『談』no.125 特集◉「ゆらぐハーモニー …調性・和声・響き」(「響き合う世界」の第2回)が11月1日(火)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.125の表紙をクリックしてください(10月31日午前公開)。

『談』no.124 ゆらぐハーモニー …調性・和声・響き
企画趣旨
ハーモニーの語源は、ギリシャ神話の調和の女神「ハルモリア(harmonia)」で、「和音」あるいは「和声」などと訳され、時には「調性(tonality)」そのものを指す場合もある。和音(chord)は、ドミソやシレソのように、複数の楽音がタテに同時に響いてひとつの集合音になっている二次元の「単体」の状態のことであるが、和声(harmony)は、和音を構成するそれぞれの音(声部)の動き方や並び方、およびその組み合わせを指し、いわば、三次元となった「複合体」のこと。ひとつの「音」の横の並びが「メロディ(旋律)」、複数の音の重なり具合が「ハーモニー(和声)」、タテに並んだ瞬間の組み合わせが「コード(和音)」、そしてそれらの体系や秩序が「調性」ということになる。つまり、西洋クラシック音楽が体系付けた「ハーモニー(調性のシステム)」というのは、複数の音が「協和する」関係にある(と人間が認識する)ことであり、「音楽表現」とは、それを人為的に変化(操作)させることだといえる。ゆえに、「協和」の探求こそハーモニーにとって最も根源的で普遍的な問題なのだ。
「響き合いの世界」の2回目は、西洋近代(=西洋クラシック音楽)を基礎付ける最重要概念「ハーモニー」を考察する。ハーモニーは、はたして「自然」なのか。そして何よりも「ハーモニー」に未来はあるのか。
■伊藤友計氏インタビュー
「和声的調性音楽は“自然”なのか…自然は楽器も音階も和音もつくらない」
現代の調性は、モンテベルディの革新によって現出し、理論面においては、1722年のラモーの『和声論』によって決定的に定位されるところとなった。もとより、音楽を考えるにあたって、拍子やリズム、音色や音色が重要であるのは言うまでもないが、西洋音楽という輪郭を明確にかたち付けたという点で、「調」「調性」「和声」の発見/発明は決定的であった。
和声的調性音楽は、ひとつの予定調和の世界をつくりあげている。しかし、予定調和の音楽が、和声的調性の音楽でなければならない理由はない。閉じられた予定調和の外には計り知れない数の音楽が存在し、現にそうした「外を目指す音楽」は、日々量産され続けていることも、事実である。にもかかわらず、人々が耳にする音楽の大半は、いまだに和声的調整音楽である。われわれの意識のなかでは、「音楽=自然」という不動の等式すらでき上がってしまっているようにも思える。
和声的調整音楽の圧倒的浸透力。「調」「調性」「和声」の誕生、成立、発展を追いながら、その浸透力の秘密に迫る。なお、サブタイトルの文言は『和声の理論』の著者M.シャーロウによる。
いとう・ともかず/1973年生まれ。明治大学非常勤講師。文学博士(東京大学)、音楽学博士(東京藝術大学)
著書に『西洋音楽の正体:調と和声の不思議を探る』(講談社選書メチエ 2021)、『西洋音楽理論にみるラモーの軌跡:数・科学・音楽をめぐる栄光と挫折』(音楽之友社 2020)、訳書に『自然の諸原理に還元された和声論』J.-Ph.ラモー(音楽之友社 2018)他。
■源河亨氏インタビュー
「悲しい時に無性に悲しい曲が聴きたくなるのはなぜ?…音楽と情動の不思議な関係」
「悲しい時には、悲しい曲を聴くのがいい」とよくいわれる。悲しみ、憂鬱、不安などネガティヴな感情を抱いている時に、陽気な曲を聴くのではなく、むしろ、自分の感情と同質の悲しい曲の方がネガティヴな感情を軽減させるからというのである。音楽療法で「同質の原理」と呼ばれているものだが、考えてみると、これは不思議な考えだ。音楽は音の配列であり、振動という物理現象であり、人間の感情とは無縁。にもかかわらず同質とみて、ネガティヴな感情を軽減するように働くというのである。人間の心的過程を問題にし人間の情動機能(=感情)に注目する心の哲学の観点から、あらためて「同質」の意味を検討し、音楽と情動の抜き差しならぬ関係について考察する。
げんか・とおる/1985年生。九州大学大学院比較社会文化研究科講師。博士(哲学)。
著書に『「美味(おい)しい」とは何か:食からひもとく美学入門』(中公新書 2019)、『悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学』(慶應義塾大学出版会 2019)、『知覚と判断の境界線:「知覚の哲学」基本と応用』(慶應義塾大学出版会 2017)他。
■沼野雄司氏インタビュー 
「響きの未来、無調、電子音響以降の表現のゆくえ」
中世以来の音楽はすべからく広義の調性をもっている。テレビやラジオで日々接する楽曲のほとんども明快な調性(和声的)音楽である。しかし、今日、「無調」は現代音楽のひとつの根を成す重要な様式的メルクマールとなっている。無調で作曲を行うとは、調性音楽からの離脱を意味するだけではなく、長い間培われてきたわれわれをとり囲んでいる音の世界そのものからの脱却をも意味している。さらに電子テクノロジーの進展は音楽環境そのものを根底から覆そうとしている。調性音楽の徹底的な浸透とそれとは相反する無調と電子音響の隆盛。現在の音楽環境のこのアマルガム状況をわれわれはどのように捉えればいいのだろうか。音楽と響きの未来を探る。
ぬまの・ゆうじ/1965年生。桐朋学園大学教授。/博士(音楽学)
著書に『現代音楽史』(中公新書 2021)、『エドガー・ヴァレーズ 孤独な射手の肖像』(春秋社 2019)、『リゲティ、ベリオ、ブーレーズ 前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』(音楽之友社 2005)他。
表紙・裏表紙は菅木志雄の立体、ギャラリーでは、曽谷朝絵作品を掲載

『談』no.124 特集◉「声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ」(「響き合う世界」の第1回)が7月1日(金)に全国書店にて発売になります。

『談』no.124 特集◉「声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ」(「響き合う世界」の第1回)が7月1日(金)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.124の表紙をクリックしてください(6月30日午後公開予定)。

『談』no.124 声のポリフォニー…グルーヴ・ラップ・ダイアローグ
企画趣旨
自然の二重分岐と呼ぶべきものがある。すなわち、意識において感知される自然と意識の原因である自然という対立を乗り越えるために生み出された考えだという。一方で、我々の前には世界のフェノメナル(驚異的)なあらわれがある。つまり、「樹々の緑、鳥たちのさえずり、太陽の暖かみ、椅子の固さ、ヴェルベットの肌触り」(ホワイトヘッド)といったように。他方、我々には隠された物理的現実があって、たとえば、「あらわれとしての自然の意識をうみだせるような心に作用する分子や電子の結びつきのシステム」がある。近代思想の多くはこの分岐にもとづいて、二つの間のさまざまな対立の形をとっているという。
ホワイトヘッドはこの分岐をまとめて手放そうとする。彼によれば、世界はさまざまなプロセスによって構成されており、決してモノからなりたっているわけではない。なにものも前もって与えられることはなく、すべてはそれがあるとおりのものにならなければならない。プロセスは、自然の分岐の両方の側面をまたいでいるのだ。
我々は自分の外にある対象世界に相対する主観ではない。主体も対象もそれ自体さまざまな生成プロセスであって、あらゆる活動的存在は、ひとしく対象であり、また主体である。その響き合い(レゾナンス)こそが、我々であり、我々が生きる世界である。世界の響き合いという視点から、私・身体・モノの関係を問い直す。

■山田陽一氏インタビュー
「「声のきめ」を聴く…グルーヴのなかへ」
声は、いうまでもなく、身体的に生み出される音であるが、それが同じく身体的に生み出された楽器の音と根本的に異なるのは、声が身体そのものにおいて生じる音であり、声を生み出すためには身体以外の何ものも必要としないという点である。声は身体と一体化しているのだ。それゆえ声は、身体と、身体が経験してきたあらゆる種類の感情をじかに表現し、伝達することができる。声は、私たちを身体と心の深部や、歌うことと聴くことの快楽へといざなう、すぐれて肉感的な響きなのだ。

やまだ・よういち/1955年生。京都市立大学芸術音楽学部教授/専門は、民族音楽学、音響人類学。学術博士(大阪大学)
著書に『響きあう身体:音楽・グルーヴ・憑依』(春秋社 2017)、編著書に『グルーヴ! 「心地よい」演奏の秘密』(春秋社 2000)他

■川原繁人氏インタビュー
「声に出すことば…言語と意味を超えて」
声に出される言葉は、いわゆる言語という枠組みや書かれた言葉以上に、生き生きと私たちの生活世界のさまざまな局面をつないでいる。アニメやゲーム、ラップなど、今、若い人たちを中心に大きな人気を博しているカルチャーを始め、玩具や人気商品、ブランド形成などには、そうした「声に出されることば」の魅力が数多く見出される。身近な言葉の音声学的、音韻学的、さらには一般言語学的観点から、声と言葉と意味の関係を探る。

かわはら・しげと/1980年生。慶応義塾大学言語文化研究所教授/専門は、音声学、音韻論、一般言語学。University of Massachusetts,Amherstにて博士号取得(言語学)
著書に『言語学者、外の世界へ羽ばたく:ラッパー・声優・歌手とのコラボからプリキュら・ポケモン名の分析まで』(教養検定会議 2022、4月28日発売)、『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房 2017)他

田島充士氏インタビュー 
「分かったつもりから」から異質な他者との声が響き合う「対話」の地平へ

他者との絶望的なまでのわかりあえなさとは、人々が既存の世界に一方的に飲み込まれることなく、ダイアローグを通して新たな意味を創出する原理であり、世界の革新性へのかけがえのない希望を示すものだ。「対話の不可能性に可能性を見る」というバフチンのダイアローグ論の逆説は、永遠に融合し得ないからこそ、常に/すでに、ダイアローグを通した更新可能性を担保しているのである。

たじま・あつし/1947年生。東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授/専門は教育心理学、異文化コミュニケーション。心理学博士(筑波大学)
著書に『「わかったつもり」のしくみを探る:バフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から』(ナカニシヤ出版 2010)、編著書に『ダイヤローグのことばとモノローグのことば:ヤクビンスキー論から読み解くバフチンの対話理論』(福村出版 2019)他

表紙・裏表紙は菅木志雄の立体、ギャラリーでは、小西紀行油彩を掲載

『談』no.123 特集◉「システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス」が3月1日(火)に全国書店にて発売になります。

『談』no.123 特集◉「システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス」(「ニューノーマル2.0の世界」の第3回)が3月1日(火)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』Webサイトでは、各インタビューのアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューの最新号no.123の表紙をクリックしてください。

『談』no.123 システムチェンジ……アソシエーション、グローバル・タックス、ジャスティス
企画趣旨
「資本=ネーション=国家」への抵抗運動は、3・11を経てコロナ禍に直面し、より現実的なものとなってきたと柄谷行人氏は言う。生産・流通・金融などの現在の諸システムの問題点が浮き彫りになったためであろう。多くの人が生産の意味、消費の意味、地域の意味、ネットワークの意味、働くことの意味、そしてなによりも生きることの意味に気づいたのだ。「ニューノーマル2・0の世界」の最終回は、ポスト資本主義における人類と社会の未来を構想する。

■柄谷行人氏インタビュー
「可能性としてのアソシエーション、交換様式論の射程」

台湾のオードリー・タンIT担当相をはじめ世界の文化人がその影響力を認め、再び注目を集めている柄谷行人氏であるが、その中心となる著作『世界史の構造』で、「交換様式」という観点から歴史、社会を分析している。これまで社会構成体の一般的な解釈は、主に生産様式を起点にしていた。しかし、生産様式を起点にしてはうまく説明できないとして、交換様式から出発すべきだと提案したのである。もし交換が定義上経済的な概念であるならば、すべての交換様式は経済的なものであると見なすことができるからだというだ。交換様式とは何か。A=互酬交換(「共同体」、平等で不自由)、B=略取と再分配(「国家」、不平等で不自由)、C=商品交換(「資本」、不平等で自由)、そしてAを高次元で回復したDの四つがあると柄谷氏は説く。そして、それぞれが同時に存在しながらも、どの交換様式が支配的かによって社会の性格が決定されるというのである。
大澤真幸氏は柄谷氏の交換様式論をパラフレーズして、次のように解釈する。近代社会の構造を形成する三つの実態、すなわち、ネーションと国家と資本は、それぞれ交換様式A、B、Cに対応する。これら三つの実体は互いに依存し合っており、どの一つも、他の二つなしには存在し得ない。社会構成体は単独では存在しているわけではなく、常に他の社会構成体との関係において、つまり、「世界システム」において存在している。社会構成体の歴史は、それゆえ、世界システムの歴史であり、四つの段階にわけられるという。第一に、交換様式Aによって形成されるミニ世界システム。第二にBによって形成される世界=帝国。第三に、Cによって形成される世界=経済。とくに、近代の世界=経済は、「近代世界システム」と呼ばれる。そして最後にDによって形成される世界システムがあり得るわけで、それはまさにカントの言った「世界共和国」だというのである。
昨今にわかに関心を集めているアソシエーション運動は「自由かつ平等な社会を実現するための運動」で、「世界共和国」の実現ではないかと思われる。柄谷氏は2000年にNAM(New Associationist Movement)を提唱し自らアソシエーション運動を実践していた(約2年半で解散)。
そこで、今改めてアソシエーション運動の意味と意義を掘り起こし、さらには、いまだ謎の多い交換様式D(世界共和国だとか世界宗教だとか共産主義だとか現在もさまざまに議論されいる)を解読しながら、ニューノーマル2・0の世界におけるアソシエーション運動の可能性を考察したい。

柄谷行人(からたに・こうじん)
1941年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授を歴任。1991年から2002年まで季刊誌『批評空間』を編集。著書に『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社 2021)、『世界史の構造』(岩波現代文庫 2015)、『トランスクリティーク』(岩波現代文庫 2010)他多数。

■上村雄彦氏インタビュー
「グローバル・タックスの実現で世界政府の設立へ」

資本主義のみならず主権国家体制も合わせて超克すべきと説くのは上村雄彦氏だ。途上国でSDGsを達成するためには年間400兆円が必要であるのに対して、世界の政府開発援助の総額は20兆円にも満たない。他方、タックス・ヘイブンに秘匿されている資金は、5000兆円と見積もられている。これだけの資金をSDGsの達成に投入できれば、少なくとも資金面では、SDGsの達成は可能だ。クローバルに拡大した危機を深める資本主義は、主として多国籍業と金融資本によって推し進められている。グローバルに拡大した資本主義の圧力を弱め、国境を超えて地球規模課題を解決するための国境を越えた政策を打ち立てなければならない。すでに一部で始まっているグローバル・タックスを推し進め、世界政府設立の実現に向けてステップアップする時期がきたのである。とりわけグローバル・タックスは資金創出、グローバルな負の活動の抑制のみならず、現在のグローバル・ガバナンスを変革する潜在性をもっていることから、その意義は限りなく大きいといえる。

上村雄彦(うえむら・たけひこ)
1965年生まれ。大阪大学大学院法学研究科博士前期課程、カールトン大学大学院国際関係研究科修士課程修了。博士(学術、千葉大学)。国連食糧農業機関(FAO)住民参加・環境担当官、千葉大学大学院人文社会科学研究科准教授等を経て、現在、横浜市立大学国際総合科学部国際都市系グローバル協力コース大学院都市社会文化研究科教授。専門は、グローバル政治論、グローバル公共政策論。グローバル連帯税推進協議会委員、横浜市税制調査会委員、グローバル・ガバナンス学会理事、国際連帯税フォーラム理事。
著書に『不平等をめぐる戦争:グローバル税制は可能か?』(集英社新書 2016)、『グローバル・タックスの可能性:持続可能な福祉社会のガヴァナンスをめざして』(ミネルヴァ書房 2009)、編著に『グローバル・タックスの理論と実践:主権国家体制の限界を超えて』(日本評論社 2019)他がある。

明日香壽川氏インタビュー 
「グリーン・リカバリー:コロナ禍の社会政治学」

コロナ禍からの早急な回復を願っているなかで、少なからぬ人が、ただ単に昔に戻るのではなく、昔より良い社会をつくろうと考えている。その一つがグリーン・リカバリーだ。緑の復興と訳されるグリーン・リカバリーは、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした経済停滞からの復興を、気候変動対策と共に進めるというような意味合いで使われているという。グリーン・リカバリーには、重要なキーワードがある。それは、ジャスティス(正義)だ。気候変動の文脈でジャスティスは、主に、^貎妖たりの温室効果ガス排出量が小さい途上国の人々が、一人当たりの温室効果ガス排出量が大きい先進国の人々よりも、気候変動によってより大きな被害を受ける、∪菴聞颪里覆でも貧困層、先住民、有色人種、女性、子どもが現実としてより大きな被害を受ける、今の政治に関わることができない未来世代がより大きな被害を受ける、の三つの意味で使われる(どれも定量的な事実である)。この三つの状況がアンジャスティス(不正義)であり、このような状況を変えることをジャスティスの実現とする。ジャスティスの実現は、だから個人の努力だけでは不可能であり、今の社会システムの変革が必要だというのだ。ジャスティスの確立あるいは社会システムの変革。それはいかにして可能か。

明日香壽川(あすか・じゅせん)
1959年日本生まれ(旧姓張壽川)。東京大学農学系研究科大学院(農学博士)、東京大学工学系研究科大学院(学術修士)、INSEAD(経営学修士)、京都大学経済研究所客員助教授などを経て、現在、東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学研究科教授。公益財団法人地球環境戦略研究機関気候変動グループ・ディレクターを兼任(2010-2013)。環境エネルギー政策専攻。著書に『グリーン・ニューディール:世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書 2021)、『地球温暖化 ほぼすべての質問にお答えします』(岩波ブックレット 2009)、『クライメート・ジャスティス:温暖化対策と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社 2015)他がある。


◎表紙・裏表紙は上田碌碌の水彩画、また、ギャラリーでは 今津景の油彩作品を掲載

『談』no.122 特集◉「社会的投資戦略とニューノーマル2.0」(「ニューノーマル2・0の世界」の第2回)が11月1日(月)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各登壇者のアブストラクトとeditor's noteを公開します。
右メニューバーの最新号no.122の表紙をクリックしてください。

『談』no.122 特集「社会的投資戦略とニューノーマル2.0」
(ニューノーマル2・0の世界」の第2回)

■企画趣旨
政治のなかで社会政策と投資を関連させる議論をよく見るようになった。たとえば、貧困を含むさまざまな困難を抱える子どもや若者への支援をしばしば「未来への投資」「社会への投資」という言い方で表現することがある。こうした表現の裏には、国ないし社会が得られる将来の利益を期待し、その利益を生み出すことが見込まれる人や資本に対して、前もって公的資金などの財物を提供するという考えがあると思われる。このような視点に立った議論は、社会的投資(social investment)論と呼ばれている。
ところで、リーマンショック後の世界経済について、景気が回復したとしても以前の状態に戻らないとする「ニューノーマル」という概念を提唱したエコノミストのモハメド・エラリアン氏は、コロナ・ショック後の世界を新たに「ニューノーマル2.0」と名付けた。「ニューノーマル2.0」は、経済のみならずパラダイムそのものが後戻りできない崖っぷちの状態にあることを示している。まさに「ニューノーマル2.0」のなかで資本主義、福祉国家、民主政治の三者の関係が瓦解しようとしているのだ。
グローバルな市場形成を伴った資本主義の非物質主義的転回は、雇用や家族の変容を通して、これまでの福祉国家が対応できない社会的リスクを広げた。既存福祉国家が対応しきれない「新しい生活困難層」を拡大させたのである。「新しい生活困難層」への対応を軸に資本主義、福祉国家、民主政治のつなぎ直しが求められているのだ。それは、「第三の道」とも「北欧モデル」とも違う、さらにはベーシックインカムともベーシックサービスとも異なるベーシックアセットを構想することだ。

■宮本太郎インタビュー
ベーシックアセットの保障へ
すべての市民に同額の現金給付を行うベーシックインカムについて関心が集まっている。ローマ教皇までがベーシックインカムの必要性を説き、日本でも竹中平蔵がベーシックインカムを提起して話題となった。一方、ベーシックサービスという考え方も提起されている。ベーシックサービスとは、すべての人々がその負担能力の如何に依らず、ニーズを満たすうえで基本的で十分なサービスを受けることができることを指す。ここでいうサービスとは、公共サービスのことで、医療、教育、ケア、住宅、輸送、デジタル情報へのアクセスなどを包括する。これらに対して、今、急速に注目され始めたのがベーシックアセットだ。アセットとは、ひとかたまりの有益な資源という意味で、その意味で言えば現金給付も公共サービスもアセットである。最適なサービスと必要な現金給付を組み合わせて人々を社会(コミュニティ)につなぐために、ベーシックアセットのビジョンを練り上げ、実現化していくことが今強く望まれる。
宮本太郎(みやもと・たろう)
1958年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。総務省顧問、内閣官房国家戦略室を歴任。現在、中央大学法学部教授。専門は、比較政治、福祉政策論。
著書に『貧困・介護・育児の政治:ベーシックアセットの福祉国家へ』(朝日選書 2021)、『共生保障:〈支え合い〉の戦略』(岩波新書 2017)、『地域包括ケアと生活保障の再編』(赤石書店 2014)他がある。

■駒村康平インタビュー
サスティナブルファイナンスの可能性…より良い循環を生むための投資戦略
昨今、SDGsの推進のために「サスティナブルファイナンス」、具体的には、環境・社会・企業ガバナンスの公正さを重視したESG投資、兵器産業や化学エネルギー企業から投資の引き上げる「ダイベストメント」などが注目されている。企業が株主のみの利益から、より社会全体のことを考えるようにコーポレートガバナンス改革をするなど、金融を通じて、社会の可能性を広げていこうという考えも定着しつつある。企業が今後環境や社会、適切なガバナンスを重視するようになるかどうかは、機関投資家の評価にかかっているといっても過言ではない。社会経済をよりよく循環するための投資戦略をいかに構想するか。ニューノーマル2.0の時代の課題である。
駒村康平(こまむら・こうへい)
1964年生まれ。中央大学経済学部経済学科卒業。通商産業省、社会保障研究所(現:国立社会保障・人口問題研究所)研究員、慶應義塾大学大学院経済研究科博士課程単位取得満期退学。国立社会保障・人口問題研究所研究員、駿河大学経済学部助教授、東洋大学経済学部助教授を経て、現在、慶應義塾大学経済学部教授、ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長。厚生労働省顧問、社会保障審議会委員、金融庁金融審議会委員、社会保障制度改革国民会議委員など。専攻は社会政策。編著書に、『みんなの金融 良い人生と善い社会のための金融論』(新泉社 2021)、『社会のしんがり』(新泉社 2020)、『中間層消滅』(KADOKAWA/カドカワマガジンズ 2015)他がある。

■霤長称せ劵ぅ鵐織咼紂
補償から準備へ…社会的投資の発想転換
ケインズ主義的な需要喚起型の経済政策が有効性を発揮し完全雇用を支え、そこにベヴァレッジ報告に基づいた社会保険を連携させて人々の生活を保障する仕組みは、ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家と呼ばれてきた。ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家を知識基盤型経済が台頭する21世紀の経済社会に見合う形でアップデートする試みは、1990年代終わり頃より「社会的投資」と呼ばれながら展開されている。社会的投資とは具体的にどのような考え方なのか、それはいかなるかたちで人々の生活を保証する仕組みとなりうるのか。ケインズ=ベヴァレッジ型福祉国家の変容という観点から検討する。
霤長称せ辧覆呂泙澄Δ┐蠅魁
上智大学大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(法学)。上智大学グローバル・コンサーン研究所特別研究員、千葉大学法政学部特任研究員を経て、現在、立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科准教授。専門は、比較政治学、福祉国家論。
主要論文に「知識基盤型経済における社会保障:社会的投資国家の可能性」雑誌『思想』2020 年8月号 no.1156(岩波書店)、共著書に『社会への投資:〈個人〉を支える〈つながり〉を築く』(岩波書店 2018)他がある。

◎表紙・裏表紙は上田碌碌の水彩画。また、ギャラリーではJunya Watanabeの写真作品を掲載

『TASC マンスリー』2021年10月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年10月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年10月号 no.550.
表紙 嗜好品を嗜む…115
久住昌之 切絵・文
「水菓子という嗜好品」

contents
[随想]植物の不思議に魅せられて…雑賀恵子
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]男はつらいよ 寅次郎相合い傘…野村正昭
[TASCサロン]優しく冷たい「人それぞれ」の仮面…石田光規

no.550切絵_6060

『TASC マンスリー』2021年9月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年9月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年9月号 no.549.
表紙 嗜好品を嗜む…114
久住昌之 切絵・文
「サファリという嗜好品」

contents
[随想]贈与は公正ではない…近藤康太郎
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]クレイマー、クレイマー…野村正昭
[TASCサロン]茶から見た琉球史…武井弘一

no.549_6055

『TASC マンスリー』2021年8月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年8月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp

2021年8月号 no.548.
表紙 嗜好品を嗜む…113
久住昌之 切絵・文
「夫婦で音楽する楽しさと強み」

contents
[随想]「探究学習」の魅力と課題…本田由紀
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]ティファニーで朝食を…野村正昭
[TASCサロン]人間はなぜ共食をするのか…原田信男

no.548_6058

『TASC マンスリー』2021年7月号が発行になりました

『TASC マンスリー』2021年7月号が発行になりましたのでお知らせします。
なお『TASC マンスリー』は、『談』の発行元である公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌(月刊)です。購読等のお問い合わせは、右のメールアドレスまで→info@tasc.or.jp
2021年7月号 no.547.
表紙 嗜好品を嗜む…112
久住昌之 切絵・文
「ドラムのおかず」

contents
[随想]西周のトポス…樺山紘一
[映画と嗜好品 食して、ふかして、飲みほして]見知らぬ乗客…野村正昭
[TASCサロン]よりよく生きるために性格を考えてみる…小塩真司

no.547_6063


『談』no.121 特集◉「複合危機とポスト資本主義」(「ニューノーマル2・0の世界」の第1回)が7月1日(木)に全国書店にて発売になります。

書店発売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各インタビュー者のアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右メニューバーの最新号no.121の表紙をクリックしてください。

『談』no.121 特集 「複合危機とポスト資本主義」
「ニューノーマル2・0の世界」の第1回

水野和夫(著)、諸富徹(著)、酒井隆史(著)
アルシーヴ社(編集)
■企画趣旨
地球温暖化を中心とした地球環境危機と急激に増大する世界の人口に対応できないエネルギー、水や食糧などの不足というグローバルな資源危機は、同時に起こっているため、合わせて地球環境危機=複合危機と呼ぶべきだろう。現在のところ、その端緒が始まっているだけだ。本格的な被害は、今世紀の中頃から顕著になっていくと予想される。複合危機をいかにして乗り越えるか。そのためには、一刻も早く資本主義を終わらせて資本主義のオルタナティブへソフトランディングさせることだ。ポスト資本主義は、いかにして可能か。

■水野和夫インタビュー
資本主義を閉じるために今できること

資本の論理と人間らしく生活する論理が乖離している現在、資本主義を正しく終わらせる方策を見つけ出すことが急務であり、そのためには、「閉じた経済圏」をつくってヒト・モノ・カネがあまり動かないようにすることだと水野氏は説く。それは、定常社会という新たな社会モデルを構想することである。

水野和夫(みずの・かずお)
1953年愛媛県生まれ。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。博士(経済学)。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任。現在、法政大学法学部教授。専門は、現代日本経済論。
著書に『正義の政治経済学』古川元久との共著(朝日新書 2021)、『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書 2017)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書 2014)他

■諸富徹インタビュー 
非物質主義的転回が拓く資本主義の未来

資本主義の非物質主義的転回が望ましい変化であるかどうかは、それが成長に寄与するか否かだけではなく、それが持続可能で公正な資本主義への変化を促すか否かで判定すべきだと説くのは諸富氏である。資本主義の非物質主義的転回によって、成長を維持しつつ生き残る道はあるのか。

諸富徹(もろとみ・とおる)
1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は、財政学、環境経済。
著書に『資本主義の新しい形』(岩波書店 2020)、『グローバルタックス:国境を越える課税権力』(岩波新書 2020)他

■酒井隆史インタビュー
死してなお世界を支配し続ける資本というゾンビ

90年代猛威を振るったネオリベラリズムは、金融クラッシュの煽りを受けていったんは死んだかに見えた。ところが、2010年代を迎えると不死鳥のように蘇る。しかもより強力になって…。
〈資本〉には、「反生産」という破壊的要素があると指摘したのはドゥルーズとガタリだ。ドゥルーズとガタリによれば、「反生産の装置の浸出こそは、資本主義の全システムの特徴である。資本主義の浸出は、その過程のあらゆる次元において生産のなかに反生産が浸出することである。そして、この反生産の浸出のみが資本主義の至高の目標を実現しうるのだ」。資本主義は死なない。なぜならば、資本主義はすでに十分死んでいるからである。反生産の契機が生産を食い尽くすように、資本主義はゾンビのように死を生き続けるのだ。

酒井隆史(さかい・たかし)
1965年熊本生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、大阪府立大学人間社会学部教授。専門は、社会思想、社会学。
著書に『通天閣:新・日本資本主義発達史』(青土社 2011)、『暴力の哲学』(河出文庫 2016)他

◎表紙・裏表紙は上田碌碌の水彩画、また、ギャラリーでは小村稀史の油彩を掲載

『談』no.120 特集◉無償の贈与…人間主義からの脱却 が3月8日(月)に全国書店にて発売になります。


書店販売に先立ち、一足先に『談』ウェブサイトでは、各インタビュー者のアブストラクトとeditor’s noteを公開します。
右のメニューバーの最新号、no120号の表紙をクリックして下さい。

バタイユは言っている。生の最も根本的な条件は太陽によるエネルギーの贈与である。地球上エネルギーが満ち溢れ、それを成長の糧にして生物が生存可能なのは、太陽が休みなくエネルギーを贈与してくれているからだ。しかも、この根源的な贈与は一方的なものである。地球上の生物はただエネルギーを受け取るだけで何も返すことはない。だから、これは決して交換とはならない一方的な贈与だといえる。太陽こそが純粋に非生産的な消費を行う例外的なものなのだ。そして、この贈与は地球の生物の物質的な起源であるだけではない。それはまた、人間の価値観あるいは道徳的判断の起源にもなっているという。古代において、無償の贈与のような純粋な消費の行為は人間の理想だった。それが、救済という利益と結びついたキリスト教道徳や利益と有用性に価値を置くブルジョア道徳によって価値の転倒が行われ、生産の方にわれわれの世界の価値は移ってしまったのだ。しかし、その根底には非生産的消費に対する欲望が眠っている。
人間中心の価値観から脱却して、人間を超えた視野を獲得しつつある21世紀の私たちのなかに、この古代に起源をもつ無償の贈与が復活しようとしている。再びバタイユの言葉を引こう。「太陽エネルギーは、自己を消失=破滅する(se perdre)エネルギーなのである」。太陽エネルギーの産物である「私たち(人間)」が、供儀やポトラッチなどを通して濫費の方に向かうのも、もとを辿れば、この太陽の贈与に帰着する。無償の贈与。それは人間以後の世界の未来を暗示する。

インタビュー1.〈贈与の経済学〉
「私たちの内部には贈与のモラルが隠れている…楕円構造の二つの焦点」
平川克美(実業家、文筆業)

マルセル・モースが発見し記述したのは、貨幣経済以前の部族社会における経済であり、現在の交換経済ではなく、贈与経済だった。交換経済が市場原理というシステムで動いているとすれば、贈与経済の原理は、全体給付のシステムだといえる。ポイントは、全体給付システム、言い換えれば受領と再贈与の義務の経済が先に存在し、そこから交換経済(返済義務の経済)が分岐してきたということだ。つまり、全体給付システムが先にありきなのである。「贈与と全体給付の経済」と「等価交換の経済」は、贈与のモラルと交換のモラルを生み出した。現代という時代ほど金銭の万能性が強まった時代はない。もはや「等価交換のモラル」しかないようにすら見える。だが、もとより「贈与のモラル」が消え去ったわけではない。あたかも日蝕や月蝕のように、二つの焦点が重なってしまい、「贈与のモラル」が「等価交換のモラル」の背後に隠されてしまっているということに過ぎない。ここでいう二つの焦点とは、楕円構造の焦点であり、私たちの内部には、等価交換のモラルとは別の、「贈与のモラル」があるということなのだ。二つの焦点が程よい距離感で調和する社会。それは、全体給付のモラル、すなわち贈与のモラルを再生させることから始まる。社会原理としての贈与のモラルを解き明かす。

インタビュー2.〈贈与の哲学〉
「私たちは決して贈与から逃れることはできない…「与えの現象学」が示すもの」
岩野卓司(明治大学大学院教養デザイン研究科長・教授。専門は思想史)

人類学者マルセル・モースの『贈与論』が、今日再び読み返されているという。なぜ太平洋や北米の未開部族とか古代ローマやゲルマンの慣習についての研究に注目が集まるのだろうか。それは、モースが社会学や人類学の研究は社会的実践と結びつくべきであり、未開部族の研究も現代社会をよくすることに役立つはずだと考えていたからだ。彼らの贈与の風習は、資本主義が発達した社会では失われているが、私たちの無意識に眠る人類全体の古層に他ならない。経済の歴史をその起源に向かっ遡っていくと、贈与の風習に至るというわけだ。20世紀前半のヨーロッパ社会を生きながらモースは、人間は「経済的動物」になってしまったと嘆く。この「動物」が忘れ去っているのが贈与の風習である。
一方、「所与」や「与件」を「与えられたもの」、さらには「贈与」として徹底的に拘泥した哲学者にジャン=リュック・マリオンがいる。マリオンは、「意識に現れるもの」を「意識に与えられるもの」として「贈与」の視点から読み解いていく。さらには、「事実」といわれるものも、「与えられるもの」という形で考えていくと、実証科学と「贈与の哲学」の基本的なスタンスの違いが明瞭になるという。ただ、何よりもマリオンの「贈与の哲学」に注目すべきは、「「存在論」から「贈与論」へのパラダイム・チェンジの可能性を示唆している点だ。「何かが存在している」から「何かが与えられている」へ。「贈与」や「与え」を通して見ると、世界はまったく違う姿を現わすのだ。

インタビュー3.〈贈与の政治学〉
「贈与のモラル…互酬性の原理とアナキズムの可能性」
山田広昭(東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は、言語情報学)

非中心性、自主的連合、そしてつねにダイレクトに否を表明できる直接民主主義、これらはアナキズムの変わることのない基底である。アナキズムが絶対的自由主義と異なるのは、そこに互酬性の原理が不可欠のピースとして組み込まれているからだ。抗争と意にそぐわない協調と積極的な相互扶助とがないまぜに共存しているこの世界こそ、モースがその『贈与論』の結論として提示したモラル、「階級も国民も、そしてまた個人も、互いに対立しながらも殺し合うことなく、互いに自らを与えながらも自己を犠牲にすることがないようにする仕方を学ばなければならない」が、そのすべての価値を示す世界のあり方に他ならない。モースをアナキズムの文脈へと置きなおすことで、アナキズムの可能性を明らかにする。

◎写真家・坂本政十賜の撮り下ろし最新作「武蔵野・愉悦の光」を同時掲載。
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