2009年11月06日
人間はあそぶ。サルもあそぶ。はたして、そこに共通性はあるのか。
中央線に乗り換え上野原で下車。バスで帝京科学大学へ。島田将喜先生を訪問。あそび工学研究会の第4回にゲストスピーカーとしてお呼びするため。第一印象は、いかにもフィールドワーカーという感じの、野性味溢れるひと。もちろんいい意味で。京大のサル関係の研究者とは何人かおつき合いがあるが、島田先生もその門下生。霊長類全体を、つまりサルもヒトも同一に対象とする研究を進めたいという考えには、共感するところ大であった。島田さんは同じ京大・人環の菅原和孝先生のゼミにちょくちょく顔を出されていたという。じつは、ぼくも菅原先生の仕事から多いに刺激を受けて、ヤマハの研究会ではインタビューをさせていただいたほどだ。島田先生の研究が僕のアンテナに引っ掛かってきた理由がわかった。これからの動物行動学はジャンルを超えて、もっと大きなコンテクストから捉え直すべきだとぼくも常々思っていた。島田先生の研究に大いに期待したい。先生は、毎年行われる金華山のサルの調査に参加されるそうだが、その帰りがけに研究会へ顔を出されるとのこと。最新情報も交えての研究会になりそうで、今から楽しみだ。
2009年11月03日
医学と芸術の魔術的合体。大注目の展覧会がもうすぐ開催されます。
カバー、表紙まわりの色校正もOKが出て、1ヶ月近くずっとかかりっきりになっていた森美術館の図録制作もいよいよ大詰め。解説テキストを編集し入稿すれば、とりあえずカタチが見えてくる。なんとか28日のオープニングに間に合いそうだ。森美術館で開催される「医学と芸術:生命(いのち)と愛の未来を探る ?ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト」展。今年最後にして、大注目の展覧会にになることは間違いありません。刮目して待て!!
「医学と芸術:生命(いのち)と愛の未来を探る ?ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト」
「医学と芸術:生命(いのち)と愛の未来を探る ?ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト」
2009年11月01日
過去への旅路
更新するのを2ヶ月ちかくサボっていました。忙し過ぎてというわけではなく、更新しようと思う時にかぎって、面白いTVや楽しいライブがあるから。ブログよりもそっちの方へ行ってしまったわけです。誘惑にめっぽう弱い僕。で、本日より過去へと溯りながら、逆更新していくことにします。
2009年10月30日
小さな町が世界とつながる。
八雲村(松江市との合併前)の前村長・石倉徳章さんにご自宅でインタビュー。八雲国際演劇祭開催に至る迄の経緯などをお聞きした。地方の小さな町で国際演劇祭を開催する。そんな大それた夢を実現するには実行力と想像を絶する努力が必要だ。そして、開催者と市民と行政との強い絆がなければならない。なによりも、行政の支援があるのとないのでは全然違う。小さな町がお芝居を通じて世界へとつながる。そんな回路がどうやって開かれていったのか。いえることは、カリスマ的な人材がいればいいということではなく、だが、そういう人材なしには絶対になしえないということだ。石倉さんが大変なアイデアマンだったことも幸いした。ところで、ご自宅の玄関の前には枯山水風の庭。低い塀ごしに小川が流れていて、夏の初めにはたくさんの蛍がやってきて光の饗宴をこうじるそうな。蛍の季節にまたあそびにきたいとホンキで思いました。大社より古い神魂神社にお参りし、松江城をぐるっと取り巻く堀川を小舟にゆられて遊覧。町を水辺の視点から仰ぎ見ると、また違った顔を見せるものだ。思えば外堀から隅田川まで都内の水路を船で巡ったのは、それがまだ観光ルートにものっていない頃のこと。お茶の水橋を川面から仰ぐと、それがずいぶんと高いことに驚かされた。今度は、水都・大阪を船巡りしてみたいものだ。
2009年10月29日
山の中のステキな劇場「しいの実シアター」を知っていますか。
『city&life』「創造のまちづくり」の特集で松江と八雲へ。まず、松江市教育委員会理事・友森勉さんにお話しをうかがう。行政側の担当者に文化がわかる人がいるのといないのではまったく違った結果になる。もちろん、友森さんは前者。そのあと、今回の一番の目的である「あしぶえ」のある「しいの実シアター」をたずねる。「中山間部にあるから、びっくりするよ」と言っておられたが、そのとおり山の中にその小さな劇場はあった。「あしぶえ」の理事長であり「しいの実シアター」のアートディレクター、さらには国際演劇祭のプロデューサーでもある園山土筆さんにインタビュー。そのあとボランティアまとめ役の米田裕幸さんにインタビュー。園山さんは、ある意味立派な教育者だ。演出家にして先生、さらに辣腕プロデューサー。それを一人でこなしてしまう。話をうかがっているうちに、そんなスーパーマンがいないと、結局何もできないのだと痛感した。やはり、最後は人材なのだ。事務局長の有田美由樹さんも元気そのものといった女性。広島から3時間かけて通いつめているうちに、とうとうこっちに居を構えてしまった。勤めもやめて、いまでは演劇一筋。米田さんがまたすごい。演劇祭が始まる前の半年間は、24時間体制で対応に当たったとのこと。もちろん、昼間は仕事をしながら。いったい何が彼ら/彼女らをこうまで駆り立てるのか。アートの力?、クリエイティブパワー? そんな言葉がうすっぺらく感じる。インタビュー終了後、松江市に出て、美味しい肴で楽しい語らいの時間を過ごした。村の住民たちが、わからないながらも世界のアマチュア劇団と芝居を楽しみ、ホームステイまでさせてしまう。そんなかたちで新しいまちづくりが地方の小さな町で始まっているのだ。
2009年10月28日
辻井喬さんと北川フラムさんの対談が実現した。
詩人の辻井喬(堤清ニ)さんとプロデューサーの北川フラムさんという超ビックなお二人の対談。いちおう僕が司会進行役のつもりでいたら、北川さんが聞きたいことがたくさんあるので僕からぜひ質問させてほしいと。驚いたことに辻井さんまでも、僕もおしえてほしいことがあるからと。結局、お二人に任せることにした。北川さんでなくとも、70年代、80年代、90年代と西武(セゾン)文化に影響されまくっていた人間は多い。その西武文化を回顧しながら、日本における文化と創造行為についてたっぷり話し合っていただいた。北川さん普段はとても鼻息が荒いのに、今日はじつに謙虚な態度で、お言葉を拝聴するという感じだったのが面白かった(失礼)。一通りすんだところで、僕もいろいろ質問させてもらった。ぼくの結論としては、堤さんはやはり生粋のモダニストで戦後世代の良識派知識人。モダンなものが文化の先端であった時は良かったけれど、ポストモダンの時代になって、それは内部破綻を起こす。西武文化イコール堤さんというわけでは全くないけれど、堤さんの絶対矛盾の自己同一的な側面(失礼)は、その方向をより強烈に推し進めてしまった。一方、フラムさんは、徹底的にフィールドの人だ。そうした堤さんをいわば仮想敵にしつつ、周辺へ、境界領域へ、マージナブルところへその触手をどんどん広げていった。そして、本当の地方の時代が始まった。文化の中心は、もはや中心にはない。そしてどうなったか。北川さんの文化戦略が勝ったのである。少なくとも、越後妻有トリエンナーレと今年から始まった「水と土の芸術祭」を見る限り、僕にはそう見えた。
2009年10月27日
原稿依頼の日。
いっぺんに3人に原稿依頼。それと、すでに『TASC monthly』に連載執筆を快諾していただいている西江雅之先生に、進捗状況をお聞きするためのご連絡。しかし、音沙汰なし。もしかして、フィールドワークに出ているのかもしれない。午後、慶應大学環境情報学部教授・渡邊靖先生と打ち合わせ。12月にお願いしている講演の内容について。先生がハーバード大学にいらした時にオバマさんもいらした。その時から才気溢れる人物だったらしいが、まさか大統領になるとは思っていなかったと。今回は、そのオバマさんがチェンジを合言葉に大統領に就任して一年、はたしてアメリカ国民のマインドに変化は生まれたか、についてお話いただく予定。
2009年10月25日
泣かせる話しをつくるのって大変でしょう。
「99のなみだ」をやる。これは、クライアントが開発したゲームソフトで泣ける「ショートストーリー」が99つまっているもの。ぜったい泣けない、泣けるわけがないと思ってはじめてみたが、やっぱり泣けなかった。これは正確な年齢と男性と登録したからいけないんじゃないかと思い、20代真ん中の独身OLで登録し直してみた。しかし、やはり泣けない。しかも、この設定で贈られてきた物語は、アラフィフには子供だましという印象。これで泣いちゃうなら、苦労はいらない、と思いました。1日1篇にしてほしいというので、明日から毎夜開いてみるつもりだが、おそらくこれからも泣けないだろう。
2009年10月23日
2009年10月22日
廣中直行さんの研究は、どこまでいってしまうのだろうか。
「あそび工学研究会」の第4回。科学技術振興機構・下條潜在機能プロジェクト・プロジェクトマネージャー・廣中直行さんをゲストスピーカーにお呼びした。「ひとはなぜハマるのか」を切り口に、あそびとの関係でお話してもらおうと思ったら、先生の研究は、もっとずっと先まで進んでいて、聞いていて興奮の連続だった。この研究会、いよいよ面白くなりそうだ。
2009年10月20日
新潟「みずつち」、グルっと回って150km。
「水と土の芸術祭」取材2日目。実行委員会事務局の長谷部原さんのアテンドで本日は作品を見て回る。撮影取材をさせてほしいとお願いしたところ、わざわざクルマを出してくれたのだ。宿泊した岩室温泉を出発、市内を北上する。人工池に建てられた摩訶不思議なワラの家、クイビーン・オフラハラ「'Fifteen Degrees South'」(福井)を皮切りに、アン・グラハム「Shinohara's House」(五ケ浜)→土屋公雄「海抜ゼロ」(上堰潟)→北川貴好「物質/水/自然が再生し繋がっていく土地」(赤塚)→河口龍夫「関係‐蓮の屋敷・関係‐蓮の池・関係‐記憶の土蔵」(旧齋藤家・夏の別邸)→松本秋則「音の風景‐松浜編」→ステイシー・レビー「RIVERINE」(阿賀野川河川敷)→酒百宏一「水の記憶プロジェクト」(旧木津小学校体育館)→栗田宏一「SOIL LIBRARY/NIGATA」→大岩オスカール「人と水と土の叙事詩‐新潟」、高あみ「すばらしい日々」、田中直志「ハンチクのベンチ」(以上新潟市美術館)→マーリア・ヴィルッカラ「INTERVALS」(旧栗ノ木排水機場)→磯辺行久「栗ノ木排水機場は近代農業土木の原点となった。」を次々に鑑賞。最後の磯部さんの作品を見る頃には、どっぷりと日が暮れていた。走行距離にして約150km。それでも、今回の出品作品の1割も見ていないはずだ。とても一日で見て回ることなど不可能だが、それでも、「みずつち」の神髄には触れられたと思う。とにかく、どの作品にも「ちから」が満ち溢れていた。勇猛なちから、静かなちから、響くちから、内面へ働くちから…。改めて、アートが本来もつそうした「ちから」を強く感じた取材だった。長谷部さんほかスタッフのみなさん、ありがとうございました。
2009年10月19日
「水と土の芸術祭」を取材する。
某専門誌の女性副編集長Oさんと「水と土の芸術祭」で新潟に来ている。13時より篠田昭新潟市市長のインタビュー。元新聞記者だけあって、時代の流れには敏感。市長になるや、それまで足踏み状態だったイベントはいっきに開催へ動き出す。それにしてもわずか4ヶ月足らず準備期間は、そうとうにタイトだったと思う。Oさんが、岩室温泉のアートイベントの仕掛け人の一人だったというと、びっくりしながらも話しに弾みがついた。若き副編は、なかなかのやり手だ。少なくともインタビューにおいては合格。自分の娘ぐらいの年齢なのに、この堂々とした態度。将来有望だ。そのあと、市の交流推進課水と土の芸術祭推進室・白井麻也女史の案内でりゅーとぴあへ。このホールが開館した時に、取材したのだが、植栽が順調に茂っていい屋上庭園になっていた。残念ながら、外に出ることはできなかったが、外をみながらインタビュー。彼女がまた、すごい頑張り屋さん。幼少のときからバイオリンを演奏する人。今回のイベントは、彼女の尽力によるところが大きい。とにかく、あの北川フラムさんと対等にわたりあったのだからそれだけでも敬服に値する。いつも思うことだけど、昨今の女の子はすごい。つぎに、サポーターの人たちにお話を伺うため「みずっちたんく」へ向かう。「みずっちたんく」とは、「みずつち」を支える市民サポーターズ会議の拠点旧亀田浄水場。その事務局で水と土の芸術祭サポーター会議代表・小川弘幸さんにお話しをうかがう。ここには、岸本真之さんの作品「つぎつぎきんつぎ」が展示されてた。屋上に上り、日の落ちかけた「みずつち」の舞台・新潟市内を眺める。かつて「地図にない湖」といわれた、まさに水の記憶、土の匂いが立ちこめる大地が広がっていた。
2009年10月16日
2009年10月15日
雑誌というものは、結局つくりたいようにつくるのがいい。
JTのOさんが来社。Tの季刊発行に関して、意見を聞きにきた。しかし、これって何回目だろう。確か去年の今頃から議論しているように思うんだけど。発行元のつくったコンテンツをみせてもらう。いかにもB社らしい目次。とやかくいうものではありませんが、僕がつくるとしたら、ぜったいこうはならない。でも、売れないと思うけど。結論的に言えば、Oさんのつくりたい雑誌を作るのがいいんじゃないか、と言いたかったことを素直に伝えておいた。
2009年10月12日
世界の人たちは、家で何を食べているのか。
自転車で馬事公苑へ。今日もなにやらイベントをやっている。「食育フェア」。たくさんの屋台が出ているが、やはり啓蒙ものが多い。僕は普及啓蒙の仕事はしたけれど、必ずしもその趣旨に賛同したわけではない。とくに遺伝子組み換えというだけでヒステリーになる人たちとは、距離をとっているつもり。品種改良と遺伝子組み換えの違いをちゃんと理解していれば、これまで五万となされてきた(現在もなされている)品種改良の方が、はるかに危険度では高いことなどすぐわかるはずだし、逆に遺伝子組み換えは素性が100%わかっているものだから、何ができるかも9割9分予測がつく。つまり、ずっと安全なのだ。東大の渡辺正先生の話を思い出す。それはともかく、農と食の博物館でやっていた展示は面白かった。世界各国のごく普通の家族が1週間に食べたものをテーブルに並べるというもの。材料もあれば、料理になっているものもある。アメリカの家庭は、インスタント食品や冷凍食品がどっさり並び、野菜が少ない。モンゴルは野菜はほとんどなくて、肉と粉もの。難民キャンプの家庭はの1週間の食事は、われわれの一日分にも満たない。日本人は、とにかくアイテム数が群を抜いて多い。さすが、和洋中華なんでもござれの国だ。しかも野菜も沢山とっている。ラテンアメリカ人はコーラが二ケタ並んでいたり、果物が多いとか、反対に、オーストラリアは肉の塊がど〜んと鎮座ましましていたり。案の定家族はみんな太りぎみ。家庭内食といってもこんなにバラエティに富んでいるなんて。とても勉強になりました。
2009年10月11日
大好きな中村宏さんの多摩川での仕事を見る。
府中の森公園内にある府中市美術館で開催している「At/From Tamagawa1964-2009」展を見る。アートの現場としたの多摩川という多摩川を拠点にあるいは対象に創作活動をした現代美術の展覧会。中村宏のやっていた「観光芸術研究所」の初の野外展、日野市の中央線高架下の多摩川での展覧会(1964年)のビデオ上映やその時のパンフ類などが展示されている。立石紘一(タイガー立石)の富士山、山中信夫の多摩川に川を映す作品、高松次郎の石にナンバリングする作品など、60年代、70年代の作品が面白い。新しい作家の最近作も展示されていたが、なんか付け足しのように見えて面白くなかった。あらためて、60年代の現代美術について、真剣に考えてみようか、という気になりました。
2009年10月05日
カツマーとカヤマー
カツマーとカヤマーという二種類の人種がいるらしい。さっそく「AERA」を買ってみる。なんか議論がかみあってないし、香山リカさんもっとケンカすればいいのに。大人の議論すぎて面白くなかった。僕はやはり、カヤマーかな。
2009年10月04日
二子玉川にタワーマンションは似合いません。
自転車で野川を下る。二子玉川が大変貌を遂げていた。タワーマンションが林立しているのだ。血税を700億投じてやる意味があるのか、という建設反対の幟がいくつもはためくなか、建設は急ピッチで進行中。ぼくは、やっぱり超高層はイヤだ。第一、ニコタマに高層は似合いませんもの。再開発をするのなら、低層のメゾネットタイプの集合住宅とかの方が、ずっと似合っていると思うのになぁ。古い建物の好きなぼくは、口直しに静嘉堂を見て帰ることにした。
2009年10月02日
いったいどこまでいってしまうの、木本圭子さん!
鷺宮の駅前で今福龍太さん木本圭子さんと合流。21世紀スポーツ文化研究所へ。湘南在住の今福さんが本日上がったばかりの新鮮魚介を刺身にして持ってきてくれた。それと秘蔵の黒糖焼酎。しばらくして、もう一人の女流作家・面打師柏木裕美さん来所。いよいよ本日の目的である木本さんの新作のプレゼンテーション。モニターに表れた図像は、予想をはるかに超えたものだった。常に、進化を続ける作品。テクノロジー・アートの最高賞をとった時、ついにここまできたかと驚嘆したが、あれから2年彼女はやはりそこに留まってはいなかった。えっ、またまたこんなんなっちゃったの?! もうただただ驚愕。静止画像にする必要性すらなくなった。運動それ自体がヴィジュアル化してしまったのだから。いったいどこまでいけば気がすむのだろうか。所長の稲垣正浩さん、柏木さんともどもあっけにとられていた。そして、その画像がどうやってつくられたか、その種明かしで、またおふたりの頭上に「?」が三つも四つも…。そのあと、プレゼンテーションの感想、印象を言い合って、ディスカッションとなった。いささか挑発的な物言いをしたのがよかったのかもしれない。それぞれがそれぞれの立ち位置と持論をたたき合わせる。充実した議論になった。最後、ぼくは彼女の作品をパッケージ化してPCごと販売するというアイデアを披露。ネットにつなぐことをあえて禁じ、木本さんの画像しか走らないように機能特化し、一人あそびのツールにしてしまうというアイデア。それを限定10台というように、あくまで台数単位で売る。一台50万円なら、これで500万円。つまり、PCはこの場合額縁にあたる。まさしくウィンドウズというわけ。アート・マーケットのあらたなビジネスモデルとなれば面白いのになぁ。
2009年09月06日
自己啓発本こそ司牧権力から派生した「統治性」のことだ。
「勝間和代を目指さない」のコピーが目を引く香山リカさんの新刊『しがみつかない生き方』が評判だ。このブログでも、紹介したが、本書の主張は「ふつうの幸せ」こそ最高の幸福で、その基本は「しがみつかない」生き方だ、というもの。「成功を呼ぶ○○」だとか「○○で年収10倍アップ」だとか『成功のための心理学』とか、ちまたにはいわゆる自己啓発を呼び掛ける書籍があふれている。それらは、結局のところ単なる自慢競争にすぎない。「ふつう」でオッケー。むしろ「ふつう」であることをこそ貫き通すベきだ。もちろん、香山さんはそんなに強く言ってるわけではない。いや、「ふつう」でいることの方が、じつはよほど大変なんだという。だからこそ、「ふつう」でいいのだというわけだ。
ところで、自己啓発本である。今や、本屋の棚のかなりのスペースがこの類いの本で占められている。ビジネス書のコーナーに自己啓発書がいつから並ぶようになったかは定かではないが、確かなことは、その占める割合が増えていることだ。デール・カーネギーの『道は開ける』とか最近ではスティービン・R・コヴィーの『七つの習慣』とか、ベストセラーになったものもいくつかある。これら自己啓発本こそ、じつはフーコーのいう司牧権力から派生した「統治性」である。「統治性」とは、まさにビジネス書の世界に他ならない。こう断言するのが『夜戦と永遠』の著者佐々木中さんだ。
佐々木さんは言う。「歴史的事実として、ベンサムのようなリベラリズム、自由主義の元祖のような人たちが、デール・カーネギーのような「うまくやっていく」ための処世術、マネジメント、生き方の処方箋みたいな本を書いているのです。まさにフーコーが批判的に取り上げた「一望監視装置」のベンサムがね。これが、フーコーの言う宗教的な「司牧権力」の後継としての統治性の結果なのです」
そして、『七つの習慣』には、とんでもないことが書かれていると言い、それを真っ向から批判する。佐々木さんはなんと言ったか……。詳しくは『談』最新号佐々木中インタビュー「この世界における別の生……霊性・革命・芸術」をお読み下さい。
ところで、自己啓発本である。今や、本屋の棚のかなりのスペースがこの類いの本で占められている。ビジネス書のコーナーに自己啓発書がいつから並ぶようになったかは定かではないが、確かなことは、その占める割合が増えていることだ。デール・カーネギーの『道は開ける』とか最近ではスティービン・R・コヴィーの『七つの習慣』とか、ベストセラーになったものもいくつかある。これら自己啓発本こそ、じつはフーコーのいう司牧権力から派生した「統治性」である。「統治性」とは、まさにビジネス書の世界に他ならない。こう断言するのが『夜戦と永遠』の著者佐々木中さんだ。
佐々木さんは言う。「歴史的事実として、ベンサムのようなリベラリズム、自由主義の元祖のような人たちが、デール・カーネギーのような「うまくやっていく」ための処世術、マネジメント、生き方の処方箋みたいな本を書いているのです。まさにフーコーが批判的に取り上げた「一望監視装置」のベンサムがね。これが、フーコーの言う宗教的な「司牧権力」の後継としての統治性の結果なのです」
そして、『七つの習慣』には、とんでもないことが書かれていると言い、それを真っ向から批判する。佐々木さんはなんと言ったか……。詳しくは『談』最新号佐々木中インタビュー「この世界における別の生……霊性・革命・芸術」をお読み下さい。