2008年05月09日

ぼくの好きなミュージシャンを呼んできた人にお話してもらった。

立教大のエンタメ論は、今日から毎週ゲストスピーカーをお招きして、現場の話をしてもらうことにした。第1回目は、プランクトンの川島恵子さん。20年以上にわたり、ヨーロッパを中心に海外のミュージシャンを日本に招聘してきたプロモーターの社長さんだ。日本ではなじみのなかったヨーロッパ周辺の音楽、ケルトや東欧圏、バルカン半島周辺、北アフリカ、地中海周辺などで活躍するミュージシャンを発掘し、来日公演を制作してこられた。またレーベルもやっていて、そうした周辺音楽のミュージシャンのCDやDVDを精力的にリリースしている。
ユッスー・ウンドゥール、サリフ・ケイタ、ブレイブ・コンボなど当時ワールドミュージックといわれた音楽に目覚めてから、やがてヨーロッパの周辺音楽に関心をもつようになった。気が付くと、アイリッシュ・トラッドをベースにアフロでファンクでジプシーでアラブでプログレで、おまけに超トランシーなグルーブ「KILA」、バルカン・ブラスの超絶オヤジ集団「ファンファーレ・チォカリーア」、ベルギーから小型バスに乗って世界を移動しながら、トルコやブラジル、イヌイットやモロッコの音楽とミクスチャーしまくる「シンク・オブ・ワン」、ラテンアメリカの超前衛アルゼンチン音響派が続々と来日するではないか。ぼくはそれを次々に見聞きすることになるわけだが、それらは全部じつはプランクトンが招聘もとだったのである。
なんでこんなにユニークな音楽を見つけてこられるのか。そして、それをちゃんと日本に紹介し、お客さんを集めて、ビジネスとしても成功させている。そんなことがどうして可能なのか。じつは、僕自身がとても知りたくって、それで川島さんにとことん聞いてみたいと思ったわけである。
はたして、その話はみごとに面白かったのです。面白かったのだけれど、書けない話ばかり。ちょっとヤバいこともあるから。でも、今度は『談』にでも登場してもらって、あらためてじっくりお話してもらおうと思っているので、その時まで待っていてくださいな。
ところで、川島さん一押しのアーティストAsa(アシャと読む)の来日コンサートがあります。興味のある方はぜひ聴きに行ってください。ぼくも大好きです。↓
「LAFORET SOUND MUSEUM」
  
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2008年05月08日

香山リカさんが懸念するのは科学への間違った期待だ。

TASC主催で香山リカさんの講演と交流会。テーマは「こころの不安と健康幻想」。欠如から過剰へ。外敵から内敵へ。見えるものから見えないものへ。「悪いところを治す」から「よいものをよりよくする方向」へ、現代の病が根本から変化していることに注目する。科学的思考とは、まだわからないことがあることを明らかにするところにあるのに、市民は逆にシロクロをはっきりさせてくれるのが科学だと思いこんでいる。科学的な真理をいくら並べ立てても市民は納得してくれない。市民が期待しているのは、それがシロなのかクロなのか、である。そうした市民のニーズに応えようとすればするほど、科学者はうそつきにならざるをえない。そして、前世を語る人のことばに反応し、民間医療に期待をかける。こうした図式が、ニセ科学というものを生み、また、市民はそれに騙されたがっているのだ。現代のこの状況は、まだまだ続くことなのか、あるいは、もっと別のものに変わっていくのか。香山さんの意見はいかに。望ましい方向にいくのではないことだけは確かなようだ。臨床経験をもとに現状を分析する香山さんの話は、説得力があって示唆に富むものだった。  
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2008年05月07日

聴覚と脳のしくみの不思議摩訶摩訶な面白話。

公開対談最終日は、柏野牧夫さんと池谷裕二さんの対話。
柏野さんが、まずデモを中心としたプレゼンを行う。というか、最後まで、PPの映像を出しっぱなしにして、池谷氏が質問やコメントすると、それに相応しい画像を「これですね」と柏野さんがすぐに出すというしくみ。みごとなかけあいだった。柏野さんが問題を出して、オーディエンスに答えてもらうという実験もやった。「え〜?!」となるような意外な結果が出て、一同びっくり。そんな感じで演者、聴衆、一体となって議論は進んでいった。
ゆらぎの重要性、安定/不安のパラドクス、耳の解剖学的構造、知覚の研究、バナー効果、運動系とのつながり、声の問題、タイミングとズレ、音痴とは何か、新奇性と親近性、魅力度=新奇性×分解能、予測と報償系回路の関係、自発活動と知覚の遷移の問題…などなど。2時間20分がまたたくまに過ぎていった。このままやっていたら、永遠に終わらないのではないかと思えるような熱心な対話。あまりに面白かったので、逆に活字にするのは難しいかも。なんて、言ったら怒られそうですね。でもあえて言わせてください。今回のは、ライブだからこそ面白さ100倍でした。  
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2008年05月02日

「ラ・フォル・ジュルネ」初体験!

老若男女が集う「ラ・フォル・ジュルネ」を初めて体験する。今日が初日、これから5月6日まで、東京フォーラムを中心会場に、200以上の公演が予定されている。「ラ・フォル・ジュルネ」、日本では「熱狂の日音楽祭」の名で知られるクラシック音楽の一大イベント。2005年に第1回が開催され、以来毎年注目度がまして、ついに昨年は来場者数が100万人を突破した。クラシックのコンサートで100万のお客さん?! もちろん、最近のクラシック音楽のブームがあってのことだが、だからといってGWに1200万都民の1割が聴きに来るなんてことがあるの? と思うだろう。じつは、ここにはちょっとしたトリックがあり、それがまた「ラ・フォル・ジュルネ」の最大の特徴でもあるのだ。というのは、この音楽祭、オーケストラであろうとソロ演奏であろうと演奏は45分、朝から晩まで、数十ヶ所で同時開催される。楽しもうと思えば、丸一日ハシゴすることが可能なのだ。また、大人から子どもまで楽しめるプログラム、さらには、無料コンサートやワークショップなども沢山開催される。つまり、延べ人数が100万人ということなのだ。今年はさらに増えて、120万にはいくだろうと予想されている。毎年テーマがあって、今年は「シューベルトとウィーン」。有楽町周辺は、GW「シューベルト」一色になるわけだ。ぼくは、東京フォーラムHall B7(820席)へ。シューベルトのピアノ連弾作品全曲シリーズ第1回 クリスティアン・イヴァルデ、ジャン=クロード・ベヌティエの連弾「シューベルト幻想曲ト長調D1 フーガホ短調D952 ロンドイ長調D951 エロルドの歌劇「マリー」の主題による変奏曲ハ長調D908。黒ずくめのオヤジ二人が弾くピアノ。そのあとHall A(5004席)へ。シューベルト交響曲第7番ロ短調D759「未完成」、シューベルト/リスト さすらい人幻想曲ハ長調D760(ピアノと管弦楽版)ミシェル・ダルベルト(P)上海交響楽団、シェヤン・チェン(指揮)を聴いた。二つの演目、昼食に飲んだ白ワインがきいてちょっと朦朧としながらだったが。でも、もちろんしっかり楽しみましたよ。思えば、夏は「フジロック」、秋は「朝霧」、冬は「渚」、そして春には「ラ・フォル・ジュルネ」。春夏秋冬、音楽フェスティバル漬けになっちゃった。  
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2008年04月23日

「第三項音楽」はどこへ行こうとしているのか。

公開対談2夜目は、小沼純一さんと渋谷慶一郎さんの対話。
渋谷さん目当てのお客さんが多いと思い、リップサービスもあって、今日は渋谷さんの最近の仕事、「第三項音楽」と「filmachine」のを中心に、展開していただこうと思った。ぼくが事前に作ったレジュメは、毎度のことながらチョーてんこ盛り。これひとつひとつやってたら1日喋っても終わらないよ、といわれそう。そのうえ、わけのわからない呪文のようなことが箇条書きになっているという代物。これをシナリオにお願いするオレってなに?! と思ったのだが、あららびっくり、終わってみたら、話してもらいたかったことはみごとに拾い集められて、要するに、渋谷さんのやっていることと考えていることは、こんな感じに整理できるよね、とキレイに棚に並べられて、ほらっと見せられた感じ。小沼さん、じつにみごとな話術だった。その分、小沼ファンには物足りなかったかもしれない。今度別のかたちで、小沼さんにはたっぷりお話ししてもらいますから、どうかご勘弁を。
差異と反復ではない音楽をめざす「第三項音楽」はいかにして生まれたか。作曲者にしかわからないほんとうの秘密、そして、それは次にどこに向かおうとしているのか。白熱の2時間。残念ながらここではいえません。詳しくは、6月末発行の『談』でお読みくださいね。  
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2008年04月22日

メディアのalternativeが結晶化と共鳴する時…

『談』公開対談第1夜。「粉川哲夫さんと廣瀬純さんの対話」

トピックな話題から入ればいいと思いネグリ来日中止の話から始めてもらう。ネグリ、ガタリときて自由ラジオへつなぎ、そのままラジオアートに流れていけばいい、と思ったからだが、やはり、そうは問屋が卸さなかった。ネグリの話がとぐろを巻くごとく、ぐるぐる回り出す。まさに「ネグリでんぐり」。

粉川さんは、中止にいたった経緯とその対応へのコメント、またネグリ個人に対する感想を述べると、廣瀬さんは、ネグリの思想は、ネグリ・ハートの三部作「帝国」「マルチチュード」「コモン」で捉えるべきで、そこでネグリが一貫してとっているのは、「逆手にとる」という方法ではなかったと指摘。この意見に対して、粉川先生はすでにその「逆手にとる」ということが古いのではないか。返り咲いたベルルスコーニが画策しつつあるグローバルなメディア戦略に対しては、「逆手」では対抗できない、もっと別のこと=「オルタナティヴ」を考えなくてはならない。たとえば、粉川さんのドメイン名である「translocal」、サイト名である「polmorphous」がそのヒントになる。

インターネット環境以降のトランスメディアの可能性として、ラジオのミクロ性に改めて注目し、インターネットとそれを接続することで、グローバルかつミクロなオルタナディメディアを作り出していけるのではないか、と提言する。alternativeとは、alter=変える、とnative=土着の、が合体したことばだとイマジネーションを働かせれば、それはまさに土着性それ自体を更新するという意味になる。「グローカル」がすでに権力に取り囲まれている概念とすれば、むしろ、無数の土着=最小のコミューンをネット上にリンクすること、それが今のalternativeだ。この発想は、廣瀬さんの闘争の「最小回路」=結晶化という考えと共鳴するものだとぼくは理解した。途中、「美味しい料理の哲学」を巡って、大声を張り上げての激しいやり取りが展開されたが、これはライブならではの醍醐味。こういうことがあるから、面白いのだ。さて、明日はどんな話が展開するか、楽しみ。

  
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2008年04月20日

まだ、わずかお席があります。

4月22(火)、23(水)、5月7(水)夜
吉祥寺sound cafe dzumiにて『談』の公開対談をやります
と4月5日付けブログで告知しました。
4月22(火)、23(水)、5月7(水)いずれの日も、
まだわずかお席があります。
少々狭い会場ですが、それゆえインティメイトな対話世界を堪能できると思います。
ぜひこの機会に、会場に足をお運びください。
応募は専用メールで→oubo@dan21.com
  

2008年04月15日

地産地消は、生産-販売-消費の循環システムで決まる

昨日案内された地産地消に特化したJA農産物直販センター「さいさいきて屋」へ。やはりモノは揃っている。まず店長さんにご挨拶。撮影開始。体育館ほどのスペース全部を使って中央に平場、周囲に商品棚、冷ケース、キッチンヤードが並ぶ(コミケの会場みたい?!)。平場には豊富な野菜類。品物が減ってくると、いつの間にか農家の人がやって来て、品物を補充していく。でっかい筍、つくしや山菜なども充実している。バックヤードにそなえつけられているPCで品物の販売状態を確認、そのデータに基づいて、各農家は追加するかどうかを決める。POSを利用し、新しくシステムを組んだのだ。とにかく、みなさん生き生きしてらっしゃるのがいい。とくに女性が元気なのもうれしい。
隣接するカフェに入って、ケーキセットをいただく。でっかいイチゴの乗っかったショートケーキ。後ろに座っているご婦人のテーブルの上には、大きなお皿のサラダ。野菜がどっさりのっている。パリのカフェでは見慣れているが、こんな地方都市で(失礼)でそんなパリの雰囲気が味わえるとは思っても見なかった。
JAらしからぬ、なんて言うと怒られそうだけど、とにかくおしゃれなのだ。さらにその隣にはレストラン。ここはバイキング形式で、煮魚、焼き魚、煮物、汁物など各人好きなだけ取って食べるしくみ。どれも新鮮な農産物、海産物を使っていていかにも美味そう。生産と販売と消費が完璧にひとつながりになっている。「さいさいきて屋」全体が、まさに地産地消を絵に描いたようなところなのだ。
次に、レストラン「ティア家族のテーブル」へ。ここは地元産の有機産物を中心にしたメニューが数十種類、ビュッフェ形式で楽しめる店。ここがまたすばらしかった。和あり洋あり中華あり。デザートやドリンクすべてが有機生産物。大急ぎで撮影をし料理にありつく。またしてもたっぷりと食べてしまった。カレーにおにぎりを沈めると暴挙にでたりして。
昨日インタビューでお聞きしたところをわずかであるが、実際にこの目で見て味わってわかったこと。繰り返しになるけれど、生産-販売-消費の循環システムがしっかりできていること。そのシステムを支えているのは、生産者と流通、そしてなによりも行政がそのシステムを理解して、はっきりとした舵取りをしているから、その循環がうまく回っているのである。結局のところ、地域再生は、やはり自治体の主導力の有無にかかっているのだなと納得したのだった。  
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2008年04月14日

有機農法は、日々進化しているのだ。

「美味しいまちづくり」の取材で愛媛県今治市へ。松山空港からバスで松山へ。そこから列車で今治駅。市役所に行きがてら居酒屋風の店で昼食。手作りの地産地消っぽい店。もう最後だといわれたが、つくしをいただく。市役所へ。今治市企画振興部企画課・政策研究室長・安井孝さんにインタビュー。とても自由な人だ。禁煙の狭い部屋で、それをまったく無視して紫煙をくゆらせる。しかも、ひっきりなし。じつに自由かつ豪快な人だ。「食料の安全と安心供給体制を確立する都市宣言」をし、「今治市食と農のまちづくり条例」までつくって、「地産地消」の普及に努める今治市。生産者と行政がじつにいい感じでタッグを組んで取り組んでいる。一緒に取り組んでいる地産地消推進室・渡辺敬子さんのPPのプレゼンを見た後、彼女の運転でJAの農産物直販センター「さいさいきて屋」の2店舗をサーベイ。そのあと、有機産物の生産にいち早く取り組んだ今治市のキーパーソンの一人、愛媛有機農業研究会会長・長尾見二さんに彼の畑でお話をうかがう。途中から息子さんもやってくる。有機栽培といっても、化学肥料全盛時代以前に戻すというわけではなくい。あくまでも、化学肥料を乗り越えての使用なのだ。有機栽培自体が常にデベロップしているということを始めて知った。米などは、田植えをしてあとは刈り取るまで何もしないなんてこともあるのだ。雑草の真ん中で真ん丸と結球したキャベツなども見せてもらい、ぼくは心底驚いた。雑草を抜かずにほったらかし、なのに虫がまったくつかないのだという。有機農法は、日々進化しているのである。いろいろ認識を改めなければいけないなと痛感する。  
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2008年04月12日

「壷中天」を都市論として読み替えるというのはどうだろうか

とある学会に発表する原稿のプランを考える。「ぽたらいぶ」の体験を頭に、これまでいくつかのぞいてきた路地とリヨンのクロワ・ルスが、なぜぼくをして興奮させ魅了させるのか。それは、そこに人の気=龍脈が流れているからであり、なによりも都市の魅力とは、その龍脈の湾曲と螺旋が、われわれの歩行(行為)を誘発し続けるからである。どんなに美しく、便利であっても、それがない都市には、魅力は感じない。まち歩きがブームである。小さなまちにも、それぞれ固有の歴史があり、民俗文化がある。それを観光資源と捉えて、ボランティアによる、まちおこしに乗り出したところがある。それをただ紹介するだけでは観光地リストにあらたな名前を加える(しかも小さな)意味しか生まれないだろう。もう一歩踏み込んで、人の気配、龍脈の発見に向かうべきではないか。ピーター・ブルックのいう「何もない空間」が大いに参考になる。ソンタグは、この「何もない空間」にブレヒトの「叙事詩的演劇」とアルトーの「残酷演劇」がフーガ的に交錯し結合する演劇の未来型を見出した。すでに古典化しつつある演劇理論から読み出し、都市の理論へダウンロードしてみたい。それは、21世紀の「今日の世界は、演劇によって再現できるか」の再演、いいかえれば、中国の気、龍脈の理論の象徴としての「壷中天」を都市論として読み替えることである。  
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