性:持続可能な福祉社会のガヴァナンスをめざして』(ミネルヴァ書房 2009)、編著に『グローバル・タックスの理論と実践:主権国家体制の限界を超えて』(日本評論社 2019)他がある。

明日香壽川氏インタビュー 
「グリーン・リカバリー:コロナ禍の社会政治学」

コロナ禍からの早急な回復を願っているなかで、少なからぬ人が、ただ単に昔に戻るのではなく、昔より良い社会をつくろうと考えている。その一つがグリーン・リカバリーだ。緑の復興と訳されるグリーン・リカバリーは、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした経済停滞からの復興を、気候変動対策と共に進めるというような意味合いで使われているという。グリーン・リカバリーには、重要なキーワードがある。それは、ジャスティス(正義)だ。気候変動の文脈でジャスティスは、主に、^貎妖たりの温室効果ガス排出量が小さい途上国の人々が、一人当たりの温室効果ガス排出量が大きい先進国の人々よりも、気候変動によってより大きな被害を受ける、∪菴聞颪里覆でも貧困層、先住民、有色人種、女性、子どもが現実としてより大きな被害を受ける、今の政治に関わることができない未来世代がより大きな被害を受ける、の三つの意味で使われる(どれも定量的な事実である)。この三つの状況がアンジャスティス(不正義)であり、このような状況を変えることをジャスティスの実現とする。ジャスティスの実現は、だから個人の努力だけでは不可能であり、今の社会システムの変革が必要だというのだ。ジャスティスの確立あるいは社会システムの変革。それはいかにして可能か。

明日香壽川(あすか・じゅせん)
1959年日本生まれ(旧姓張壽川)。東京大学農学系研究科大学院(農学博士)、東京大学工学系研究科大学院(学術修士)、INSEAD(経営学修士)、京都大学経済研究所客員助教授などを経て、現在、東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学研究科教授。公益財団法人地球環境戦略研究機関気候変動グループ・ディレクターを兼任(2010-2013)。環境エネルギー政策専攻。著書に『グリーン・ニューディール:世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書 2021)、『地球温暖化 ほぼすべての質問にお答えします』(岩波ブックレット 2009)、『クライメート・ジャスティス:温暖化対策と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社 2015)他がある。


◎表紙・裏表紙は上田碌碌の水彩画、また、ギャラリーでは 今津景の油彩作品を掲載

『談』no.122 特集◉「社会的投資戦略とニューノーマル2.0」(「ニューノーマル2・0の世界」の第2回)が11月1日(月)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各登壇者のアブストラクトとeditor's noteを公開します。
右メニューバーの最新号no.122の表紙をクリックしてください。

『談』no.122 特集「社会的投資戦略とニューノーマル2.0」
(ニューノーマル2・0の世界」の第2回)

■企画趣旨
政治のなかで社会政策と投資を関連させる議論をよく見るようになった。たとえば、貧困を含むさまざまな困難を抱える子どもや若者への支援をしばしば「未来への投資」「社会への投資」という言い方で表現することがある。こうした表現の裏には、国ないし社会が得られる将来の利益を期待し、その利益を生み出すことが見込まれる人や資本に対して、前もって公的資金などの財物を提供するという考えがあると思われる。このような視点に立った議論は、社会的投資(social investment)論と呼ばれている。
ところで、リーマンショック後の世界経済について、景気が回復したとしても以前の状態に戻らないとする「ニューノーマル」という概念を提唱したエコノミストのモハメド・エラリアン氏は、コロナ・ショック後の世界を新たに「ニューノーマル2.0」と名付けた。「ニューノーマル2.0」は、経済のみならずパラダイムそのものが後戻りできない崖っぷちの状態にあることを示している。まさに「ニューノーマル2.0」のなかで資本主義、福祉国家、民主政治の三者の関係が瓦解しようとしているのだ。
グローバルな市場形成を伴った資本主義の非物質主義的転回は、雇用や家族の変容を通して、これまでの福祉国家が対応できない社会的リスクを広げた。既存福祉国家が対応しきれない「新しい生活困難層」を拡大させたのである。「新しい生活困難層」への対応を軸に資本主義、福祉国家、民主政治のつなぎ直しが求められているのだ。それは、「第三の道」とも「北欧モデル」とも違う、さらにはベーシックインカムともベーシックサービスとも異なるベーシックアセットを構想することだ。

■宮本太郎インタビュー
ベーシックアセットの保障へ
すべての市民に同額の現金給付を行うベーシックインカムについて関心が集まっている。ローマ教皇までがベーシックインカムの必要性を説き、日本でも竹中平蔵がベーシックインカムを提起して話題となった。一方、ベーシックサービスという考え方も提起されている。ベーシックサービスとは、すべての人々がその負担能力の如何に依らず、ニーズを満たすうえで基本的で十分なサービスを受けることができることを指す。ここでいうサービスとは、公共サービスのことで、医療、教育、ケア、住宅、輸送、デジタル情報へのアクセスなどを包括する。これらに対して、今、急速に注目され始めたのがベーシックアセットだ。アセットとは、ひとかたまりの有益な資源という意味で、その意味で言えば現金給付も公共サービスもアセットである。最適なサービスと必要な現金給付を組み合わせて人々を社会(コミュニティ)につなぐために、ベーシックアセットのビジョンを練り上げ、実現化していくことが今強く望まれる。
宮本太郎(みやもと・たろう)
1958年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。総務省顧問、内閣官房国家戦略室を歴任。現在、中央大学法学部教授。専門は、比較政治、福祉政策論。
著書に『貧困・介護・育児の政治:ベーシックアセットの福祉国家へ』(朝日選書 2021)、『共生保障:〈支え合い〉の戦略』(岩波新書 2017)、『地域包括ケアと生活保障の再編』(赤石書店 2014)他がある。

■駒村康平インタビュー
サスティナブルファイナンスの可能性…より良い循環を生むための投資戦略
昨今、SDGsの推進のために「サスティナブルファイナンス」、具体的には、環境・社会・企業ガバナンスの公正さを重視したESG投資、兵器産業や化学エネルギー企業から投資の引き上げる「ダイベストメント」などが注目されている。企業が株主のみの利益から、より社会全体のことを考えるようにコーポレートガバナンス改革をするなど、金融を通じて、社会の可能性を広げていこうという考えも定着しつつある。企業が今後環境や社会、適切なガバナンスを重視するようになるかどうかは、機関投資家の評価にかかっているといっても過言ではない。社会経済をよりよく循環するための投資戦略をいかに構想するか。ニューノーマル2.0の時代の課題である。
駒村康平(こまむら・こうへい)
1964年生まれ。中央大学経済学部経済学科卒業。通商産業省、社会保障研究所(現:国立社会保障・人口問題研究所)研究員、慶應義塾大学大学院経済研究科博士課程単位取得満期退学。国立社会保障・人口問題研究所研究員、駿河大学経済学部助教授、東洋大学経済学部助教授を経て、現在、慶應義塾大学経済学部教授、ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長。厚生労働省顧問、社会保障審議会委員、金融庁金融審議会委員、社会保障制度改革国民会議委員など。専攻は社会政策。編著書に、『みんなの金融 良い人生と善い社会のための金融論』(新泉社 2021)、『社会のしんがり』(新泉社 2020)、『中間層消滅』(KADOKAWA/カドカワマガジンズ 2015)他がある。

■霤長称せ劵ぅ鵐織咼紂
補償から準備へ…社会的投資の発想転換
ケインズ主義的な需要喚起型の経済政策が有効性を発揮し完全雇用を支え、そこにベヴァレッジ報告に基づいた社会保険を連携させて人々の生活を保障する仕組みは、ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家と呼ばれてきた。ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家を知識基盤型経済が台頭する21世紀の経済社会に見合う形でアップデートする試みは、1990年代終わり頃より「社会的投資」と呼ばれながら展開されている。社会的投資とは具体的にどのような考え方なのか、それはいかなるかたちで人々の生活を保証する仕組みとなりうるのか。ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家の変容という観点から検討する。
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上智大学大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(法学)。上智大学グローバル・コンサーン研究所特別研究員、千葉大学法政学部特任研究員を経て、現在、立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科准教授。専門は、比較政治学、福祉国家論。
主要論文に「知識基盤型経済における社会保障:社会的投資国家の可能性」雑誌『思想』2020 年8月号 no.1156(岩波書店)、共著書に『社会への投資:〈個人〉を支える〈つながり〉を築く』(岩波書店 2018)他がある。

◎表紙・裏表紙は上田碌碌の水彩画。また、ギャラリーではJunya Watanabeの写真作品を掲載

『TASC マンスリー』2021年10月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年10月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年10月号 no.550.
表紙 嗜好品を嗜む…115
久住昌之 切絵・文
「水菓子という嗜好品」

contents
[随想]植物の不思議に魅せられて…雑賀恵子
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]男はつらいよ 寅次郎相合い傘…野村正昭
[TASCサロン]優しく冷たい「人それぞれ」の仮面…石田光規

no.550切絵_6060

『TASC マンスリー』2021年9月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年9月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年9月号 no.549.
表紙 嗜好品を嗜む…114
久住昌之 切絵・文
「サファリという嗜好品」

contents
[随想]贈与は公正ではない…近藤康太郎
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]クレイマー、クレイマー…野村正昭
[TASCサロン]茶から見た琉球史…武井弘一

no.549_6055

『TASC マンスリー』2021年8月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年8月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年8月号 no.548.
表紙 嗜好品を嗜む…113
久住昌之 切絵・文
「夫婦で音楽する楽しさと強み」

contents
[随想]「探究学習」の魅力と課題…本田由紀
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]ティファニーで朝食を…野村正昭
[TASCサロン]人間はなぜ共食をするのか…原田信男

no.548_6058

『TASC マンスリー』2021年7月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年7月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp
2021年7月号 no.547.
表紙 嗜好品を嗜む…112
久住昌之 切絵・文
「ドラムのおかず」

contents
[随想]西周のトポス…樺山紘一
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]見知らぬ乗客…野村正昭
[TASCサロン]よりよく生きるために性格を考えてみる…小塩真司

no.547_6063


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